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第十章 不思議なティーパーティー 2

「……――諮問魔術師? あなたが?」

 初めに不安げな声をあげたのはジョン・クルーニーだった。

 エレンは頷いた。

「ええ。それから、こちらのお二人はタメシス警視庁のストライヴァー警部とニーダム警部補です」

 紹介された二人が立ち上がり、ミスター・クルーニーに向けて礼をする。

 気の毒なミスター・クルーニーは呆然としていた。

 代わりにジョンが鋭い視線を向けてくる。

「警察が我が家にどのような用で?」

「お若いミスター・クルーニー、身分を偽っていたことは申し訳ない」と、ストライヴァー警部が職業的な落ち着きを取り戻して詫びる。「実は、こちらのミス・ディグビーから、このお邸の近隣で、ある種の、その――何です、魔術の絡んだ企みが進行しているという報せを受けましてな」

「たくらみ? それはどのような?」

 ジョンがエレンを見やる。


 エレンは黙って視線を上に向けた。


 透かし細工の銀の環に吊るされた真珠とダイヤと四ダースの水月石(アクアムーン)が、窓から射す冬の午後の陽射しを浴びて淡く澄んだ灰色に燦めいている。


 途端に、ミスター・クルーニーの顔色が変わった。


「――まさか、我が家のシャンデリアを狙って?」

 エレンは敢えて答えなかった。


 曲者がシャンデリアを狙っているというのは勿論嘘だが――おそらくはジョンと準男爵家の令嬢との婚約を喜んでいるのだろうミスター・クルーニーに対して、魅了魔術(チャーム)が用いられている疑いを正面から持ち出すのは説得が面倒である。


 こっちのほうがきっと簡単に激昂してくれるだろうというエレンの目論見通り、ミスター・クルーニーは激怒で頭のてっぺんまで真っ赤に染めながら椅子を蹴るようにして立ち上がった。

「なんたることだ! われらグリムズロックのクルーニー家の誇りたるこのシャンデリアを狙うなんて! 警部、犯人はどこのどいつです? その不届き者を今すぐ捕まえてください!」

「ミスター・クルーニー、大丈夫ですからどうか落ち着いてください」と、ストライヴァー警部が職業的な冷静さを発揮して宥めた。「ミス・ディグビーが、そいつの匂いの残された魔術的な遺留品をすでに手に入れているそうです」

「あ、ああ! それで犬なのですな!」

 ミスター・クルーニーがビーズみたいな黒い目を興奮に輝かせ、期待に満ちた視線をエレンに向けてきた。「ミス・ディグビー、その遺留品はどこに?」

「こちらでございます」

 エレンは澄まして膝の上のミルクピッチャーを持ち上げると、右の指をすっと立てた。


 指先を中心にして淡い金色の微光が広がり、燐寸の焔のような熱を放ち始める。


 テーブルの一同からほうっと息が漏れる。

 まさしくテーブル・マジックだ。観衆には光るということが重要なのだ。


 エレンは、演出のため敢えて光らせた指先でピッチャーの封蝋をなぞって融かすと、左手で白いナプキンをつかみながら、右手で蓋をあけた。

 途端、シャンパンゴールドの光とともにもわっとした熱気が溢れ、泥炭(ピート)と薄荷を混ぜたような独特の匂いが零れだしてきた。


 匂いはごく微かだった。


 三日三晩ピッチャーに閉じ込められ続けた「彼」の操る空気精霊(エアリアル)はもはや消滅寸前のようだ。


 エレンはナプキンをピッチャーの口に押し当てた。


「これが、遺留品の匂いなのですか?」と、ジョン。

「ええ」エレンはナプキンを外しながら応えた。「ミスター・クルーニー、あなたの優秀な猟犬にこの匂いを追わせてください。彼はまだこの近くにいるはずです」

「ええ、任せてくださいミス・ディグビー!」と、狩猟好きのミスター・クルーニーは勇み立った。

「ジョン、猟銃を用意しなさい。ゴク、マゴグ、いいかい、この匂いを追うんだよ!」

 二頭の利口なダルメシアンがウォンウォンと元気に返事をする。

 クルーニー親子はたちまち身支度を調え、

「警部、ご婦人方を頼みますぞ!」

 と、勇ましく言い置いて、弾丸みたいに走り出した二頭の猟犬の跡を追っていった。

 日々キツネ狩りばかりしている善良な田舎紳士の面目躍如だ。



 足音がすっかり遠ざかりきったところで、エレンは改めてピッチャーの中へと呼び掛けた。

「サラ、ご苦労様。どうやら巧くいきそうよ」

「うむ。それは何よりじゃ」

 ピッチャーの中から渋い声が応えて、小さく赤く輝かしい火蜥蜴(サラマンダー)が現れる。

「わ、可愛い!」と、エリザベスが感嘆する。「その子触らせてよ!」

「クルーニーの姫君よ、不用意に儂に触ると火傷をするぞ?」と、火蜥蜴は重々しく忠告した。




 紳士二人と犬二頭はほどなくして戻ってきた。

 出たときと違って足音が意気消沈している。


「――ミス・ディグビー、これは何かの間違いではないですかな?」

 食堂に入りながらミスター・クルーニーが沈んだ声で言う。


 その後ろから微かな笑いを含んだ落ち着きのある男の声が応じる。


「同感ですな」


 人懐っこい二匹の犬に左右からまとわりつかれながら入ってきたのは、黒いコートに黒っぽい診療鞄を手にしたドクター・マイクロフトだった。

 相変わらず顔の右半分を黒天鵞絨の布で覆っている。

 エレンの鋭い嗅覚はその布の下から、空気精霊に宿っていた魔力と同じあの軟膏めいた匂いを察知した。

 泥炭と薄荷の混ざったような鼻にツンとくる匂いだ。


 

 ――やはりこの男だ。



 常時微細な魔力(グラマー)を用いて、おそらくは姿を誤魔化しているのだ。



 エレンは確信するなり命じた。

「サラ、彼の顔に焔を!」

 間髪入れずに火蜥蜴が大きく口を開き、黄金色の小さな焔の塊をマイクロフトの顔に向けて噴出した。


「ミス・ディグビー、何をするのです!?」


 マライアが大声で叫ぶ。

 焔の塊がマイクロフトの顔面を直撃する寸前、その顔の前に暗紅色の光の膜のようなものが広がって焔を弾き飛ばした。

 


 エレンはそのタイミングで叫んだ。

「みなよく見てください! その男は本当にドクター・マイクロフトですか!?」



「ミス・ディグビー、あなた、一体何を――」

 不審そうに言いながら立ち上がったマライアは、そこまで口にしたところで言葉に詰まり、息子とよく似た理知的なとび色の目を零れんばかりに見張り、一、二度瞬きをしてから、恐怖と混乱の入り混じった小声で呟いた。


「――違いますね。確かに」


「ミセス・クルーニー、何を言われるのです?」と、マイクロフト医師が――マイクロフト医師を名乗る何者かが焦った声を出し、背後に立つジョンを振り返った。

「ミスター・ジョン、お母さまは錯乱なさっているようです。どうかすぐ気付け薬を――」

「いや」

 と、ジョンは低く応じ、がっしりとした手で相手の右腕を掴んだ。


「母の言う通りです。あなたはドクターじゃない。あなたは誰なのですか?」




「――その答えは、おそらく私どもが知っているのでしょうな」と、ストライヴァー警部が立ち上がって歩み寄りながら言った。「おいクリス、お前が説明しろ。今回のことは何から何までお前のお手柄なんだから」

「ほとんどはミス・ディグビーのお手柄ですって」と、ニーダムは不本意そうに言い返してから、ジョン・クルーニーに腕を戒められたままの何者かを睨みつけた。


「そいつの名は、たぶんアルジャナン・ロドニーといいます。四年前までパーシー家に雇われていた顧問魔術師です」

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