第4話 養父の仇は〈月猟会〉
「えっと、今回の標的は〈月猟会〉の若頭、クオンだそうです」
「まあ、〈月猟会〉? あそこは最近、威勢がいいらしいわよね」
ソナマナンが相槌を打つと、ソウイチは頷く。
「〈月猟会〉は、古くからこの街の北部に根を張る犯罪組織の一つですね。創立は六二年前で、現会長のラザッタの祖父が立ち上げたとか。それからは近隣の組織としのぎを削りあいながら存続してきた、老舗の組織です」
ソウイチは説明を続ける。
これまで〈月猟会〉は現状の勢力を維持するだけの実力しか持ちえなかったが、この数ヶ月間で近隣の敵対勢力を排除し、一気に勢力を伸長していた。
有名どころでは〈鬼牢会〉が〈月猟会〉との抗争に敗れて消滅している。
「思ったよりも〈月猟会〉の影響力は拡大していたのね。私たちも座視しているわけにはいかないのかしら」
「そうっすね。すでに北部は一部を除いてほとんど〈月猟会〉の縄張りになっているようです。このままだと、この地区まで勢力を伸ばしてくるでしょうね」
「その〈月猟会〉の急激な勢力伸長によって、若頭のクオンが狙われているのね」
「依頼主の情報は俺にも教えられていませんが、依頼内容からするとそうでしょうね。クオンは、現会長のラザッタの甥だということで重要な存在らしいです」
ソナマナンに向かってソウイチは肩を竦めて見せた。
「この〈月猟会〉の躍進はクオンの働きによるものだそうです。彼が私的に雇った戦力によって、ここまでの戦果を挙げているんですと」
「つまりクオンの命を狙うとなると、その戦力と敵対するということになるのね」
クルシェの放った一言で、それまで笑みを浮かべていたソナマナンの目が急に泳ぎ始める。
「そ、それって、もしかして凄く大変じゃないかしら? 幾つもの敵対組織を潰している相手でしょ? それに比べてこっちは三人だけじゃない?」
ソナマナンも優れた殺し屋として知られているが、荒事は苦手なために今回の強敵を前に臆し始めたらしい。
「そうよ。ジアお姉様にお願いしましょ!」
ソナマナンが口にしたジアというのは、スカイエの抱える手札のなかでは最強の戦力とされる女性の名前であった。カナシアでも最高峰の殺し屋と評される彼女ならば、〈月猟会〉を相手にしても引けをとることはないだろう。
しかし、ソナマナンの希望はソウイチの言葉によって砕かれる。
「ジアさんは、今頃ミツバ島の浜辺で日向ぼっこしてますよ」
「この前まで、アマミツ森林でヒグマと露営を楽しんでいると言っていたじゃないの!」
「だから、その足でミツバ島に行ったんすよ。あとひと月は帰ってきてませんて」
「ちっきしょー……!」
ソナマナンは呻くと、落胆して卓上に突っ伏した。
沈黙したソナマナンと入れ替わるように、酒杯を空にしたクルシェが口を開く。
「スカイエやソウイチが普段と様子が違うのは、この依頼が難しいからだったのね」
「ああ、うん。それもあるんだけど、言っておかなければいけないことがあって……」
常の明朗な態度と打って変わって屈託ありげな様子を見せるソウイチを睨み、視線でクルシェはその先を促す。そのまっすぐな瞳を持て余したように、ソウイチは伏し目がちになりつつも言葉を続けた。
「〈月猟会〉の犠牲になったのは敵対組織だけじゃなくて、もう一人いて……。それがフリードさんなんだと」
それまで感情の乏しかったクルシェの面に激情が走った。茶色の瞳が憤怒を卓上に突き刺している。
「フリードを殺したのが、〈月猟会〉……⁉」
さしものクルシェも動揺を隠せていない。ソウイチは痛ましげに目線を逸らしており、ソナマナンは伏せていた顔を少し上げてクルシェの様子を見守っている。
「それでスカイエも、今回の依頼を断ってもよいと念を押していたのね」
「ああ。その、……フリードさんが負けるほどの相手なんだから、クルシェじゃまだ難しいかもしれないってさ」
「やるわ」
クルシェの向こう見ずな発言に対し、ソナマナンが諫めるように言う。
「待って。もう少し話を聞いて判断しても遅くはないわ。〈月猟会〉はともかくとして、その構成員の誰がフリードを殺害したのか分からないし」
ソナマナン言葉にはクルシェを落ち着かせる効果があった。
「ソウイチ、〈月猟会〉の構成員についての情報はあるの」
「もちろんあるよ。〈月猟会〉のクオン配下で有名な人間は二人いるみたいだな」
ソウイチは卓上に資料の紙片を並べる。その資料には、〈月猟会〉の所在地や有力な構成員の情報が記載されていた。
「一人は、ハチロウ・ヤマナミという男だな」
「ソウイチと同じハクラン人ね」
「まあ。人種は同じだけど。俺の祖先は、大昔に故郷を捨てて大陸に渡ってきた一族だからな。俺と違ってハチロウ・ヤマナミには地名を表す名前がないだろ? ずっとハクランに住んでいた証拠さ」
「その男が、何か理由があって大陸に来たのね」
「そうらしい。ハチロウはハクランでは有名な剣士だったそうだ。何でも国王の御前試合で十傑に入選したんだと。これ、どれくらい強いんだろうな」
ハクランの血が腐っているのか、祖国の知識に疎いソウイチへと蔑みの目を向けながらソナマナンが補足する。
「つまり、国王様が催した大会で十位以内に入ったのよ。大雑把だけれど、ハクランで十指に入る実力者ってわけ」
「……それ、もしかして物凄く強いんじゃないのか⁉」
「だから、そう言っているじゃないの! このおバカ!」
叫びながらソナマナンは何度も卓上に頭を打ちつける。ジアが不在である衝撃のせいで情緒不安定になっているようだ。
「でもさ。ハチロウは三年前に少女連続殺人の容疑で憲兵隊に拘束されかけたんだ」
「されかけた?」
「ハチロウはそれが冤罪であると主張して抵抗し、憲兵隊の追手四十一人を殺害して逃亡。これが原因で大陸に来たんだ。で、今は〈月猟会〉の食客になっていると」
「でもって言うけど、ハチロウの強さの裏付けにしかなっていないんだけれど」
ソウイチはしばしの思考を経てクルシェの指摘の正しさを悟ると、頭に片手を当てて照れ笑いを発した。
「もういいわ。それで、あと一人は誰なの」
「えっと、こいつは大したことなさそうだな。エンパっていう女で、〈月猟会〉会長のラザッタがクオンの護衛のために貸しているようだ。機関銃を乱射するのが好きで、〈蜂の巣エンパ〉と呼ばれているらしいな」
「機関銃……?」
「資料で見る限り銃を撃つのが好きってだけで、組織への貢献度は高くないみたいだ。ま、鉄砲玉として使いやすいってのがあるんだろう」
続いたソウイチの説明をクルシェは聞いていなかった。
フリードが殺されたときの詳しい状況をスカイエは教えてくれなかったが、その遺体を目にすると腹から胸にかけて銃創があった。
実力からするとフリードを害しうるのはハチロウ・ヤマナミだろうが、致命傷が銃弾であったことを考えると犯人がエンパである線も捨てきれない。しかし、話を聞く限りではエンパには実力が不足している。
フリードはジアに並ぶ〈白鴉屋〉の看板となる実力者であった。凡庸な人物に返り討ちになるとは考えられない。
「クルシェ、どうしたんだ?」
「……いえ、何でもない」
気づかわし気なソウイチの声でクルシェは沈思から意識を戻す。
「とりあえず、今日の話はこれだけだからさ。スカイエさんも返事は明日でもいいと言っていたし。ま、クルシェは今晩ゆっくり考えてくれよ」
内容からして暗くなりがちであった話題に終止符を打つかのように、ソウイチは努めて明るい声音で言い放った。
クルシェは気分を静めるように軽く息を吐いて頷く。
それまで卓上に頬を当て、虚ろな目を宙に投げていたソナマナンが言う。
「ね、ねえ。ソウイチ。私の意思は関係ないのかしら?」
「そうみたいっすね。クルシェに協力してほしいってのが、スカイエさんの言葉なんで。まあ、ソナマナンなら大丈夫っすよ。はっはっは!」
「笑い事じゃないわよ……」
ソウイチの笑いが止むと、クルシェは席を立った。
「話がこれで終わりなら、わたしはもう帰る。いい?」
「おう。あ、お代わりはいいのか?」
クルシェは首を横に振ると、そのまま二人に背を向けて酒場を出て行った。
主人公のクルシェちゃんが無口で暗い分、脇を固めるソウイチとソナマナンがかなりギャグを頑張ってくれています。
この二人の掛け合いなんかもお楽しみいただければ、個人的には成功だと思います。