第5話 月だけは知っている
ソウイチは、クオンの待つ〈月猟会〉の支部へと歩を進めていた。
その背中を路地裏から見届けたソナマナンは、闇に紛れて移動を開始する。入り組んだ路地裏を走り抜けると、目的の人物の背中を発見した。
その男は、身を乗り出して散弾銃をソウイチの背中に向けている。ソナマナンは足音を殺して、その後方へと歩を進めた。
「動かないで」
その声を聞いたリヒャルトが首を曲げて振り向くと、その目元に皺が寄った。
「ほう。死んだと思っていましたが」
「あいにく、天国に美人は足りているのですって」
「天国に行けると思っているので?」
リヒャルトに拳銃を突きつけるソナマナンは微笑を不敵に浮かべている。
「あの二人のこと、見逃して下さらない?」
「何のことです?」
「ソウイチが〈魔女〉だからって、殺さないでほしいと言っているの」
リヒャルトの細い目に動揺の色が浮かぶ。
「言っている意味が分かりません」
「隠さなくてもいいのよ。ソウイチが男の魔女だってことは、あなたが嗅ぎ回っていることがそれを証明しているわ」
「ほう……」
「〈巡回裁判所〉が標的とする、『王国にとって有害な魔女』。それがソウイチみたいな男の〈魔女〉でしょう」
ソナマナンは独語を続ける。
王国の君主である女王の神話は、世界を創生した神々がすべて女神であり、その女神の力を受け継ぐのが魔女であるという考えに立脚している。
もし、男の魔女などが存在すれば、この国の神話、引いては女王の存在意義にまで波及する。
ソウイチはこの水華王国において、あってはならない存在なのだ。
「男の〈魔女〉の存在を闇に葬るのが、今の〈巡回裁判所〉の役割なのね」
鋭くなっていたリヒャルトの目がその鋭気を収めた。
「慧眼ですね。分かりました。今回は諦めましょう。ただし、内密に」
「なぜ、ソウイチが魔女であると分かったのかしら。後学のために伺っておくわ」
「……魔女というのは、自身の魔力に驕りがあるものでしてね。自分が死ぬことなどないと高を括っている者が多いのです」
ソナマナンが頷いて先を促す。
「あの青年も、恐怖しているようでいて、平気であなたやクルシェに同行している。それに、ただの青年があなたのような稼業の手伝いをしているなど不自然でしょう」
「それはそうだけど……」
「魔女である人間が隠れ処とするなら、魔女のなか。そう考えて、敢えて魔女の近くに身を置く人物も多いのです。私も専門家ですのでね。前例を幾つか知っていて、彼が怪しいと踏んだのです」
「なるほどねー」
ソナマナンが納得したのを見やり、リヒャルトが言った。
「それでは、その拳銃を引いてもらえませんか。怖くて仕方が……」
「さっきね……」
脈絡のないソナマナンの言葉に、リヒャルトが怪訝な面持ちになる。
「ソウイチを助けに、〈月猟会〉の倉庫を調べに行ったの。恐らくソウイチはそこにいたのね。私が着いたときにソウイチはいなかったけれど、エンパたちの死体があったわ。みんな、頭部を吹き飛ばされていた」
「彼の能力ならば、それくらいのことは容易いでしょう」
「ソウイチに力があったとしても、そんなことしないわ。あなたが殺したのでしょう。その散弾銃で」
リヒャルトはそれまでソナマナンに見せていた半面を逸らし、顔を正面に向けた。ソナマナンからはその表情が窺えなくなる。
「鉄製の扉が内側から破られていたわ。それを目にしてソウイチが魔女だと知ったエンパたちの口封じをしたのね」
リヒャルトは応えない。
「私のことを死んだと思っていた。私が九紫美に撃たれた場面を見ていないと出ない言葉ではなくて? 今までソウイチのことを尾行していたのでしょ」
ソナマナンは一人で言葉を紡ぐ。
「当然、そこまでして秘密を守りたいあなたは、ソウイチを見逃すはずはないわ。そして、私のことも」
いきなり、リヒャルトは腰に差した剣の柄を押し下げた。自然と鞘の鐺は跳ね上がり、ソナマナンの持つ拳銃を直撃して中空に弾き飛ばす。
リヒャルトは散弾銃を構えて向き直った。
ソナマナンは懐に手を入れ、それを抜き出したときには別の拳銃を取り出している。
リヒャルトは後方に飛び退いて距離を開ける。返り血さえ注意すれば恐れるべきではないと、ソナマナンのことを踏んでいるのだろう。
充分な間隔が開いて攻撃の好機を得たリヒャルトは、不審をその面に刷いた。ソナマナンは、リヒャルトのことなど無視したように銃口を上方に向けている。
その射線に位置するのは、ソナマナンの手から離れた拳銃だった。
ソナマナンの握る拳銃が火を噴き、空中に身を置く銃を撃ち抜いた。異様に軽い音を残して銃は粉砕し、赤黒い無数の飛沫を地上に撒き散らす。
その水滴を全身に浴びたリヒャルトが、液体の匂いからその正体を導き出した。
「血だと⁉」
「九紫美にやられたときの血を再利用してみました。あ、さっきの銃は本物じゃなくて、水鉄砲ね」
「ふざけやがって!」
ソナマナンが〈艶毒〉を発現。その瞬間、血液は猛毒と化す。
リヒャルトが引き金を絞ろうとしたが、付着した血液の総量が多いため、手が震えて狙いが定まらない。
機関銃を落としたリヒャルトが震える指先で顔や手に着いた血液を拭き取っても、すでに〈艶毒〉は彼の体内にくまなく侵入している。
毒が回って青黒く変色していく肌を睨んだリヒャルトは、剣を抜き放って自身の首根に刃を当てた。
「覚えておけ! 俺が死んでも、お前らに安息など無いということをな!」
叫びざま、自ら頸部を引き裂いたリヒャルトが倒れ伏した。眼前に幾多の同じ光景を映してきたソナマナンは、慣れた様子で静かに口唇を動かす。
「お気の毒様」
ソナマナンは一息吐いて頭上を見上げる
ソナマナンの凶行を知っているのは、上空から見下ろしている月だけだった。
リヒャルトさんも退場です。
呆気ないですが、ソナマナンも用意周到だったので仕方がありませんでした。
実は、当初ソナマナンとリヒャルトの対決は物語の最後にありました。必要ではあるのですが場所的に蛇足感が出てしまい、こちらに修正しました。
ハチロウをクルシェが倒し、リヒャルトをソナマナンが倒すという並びの方が気持ちいと思います。
やっぱりリヒャルトがソウイチを男の魔女と見抜いた理由は弱い気がしますね。
魔女のなかに隠れるという前例があったんでしょうが、プロの勘ということでご容赦ください。




