【源頼光】宇治橋の戦い その3
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
「どうだろう、あなたの力、悪さに使うのではなく人のために使ってみる気はないかな?」
目の前にいる年端も行かない陰陽師の少女から小さな手を差し出される。
手下の狼とともに調伏された妖狼は1度辺りを見渡すと、その手下たちには死亡したものはおろか、怪我したものも見受けられない。悪さをすれば覆滅されても文句が言えないのが、妖怪の常だというのにかけられた情けの深さに感じ入った妖狼は、前脚でその少女の手を取り大きな遠吠えで応えると、手下の狼たちも伏せて少女に忠誠を誓った。
大裳は12天将に加わって10年ほどしか経たない新参だった。
もともと12天将とは、大昔に現在の唐国を戦乱の世へと導いた4凶に対抗するための組織。
貴人、六合、天空、朱雀、青竜、白虎、玄武、勾陳の8柱は殷という4凶と敵対した国に所属していた武将で、敗戦後に騰虵と大陰が合流したと聞く。そして4凶が日ノ本に移ったのを追って日ノ本を訪れ、その脅威を訴えることで日ノ本の妖怪を統べる1角――天狐を加えた。
その中で、何度も4凶とやり合ったことがあることから、追ってきたことを気づかれぬように天狐を含め全員が現在名乗っている偽名を使い始めた。加えて、殷において全面対決したことで大陸全土を戦渦に巻き込んだことを反省し、国に影響力を持ちつつ裏で暗躍するために貴人は子を産み、その子――安倍晴明を朝廷に仕えさせる。これが12天将の始まり。
大裳が加わるまでは安倍晴明を含めての12柱だったため、晴明の立場は当然1番下だった。
しかし日ノ本に生まれた晴明にしたら、母らの想いは理解できるものの日ノ本の安全と繁栄こそが望み。自分と志を同じとする、調伏した妖狼の大裳を直属の式神として、自身の代わりとして12天将の末席に加えた。それ以降は晴明と大裳は京に住む人々の生活を最優先に行動してきた。
「………………なんなんでい、この有り様は…………うぷッ……!」
目の前に広がる惨劇に、大裳の膝はがくがくと震え、今にも青竜から落ちてしまいそうになる。
青竜の吐き出す海水は周囲の収穫前の田畑を押し流し、恐らく農作物は致命的な被害を受けているだろう。それに海水に含まれる塩が、今後この農地にどのような悪影響を及ぼすのか想像もつかない。べんべんと掻き鳴らされる琵琶の音に、不安から大裳は思わず吐きそうになっていた。
噂には聞いてはいたが、12天将の問題児たちの悪行は、晴明の命を受けて追っていた火車の比ではないように思われ、内心では思わず敵対してるはずの頼光たちを応援すらしていた。
その頼光は何が起きたかその姿を消し、下の方では見知らぬ鬼が青竜の体を吹き飛ばしては、飛び散った欠片が海水を辺りにばらまき続ける。
主人への罪悪感に体を支配された大裳は、指1本動かすことができずただこの惨状を見守ることしかできなかった。
*
――――やばい。
辺りを見渡そうにも水が目に入って、ぼんやりとしか見えないし、何より暗すぎて状況も分からない。
たぶんあの謎クラゲの中なんだろうけど、結構きつめの流れがあって吐いた泡はその流れに流されてどっちが上かもわからない。
(……正直、どんなに頑張ってもあと2,3分が限度よね)
初めにびっくりして息を吐いちゃったのが痛い。そりゃそれがなくても1分伸びるか程度だろうけど、怪我もしてないでこんな命のかかった状況は初めてだから、その1分が惜しかったのよね。
不幸中の幸いなのは、琵琶の音が聞こえてこないことかな。あれのせいで平常心がなくなってたら完全に死んでた。少しでも生きるためにあがけるってのはありがたいわ。
(やっぱり流れに乗る、しかないわよね)
さっきみたいに口から吐いたりするのを考えれば、流れに乗って進めばうまいこと外に出られるかもしれない。制限時間があるなら可能性が1番高い行動を重ねていくしかない!
『にょーいにょいにょいにょい。自分いろいろ考えとるようやけど、命までとろう思とらんから安心しいや。まあ、こないいかつい鬼連れてたりと危険やからな、2度と歩けんくらいにはするつもりやけど』
「ッ痛!!」
針のように細い触手が水の抵抗を受けずに私に向かって飛んでくる。それはさっき外で虎熊たちに放たれてたのと変わらない速度で、動きのままならない私の体を貫いた。虎熊の槍の速さに慣れた私なら、外なら絶対に当たらないんだけど、水中じゃどうあがいても躱せない。腕を、足を、脇腹を、触手に貫かれ周りの水を血が汚していく。
痛みから口を開けたせいで貴重な空気が漏れ、残された時間はどんどん短くなる。ムカつく特徴的な笑い声を聞かされて、絶対なんとかしてやるという気持ちが強くなるのに反して、怪我した私の体はどんどん動かなくなってく。
「こんのぉ……そうやって笑ってられるのも今のうちなんだから」
『にょーいにょいにょいにょい! そない強がりいつまで続くかなあ。ま、さっさと気絶なりすることお勧めするで』
何がお勧めするでよ。この程度、屋敷に閉じ込められてた辛さに比べたらどうってことないっての。正直なとこ、適当にやられたふりしてここから出て、後で火車に治してもらうのが賢いんだろうけど、富ちゃんとの約束を果たすまで、どんなことだって諦めるなんて選択肢とりたくないっての――。
『んん~……』
笑い声の声量に比例して苛烈さを増す触手の攻撃。捌けずに傷だけが増える中、急に聞こえた可愛らしい声に思わず流れの先に目を向ける。
琵琶の音が聞こえないように、怒り狂った火車たちの怒声もさっぱり聞こえてこない。この中に響くのはこの体の持ち主の謎クラゲの声だけのはずなのに、今の声は何?
まさか私以外にもこの中にいる……? だけどさっき聞いた琵琶を持ったネコ娘の声とも違うし、あの場にいた誰の声でもない。
私よりも前に取り込まれた人がいるってこと? それならその人は水中でも生き続けられてるってことになる。
(……幻聴かもしれないけど、私の直感は、声に所に行けって言ってる!)
そんなこと思ってる間にも攻撃は続いてるし、声が聞こえて来たのは流れに逆らった向こう側。泳いでいこうにも、今の体じゃ押し戻されるだけでどうしようもない。泳ぐのじゃ無理―――なら!
「がはッ!? でも、行ける!」
履物の底、緋緋色金に力を込め爆発させると、推進力を得た体は流れを切り裂き前に進む。私を無力化するために致命傷にならない部分を狙った触手がそれて、思い切り胸の近くを貫いたけどこれくらいなら……!
何度目かの爆発を終えた時、遠くにぼんやりと光が見えて来た。あそこだ。最後の力を振り絞り、もう1度爆発させると、ついに私は明かりの中に辿り着く。
「……ぶはあッ!? 何ここ、息ができる?」
何がどうなってるのかわからないけど、謎クラゲの体の中に3帖くらいの広さの島? と言っていい部分があった。私の身長でギリギリくらいの高さだけど、上にも水が広がってるのに下には落ちてこない。
そこに直径60㎝くらいの水晶玉を抱き、青い木の枝のような節のある2本の角と、つるんとした太い尻尾を生やした女の子が眠ってた。水晶玉からは滾々と海水が湧き出し、この空間以外を海へと変えてるみたいだった。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。
*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。
【虎熊童子】――大江山前首領にして最強の戦士。虎柄のコートを羽織った槍使い。
【橋姫】――橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【安倍晴明】――藤原道長配下の陰陽師。狐耳1尾の少女の姿。
【貴人】――12天将の1柱。天1位。9尾で狐耳の麗人で安倍晴明の母。ポンコツ疑惑あり。
【騰虵】――12天将の1柱。前1位。角が生えたマッチョウーマン。
【朱雀】――12天将の1柱。前2位。真紅の道着の仙人。年寄りじみた話し方をする。
【六合】――12天将の1柱。前3位。琵琶を担いだ2股の尾を持つネコ娘。
【勾陳】――12天将の1柱。前4位。
【青竜】――12天将の1柱。前5位。スライム状の何か。
【天后】――天狐。12天将の1柱。後1位。狐耳1尾の麗人。貴人と違い大物感が漂う。
【大陰】――12天将の1柱。後2位。女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。
【玄武】――12天将の1柱。後3位。元・殷の道士。
【大裳】――12天将の1柱。後4位。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。
【白虎】――12天将の1柱。後5位。元・殷の道士。過去に陸圧道人に1度殺されている。
【天空】――12天将の1柱。後6位。鶏のアクセサリと深紅の羽衣がトレードマーク。騰虵大好き。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
【調伏】――怨敵、悪魔、敵意ある人などを信服させること。
【覆滅】――完全に滅ぼすこと。
*【唐国】――現在の中国にあたる国。
*【4凶】――世界をめちゃくちゃにしたとして、指名手配中の大戦犯。鴻鈞道人(混沌)・陸圧道人(アラクシュミ)・スクルド・檮杌の4柱を指す。
*【緋緋色金】――西洋のオリハルコンと似た性質を持つ緋色の希少金属。硬い・軽い・熱に強いと武器や防具に最高の素材だが、それ故に加工が難しい。