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クルシェは殺すことにした  作者: 小語
終章
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最終話 この三人なら

 クルシェは、いつもの公園の池で釣りをしていた。


〈月猟会〉との死闘から季節は移って冬になっていた。外気は張りつめた冷気で肌を覆い、空には純白の雲が広がっていて、今にもそれが結晶となって降り注いできそうだった。


〈月猟会〉との戦いで全身に傷を負ったクルシェは入院し、いっときは高熱を発して一月近く寝込んでいた。やっと退院してから〈白鴉屋〉に顔を見せようとしたが、時間が早かったため暇潰しをしていたのだった。


 上着を着込んでいても指先から冷えが伝わってくるようで、衰弱した身体では耐え難く、クルシェは早々に引き上げることにした。


 クルシェの他には釣り人のいない畔で身支度をしていると、頬に冷たいものが触れたのを感じて顔を上げた。


 いつの間にか雪が空から落ちてきていた。クルシェは目元を綻ばせると腰を上げる。

 相変わらず『ノラ釣具』で店番をしている青年に釣竿を返却して店を出ようとすると、後ろから声がかかるのも相変わらずだった。


「どうです。楽しめました?」


 それまでは無言で頷くだけだったクルシェは、振り返って口唇を開く。


「いえ、釣れなかったけど、楽しかったです」


 初めて言葉を交わした感激で顔を紅潮させた青年を背にして、クルシェは外へと踏み出した。


 雪の降る街中をクルシェは酒場に向かって歩む。風もなく穏やかな日で、雪は深々と街を白く塗り潰していくようだった。


 まだ昼間なのでクルシェは誰もいないだろうと予想していたが、酒場の扉を開けるとスカイエが静かに佇んでいた。


「まあ。クルシェ、身体は大丈夫なの」

「うん。まだ激しい運動はできないけれど、生活に支障ないわ」

「そう。よかった。こういう寒い日はお酒に限るのよ。でも、それはまた今度ね」


 スカイエが甜茶を容れる間に、クルシェは椅子に腰かける。クルシェが来ることは分かっていたからか、甜茶はすぐに机上に置かれた。


 クルシェが湯気の立つお茶に口をつけるのを待ってから、スカイエが語りかける。


「今回の仕事は難しいと思ってはいたけれど、とにかくクルシェが無事で幸いだわ」

「ありがとう。でも、途中から仕事というよりも、別なもののために戦っていた気がする」

「そう。それが、あなたが今回の仕事で得た一番の報酬かもしれないわね。何にしろ、結果的に依頼は達成したし、依頼人は喜んでいたわ。……今は、喜んでばかりもいられないだろうけれどね」


〈月猟会〉は若頭のクオンを筆頭に、その配下の戦力を悉く失ったことで大幅に弱体化していた。四方に拡大していた縄張りも、敵対組織の反撃を受けて一日毎に奪い返されているらしい。


 結局、〈月猟会〉の台頭はクオンと、彼に協力していた九紫美とハチロウの働きによって支えられていたことが露呈したのだ。その三人が死亡した現在、現会長のラザッタも求心力を失いつつある。


 スカイエの言葉は、迂遠ながら依頼人が誰であったのかを仄めかしている。

 依頼人は、目先の邪魔者を排除することに意識を奪われ、結果的に自身の首を絞める未来を招いたようだ。


〈月猟会〉が縄張りにしていたサクラノ街は、クオン存命時には比較的に落ち着いていたものの、今は勢力争いの渦中にあって流血が絶えないとのことだった。

 その混沌を引き起こした責任の一端が自分にもあると感じたクルシェは目を伏せる。


「そういう世界なのよ。殺し屋って」

「……そうね」

「これからどうするの? まだ続けるつもり?」

「分からない。当分は休業する必要があると思う。でも、私には、これしかできないかもしれないし」

「休んでいる間に、ゆっくりと考えてみるといいわ。……復帰はいつでもできるのよ。仕事なんて腐るほどあるのだから」


 冗談なのか判断がつかず、笑うべきかクルシェが迷っていると、すかさずスカイエが話題を変える。


「ようやくソナマナンも外出できるまで回復したのですって。近々ここに顔を見せてくれるらしいわ」

「さすがにしぶといわね」


 クルシェの憎まれ口にスカイエは微笑を返す。


 ソナマナンは九紫美に銃撃を受けて生死の境を彷徨っていた日、恐るべきことに夜遅くに意識を回復してどこかに外出をしていたと、治療をしていた裏街の医師が証言している。


 そのときの無理が祟り、帰ってきてからソナマナンは数日の昏睡状態にあったが、めでたく床払いしたとのことだった。


 そのとき、酒場の扉が開いて二つの人影が現れる。


「おお⁉ クルシェじゃないか! もう、動いても大丈夫なのか?」


 一人はソウイチだった。クルシェの姿を見ると破顔して片手を挙げて近寄ってくる。彼の片手はもう一人の身体を支えるために使われていた。


「あらー。クルシェちゃんてば、やっぱり若いと傷の治りも早いのね。羨ましいわー」


 痩せたせいで弱々しさは拭えないが、その超然とした笑みには艶美さを漂わせている。ソウイチに肩を支えられているのは、ソナマナンだった。


「二人とも、一緒に来たのね。ま、座って。今日は二人ともお客様だから」


 スカイエが促し、ソウイチとソナマナンが椅子に座った。


「いやね、ここに来る途中で会っちゃいましてね。クルシェだけじゃなく、ソナマナンにも会えるとは運がよかったっす」

「私もスカイエさんに挨拶しようと思ったら、ついでに二人にも会えるだなんて幸運だわ」

「ついでって!」


 ソウイチとソナマナンが現れたことで、一気に酒場のなかが騒々しくなる。はしゃぐ二人へと、スカイエが大人の余裕を持って声をかけた。


「もう。病み上がりなんだから、少しは静かにしていたらどうなの?」

「スカイエさんったら! 今まで静かに治療していたから、やっと騒いでいるんじゃないの」

「ま、今日ぐらいはいいじゃないっすか!」


 スカイエとソナマナンが話に興じている隙を見計らって、クルシェはソウイチの袖を引っ張って顔を向けさせる。


「何だ?」


「あのとき、聞く余裕がなかったのだけれど。〈月猟会〉に捕まっていたソウイチが一人で逃げ出せるとは思えないわ。何があったの?」

「え? いや、それは、あれだ、何だ?」


 露骨に戸惑っているソウイチを眺め、クルシェは一つ息を吐いた。


「まあ、いいわ。もし、この先何かがあったとしても、この三人なら、どうにかなる気がするから」

「そ、それは俺も同感だぜ。はは、ははは」


 ソウイチがその場を糊塗するように笑っていると、その肩にソナマナンの腕が絡んだ。


「そこの若いお二人さんは、何を内緒のお話をしているのかしら」

「別に大した内緒話じゃないっすよ」

「やだ、やっぱり内緒じゃないの。お姉さんにも教えてちょうだいな!」

「ソナマナン、酒でも飲んでいるんじゃないでしょーね⁉ ……あれ、クルシェ、どうかしたのか?」

「……バカみたい」


 顔を逸らして応じたクルシェの背後で、ソウイチとソナマナンがクルシェの機嫌を損ねた責任を押しつけあって騒ぎ立てている。


 自然と溢れる笑みを見られるのが面映ゆくて、クルシェはみんなから顔を背けて笑っていた。

最終話です。

本作は物語上に致命的な穴が幾つかあるのですが、お話のテンポ等のためにやむを得ないところがありました。

とはいえクルシェの成長や、ソウイチとソナマナンのボケもあり、最低限の品質は保っているのではないかと思います。

公募作として書いているため、いったんこの物語はここで終わります。


ここまでお付き合いくださり、まことにありがとうございました。

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