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クルシェは殺すことにした  作者: 小語
第2章 標的を暗殺しに行こう
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第1話 殺し屋たちの出発

 翌朝、クルシェは〈白鴉屋〉に赴いて依頼の受諾を告げた。スカイエは所用で留守らしく、クルシェに応対しているのはソウイチである。


 ソウイチは、クルシェが依頼を承諾することを見越していたのか、やや暗い顔をしながらも手際よく準備をし始めた。


「スカイエさんもソナマナンも、多分クルシェが依頼を請けるだろうと言っていたよ。今、いつものを用意するから、ちょっと待っていてくれ」


 そう言ってソウイチはクルシェの前に甜茶(てんちゃ)を置くと、奥の部屋に入っていった。


 クルシェは昨日座った席に陣取り、容器に満たされたお茶を手に取る。

 甜茶とは甘味のあるお茶のことであり、特定の種類の茶葉を指すものではない。クルシェが好むのは、大陸西部の山間部の水華王朝でしか栽培されていないバラ科のテンヨウケンコウシという茶葉だ。

 この茶葉に含まれる成分、甜茶糖(ルブソシド)は甘味が強いにもかかわらず、砂糖などと異なり熱量(カロリイ)が少ないため太りづらい。また独特の成分が花粉症などの免疫系の症状を抑える働きがあるとされている。


 茶色の液体を口に含むと、自然の甘味が舌に心地よかった。奥の部屋でソウイチがガタガタと鳴らす物音を聞きながら、クルシェは喉を潤した。


「ソナマナンは?」

「ああ。朝が苦手って言っていたからな。ま、もうすぐ来るだろ」


 ソナマナンが遅れてくるのはいつものことなので、クルシェは気にせず待つことにする。

 ソウイチが一抱えの箱を持って戻ってきたのは、それからすぐのことだった。


「ほいよ、これ。今回はいつもより多くて五十本らしいけど、入るよな?」

「そんなに入れるのは初めてだけど、大丈夫のはずよ」


 ソウイチは飲み物を揺らさないよう、そっと箱を卓上に置いた。無頓着に見えるが最低限の気遣いくらいはできる男だ。


 クルシェが箱を覗き込むと、刃の部分を布に包まれたナイフが五本並べられていた。それが十層あって五十本もの刃物が収納されている。


「それじゃ、頼んだ。俺も自分の準備があるからさ」


 ソウイチはそう言うと、背嚢に詰める荷物をあれこれと物色し始める。救急用具や非常食、攻撃されても大丈夫なように分厚い雑誌など他愛もないものばかりである。


 クルシェはその様子を横目にして自身も仕事の準備を始める。


 ナイフを一本取りだしたクルシェは右手に握った刃を寝かせると、その刃先を左手に突き立てた。だが、血が出ることもなく刃は掌に埋まっていく。

 数秒もするとナイフが掌に飲み込まれて完全に消失した。二本目のナイフを手にしたクルシェは再び同じ作業を繰り返す。


 これがクルシェの〈魔力〉だった。〈魔女〉である彼女はこの力能によって掌から物体を出し入れすることができる。

 この世界には〈魔女〉という能力者が存在している。〈魔女〉は必ず〈魔力〉という特殊能力を有していることが確認されており、その〈魔力〉の質は個体によって大きく異なる。


 その特殊能力を所有する〈魔女〉が存在する理由には幾つかの説が存在するが、有力な一説には以下のようなものがある。

 この水華王朝に伝わる神話によると、この世界を創生した神々はすべて女神であり、その女神の能力を引き継いでいる者は女性に限られる。


 実際に〈魔女〉は女性しか存在せず、その筆頭がこの水華王朝の女王でもある。

 クルシェは特異な能力を有する〈魔女〉の一人だった。

 クルシェが有するのは掌を通して物体を亜空間のような場所に収納し、また掌から取り出すこともできる能力だ。


 大量の凶器を別の空間に隠しておけることで殺し屋には格好の魔力とも言える。

 だが、この能力にも欠点はあるようで、クルシェの体感によると、自分の体積を超える量の物体は収納できない。


 クルシェはこの魔力を〈渇望と嘔吐〉と呼んでいる。生物が生まれながらに呼吸を知っているように、クルシェも自然とその呼称を知っていたのだ。


 黙々とクルシェはナイフを収納していき、その間にソウイチはさして意味の無い準備を行っていた。

 ナイフの半分以上を掌に飲み込んだ頃、まだ寝不足のような表情をしてソナマナンが〈白鴉屋〉に顔を見せた。


「あら、二人とも早いことー」

「ソナマナンが遅いんすよ。準備はしてきたんすか?」


 その言葉を聞いたソナマナンは、身をくねらせて気取った姿勢をとってみせた。


「私の魅惑の姿態は、いつでも準備万端ばっちこい、よ」

「あ、そ」


 そう言って懐中電灯に電池が入っているか確認するソウイチ。クルシェはそもそもソナマナンが現れてから、見向きもせずに作業を続けている。


 ソナマナンは肩を落としてクルシェの前の席に腰を下ろした。

 さすがに朝っぱらからは雑な扱いは身に応えるのか、それとも単に前夜飲み過ぎただけか、ソナマナンはおとなしく二人の準備を見守っている。


 しばらくして、クルシェが最後のナイフを掌に詰め終わり顔を上げた。


「終わったわ」

「俺も、準備万端ばっちこい、さ」


 ソウイチが膨らんだ背嚢を力の限り抑え込んで留め金をかけながら応じた。


「ソウイチ。それ、私のやつ」


 ソナマナンが弱々しく指摘した。

 背嚢を背負ったソウイチが胸を張って言い放つ。


「さあ、行くぞ」

「別に、ソウイチが言うことでもないと思うけど」

「まあ、いいじゃないの。やることは一緒よ」


 ソウイチの後に続き、クルシェとソナマナンも〈白鴉屋〉を出て行った。

クルシェの魔力は掌から物体を出し入れできる能力です。

暗殺に適した能力であり、クルシェが拳銃ではなくナイフを愛用する理由にもなっています。

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