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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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渡辺綱 その1

渡辺綱の掘り下げ回。

1話に収めるつもりだったのですが、長くなりそうなので2話に分けます。


*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

 日ノ本のとある山奥、京から離れた人目の届かぬ谷の底に嵯峨源氏の隠れ里と呼ばれる場所がある。渡辺綱が育ったその地には10数人の武士と、200人程度の子供たち、そしてその面倒を見る下男下女数10人が暮らしていた。


 なぜ人里から離れた不便な場所にそんなにも多くの人が暮らしているのか、それはここに住む子供たちが凶作で口減らしを行うしかなかった者や、ひどいものなら自由武士ごろつきを使って攫ってきた者たちだからに他ならない。


 嵯峨源氏は源氏の中にあってその武威を保つため、この地で集めた子供たちに人間の限界を超えるような訓練を行い、優秀な近習を生みだしていた。


「渡辺の55、56、57番。至急町外れの集会場に集合せよ」


「はい!」


 この里の子供たちは名前を持たない。各々の出身に連番をつけた番号で管理されているが、その番号は連綿と続いているもので、現在渡辺出身の子供が57人いるというわけではない。


 1つの小屋に共に暮らしている、番号を呼ばれたまだ年端のいかない子供たちが元気に返事をすると、全速力で駆けだした。ここで少しでも怠慢な返事や行動を取るようなら、全身の傷がいくらか増えるだけ。その行動は早かった。


「なんだ? 呼ばれたのっておいらたちだけじゃないんだね」


「ほんとね。他の小屋からもどんどん飛び出してくる」


「それなら大声で集合かけりゃいいだけだと思うんだけどなー」


「馬鹿ね。あの人たちが、大声なんて出すなんてあるわけないじゃない」


 全速力で走りながらも、仲良くたたき合う軽口はいつものことながらここに住む武士たちへの愚痴。嵯峨源氏の意に逆らうようなら、月のない夜の闇のような瞳で表情も変えずに子供たちに折檻する武士たちが、大声どころか必要なこと以外の言葉を発するのを見たことがない。


 里の端、穢物けがれものを防ぐために外界と隔てる門近くの集会場に着くと、途中で見かけた連中の他にも相当な数が集まっていた。あとから続くのも考えれば恐らく里に住む全員が集められるようだ。


「訓練だって班ごとで競争だーって別々にわけるのに、全員集められるの珍しいな」


「しッ! なんか偉い人が来たみたいよ。無駄話してるとまた殴られるわ」


 渡辺出身の中で一番体の大きく、リーダー格の55番が話しかけるのを56番が人差し指を口に当てて止める。


 56番が言ったように高価な着物に身を包んだ、若いながらも髪がすべて白く染まっている美しい男が集会場に置かれた台の上に上がる。


「やあやあ、よく集まってくれたね。私の大切な宝たち」


 死んだような護衛の武士たちとはまるで逆。光輝くような笑顔で優しく微笑みかける男に、集められた子供たちは一気に惹きつけられた。


「この里に住む皆は今年で6歳になる。私の信頼する武士たちに鍛えられ、その心身は里の外の子供たちに対して比べ物にならぬくらい高いと聞いている。そこでそろそろ狩りを覚えてもらおうと思ったのだよ」


 男の言葉に合わせて配下の武士たちが脇にある門を開けると、子供たちから歓声が上がった。


「え、狩りっておいらたち里の外に出られるのか!?」


「どうやればいいのかな……人との組み手はやらされてきたけど、狩りってどうやればいいんだろ」


「うう……うまくできなかったらまたぶん殴られるのかな? それはやだなぁ……」


 それぞれが色々な感情を抱きながら門をくぐると、すぐ目の前の広場はすり鉢状にへこみ、草木が生えていた。壁の内側からだと分からなかったが、門をくぐればすぐに獲物のとれそうな森が広がっていたことに再び子供たちの好奇の声が上がる。


「ははは、皆やる気にあふれているね。この場所にいる唯一の動物の狩り方は既に教えた通りさ。では、優秀な狩人()()になるまで狩りを続けるように」


 それだけ言い残して男たちは門の内側に消えていった。それを見て周りが動揺する中、目敏い渡辺の57番は木々の葉の間から遠くにも壁と門を見つけると、両手で55番と56番の袖をそれぞれ掴み、森の中へと駆けだした。


「あ、おい。急にどうしたんだよ57番! 何の動物がいるのかも分からないのに、危ないだろ」


 足を踏ん張り嗜める55番の目を見つめながら、57番は首を横に振る。自分よりも一回り体の大きな55番には力じゃ勝てないのは分かっているから、自分の考えを伝えてすぐにこの場から離れることの意味をといた。


「動物――狩る対象の獣のなんていないよ」


「どういうこと?」


 今度は56番から疑問の声が上がるが、それにも真摯に向き合って説明する。


「見えなかったのかい? ここは四方を壁に囲まれてた、つまり里の中なんだ。そんなところに野生の動物なんていない」


「いやでも、あの人はここには動物がいるって、その狩り方を学ぶため―――」


「それ、すでに教えたって言ってたよね? 動物の狩り方なんて教わったことある? ボクが知る限り殺し方を知ってる動物なんて―――人間だけだよ?」


 57番の言葉に55番と56番は顔を見合わせた。確かに里での鍛錬は筋肉をつけるような運動の他には対人の組み手、あとは兵法書の読み聞かせと言った戦略的なものであることに気づく。


「組み手にしろ兵法にしろ、それは人が人と戦うためのもの。ならさっきの人が言いたいことは分かるだろ? あそこにいた連中とお互いに狩り合えってことさ。長期戦になるだろうから水を確保しときたいし、とにかくすり鉢の下を目指してみよう」


 淡々と自分の意見を述べる57番の背中を全身を震わせながら2人が追う。


「ボクたちが殺し合う理由なんてない。55番は力が強くて他の班の奴らを合わせても、組み手じゃ最強に近いし、56番は人の隙を突くのがうまい。ボクは兵法はかなり得意だと思ってる。力を合わせて戦い抜こうよ」


 里での過酷な訓練により6歳とは思えないほど大人びた子供だが、急に与えられたあまりにも理不尽な試練に戦慄した。それでもその過酷な試練で生き残るため、手を取り合って臨むことを決めたのだった。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【渡辺の55番】――嵯峨源氏の隠し谷に集められた少年。力自慢で渡辺出身のリーダー格。

【渡辺の56番】――嵯峨源氏の隠し谷に集められた少女。

【渡辺の57番】――嵯峨源氏の隠し谷に集められた少年。渡辺出身の参謀。

【白髪の美青年】――嵯峨源氏のお偉いさん。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【嵯峨源氏】――源氏の系統の1つ。『謀略の嵯峨』と呼ばれ、覇成死合に勝つために手段を選ばない。

【渡辺】――地名。摂津国西成郡渡辺。

*【自由武士】――主を持たない武士。穢物退治や物資輸送の護衛などで生計を立てる。俗に言う冒険者てきな方々

【近習】――主君の側仕え。側近。

*【穢物けがれもの】――穢を浴びて変質した生物。俗に言うところのモンスター。


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