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クルシェは殺すことにした  作者: 小語
第5章 夜はかなし
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第6話 クルシェと九紫美の戦い

 監視映像に映し出されるハチロウの死体を見詰めながら、クオンは絶句している。


 クオンの執務室の電話が鳴った。

 クオンは震える手で受話器を取って耳に当てる。


「クオンね」

「まさか、クルシェか?」


 その名前を横で聞いた九紫美が眉宇をひそめる。


「ハチロウは死んだわよ。次はあなたの番」

「どうやら、そのようだな」


 常に沈着なクオンの声がさすがに震えていた。尋常でないクオンの様子に、九紫美が驚いてその横顔に視線を注ぐ。


「言われた通り、今からそっちに行くわ。九紫美にも、そう伝えておいて」

「いい気になるなよ」

「九紫美がいるから落ち着いていられるんでしょ? 惚れた女を戦わせておいて、自分は隠れているといいわ」

「この……」


 クオンが声を絞り出す前に通話は切れた。暗然と受話器を置くクオンへと、顔色を伺いながら九紫美が尋ねる。


「何があったの?」

「クルシェから電話だ。もうすぐクルシェがここへやって来る」

「旦那が、あんな小娘に負けるなんて……」


 信じられない、という本音を九紫美は飲み込む。

 失意と驚愕をすぐに抑えた九紫美は静かに言った。


「行ってくるわね。安心して、私は負けないから」


 クオンは何か言いたげだったが、クルシェを迎え撃つために扉へ向かう九紫美を無言で見送るだけだった。





 クルシェはクオンとの通話を終えた公衆電話を切ると、〈月猟会〉支部へと歩を進める。


 できることは全て行った。後は、全身全霊をかけて九紫美と戦うだけである。

 ハチロウとの戦いで受けた負傷は、人気の無い場所で応急処置をしている。包帯を巻いたおかげで出血も止まったし、左腕と腹部の傷の痛みも和らいでいる。


 ソウイチがいれば手早く済んだと思うと、改めて彼のありがたさを感じ入るようだ。とにかく、一刻も早く〈月猟会〉と決着をつけてソウイチを助けに行かなければならない。


 指定された〈月猟会〉の支部は、目抜き通りから外れた場所に位置していた。時計の短針が頂点を過ぎているため、明かりの点いている窓はほとんどない。


 クルシェは何気なく背後を振り返った。そこには、いつもいるはずの二つの人影が欠けている。背中にうすら寒さを感じつつ、クルシェは入り口を潜った。


 玄関を入ってすぐの一階は広間になっていて人気は無い。


 クオンが動かせる配下が少ないとはいえ、事務所が無人ということはあり得ない。恐らくはクルシェと戦えるのは九紫美のみと心得ていて、人払いをしているのだろう。


 クルシェは不意打ちを警戒しながら二階への階段を上がる。


 九紫美ならば壁面を擦り抜けて、どこからでも攻撃を仕掛けてこられる。建物に入った時点で油断はならない。

 階段を上がり切って二階に辿り着いたクルシェは、踊り場から広間に進み出た。


 このまま三階に直行してクオンを狙うこともできるが、九紫美に後ろをとられることは避けたい。

 クルシェは二階もくまなく調べることにした。二階は構成員達の事務室に使われているのか、事務机が並べられており遮蔽物が多い。


 事務所内を進んでいき、室内に幾つか据えられている柱の横を通り過ぎたとき、いきなりクルシェは上半身を沈めた。


 柱のなかから伸びた手が拳銃を発砲したのだ。銃撃をやり過ごしたクルシェが素早く前転して机の陰に隠れると、用心深く柱の方を窺う。


 柱から生えた腕に続いて足が、肩が、そして冷涼な表情の容貌が現れる。何としてもクルシェが倒さねばならない強敵、〈影踏み〉の九紫美だった。


「ちゃんと来たのね。その素直さは、とても喜ばしいわ。それを利用する人間からすれば」

「冥府の門の前でも同じことを言えるか楽しみね」


 九紫美の柳眉が逆立つ。減らず口そのものよりも、クルシェがこの状況に臆していないことへの苛立ちのようである。


「小娘、自分の立場を理解していないようね。あなたは、ただのロウソクの灯火。これから圧倒的な闇に飲み込まれるのを待つだけ」

「自分のことが見えていないのは、あなたの方よ」

「何ですって?」


 九紫美が声音にも不快の粒子を含ませる。


「あなたが望むように、クオンがこの街の権力者になる道は断たれたわ」

「……」

「〈月猟会〉が今まで敵対組織に勝ち続けられたのは、あなたとハチロウの二人が揃っていたから。あなた一人では、クオンを守るのと、敵を殺す役割を分担することはできない」


 それまで抑えていた九紫美の激情が、平静の仮面に瑕疵を入れ始める。


「ハチロウが死んだ今、その代わりを努められる人物は存在しない。ハチロウほどの実力者は二度と見つからないし、その人物を雇う前に〈月猟会〉は敵対勢力に敗北するわ」


 九紫美の仮面が音立てて割れ、その下から憤怒を覗かせた。


「そんなことない! 私一人で彼を守ってみせる!」

「あなたも今ここで死ぬわ」

「クオンの夢を邪魔しないで!」


 九紫美が叫んで拳銃を連射する。


 クルシェが隠れている机の表面を具現化した怒りが蹂躙した。

 その感情の発露の派手さと裏腹に、クルシェには傷一つつかない狙いの粗雑さが、九紫美の動揺を露呈していた。


 クルシェの思惑の第一段階は成功した。九紫美の平静を失わせること。


 銃撃が止んだときを見計らってクルシェが二本のナイフを投擲した。

 怒りに駆られながらも、その刃先を受けることは矜持が許さないのか、九紫美が二本の刃を撃ち落とす。九紫美は物体を透過する魔力だけに頼る人物ではないのだ。


 短剣を囮にして移動したクルシェは物陰に隠れて様子を窺う。


 クルシェを見失った九紫美は、慌てることなく周辺を探し始めた。遮蔽物が多いことはクルシェに有利となるが、九紫美もその遮蔽物を透過して利用する術がある。


 一方的にクルシェの利点となるわけではない。


 背を見せた隙を突いてクルシェが接近し、九紫美の背後をとった。敏捷に反応して振り向いた九紫美が迎え打つ。


 クルシェは頭部へとナイフを投げ打つと、九紫美が首を傾げて躱したところを狙い、拳銃を握る九紫美の手に蹴りを放つ。

 だが、クルシェの足は、拳銃をすり抜けて虚空を蹴った。


 九紫美の衣服にも魔力が適用されるのを目にしていたため予想していたが、やはり拳銃にも実体はないようだ。


 巧みに射線から身を外しながらクルシェが九紫美と距離を開ける。九紫美が照準をつけられないまま視線だけでその姿を追うと、クルシェがさらにナイフを投擲。


 九紫美は魔力を発現させることも、銃撃で防ぐ必要もなかった。クルシェが標的としたのは九紫美の影だったのだ。


 刃先は九紫美の影が這う床に当たると音を立てて転がり、九紫美は口に薄ら笑いを浮かべる。

 クルシェは九紫美に攻撃が通用する場所を模索していた。


 九紫美の肉体に実体がないため、影に攻撃すれば損傷が逆流すると考えてみたが、その予想は外れていた。


 クルシェの浅知恵を嘲笑って余裕ができたのか、九紫美は反撃に転じる。


 クルシェ本人ではなく、その近くの事務机に向けて発砲。飛び散った破片がクルシェの顔を襲い、反射的に片目を閉じたクルシェの動きが鈍る。

 両目を瞑って視野を失わなかったのはさすがだった。


 クルシェを射線に捉えた銃口が獰猛に吠えて銃弾を吐き出した。寸陰の差でクルシェが柱の裏に飛び込んで事なきを得る。


「無駄なことは止めなさい。賢いあなたなら、それくらいのこと分かるでしょう」


 クルシェの潜む柱へと九紫美の声が近づいてくる。


「苦痛を感じる時間が長引くだけ。おとなしくしていれば、一発で殺してあげるわ」


 九紫美の声が柱の手前に辿り着いた。


 クルシェは返事をせず、手近な事務机へと滑り込む。


 事務机の陰から覗き込むと、柱を通り抜けた九紫美の姿が現れたところだった。柱のなかを通り抜けて視界が塞がれている間にクルシェが逃げたと気付き、苛立ちを面に浮かべている。


 とりあえず横手の事務机に回り込んだ九紫美へと、ナイフを投躑する。身を反らして回避しざま、九紫美はその出現地点に返礼の弾丸を送り込んだ。


 逃走するクルシェの脇腹に激痛を感じる。それと同時に鮮血が周囲に飛んでいた。


 よろめいたクルシェが物陰に駆け込んだ。焦って背後を見ると、床には転々と鮮血が垂れている。九紫美がそれを追ってくるのは簡単だ。

ついに九紫美との対決です。

最初に心理攻撃を仕掛けるクルシェ。かなり作戦を練っているようです。


九紫美は痛いところを突かれて怒っていますね。

クオンの人手不足は深刻で、ウィロウ、コホシュだけでなくハチロウを失い、残る戦力は九紫美のみとなりました。

クルシェが言うように、ハチロウがいれば片方がクオンを守り、片方が敵対組織を潰していく、というやりかたもできますが、九紫美一人では手が回りません。

クルシェのせいで、この時点のクオンは窮地に立たされています。九紫美が怒るのも無理ないです。

九紫美はどうにかしてクルシェを始末したいでしょうが、果たして。

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