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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
1章 摂津源氏結成
10/175

【源頼光】覇成死合の果てに

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

2025/1/02 修正

 ・一部加筆・修正

 ・段落の設定

 ――しばし時間は遡る


「もう予定時刻から20分過ぎたわ、いい加減始めましょ!」


「で、でも頼光、覇成死合はなしあい、は、そ、双方から、立会人が……」


「来てないつなが悪い。それに私は満頼のことを信頼してるもの。……あんたも文句ないでしょ? クソ親父まんじゅう


「我はぁぁぁ、一向にぃぃぃ構わぬぅぅぅ」


「はあ、そ、それで、い、いいなら」


 実は30分遅れることは綱から事前に聞かされてるのよね。覇成死合は源氏にとって最も崇高なものだから、ほんとならハラキリ物のやらかしなんだけど清和源氏みうちの中でのことだし、後でなあなあにするから先に始めといてって言われてる。結果をひっくり返すとかじゃなけりゃギリ大丈夫とか博打にもほどがあるんと思うけど。


「こほん、それではこれより源満仲と源頼光両名による覇成死合を始める!」


 咳払いから始まり、つらつらと口上を述べる満頼。こういう感じで普段のどもりがなくなると、こっちにも緊張が伝わってくるというもの。口上が進むにつれて空気の張り詰める音さえ聞こえてきそう。


「本来、立会人を双方から1名ずつ選出して行うものですが、源頼光方の立会人である渡辺綱が未だ到着しないため、不肖この源満頼のみで務めますこと、ご了承いただけますでしょうか?」


「あ、もし綱が来たら私の立会人をしてもらうってことでいいのよね?」


「構わぬとぉぉぉ言っているぅぅぅ」


「ではそれぞれの了承を得られましたので覇成死合を始めます。まず立会人として私達自身が両者の戦いの妨げにならぬことを宣誓し、この場にいらっしゃる皆様にもお願いいたします」


 満頼の確認に応える声はなし。そりゃ今この場にいるのは私たち3人だけなんだし当たり前。真面目なのはいいんだけど、ここまで形式張りすぎるとなんかこう……ね。


「なお本来であれば、どちらかが死ぬか負けを認めるまで勝負はつかないものでありますが、相手を殺したくないと望む源満仲は源頼光を戦闘不能にすること。源頼光は両者の立会人が確実に死ぬと判断する攻撃を叩き込むこと。これをそれぞれの勝利条件とする変則手合であることをご留意ください」


 事前に聞かされてた口上が終わり、腰にさした血吸ちすいの柄に手を伸ばし体重を前方に傾ける。それにたいして親父は一切構えを取る気配なし。いやほんと、今まで1度も勝てたこと無いわけだしわかるけどさ、この余裕のぶっこき方がマージで癇に障るのよね。


「では、始めッッ!」


「いざッッッッ!!」


 開始の合図と共に血吸と親父の刀が交わり火花が散る。


 どうせ綱のことだから何かしかけるつもりなんだろうけど、私はただ親父に今までの恨みぶつけてやるだけッ!!


――そして時間は現在へ



「パパ、だーい好き」


 全身から汗が吹き出し、疲れも限界を超えたってところに飛び込んでくる力が抜けそうな言葉。


 思わずずっこけそうになったのを必死に立て直すと眼の前の親父の動きが完全に止まってるのが見えた。これって……。


「!! 勝ッ機ッッ!!!」


 血吸を水平に構え親父の喉をめがけて全体重をかけて飛び込むと、触れた切っ先がそのまま親父を壁まで突き飛ばす。


 この流れ、絶対に無駄にはしない! とにかく刀を振る! 振る! 振る! 血吸と親父が触れるとまばゆい火花と欠けた血吸の刃が宙に舞う。このまま血吸を振っても決定打とは取られない……? なら!


 地面を大きく蹴り空中で体を半回転させると、その勢いのまま天上を蹴り親父の後頭部を蹴り飛ばす。その威力に戦闘中揺らぐことのなかった親父の体が、ついに地面へとめり込んだ。


「これはさすがにー?」


「うーん、そ、そうだね」


「勝負あり! 頼光の勝ちー!」


「~~~~~~~ッッ! やったぁーーーーーーーーー!!」


 これで私も自由! 待っててね富ちゃん! すぐに陸奥守になって――――


「うあああああああああああああああああああッ! ああああああああああああああああッ!!!」


 喜びに浸ってたとこい冷水をかけられたような感覚。え、誰あの子? わりといい歳をした男が臆面もなく号泣してるのすごく怖いんだけど……。屋敷では見たこと無いけどどこのどいつ……いや? よく見たらどっかで見たことあるかも……?


「あぁ! 確か弟の――頼信、だっけ? 何で泣いてんの?」


「さー? 頼光の事応援してたし嬉し涙じゃないのー?」


「え、嘘……。私の弟くん良い子すぎ」


 どこぞの娘を屋敷に閉じ込め続ける親父まんじゅうと、それに従って部屋の出入口に四六時中立ち続けてる叔父と比べてなんて心の優しい子なんだろ! やるじゃん清和源氏。まだ人の心が残ってた!


 これはもう頭を優しくなでて褒めてあげようと近づくと、抜き身の血吸もお構い無しでしがみついてくる弟くん。待った待った……さすがにここまで感情むき出しで来られると怖いよ?


「ちょっと、あんた大丈夫?」


「姉上!! 此度の罪の一端は自分の責任です! 親殺しは重罪ですが、もし姉上が死罪になることがあれば自分も腹を――――!!!」


「は……? 何言ってるのあんた。いいから落ち着いて、鼻ちーんてする?」


「自分は、自分はああああ!! 綱に騙されて実の姉上に、父上を殺させてしまった!!! うああああああああああああああああああああ!!!」


「えーと? なんか人聞き悪いこと言われてるっていうか……大丈夫この子?」


 優しい……いや、ほんとに優しさなのかなこれ。弟くんの情緒についていけなくてお姉ちゃん困惑してるよ?


「いいから人の話を聞きなさいって。大体―――」


「うがあああああああああああああああぁぁぁ!!!」


「「「あの程度で死ぬわけがない」」」


 私と立会人2人の声が重なるのと、傷1つついてない親父が立ち上がったのはほぼ同時。


 いやね? これくらいで死ぬなら変則的な条件で戦う必要なくない? ……ああ、手合開始時にいなかったから条件つきの変則手合って知らなかったのね。


 でもそうか、確かに身内同士の手合ならともかく、普段の覇成死合ってすなわち殺し合いだし、勝ち名乗り受けたら親父が死んだと思うわよね。



「今の勝負はぁぁぁ無効だあああああぁぁぁ!!!」


「はあッ!? なにそれ意味わかんない!」


 起き上がった途端、わけの分からないことを言い出すクソ親父。なに? 打ちどころでも悪かったことにしてボケたフリ!?


「覇成死合の最中にぃぃぃ不要な声をかけるなどぉぉぉ言語道断であるぅぅぅッ!!」


「いやいやいや、私にだって影響あったし! なに自分だけが被害者ぶってんのよクソ親父! あんな隙だらけの棒立ちするほうが悪くない!?」


「それに関しましてはボクの不手際です。まさか急にあんな血迷ったことを言うなんて……。頼信も源氏の一員である以上、覇成死合の作法くらい知ってるものと油断しておりました。これではここにつれてきてしまったボクにも責任の一端が無いとは言いきれません」


 深々と頭を下げる綱を絶望に満ちた表情かおで睨みつける弟くん。分かるわよ。綱のやつ殊勝なこと言ってるようで、ほぼ全部弟くんが悪いって言ってるだけよねこれ……。


「よ、頼信、は、つ、綱に騙されたって、い、言ってるけど?」


「はい、ここに来る途中に合図を出したら読むようにと紙……を……」


「あははー、そんな紙がどこにあるのさ? 可哀想に御父君のボコボコにされる姿を見て動転してしまったんだねー」


 ……一生懸命着物をはたいて紙を探してるけど、永遠に見つからないわよ弟くん。だってそれっぽいのついさっき綱が飲み込んでたし。


 ま、そのせいで無効だ何だ騒がれたら嫌だから黙ってる私もどうかと思うけどさ。これでまた軟禁生活再開とか気持ちが折れちゃうのよ。


「そもそもですが、何故立会人であるボクが来る前に始めたのですか? いくら身内での覇成死合とはいえおかしいですよね。待っていてくれれば、戦いの邪魔しない云々という始めの宣誓を頼信も聞けたじゃないですか」


「ぐぬぬぬぬぅぅぅ!!!」


 ああ、そういう……。


「親父、納得行ってないのは分かった。でも私には陸奥守になって故郷とそこに住む人達を豊かにするという、富ちゃんとの約束があるからここで引くつもりはないわ」


「兄上……綱の、さ、嵯峨源氏らしい、や、やり方ですが、証拠、も、無い以上は、私も、た、立会人として無効とは言えません」


 なかなか負けを認めず立ち込める重い空気。そんな空気を変えるかのように綱がパンと両手を叩く。


「それじゃこうしません? 頼光の要求は外に屋敷を構える形の完全独立ですけどー、この屋敷に住み続けるうえで外出自由みたいなー? それなら御爺殿としてもぎりぎり許容範囲じゃないですかー?」


「ぐうううぅぅぅ!!」


 なんか怪我1つしてないはずの親父の目から血がダラダラ流れだしてて怖いんだけど……? そこまで私のこと外に出したくないのかこいつ。


 しばらくの時間の後、「必ず誰か1人護衛につけること」を条件に綱から示された妥協案をついに親父が飲んだ。


「ったああああああああああああ!!」


 歓喜の声を上げる私を綱と満頼は拍手で称えてくれ、弟くんはただただ感情のない目で見つめてた。

【人物紹介】

【源頼光】――源満仲の長女。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【源頼信】――源満仲の次男。頼光とは異母姉弟。この度河内守に任命された。

【渡辺綱】――源頼光の配下。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。嵯峨源氏から清和源氏に鞍替えした。

【源満仲】――源頼光、頼信の父。平安4強の1人にして最強。

【源満頼】――源満仲の弟・満季みつすえの長男。先天的に芯が通っていたため当主である祖父の経基つねもとの養子となり武芸を仕込まれる。平安4強の1人。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【覇成死合】――源氏間で行われる最も神聖な格闘イベント。以下公式ルール。

         ・試合形式は1VS1

         ・武器の使用制限なし

         ・それぞれが立会人をたて不正がないよう務める

         ・死ぬか負けを認めるかで決着

         ・敗者は勝者の要求を1つ飲まなければならない

*【血吸】――頼光の愛刀。坂上田村麻呂の妻・鈴鹿御前が子孫に託した顕明連と呼ばれる一振り。坂上田村麻呂の子孫である卜部季武が持っていたが、頼光の手に入れた弓・雷上動とトレードした。

*【清和源氏】――源氏の系統の1つ。『鉄壁の清和』と呼ばれる。

*【嵯峨源氏】――源氏の系統の1つ。『謀略の嵯峨』と呼ばれ、覇成死合に勝つために手段を選ばない。

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