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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
序章 パラレル平安時代の誕生
1/166

混沌の憂鬱

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています


2025/1/02 修正

 ・混沌のキャラクター性変更

 ・視点の変更 混沌視点→第3者視点


 空からの光が降り注ぎ、それにあてられて輝く雲はまるで金色の海のようにも見える。


 その神々しさに包まれた空間には大小様々な岩が重力に逆らって宙に浮き、その中で一際存在感を放つ大岩の上に鎮座するのは、この空間の主であり創造神である女媧じょか


 下半身は蛇の姿であり、その太さは何千年と年を重ねて来た霊木の幹よりもなお太い。その体を上に向かうと腰のあたりで所々に鱗で覆われているものの、人間の女性のものへと変わる。


 腰こそ若干くびれているが、胸には厚みがなく凹凸のない体。身にまとうものもなく裸体を晒してはいるものの、空から降り注ぐ光で大事な部分は隠れている。


 サラサラとした長い黒髪を首の後ろで纏めていて、蛇を思わせるような金色の目は切れ長で容姿は極めて端麗と言える。もっとも両頬にも蛇の鱗があり、それを好ましく思えれば、だが。


 何より対象物がなく分かりづらいが、その大きさはまるでビルの様に大きいのが人の恐れを刺激するのには十分な姿である。


 その正面、小さな岩の上にも1柱、女媧の話を少々かったるそうに聞いている神が立っていた。


 名を混沌。女媧が自らを補佐するために生み出した幹部ともいえる4柱のうちの1つである。


 身長は145㎝といったところ。全く手入れのされていないウェーブのかかった黒髪を腰まで伸ばし、服装は首元がだらしなくたるんだTシャツ1枚。Rock 'n' Roll の文字がプリントされ2つの'o'の文字はそれぞれ陰陽魚の形となっている。


 そこから伸びる土気色の手足には肉がなく、骨の上にそのまま皮が付いているのかというほど細い。それにもかかわらず、垂れた目つきの顔は不思議と肉がついているというアンバランスさが、人とは違う何かであると想像させられる。


「混沌よ。妾がうぬに何を望み、その身を生み出したのか、それがはっきりと分かっておるのか?」


「それはもう。だからこそ人間を繁栄に導くため日々術を用いて、未来のシミュレーションを繰り返しているからねえ」


 何度も繰り返したであろうやり取りに、それぞれの声からうんざりという本音がにじみ出ている。


「うぬは妾が生み出した存在。妾の使う術のすべてを扱えるが、それ故に妾の扱えぬ術はうぬにも扱えぬ」


「ふぅん? でも生み出されたその時から使えているんですがねえ? 主上の場合、使う条件を満たせていないだけだと思うよ。それは散々説明してきたはずなんですけどねえ」


 創造主と創造物。この両者の間では噓は成立しない。


 創造主である女媧からしたら、いくら嘘を吐けないといえど、実装していない機能を持っていると言い張る混沌の言はありえない。


 混沌からしたら、いくらやり方を説明しても、自分が正しいとそれを試そうとしない女媧に嫌気がさしている。


 両者の中には埋めることのできない溝があり、議論はどうあってもつくはずのない状態だが、そんな中、そのどちらでもない声が混沌に向かって飛んだ。


「凡愚の下らぬ考えで御身を貶めるとは、女媧様に対してあまりにも不敬だな。意味を持たない造語を使うのも、女媧様を愚弄してるとしか思えない」


「ああ、居たのかい饕餮とうてつ。あまりにも小さいせいで気づかなかったねえ」


 混沌の言葉の通り女媧のあまりの巨体の下。下半身がツルッとしたタコのような触手で、上半身が男という神が腕を組んで立っていた。


 身長は混沌よりやや低い140㎝といったところだが、それはあくまで触手を地面に這い寄らせているからで、上半身だけで想像すれば180㎝はあると誰もが思うだろう。


 神とは自然の創造者―――つまり自然の究極というべきもので、混沌の様に服を着る方が異端である。こちらの饕餮も上半身は裸であるが、サラサラとした白い髪に、深い青の生地に水色で不可思議な模様をつけたバンダナをクロスするように巻いているあたり、自己主張というものを感じられる。


「造語ではなく西方の神々の使う言語なんだけどねえ。そんなことも知らずに『全知』とか名乗れるキミの厚顔無恥ぶりには恐れ入るよ」


「はッ! だから貴様は凡愚だというのだ。『全知』たる我が知らぬことを貴様が知っているわけがなかろう。己を賢く見せようとする凡愚の卑屈さは哀れを超えて滑稽である」


 混沌が女媧よりすべての術を継承して生まれたように、この饕餮もまたすべての知識を継承した存在だった。逆に言えば女媧の知らないことは饕餮も知らないのだが、女媧こそ全知全能の存在でありその全知の部分を受け継いだと自負する饕餮からしたらその知識にない言語を得意気に語る混沌は、造語で創造主に話をする不逞の輩そのもの。


 術を使って未来をシミュレートして他の言語の存在を知ることができる混沌とは、女媧とは比べ物にならないくらい深い溝があった。


 ぐうぅぅぅぅ~~~~……。


 そんなぎすぎすとした空気を打ち払ったのは何とも間抜けな腹の音。


 混沌から発せられたその音に女媧は眉一つ動かさなかったが、饕餮は露骨に眉をひそめた。


 それもそのはず神たる彼らは食事を必要としない。この腹の音も生理現象から鳴ったものではなく、混沌が術式で追加したものだった。


 食事は必要としないといえ味覚はあるし、未来の食卓に並ぶ料理を出来る限り再現して食べることは混沌の活力と言える。


 加えてメリットとしているのは、何もない世界で時を計る方法が腹時計しかないからだった。術とはいえ万能ではない。精巧な時計の存在は知っていても、構造を理解することができていない混沌には時計を作ることはできないので、こうして腹時計を活用したいたのだった。


 そして長々と続いた説教を打ち切る口実にも使える。


「とりあえず、私の術について理解はしていただく必要はないので、少し長い目で様子を見て欲しいのだけどねえ。そもそも人を繫栄させたいという主上のお気持ちは分かるけど、文明が起こったばかりの人間相手に神がしてやれることなんて限られてしまうのだから、今は見守るのが1番というのが私の結論さ」


「言い訳は無用。混沌よ、このままの状態が続けばうぬを失敗作と判断せざるを得ぬ。処分されたくなければ結果で示せ」


 最後までかみ合わない議論の中、言いたいことだけ言い終えた女媧は、煙のように姿を消す。残った混沌は饕餮に背を向けると背中越しに右手を挙げて振った。


「それじゃあ饕餮。キミも少しは新しい知識をつけたまえ。女媧様とて今までの事は知っていても、これから起きる事象など分からないことも多い。それをふまえて逐一知識をアップデートしていかないとキミはいずれ『全知(笑)』と呼ばれるようになるよ? 同期としての忠告さ」


「馬鹿馬鹿しい。全知たる我が得る知識などどこにもないわ」


 見下すような素振りの饕餮に振っていた右手の中指だけを突き立てると、混沌は岩から雲の中へと飛び込んだ。



 混沌がやって来たのは小さな小屋だった。こういった建物も神は必要としないため、基本混沌のみが使う物置だったが、今回はすでに先客がいた。


「きゅーーーー!!」


 怒号のような鳴き声を上げ、狂ったように鍋だ蒸籠せいろだをバンバン叩く小動物。腹は黄色、背中は緑の毛が生えた狸サイズのそれは混沌が何かと面倒を見てる神獣だった。


「やれやれ、調理器具を叩くものではないよ。それが壊れたら食事を作れなくなるというのに」


 そう注意されて素直に反省の意を示す神獣の体を、ふっと表情を崩した混沌が撫でる。


「反省ができるのは結構。……とはいえ、だ。今日は精神的に疲れているから腹に物を入れるだけのつもりだよ。ちゃんとした調理をするのはまたの機会さ」


 そう言って適当に干していた芋を探す混沌の背中を駆け上がり、神獣はバンバンと頭を叩きまくる。


「キミが美味しいものを食べたいという気持ちはわかるけどねえ。そりゃ私だって何か腹に入れるにしろ、美味しいものを食べる方がいいに決まっているさ。それでもそこを抑えて、他人の気持ちを思いやれる獣になることこそが、今後の生活を豊かにすると思わないかい?」


 良い話風のことで諭そうとするのもどこ吹く風。神獣の怒りは収まることなく混沌の頭に降り注ぐ。


 しばらくは好きにさせていた混沌だったが、何かを思い出したように頭に神獣を乗せたまま吊戸棚の前までくると、扉を開いて神獣に話しかけた。


「どうだい? その辺りに氷漬けの肉まん転がっているんじゃないかな?」


 混沌しか使わない倉庫なだけに、戸棚の高さなど細かいところもかなり混沌にとって使いやすく設計されているが、それでも高いところを下から覗く形では視界が狭い。


 任務を下された神獣は戸棚へと飛び移り、ごそごそと漁るような音をさせると「きゅー!」とご機嫌な声で鳴いた。それに続いて吊り戸棚から3個の分厚い氷に覆われた肉まんが放り投げられる。


「さてどうしたものか……。これは蒸籠に直接いれてもいいのかねえ」


 少し考えるそぶりをしたあと、混沌は術で氷を消し去り蒸籠に肉まんを入れた


「ではお湯を沸かして……。おっと、始めに言っておかなければならないね。当然ではあるが私が2個でキミが1個だよ」


 「きゅー!」と抗議の意を示して再び頭の上に乗ろうと飛び上がった神獣は難なくキャッチされた。それから15分ほど肉まんが蒸しあがるまで時間、丁寧に丁寧に撫でまわされた。


 混沌が神獣の前に、肉まんを2つに割ると、中からむわっとした湯気と一緒に美味しそうな香りが辺りを包み床には肉汁が流れ出る。


「それでは私は失礼するよ。がっついて舌を火傷などしないでくれたまえよ?」


 そう言って残りの肉まんを皿に移し終えた混沌は、再び雲の中へと飛び込んでいった。

【人物紹介】

【混沌】――女媧に生み出された神の1柱。政治担当。人々の繁栄を目指すのが仕事。未来をシミュレートする術をはじめ様々な術が使える。現代知識も豊富。

【女媧】――中国のおいて人間を生み出した最高神。4極柱の生みの親。

【饕餮】――女媧に生み出された神の1柱。女媧と同等の知識があり『全知』の異名を持つ。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

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