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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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宇治橋の戦い その6

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

「何だよ。いいからさっさと状況を説明してくれない?」


「ア、アア……ソウダナ」


 呪いが解けたから元気になったという理屈は分かるものの、なぜここにいることが分かったのか、ジロジロ顔を観察する外道丸に、業を煮やした綱が問い詰める。


 今なお六合りくごうの演奏する琵琶の音が響く中、綱の口調には怒りがにじみ出ているものの、虎熊童子たちのように我を忘れているように素振りは見受けられない。


「何ハトモアレ、ヨク来テクレタ。ヨクココガ分カッタナ」


「ウチの弓使いは目と耳が良くてね。ボクの症状が無くなってから、頼光たちが拠点に戻るのか確認しようと、大枝山に生える木の上に立って辺りを見渡してたら、ここで戦闘が起こってることに気づいたのさ」


大枝山アソコカラナラ15㎞位アル上、夜ダッテノニドウナッテンダヨ……」


 暗い中分かりづらいがよく見ると綱の全身から汗が噴き出している。ここの様子を知り全力疾走してきたということがそれだけ見ても分かった。


「夜の季武すえたけは優秀だよ。で、そいつがいつも以上にわけ分かんない言い回しで、琵琶の音色が云々言ってたんだけど、これのせいで皆おかしくなってるってことでいいのかな?」


「マジデ話ガ早クテ助カル。ナントカデキルカ?」


「了解。すぐにでも―――……」


「ちょいと待―――つでやんす? あいつ、六合のことよく知らんでやんしょ?」


「何そのふざけた話し方。急いでんの分かんないかな、殺すぞ」


 頼光が死にかけてることを知り、正気に戻り次第すぐ治療に移らせるように、羽交い絞めにしていた火車を外道丸に預けた綱が、今まさに六合に向かって駆けだそうとしたのを止めた大裳たいもを舌打ちしながら睨みつける。


「マア待テ、ソイツハ頼光ノコトヲ救ッタリ、少ナクトモ今ハ味方ダ。確実ニアイツヲ止メルニハ情報モ必要ダロ」


「分かった。ならさっさと言ってくれ」


 背中に緑の毛並みがきれいな小動物を乗せ、正座をするような形でうなだれる大裳に話を促すと、虚ろな目をしたまま大裳は話し始めた。


「あいつ、本名を玉石琵琶精ぎょくせきびわせいっていう精霊っす~~……じゃなくてやんす。ま、日ノ本でいうとこの付喪神でやんすね。ネコ耳は幻体って奴で、本体は琵琶でやんす」


「幻体?」


「分身というか、実体を伴った幻覚というか~ともかくそんな感じのヤツでやんす。腕だろうが頭だろうがいくら傷つけられてもなんも影響ないんで、腕斬りおとしたから終わりとかは駄目でやんす。琵琶をぶっ壊すでやんす。復活には時間がかかるけど精霊は基本不死なんで、遠慮なくぶっ壊していいでやんす」


「なるほど、助かる」


「きゅっきゅ!」


 大裳の背中から頭に駆け登った毛玉が、ここは任せろとばかりに前脚で胸を叩く姿を見て綱は駆けだした。青竜が全身のありとあらゆる場所から水流を繰り出す中、被弾も覚悟の全力疾走。


 かなりの危険を伴う決死行だが、この水流は何も悪いことばかりではない。何より、青竜が大人しかったときは肩に乗っていて、なかなか手の出しようがなかった六合が、暴走に巻き込まれない様、地上に降りてきている。


 その少し離れて演奏をつづけていた六合が、自分に向かって真っすぐに駆けて来る綱の姿を捉えた。


「ニャニャ!? お前刀なんて抜いてどうしたニャ? そんな怖い顔してないでタマちゃんの音楽に乗って陽気に踊るニャー!」


 愛嬌を振りまきながらベンベン琵琶を掻き立てる六合だが、それをものともせず綱は膝丸を投擲した。


「む」


 お気楽な六合からしたら完全に慮外の攻撃。正確な投擲は確実に琵琶の鹿首ししくびを捉えて見事に破壊した――はずだった。


 しかし当たる直前、膝丸は不自然に軌道を逸れると、そのまま六合の左肩に突き刺さる。


「ぎにゃあああああーーーーー!! 痛いニャ痛いニャ! いきなり何するんだニャーーー!!」


「何かしらの術で守られてるな。なるほど、左肩に刀が刺さっても問題なく演奏を続けられてるし、琵琶の方が大事ってのは間違いなさそうだ」


 髭切を左手で逆手に握り、琵琶の撥面ばちめんから腹板にかけて斬り上げるのを、後ろに跳んで六合が躱す。


「いやいやいや! タマちゃん痛がってるヨ!? 可哀そうだと思わニャいのかニャ!?」


「いや全然?」


「演奏も心に響かにゃいし、人の心とかないんか!」


 その言葉を綱は鼻で笑い飛ばした。


「その人の心とかをもてあそんでる奴が何言ってんだか。そんなもん持ってたら嵯峨源氏で生きて来れてねえっての」


 続けて繰り出され続ける一切容赦のない斬撃に、たまらず六合は演奏を止めて鸞刀らんとうで応じた。



「ヨッシャ! 倒シ切ルマデ待ツ必要ネエナ。今ナライケルゼ!」


 遠目から綱の様子を見ていた外道丸は、六合が琵琶を背中にまわして刀を持ち出したのを見て、火車の頬をひねり上げる。


「痛たたたた!? 何する、デス!」


「文句ハ後デ聞イテヤル。今ハ頼光ヲ治シテヤレ!」


What’s happenedにごと? 何か、いつも、大怪我してる、デス!」


「全クダナ!」


 要請を受けて治療を始めたのを見てようやく外道丸は胸を撫で下ろした。仮に今演奏が再開されても、もはや火車が治療を捨てて怒りに身を任せることはないだろう。


 はたして頼光が小さな声を上げて身を起こすと、代わりに火車が糸が切れたかの如く頼光にもたれかかった。


「え、ちょっと火車、大丈夫?」


「疲れが限界に達したニャ。キャスの治療は頭の中で踏んだ手順通りの手術を現実に反映させるニャ。神力を使うでなく、手術に必要な体力が持ってかれるニャ」


「そっか。橋姫さまの腕を治してもらった後、あれだけ暴れてたからね。猫精霊ケットシーさんたちは安全なとこまで運んであげて」


 火車が瀕死の頼光を見た時に呼び出した猫精霊を手伝って荷車に火車を乗せるも、その動きは明らかに精彩を欠き本調子とは程遠い。


「琵琶は止められたのね。あの謎クラゲは……なんかえらいことになってるような……?」


「アア、オ前ヲ吐キ出シタアタリカラ、オカシクナッテルゼ」


「んー……やっぱり中にいたあのドラゴンを起こしちゃったからかしら」


「きゅきゅ!?」


「主の敵!? デス!!」


「キャスは休むニャ!」


 頼光の発言に慌てたような鳴き声を上げる毛玉を、頼光が抱き上げる。火車の方はドラゴンと言う言葉に反応するも、ここにいては休まらないと判断した猫精霊たちによってみやこの方角へ連れ去られた。


「そっか、あなたがここにいるってことは綱が連れて来たのかしら。それじゃ琵琶を止めたのも綱か、もしくは季武ね」


「いやいやちょっと待てや。今聞き捨てならねえこと言っただろ」


「綱ハ今モ闘ッテル最中ダカラ、マダ安心デキネエ。ダケド、ドラゴンッテノハドウイウコトダ」


 外道丸にたたき起こされた酒呑童子も加わり、ようやく体勢を立て直しつつあるが、頼光は本調子でなく火車は離脱。虎熊童子は元気に動いてはいるものの、どうなってるかよくわからない状況。


 ドラゴンと呼ばれるものは確実に強敵であるという共通認識を持っている摂津源氏からしたら、あまり歓迎できる事態ではない。


「とりあえず落ち着いて話せるとこ……ってこの海水の勢いだと橋はどうなって――! やっぱり橋姫さまもかなりまずい状態じゃない! 1度あそこまで退がりましょ!」


「ちょっと待て頼光。こいつどうする?」


 頼光の号令に酒呑童子が大裳を指さして聞く。


「アン? 気ヲ失ッテンノカ? サッキハベラベラ仲間ノ正体教エテクレタンダガ」


「そもそも何でここにいるの?」


「仕方ネエカラオレガ担イデイク。ナンダカンダデ、コイツト綱ガ、オ前ノ命ノ恩人ダカラナ。後デ礼ヲシトケヨ?」


「そうなのね。綱は……あの琵琶の影響なかったのよね?」


「アア、ソレガドウシタ? 誉メテヤルトコダロ?」


 なんとも怒ってるような悲しんでるような微妙な表情をする頼光に、思わず外道丸が尋ねる。


「うん、まあ……それが技術的な理由ならいいんだけど……」


 宇治橋に向かって後退しながら、頼光は綱と六合の戦いを見つめる。心の中では以前綱が語った生い立ちについて思い返していた。

 私事ですが、これから綱の掘り下げということで、上野の東京国立博物館でやっている大覚寺展に膝丸と髭切の実物を見に行ってきました。年代が12~14世紀って……満仲が作らせて、髭切は綱が茨木童子と酒呑童子の際に使ったって話じゃなかったんかいって微妙な感じになりました。ついでにハローキティ展の行列を大覚寺展のものと勘違いして帰ろうかとなりました。


【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。

【卜部季武】――摂津源氏。夜行性の弓使い。

【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師ドルイダス。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。

【猫精霊】――火車に従う3柱の精霊たち。青白い炎に包まれた手押し車を押し死体を回収して回る。

【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。

*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。

【虎熊童子】――大江山前首領にして最強の戦士。虎柄のコートを羽織った槍使い。

【橋姫】――橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。

【六合】――12天将の1柱。前3位。玉石琵琶精。2股の尾を持つネコ娘の幻体を操る琵琶の精霊。

【青竜】――12天将の1柱。前5位。スライム状の何か。

【大陰】――12天将の1柱。後2位。女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。小動物の姿で頼光たちに協力中。

【大裳】――12天将の1柱。後4位。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【大枝山】――京の城壁を西に出た先にある標高480mの山。中腹に摂津源氏の京に置ける拠点がある。

*【幻体】――実体を持つ幻覚。仙人や道士が好んで使う術の1つで、自分の分身を作るのに利用することが多い。

【髭切・膝丸】――渡辺綱の愛刀。

【鹿首】――琵琶の部位。ギターでいうところのネック。

【撥面】――琵琶の腹板を保護するために貼られる革。

【腹板】――琵琶の部位。ギターでいうところのボディ。

*【嵯峨源氏】――源氏の系統の1つ。『謀略の嵯峨』と呼ばれ、覇成死合に勝つために手段を選ばない。

【鸞刀】――古代中国で祭事の際に生贄を割くのに使われた刀。

*【神力】――生物が持つ超常を起こすための力。魔力・道力・気力・妖力と所属勢力によって呼び方は異なるが、全部同じもの。

*【ドラゴン】――『心を見透かす者』の名を冠する悪魔王(第6天魔王と同一存在)、またはその眷属(天狗と同一存在)を指す言葉。


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