宇治橋の戦い その5
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
「頼光ッ!!!」
姿を消した頼光が、轟音と共に地面をえぐった様子を見て、戦っていた全員の動きが止まった。遠目からだが、ピクリとも動かず立ち上がる気配もない姿に、最悪の考えが外道丸の頭に浮かぶ。
「野郎やりやがったな! 弔い合戦だオラァッ!! 生きて帰れると思うなよ!」
「フシャーーーーーー!!!」
「馬鹿ガッ! 虎熊童子ハ仕方ネエニシロ、火車ハヤッテル場合カ!!」
一瞬、全員が呆然としたことで感情が一旦落ち着くかもという外道丸の期待は空しく裏切られる。
酒呑童子とのやり取りを考えれば火車が頭に血が上りやすいのは知っていたが、生者を生かすために尽力することと、死体を燃やすことを神から定められた使命として動いていることから、怪我した頼光を見ればその治療を優先するはずと思っていた。
それなのにこの有り様なのを見ると、普段は神からの使命を全うせんと理性で感情を押し殺してきてた部分が大きいのを外道丸は痛感した。
義憤に駆られてなお、青竜たちに向かう虎熊童子と火車の姿に思わず舌打ちした外道丸だったが、不意に視線が下がり斜めに空を眺めている自分に気づく。
「頼光が死んだ……もうだめだ……」
「大江山ニ居場所ヲ得タカラ落チ着イタト思ッタノニ、相変ワラズ悲観的ダナ相棒!? マ、今回ハ好都合ダケドヨ」
相棒の酒呑童子が存外頼光に頼ってたことに驚くも、酒呑が地面に膝をつき動かなくなったことに外道丸は一縷の希望を見た。外道丸は酒呑童子の半身に寄生しているとはいえ、それは腹から上の事。酒呑童子が自分の足で動き回る間はその動きに任せるしかないが、こうして動きを止めれば別だ。
外道丸は酒呑の体を反転させると、腕を伸ばしては地面を掴み、這うように倒れる頼光のもとに辿り着く。
「オイコラ、生キテルカ!?」
問いかけに反応して微かに動いた指にわずかな安堵を覚えるも、そのあまりの弱弱しさに残された時間が短いことを覚る。
「チィッ! スグニデモ火車ガ必要ダガ、相変ワラズトチ狂ッテヤガルカラナ。橋姫ハ――……コッチモダメカ」
現状唯一頼れる橋姫も、頼光を吐き出してからというもの、体のあらゆる場所から強烈な水流を吐き出し続ける青竜から橋を守ることにかかりきりになっている。
頼光とは気が合っていたみたいだが、橋の守りは橋姫の存在意義と言っていい。ついさっき出会ったばかりの頼光を助けてくれとは言えない。
「オイ相棒! セメテ立チ上ガッテ、オレヲアノデカイ奴ノ方向ニ向ケテクレ! 今ノ頼光ニ攻撃ヲ届ガセルワケニャ行カネエ!」
さすがは虎熊童子と言うべきか、先ほどまでとは桁外れの威力になってる攻撃も、手の届く範囲であれば全て叩き落しているため危険な水平方向の渦となった水流は頼光に届くことはない。
だが高い位置から飛んでくる水流には全く対応できていない。それもそのはずで、あくまで虎熊童子の意識は青竜を倒すための攻撃にあるのだから当たり前だ。狙いを定めずに撃ちまくっているため、頼光を直撃するようなものはないが、安心してはいられない。
「にょいーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
外道丸が警戒する中、間の抜けた声を上げるとともに、青竜が天に向かって細長く伸びると、勢いよく地面に沈み込むように体を押しつけた。するとその体から高さ3mほどの水が津波となって全方位に向かって繰り出される!
「ヤバ……コレハヤベエダロ!?」
普段の仲間たちなら難なく処理できるだろう攻撃だが、それを見た外道丸は悲鳴を上げた。
実際虎熊童子は波をぶち破り、火車もひらりと宙に舞って避けているが、津波は勢いと高さを維持したまま外道丸たちのところまで迫って来る。頼光が流されないようにするためには、酒吞童子が足を踏ん張って頼光の前に立ち、その波を全て受けきるのが最善だが、今の酒呑童子の体たらくではそれは望めない。
流される先ほんの数十mには宇治川があり、今の頼光が川に押し込まるのは危険極まりない。かといって流されない様に外道丸が出来ることと言えば強く覆いかぶさって支えるくらいだが、その圧迫が今の頼光には致命的な1撃になりかねない。
「エエイ、ママヨ!!」
もはや時間の猶予もなく、意を決して覆いかぶさろうとしたとき、目の前から頼光の姿が消えて頭に痛みが走ったと思ったら、次の瞬間外道丸は波に飲み込まれた。
地面に必死にしがみつき流れに抗いきった後、頼光を抱きかかえて上に跳んでいた大裳が目の前に着地した。
「オ前、敵ジャナカッタノカ?」
驚いた外道丸が大裳に問いただすも、頼光を地面に下した大裳は焦点の合わない目で、自分の爪をかじりながらブツブツと呟く。
「あっしが……あっしがなんとかして京を守らねえと……。京の治安を乱してるのはこいつらじゃなくて、青竜たちだ……それならなんとかこいつらと共闘に持ち込んで……」
「アア……アノ琵琶、味方ニモ効クノカ。火車ヲ追ッテタッテ言ウカラ敵対関係ニナルノカト思ッタガ、コレナラ話ガ通ジルカ?」
外道丸からしたら初めて会う相手だが、どうやら大裳の目的が頼光撃破ではなく、あくまで治安を脅かすものへの対処。それなら利用できると判断した。
「オイ、オ前。アイツヲ止メラレソウナ奴ニ心当タリネエカ? ココハオレタチニ任セテ呼ンデキテクレ。ツイデニ頼光ヲ京マデ運ンデクレルトアリガテエ」
「あ? あ、ああ。そうだな……あっしらだけじゃ対処できねえってんなら、援軍が必要だ」
この状況において1番にくる気持ちが使命感という仕事第一な大裳に、一生理解できないと思いながらも外道丸は安堵した。いつまで持つか分からないにせよ、火車が我に返るまでは安全な場所に置いておきたい。あとはどれだけ素早く火車を元に戻せるかの勝負になる。
だが、頼光を再び持ち上げようと身をかがめた大裳に向かって聞こえてきた声に、外道丸は頭を抱えさせられることになった。
「フシャーーーーーーッ!!」
「オ前ガ邪魔スルノカヨッッッ!!!」
外道丸は完全に見誤っていた。虎熊童子の怒りと闘争心が青竜に向かっているように、火車のそれも青竜に向かっているものだと。
だが、始めから火車が狙っていたのは大裳。青竜の下で暴れまわっていたのも、大裳が青竜の肩の上にいたから届かなかっただけだ。
「……待テヨ? ナラ、大裳サエ倒シチマエバ、火車モ元通リカ?」
組んず解れつの取っ組み合いとなった火車と大裳。それを傍から見てる外道丸に、さっきまで協力しようとしてた相手への不穏な思考が生まれる。火車からすれば青竜も六合も赤の他人。次に芽生える感情こそ、頼光を治療しなければというものに違いない。
だが、それをするなら大裳は生かしてはおけない。中途半端に生かすでなく、死んで、燃やして初めて火車の怒りは収まり冷静になるだろう。
ただ、そうやって治した頼光が、それを仕方のないことだったと理解してくれるのか?
自分だけが疎まれるならともかく、頼光が死んだと思って絶望している酒呑童子との仲が決定的に決裂しかねないことに、外道丸が躊躇っていたその時。後方から嫌な気配を感じて振り返ると、ずっと恐れていた頼光に直撃する軌道の渦巻く水流が目の前まで迫っていた。
「シマッタ――――!!」
外道丸からだと手を伸ばしてもギリギリ届かない死を運ぶ螺旋。それがまさに頼光の命を奪おうとした瞬間――――風の防壁にあたって霧散した。
「きゅっきゅー!」
「ハア!? コイツ、頼光ガ播磨カラ連レ帰ッタ毛玉!?」
ただの愛玩動物かと思っていた緑の毛玉が不思議な力で水流をかき消したのに驚く外道丸に、静かな、それでいて身の毛を震わせるような冷たい声がかけられる。
「それで、頼光がこんな状態なのに、なんで火車が何もしないのか。状況教えてくれる?」
「ナルホド。呪イハ解イテカラソレナリニ時間ガ経ッタシ、オ前ガ来テモオカシクネエワナ」
外道丸が声の方に目を向けると、こめかみに青筋を立てた綱が火車を羽交い絞めにして立っていた。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。
*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。
【虎熊童子】――大江山前首領にして最強の戦士。虎柄のコートを羽織った槍使い。
【橋姫】――橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【六合】――12天将の1柱。前3位。琵琶を担いだ2股の尾を持つネコ娘。
【青竜】――12天将の1柱。前5位。スライム状の何か。
【大裳】――12天将の1柱。後4位。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)