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クルシェは殺すことにした  作者: 小語
第4章 何が残った? 孤独が残った。
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第5話 〈毒婦〉ソナマナン

 そこに広がるのは茫漠たる暗闇だった。


 ソナマナンが両眼を開く。目前に映る現実の景色は、想像以上に薄汚れた天井である。


 最後の記憶では、九紫美に銃撃を受けて倒れた後、気を失う前にかかりつけ医に連絡を入れたはずだ。ここが屋外でないということは、とりあえずその目論見が成功したらしい。


 ソナマナンが周囲に視線を巡らせると、塗装の禿げた壁や古びた医療用機材が見える。やはり、ここはかかりつけ医の診療所のようだ。


 ひとまず安堵したソナマナンが、これまでの記憶を逆に辿る。自分は九紫美の不意打ちによって倒れた。その際、確かソウイチが連れ去られたような気がする。


 思わず身体を動かそうとした途端、激痛が体内を駆け巡る。呻いたソナマナンは静かに息を吐きながら寝台に身体を預けた。


「ソウイチ…」


 九紫美がソウイチを殺さずに拉致したということは、人質にすることが目的なのだろう。逃げ延びたクルシェを誘き出すためであるはず。


 ソウイチを助けに行かなければならないが、この身体で何ができるというのだ。


 恐らくクルシェはソウイチのことを助けに向かうだろう。彼女に任せればいい。意外とクルシェはソウイチのことを好いているようだし。


 そこまで考えたソナマナンの口唇からか細い吐息が漏れた。先夜目の当たりにした九紫美とハチロウの実力を思い出したのだ。


 クルシェはあの二人に勝つことはできない。確実にクルシェは返り討ちに遭い、ソウイチも傷つく。

 万が一、ハチロウを倒せたとしても、クルシェには九紫美に攻撃する手段が無いのだ。勝てるわけが無い。


 クルシェとソウイチのことは好きだった。


 普通の人間はソナマナンの魔力を恐れて近寄ることもしないが、二人は恐れることもなく、気安く接してくれる人物だった。


 クルシェとソウイチはソナマナンにとって代えがたい存在かもしれない。


 だが、ソナマナンにできるのはここまでだろう。本当なら早く逃げるべきだったのに、ソウイチを庇ったことで無駄な傷を負ってしまった。


 そこまで考えてソナマナンは溜息を吐く。


……ソナマナンが生まれたのは大陸北部の海に面した寒村だった。


 母親はソナマナンが五歳頃に死んだと聞かされている。それからは漁師だった父親と二人暮らしだった。無口な父親ではあっても一緒にいて楽しかった記憶がある。


 十歳になったソナマナンは将来の傾城の片鱗を宿す美しい少女に成長していた。ソナマナンの美貌は村でも評判になっていた。


 ソナマナンの貧しくも平穏な生活が崩れたのは、秋の一夜だった。

 父親の唯一の楽しみは酒だったが、度を過ぎて飲み過ぎることがあった。その夜も父親は飲み過ぎて荒れた。


 ソナマナンが自身の魔力、〈艶毒(えんどく)〉のことを知ったのはその夜のことだ。


 ソナマナンはそれまで魔力を発揮することは無かった。ソナマナンの魔力が発現したのは、彼女が大人になったときだったのだ。


 父親の死後、ソナマナンは村を出て放浪することになる。


 身寄りの無い十歳の少女が生きるためには自身の魔力に頼るしかなかった。ソナマナンは若くして殺人者として生きるしかなく、各国の警察や公安に追われるたびに移動を繰り返して十数年生きてきた。


 ここ二年間はカナシアに腰を落ち着け、半年前からはクルシェと仕事をともにしているが、今が一番心穏やかに生活できていたかもしれない。


 その理由はソナマナンの魔力を恐れずに接してくれるクルシェやソウイチの存在があるからだろうか。


 ソナマナンは二人から安らぎを得ていたと気付く。


 出し抜けにソナマナンは上体を起こした。


 痛覚が肉体と精神をかき乱すが、ソナマナンは堪えて寝台の上で上半身を起こす。掛布が落ちてソナマナンの白い肌と、それに同化するような包帯が露わになった。


「助けに行こうかな」


〈月猟会〉の目的がクルシェの殺害である以上、クルシェはどこかに呼び出されているはずだ。ソウイチを助け出す余裕は無いだろうから、ソナマナンがその役を担ってもよい。


 それにソナマナンには気がかりが残っている。


 あのリヒャルトという〈巡回裁判所〉の動向である。悪名高い巡裁が、このまま黙って引き下がるとは思えない。


 ソナマナンは寝台から足を下ろして立ち上がる。目眩が襲ったものの動けないほどではない。


 初めて、〈毒婦〉ソナマナンが保身以外で戦うために一歩を踏み出した。

ソナマナンのちょっと嫌な過去ですね。

体液が猛毒になる、という魔力を考えると赤ちゃん時代はどうだったんだ? という問題が出てきます。

それを解決するため、こういう生い立ちになりました。彼女も苦労しているようです。

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