第二章 タメシス魔術師組合 3
「入室は少し待ってやってください。青帽子たちは立ち働く姿を人に見られることを嫌うのです。己が隷属状態にあることを恥じているのでしょうね」
使役者であるサー・フレデリックが同情的に言う。
「ああ、そろそろ入れますよ。彼ら消えたようだ」
促されて入った居間の丸テーブルにはすっかりと茶菓の支度が調っていた。
「二人とも坐ってください」
サー・フレデリックが促し、自ら飲み物を淹れてくれる。
「ありがとうございます」
「どうもすみません」
エレンは悠然と、ニーダムはへどもどしながら白磁の椀を受け取る。
椀の中身はホットチョコレートだった。砂糖とスパイスが効いている。儀礼的に口をつけてから、エレンは改めて、預かってきた厚紙製の小箱を開いて護符を取り出した。
「サー、問題の遺留品はこれなんですの」
「魅了魔術よけの護符ですか?」
「ええ」
「被害者のもの? それとも加害者のもの?」
「それが分からないんですの。殺されていたのは、その――」
エレンは口ごもった。
娼婦という単語を知ってはいるが、同じ階級の最上位に属するサー・フレデリックの前で口にするのは躊躇われる。
助けを求めてニーダムを横目で見ると、頼れる警部補は真剣な顔で頷き、
「その、ああ、ええと――サウスエンド一帯で違法な商売をしているある種のご婦人だったのです」
はにかみやの少女みたいに婉曲な表現で被害者の職業を伝えた。
サー・フレデリックは分かってくれた。
「ああ、なるほど。――すると、護符の持ち主は加害者なのかな?」
「そうではないかと警視庁は考えています」と、ニーダム。
「それで出所を捜しているのだね? ミス・ディグビー、あなたの見解は?」
「阻害反応で光として現れた魔力を目視するかぎり、わたくしの知るどなたかの技ではありませんでした」
「そうか。私もちょっと試してみよう。失礼」
と、サー・フレデリックが掌に護符をのせ、ヒューっと細い音を立てて息を吹きかけた。
途端、護符が鳴動して調子はずれのフルートのような高音が響いたかと思うと、大きな鐘の音が幾重にもひびき合うような音が、護符を中心にして四方にまき散らされた。
「……――確かに今の音は知らないなあ。私も知らず、ミス・ディグビーも知らない誰かとなると――」
サー・フレデリックが顎に手をあてて考え込む。
そのときエレンははっと気づいた。
「あの、サー・フレデリック」
「何だい?」
「わたくし、ちょっと思い至ったのですけれど、これ、もしかしたらテイラー通りの噂の魔女の仕業じゃありません?」