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クルシェは殺すことにした  作者: 小語
第2章 標的を暗殺しに行こう
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第3話 ソウイチはやることにした。

「ちょっと待ってよ」


 慌ててソウイチが後を追った。


「少し見ただけでいいのか? これからどうするんだよ」

「〈月猟会〉の本拠はもう分かっているんだけれど、このまま三人で乗り込んだところで、ソウイチがハチの巣になるのが関の山」

「何で俺だけ……」

「で、私たちが近づけないならもう一つの方法があるわ。向こうから来てもらうのよ」

「は?」


 それまで黙っていたクルシェが唐突に口を開く。


「クオンにとっての邪魔者が現れれば、きっと向こうから動き出すはずよ」

「邪魔者?」


 クルシェは振り向き、ひたとソウイチを見据えていた。


「そう。邪魔者」

「なるほど! で、具体的にはどうするんだ?」

「ソウイチが酒場や遊郭に行って、しらみつぶしに〈月猟会〉のことを聞き込みするの」

「それじゃあ、俺が〈月猟会〉に命を狙われちゃうだろうが!」

「『狙われちゃう』って言い方、何か可愛いわ」

「そんな場合じゃない!」


 握り拳を振って怒鳴るソウイチの剣幕に、さすがに数人の通行人が振り返った。ここで目立つのは芳しくないと、ソナマナンがソウイチを宥めにかかる。


「ま、落ち着きなさいな。ソウイチ。とにかく、何事かを成すに犠牲はつきものよ」

「落ち着けるか!」


 もはや言葉では問題は解決できないと知ったソナマナンが、行動で事態の打開を試みた。その身をソウイチの胸に預け、縋りつくように哀願する。


「とにかく囮になってほしいの。お、ね、が、い」

「嫌だあ!」


 あっさりと振り払われたソナマナンが悔しげに歯軋りしている。その噛み合わされた歯の隙間から、「私の魅力が通じないなんて……」という声が微かに漏れていた。


 このとき、何とクルシェがソナマナンをマネてソウイチの胸へと飛び込み、彼の身体に抱き着いた。


「お願い」


 ソウイチはクルシェを払い除けようと、その両肩を掴んで引き離そうとした。だが、視線を落としたソウイチの目が見開かれ、その動きが止まる。


 そして、ソウイチの口から決然とした言葉が放たれた。


「やりましょう」


 ソナマナンが驚愕と敗北感に打ち震える。


「何でよ、私のときはすぐに拒否したくせに! あ、テメー、ロリコンだったのね⁉」


 激昂するソナマナンを尻目に、クルシェはソウイチから離れて歩き出した。ソウイチも静かにクルシェに続く。

 ソウイチの手にいつの間にか三枚の紙幣が握らされていたことに、ソナマナンは気づいていないようだった。


 こうした経緯の後、三人は手近な酒場を前にしていた。


 サクラノ街の歓楽街のほとんどは〈月猟会〉の縄張りのため、適当な店を選んでも〈月猟会〉の息のかかった場所である公算が高い。


「それじゃ、お願い」


 クルシェの冷淡な声音を背中に受けて、今更ながらソウイチは後悔していた。


「く、たかが三万でこんな危険なことをさせられるとは、我ながら情けない……」


 ソウイチは薄暗い店内に入ると店主らしき男に尋ねる。


「こんにちは。ちょっとお尋ねしたいんですが。〈月猟会〉という組織を知っていますか?」

「いや、知りませんな。準備中なもので、もういいですか」


 店主の答えはにべもない。


 仕事用に契約している携帯電話の番号を告げ、もし見かけたら連絡してほしいと店主に頼み、ソウイチは酒場を出た。


「どうだった?」

「いや、何も聞けなかった」

「それでもいいわ。話を引き出すのじゃなく、こちらが〈月猟会〉について嗅ぎまわっていると、先方に知らせるのが目的だから」


 淡々と言ってクルシェは早くも歩きだした。


「それじゃあ次ね」


 ソウイチが悄然とクルシェを追いかけ、ソナマナンが憐憫を込めた瞳をその背中に注ぐ。


 それからソウイチは数軒の酒場や飲食店を巡って同じ質問を繰り返したが、返答は決まって手応えがなかった。

 冷淡な対応に晒され続けて心なしか背中の曲がったソウイチが、八軒目の小振りな酒場に入って同じ質問をする。


「さあ。そういうことについては喋れないのでね」

「そうですか。どうも。心当たりがあったら、ここに連絡をください」


 もはや作業のようなやりとりを経て、ソウイチが酒場の出口に向かった。

 そのとき、店主が慌てた様子でソウイチに声を放つ。


「待ってください。ここを出て大通りに入ると向かいに裏道がある。その路地にある〈別離にさよなら亭〉は大きな店で、何か手掛かりが見つかるかもしれません」

「ありがとうございます。寄ってみます」


 ソウイチが外で待っていたクルシェとソナマナンに合流。店主から教えられた〈別離にさよなら亭〉に行ってみることにした。


 さりげなくクルシェは振り返る。酒場の窓から見送る店主の双眸が緊張していたのを、抜け目なく捉えていた。


 さっきまで晩秋の淡い日差しが溢れていた路地は、太陽が雲に隠れたのか暗く陰っていた。冬が間近に迫っている季節だけあり、日が消えると肌寒さを感じずにはいられない。


 ソウイチは身体を小さく揺すってから歩き出した。


「次の店は私たちも一緒にいくわ」

「へえ、それはありがたいや」


 ぶっきらぼうな返事にも気を悪くすることなく、クルシェは朱唇に笑みを描かせた。目元は笑っておらず、それは冷笑に近い。


 鈍感なソウイチとは比較にならない明敏さを持つソナマナンが、小声で横に並ぶクルシェに問いかけた。


「相手が撒き餌に食いついてきたの?」

「そうみたい。次の〈別離にさよなら亭〉では、きっと動きがあるわ」

「そう。それじゃあ、あとは頼りになるクルシェちゃんにお任せ、ね」


 ソナマナンがクルシェに横から抱きつき、その重さでクルシェがふらついた。


「何やってんだよ。早く行こうぜ」


 前方から呼びかけるソウイチの声に頷き、クルシェはまとわりついてくるソナマナンを引きずるように歩き出した。

ソウイチがお金で囮になることを決めるのは、個人的に好きなシーンです。

三人の関係性が端的に表れているシーンだと思います。

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