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クルシェは殺すことにした  作者: 小語
第4章 何が残った? 孤独が残った。
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第2話 クルシェとフリード

 夜が明けて、クルシェは〈白鴉屋〉を悄然として訪れた。


 昨夜の戦いは、途中まで予定通りに進んでいた。

 敵の戦力を排除し九紫美とクオンまで現れたのは僥倖(ぎょうこう)だった。そこで二人を始末できれば、全てが終わるところだったのだ。


 しかし、ハチロウの参戦と、九紫美の魔力によって目論見は崩れた。フリードを殺害したのが九紫美だと分かっても、彼女に一矢報いることもできなかった。


 何とか逃走を図るのが精一杯の体たらくだった。

 クルシェが〈白鴉屋〉の扉を開けると、朝だというのに珍しくスカイエが酒場に佇んでいた。


「スカイエ」

「ああ、クルシェ、待っていたわ。昨夜は大変だったわね」


 クルシェは、店員と客を分ける木製の仕切り台に腰かけた。


「何か飲む? 今はお酒じゃない方がいいわよね」


 スカイエはそう言うと、鮮やかな手並みで甜茶を用意してくれた。


「聞かせてくれるかしら。昨夜のこと」


 クルシェは頷くと昨夜の一件について語った。運良く逃げることができ、朝になるのを待って〈白鴉屋〉に帰ってきたのだった。


「何とかソウイチとソナマナンは先に逃がすことができたけれど、合流できないまま逸れてしまったの」


 長く喋って喉が渇き、クルシェは甜茶を一息で呷る。舌の上で広がった甘味が喉を滑り落ちる感覚が心地よかった。


 口腔を潤してから、再びクルシェが口を開いた。


「二人とも無事だといいけれど」


 そう口の端から溢したクルシェを、スカイエは痛ましげに眺める。

「そのことについて一つ話があるのだけれど」

「悪いこと?」

「ええ」


 ある程度は予期していたのか、あまり気落ちした様子もなくクルシェは応える。


「それじゃあ、聞かせて」

「ソナマナンなんだけれど、逃げる途中で九紫美に襲われたそうなの」

「まさか、死んだの」

「辛うじて命は助かったということよ。まだ意識が戻っていなくて予断を許さないそうだけど」


 体液が毒の発現媒介であるソナマナンは、一般の病院に運ばれて下手をすれば数十人の死者を出す恐れもある。


 そのため、ソナマナンにはかかりつけ医がいる。完全に意識を失う前にその人物に連絡し、被害を出さないよう手配したらしい。


 その辺は妙に良識のある女性である。


「ソナマナンはまだその医師のところにいるから、後で会いに行ってあげて」

「うん」


 安心すればいいのか悲しめばいいのか困ったようにクルシェは返事をした。そして、もう一人の人物について尋ねてみる。


「ソウイチはどうなったの?」

「それが……まだ分からないの。連絡も無くて」


 クルシェは目線を机上に落とす。一緒に逃げたはずのソナマナンが九紫美に襲撃されたということは、ソウイチの身にも危害が加えられた恐れがあった。


 そのとき、けたたましく電話機が鳴る音が酒場に響く。弾かれたようにクルシェが顔を電話に向け、スカイエが受話器を取り上げた。


「はい。〈白鴉屋〉でございます。……、ええ、います」


 スカイエは電話越しの相手と緊張した様子で話すと、受話器をクルシェに差し出す。


「誰から?」

「〈月猟会〉のクオンよ。あなたに代わってほしいって」

「クオン」


 クルシェは受話器を耳に当てる。


「代わったわ」

「やあ。クルシェ。昨夜はどうも」

「何のつもり?」

「そう喧嘩腰にならないでくれ。君に話したいことがあるのでね」


 受話器から流れるクオンの声には余裕が感じられる。

 当然だろう。昨夜の襲撃でクルシェと返り討ちにし、ソナマナンを重体に追いやったのだ。立場は完全にクオンの方が上である。


「まず、君の大切なソウイチ君は俺たちが預かっている」

「ソウイチを?」

「安心してくれ。まだ傷つけてはいないよ。ここから相談だが、彼を無事に返してほしければ、俺の元へ一人で来てもらおう。〈月猟会〉の支部にね」

「人質ということ」

「そう思ってもらっても構わない。猶予は今夜中までだ。それ以上の時間を待つ気は無いし、彼の見張りにしているエンパも気は長くないのでね」


 クオンが声を立てて笑う。


「君が現れなければ、哀れなソウイチ君は小魚のエサにでもなってもらおうか。もちろん、〈月猟会〉の手を尽くして君のことも探し出し、彼の隣に沈めてあげよう」

「ソウイチは傷つけさせない……」

「ならば、おとなしく俺の前に来ることだ」


 クオンはそれだけ言って電話を切った。


「何を話していたの?」


 スカイエの疑問に答える気力もなく、クルシェは悄然と受話器を手渡した。


「ソウイチが人質に……」


 クオンとの会話の内容を聞いたスカイエが静かに言葉を零す。


 雑用のソウイチはどうでもいいが、クルシェは何としても殺したいのは、〈月猟会〉としては当然のことだろう。依頼に失敗して雲隠れするかもしれないクルシェを誘き出そうとするのは妥当な判断である。


「行くつもりなのね」


 スカイエのその問いかけは、クルシェにとっては意外なものだった。


「行かない方がいいと言っているの?」

「あなたが行っても二人とも死ぬかもしれない。だけど、あなたが逃げれば、少なくとも一人は助かる。そういう考え方もできるのじゃない?」

「でも、ソウイチを見捨てるわけにはいかない」


 クルシェの直線的な瞳の光を受け止めきれないように、スカイエは目を逸らした。


「……今まで黙っていたけれど、ソウイチにはある秘密があるのよ」

「秘密?」

「それはまだ言えないけれど、その秘密がもしかしたらあなたの重荷になるかもしれないわ。あなたがその秘密を知る恐れもあるし、〈月猟会〉との戦いには危険が大きい。その状況であなたを行かせたくないのよ」

「でも、そうだとするとソウイチはどうなるの」

「私の命と引き換えに助けるように掛け合ってみるわ」

「そんなことはしないで」


 思わずクルシェの語気が強くなった。フリードとともにクルシェを育ててくれたスカイエを死なせるわけにはいかない。


「ごめんなさい。私は行かなければいけないわ。私のせいでソウイチもスカイエも死なせることはできないもの」

「でも、あなたはどうなるの」

「生きて帰れるとは思わない」


 他人事のように言うクルシェは、自身の生死に対する関心が薄れているようだった。〈月猟会〉に敗北の苦杯を喫せられ、ソウイチとソナマナンを守れなかったことから心が折れているのかもしれない。


「こんな仕事をしているのだから、いつ野垂れ死にしてもおかしくないわ。フリードもよく言っていたから」

「でも、フリードは殺し屋としての経歴が長かったし、それに彼は生きている間に充分な喜びを得ていたわ」

「喜び?」

「例えば、あなたから」


 クルシェは沈痛を湛えた瞳を机上に落とす。しばらく沈黙が両腕を回して二人を抱きしめていたが、クルシェがそれを払い除けて口を開いた。


「もう行くわ。ソナマナンの様子も見たいから」


 立ち上がったクルシェにスカイエが、常の笑みを微かに剥落させた顔を向ける。


「クルシェ、あなたに話しておきたいことがあるの。フリードとあなたが初めて会ったときのことよ」

「初めて会った?」

「あのときのフリードの依頼は、子どもだったあなたを殺害すること。子どもが標的だったことでフリードは嫌がっていたけれど、私が無理を言って承知させたのよ。依頼内容は、ある理由があって逃げてくる高貴な身分の子どもを殺害することだった」

「それが私ということ?」


 スカイエが頷く。


「だけれど、フリードはあなたを殺せなかった。フリードが仕事を放棄したのは、そのときだけ」

「やっぱり」


 クルシェは自分の想像が間違っていないかったことを知った。


「あなたが八歳で亡くなったフリードの妹に似ていた。それが理由よ」

「フリードの妹?」

「私も詳しくは聞いていないけれど……」


 スカイエは滔々と語りだす。


 ……フリードは大陸中部の荒野にある村で生まれた。

 痩せた土地で作物がとれず、牧畜や工芸品を都市まで売りに行くことで、何とか食い繋ぐことができる貧村だった。


 その貧乏な村だったもので、フリードの幼少期の生活も貧しかったらしい。両親と妹とフリードの四人家族で、つつましい暮らしだった。


 ヘレナというのがフリードの妹の名前だった。貧困のために八年しか生きられなかった、哀れな少女だった。

 妹の死が転機となり、当時十歳のフリードは家を出ることになる。手っ取り早く金銭を稼ぐ手段が人殺しだと気付いたフリードは、十五歳にして殺し屋になった。


 飢えとは無縁の暮らしをできるようになり、三年も経つとそれなりの貯えもできた。喜び勇んで故郷に帰ったフリードが見たのは、誰もいなくなった村だった。


 疫病でも流行ったのだろうか。自分の家で寄り添う腐乱死体を二体見つけて、フリードも諦めたらしい。


 そのような人生を歩んできたフリードは、一度妹のヘレナを失い、二度目を自身の手で葬ってしまうことには耐えられなかったのだろう。


「私がその妹に似ていたから……」

「でも、フリードは妹の代わりだなんて思っていなかったと思うわ。彼にとって、あなたはただ一人の娘に違いない」

「うん」


 クルシェは、この場にいない男に思いを馳せるようだった。


「もう一つ、あなたに話したいことがあるの」

「え?」

「あなたの身分についてよ。依頼者から身分まで聞いていなかったけれど、状況を考えるとあなたの身分は推察がつく」

「……」

「あなたはこの国の……」

「いまさら興味無いわ」


 クルシェの声がスカイエの言葉を押し留めた。


「私にはフリードがいるもの。それで充分よ」


 クルシェの一言が、スカイエの表情に一抹の光を戻した。


「あなたがどんな選択をしようと止めないわ。でも、できるだけ自分だけが犠牲にならない道を選んでほしいとも思っているの」

「うん。ありがとう。もう行くね」


 そう言い置いてクルシェは酒場を出て行った。





 一人残されたスカイエは、放心したようにクルシェの消えていった扉を眺める。


 クルシェが命を狙われた理由、その原因は彼女の出生にある。

 この国、水華王国の女王は当年十八歳になる。恐らくクルシェと同い年。


 普通、王家の血筋が途絶えぬように子どもは多い方がよいとされる。だが、それが双子だった場合、跡取りを決める際に派閥争いの原因となることもある。


 その派閥争いを未然に防ぐため、数年間様子を見て跡継ぎに相応しい方を残し、もう一人は人知れず闇に葬る風習が王国にはあった。


 前時代の話として現在はその風習は無くなったとされている。表向きには。

 十数年前の依頼のとき、今はクルシェと呼ばれている少女の周囲にいたのは、王室の侍女や護衛であると依頼主からスカイエは聞いている。


 女王の跡取りに相応しくないとして葬られようとしたところ、それまで少女の世話をしてきた侍女が憐れみ、少女を逃がそうとしたということは充分に考えられる。


 少女の正体こそ依頼主から聞かされていないが、状況から考えるとクルシェこそが当代女王の片割れであるとスカイエは確信している。


 しかし、その推測は当のクルシェ本人には不要なものであったらしい。

 スカイエは、一人酒場に佇み、すでに去った人物へと語りかけた。


「一応止めてみたけれど、やっぱりソウイチを助けに行くのね。大切なもののために選ぶ行動は、本当にあなたと似ているわ」


 その言葉は、静かに虚空へと溶けていった。

クオンからクルシェに脅迫の電話がかかってきました。

クオンとしてはクルシェを確実に仕留めたいので、ソウイチを人質にして誘き出すのは自然かもしれません。

自分のせいでソウイチを危険な目に遭わせている負い目から、クルシェは勝ち目が無くても戦いに行こうと考えているようです。


ここでもフリードのことがスカイエから語られます。

ソウイチとソナマナンという仲間を一時的に失い、心の拠り所となるのがフリードとの思い出かもしれません。

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