第7話 〈黒塗りの規律〉コホシュ・ブラック
ソナマナンが拳銃を連射し、コホシュの周囲の壁が粉を上げて弾け飛んだ。
「全然当たらないじゃないの!」
ソナマナンが毒づくと、隠れていた壁から身を乗り出したコホシュが反撃。目前の壁に弾丸が食い込み、ソナマナンは小部屋のなかに隠れた。
「ああ、どうしましょ⁉ 撃ち合いでは完全に私の負けだわ」
ソナマナンが射撃に長じていないこともあるが、コホシュの銃の腕は人後に落ちないものだった。
正攻法で撃ち合っては、間違いなく先にソナマナンがくたばるだろう。
「クルシェちゃんも忙しいみたいだし」
酒場の方は一度静かになったと思ったが、再び銃声や何かが砕ける音が鳴りだしている。すぐにクルシェが応援に来てくれることはなさそうだった。
「こりゃあ、とってもまずいわ!」
部屋のなかで喚くソナマナンへと通路から声がかけられる。
「お姉サマ、いつまでも隠れてイル気なら、私からソッチに行きますね」
足音が近づいてくる気配があるが、ソナマナンは扉から顔を出すわけにはいかない。狙いすました一撃で額を撃ち抜かれるだけだ。
だからと言って、このまま部屋にいては追い詰められるのは必至。
「まったく、佳人薄命なんて信じたくないわ」
ソナマナンが部屋のなかを見渡す。
この部屋は事務室に使われているようで、書類綴じが収まった棚や机が並んでおり、床面積に比して狭い。扉の反対側の壁面には窓があり、それが半開きになっていた。
ソナマナンが窓から顔を出す。向かいは隣の建物の壁になっていて、一人は通れるほどの隙間が店の裏口まで通じている。
「イイんですのヨ。隠れていても、ワタシの勝ちよ」
コホシュの声が扉の近くから聞こえ、ソナマナンは焦った。
ここから裏口に回り込むことは論外だ。コホシュは裏道の存在を知っており、この部屋からソナマナンが姿を消せば裏道を疑うのは当然だ。あの狭い道では身を翻して反撃することもできない。
ソナマナンは時間稼ぎのために机上の書類綴じを通路に投げ捨てる。その瞬間、連続する発砲によって書類綴じは粉々に破砕した。
コホシュが警戒したのか足音が止まる。その間にソナマナンは頭上の蛍光灯と通風口を見上げ、思索を巡らせた。
「悪あがきは済みマシタか、お姉サマ」
「もう少し付き合ってくださるかしら」
ソナマナンは部屋の中央から通路に向けて射撃しつつ、通風口の蓋を外す音を誤魔化した。さらに部屋の照明を撃って破壊し、室内を闇に封じ込める。
コホシュが扉の横に現れて拳銃を構えたが、漆黒の背景に溶け込んだソナマナンの姿を捉えられないようだった。その逆に室内からはコホシュが光に浮き立って見えるのだから、射撃に困ることはない。
ソナマナンが銃撃を見舞い、顔のすぐ横に朱の火花が咲いて驚いたコホシュは慌てて通路に逃げ帰った。
「ほほほ! どう、これで形勢逆転じゃあないの⁉」
「さすが〈毒婦〉お姉サマ。雑魚ではないデスネ」
「当たり前よ。私だってこれまで幾度の死線を……」
ソナマナンの言葉を銃声が掻き消し、明かりに満ちていた通路が暗黒に包まれる。
「何ですってー⁉」
「条件が同じナラ、アトは腕前の差が戦いの趨勢を決しマスネ」
「『スウセイヲケッシ』……? 外国の言葉を使わないでくださる?」
「お姉様の母国語ナンデスが?」
暗闇に立ち尽くしていたソナマナンの前で、いきなり閃光が瞬いた。発砲に伴う光でソナマナンを視認したコホシュが続けて弾丸を送り出す。
初弾より遥かに正確性を増した一発が耳元を掠め、ソナマナンは悲鳴を上げつつ手探りで事務机の後ろに隠れる。
機先を制して主導権を握ったコホシュが机に向けて銃を連射。鉛玉の驟雨を浴びて砕ける机の破片を被りながら、ソナマナンが涙ぐんで頭を抱える。
「あああああああ⁉ どうすればいいの⁉」
銃撃が小休止し、コホシュが弾倉を入れ換えている。
「そろそろ終ワリにさせてもらいマスネ」
ソナマナンは応答せずに黙り込む。
室内からソナマナンの声が聞こえなくなったことで、コホシュがドアから顔を覗かせた。
「ははあ、ソウ来ましたネ」
コホシュは躊躇なく部屋に踏み込んでくる。
通風口から距離をとったコホシュは、天井に弾丸を撃ち込んだ。
数発の射撃を終えてコホシュが眉根を寄せる。天井に穿たれた穴から血液が滴ることがないため、ソナマナンを仕留め損なったと気付いたのだろう。
コホシュが窓から外を見渡した。そこでもソナマナンを見つけられず窓から上半身を戻す。
ソナマナンを見失ったコホシュは焦燥も露に壁へ張りつく。通路へと半身を乗り出して辺りに銃を乱射した。
何度か閃いた光のなかにも人影を見つけられず、コホシュは困惑しているはずだ。
コホシュが部屋から出ようと背中を見せたとき、ずっと隠れ続けていた事務机からソナマナンが踏み出した。
無防備なコホシュの後頭部に銃口を押し付ける。
「ど……〈毒婦〉お姉サマ……」
「コホシュちゃんたら、本当に手こずらせてくれて、めっ!」
通風口か裏道に逃げたと思わせ、同じ場所に身を潜めていたことで裏をかいたソナマナンの勝利だ。
「セ、せめて銃で殺シテ」
「あら、駄目よ。私の髪をこんなに塵まみれにしておいて。許したげない」
ソナマナンはコホシュの首筋に接吻をして唾液を付着させ、〈艶毒〉の魔力を発現させる。
暗くて見えないが、毒の回った血管が膨張してコホシュの首筋から何本も筋が走っているだろう。即座に肌が壊死して青黒く変色。身体中が激痛に見舞われても、呼吸困難になっては叫ぶこともできない。
鮮血を吐き出したコホシュが倒れたとき、床に果物を叩きつけたような濡れた音をソナマナンは聞いた。
対コホシュ戦です。
ここのソナマナンとコホシュのやりとりが個人的には好きです。
ソナマナンはボケまくって大声を出していますが、大げさに反応して自分の居場所を分かりやすくしておき、急に黙ってコホシュを困惑させるという作戦でもありました。
本当に余談ですが、コホシュはソナマナンのことを「お姉サマ」と呼んでいます。
実は年齢的にはソナマナンが24歳くらい、コホシュが26~27くらいで設定していてコホシュの方が年上です。
ソナマナンが若い頃から活躍しているため、コホシュは年上だと誤解しているという、凄くどうでもいい裏話でした。




