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クルシェは殺すことにした  作者: 小語
第1章 クルシェは殺すことにした
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第2話 クルシェの静かな釣りの時間

 クルシェは、とある公園に設けられた池の畔で釣りをしていた。


 まだどこか幼さを残す顔立ちからすると一七、八歳に見えるが、その表情はむしろ大人びた怜悧さを宿している。相反した顔立ちと表情から、少女と女性の中間とでもいったような独特の空気を帯びていた。


 春の陽光を糸にして織り込んだような眩い金の長髪、その綺麗に切り揃えた前髪の下では楕円形の双眸に冷たく眼前の光景を映す茶色の瞳が収まっている。そして白い肌と浮き立つような朱唇を有していた。

 将来の美姫を約束された美貌だが、それがどこか他人を寄せつけない無機質さにも繋がっている。


「ふぅ……」


 クルシェは溜息を吐きつつ背伸びをした。太陽が中天を過ぎたことに気がつき、片づけを始める。


 別に釣りが好きなわけではなかった。

 ただ釣りをしている振りをしていれば、空を見ながら何時間過ごしていても目立たないからだ。釣り針に餌を刺していないし、魚籠(びく)も用意していない。


 クルシェは手早く釣竿を持ち上げると池の畔にある小屋に向かった。竿は自前のものではなく、その小屋で借りたものだった。


 その公園は敷地がほとんど樹木で占められており、木々の間を縫うように石畳の遊歩道が設置されている。公園の西側にある大きな池はその外周に木が植えられ、昼過ぎの太陽を反射して輝いていた。


 その池は、都市の西側を縦断する大河から支流を引いて作った溜池であり、たまに上流の谷から迷い込んだ魚が住み着いている。その魚を目当てにしている釣り人もいるため、釣りの道具を貸し出す店もあるのだった。


 店の上には、古ぼけた文字で『ノラ釣具』と書かれた看板が掲げられている。小ぢんまりとした店内は、昼間の電気代を節約していて薄暗い。

 クルシェが店に入ると、店番の若い男がそれに気づいて笑顔を浮かべる。


「今日はもう終わりですか。どうです、楽しめました?」


 クルシェは曖昧に首を振って釣竿を男に返却した。クルシェを見つめる店員は、いつも笑顔を浮かべていて煩わしい。クルシェは店を出ると足早に遠ざかる


 クルシェは大通りに面した出入口から公園を出た。昼下がりの大通りにはかなりの人通りがあり、クルシェは人の間を進んでいく。

 今日の昼過ぎに元締めからの呼び出しを受けているため、クルシェはいつも待ち合わせに指定されている酒場、『白鴉(はくあ)屋』を目指した。


 道路に植えられた街路樹も色素が抜けきっており、灰色になった葉をわずかに留めているだけだ。大半は落葉となって人々が踏む石畳の彩りとなっている。


 街中を流れる空気は冬の気配が濃く、ときおり吹く風は思わず人々の首を竦ませる。そのため街行く人達の服装も厚く、外套や襟巻を着用している者も多い。


 街並みを作るのは石畳やコンクリートの建造物であり、街路樹や街灯など設備も充実している。


 道路には乗用車や大型のバスなども通行しており、車の駆動音に混じってカナシアと隣街を繋ぐ鉄道の音も響いて来る。

 これらの雑音はこの都市の発展を示すものであった。


「おっす」


 横から声をかけられたクルシェは顔を向ける。


「ソウイチ」


 呼びかけたのではなく、ただ認識したという風にクルシェが言った。

 大学の講義の帰りらしく、背嚢を背負ったソウイチが笑いながら横に並んだ。


「これから〈白鴉屋〉に行くんだろ?」

「うん」

「ちょうどいいや。一緒に行こうぜ」


 クルシェは返事をしなかったが、肯定と受け取ったのかソウイチは肩を並べて歩いていた。


「しっかし、寒くないか」


 クルシェは動きやすい衣服を好むので、この寒さであっても裾の短いホットパンツを着用し、上衣も薄手の赤いシャツだった。その上から白の外套を羽織っている。


 目立つ容貌の少女が、この季節でも細い足を晒しているのだから衆目を集める。だがクルシェは周囲の目を気にした風もなく、颯爽と歩いていた。


「好きでこの格好をしているの」

「寒くないとは言わないんだな」


 ソウイチが呆れたように苦笑する。


 さすがにソウイチも外套を羽織り、その下には薄緑色のセーターを着ている。下衣は色味が薄めのジーンズを着用し、行き交う人々のなかでも目立つ服装ではない。


 ジロッと見上げるクルシェに恐れをなしたのか、ソウイチは笑いを引っ込める。話題を変えるように慌ててソウイチが口を開く。


「いやー、はっはっは。昨夜の仕事からすぐに講義で疲れちまったよ! 単位が厳しいから仕方が無いんだけどさ。でも、いまどき歴史なんか勉強する物好きなんかいやしねえっての」

「自分でその講義を選んだんじゃないの」

「まあ、そうなんだけどな。あ、この街の歴史は知ってるか?」

「知ってる」

「この都市、カナシアってのはさ……」


 クルシェの言葉を無視したソウイチが言葉を続ける。クルシェはこの都市の歴史を聞くしかなかった。


 ……この都市、カナシアは水華王国(みつばなおうこく)の主要都市として知られている。

 女王が居住する首都の『メレオリア』、茶葉生産地帯の『フィオーリア』、第三の新興都市『カナシア』と、この三都市を合わせて『王国の三姉妹』とも称される。


 カナシアは八十年ほど前までは山に囲まれた盆地であり、深い森だった地域である。あるとき、少数の人間が小さな街道を開拓し、旅人のための宿屋を建設した。


 宿には飯屋と酒場も併設しており、そこの看板娘となった女性も話題となって、やがて宿屋の周りに建物が増えていった。


 宿場となったその場所には居住する人々も増えていき、その宿場は次第に発展していった。人口が増えるにつれて森は開拓され、山は一部を掘り起こされ列車のための線路が開通された。


 そのような経緯で成立したこの都市は、初めて作られた宿屋の看板娘の名をとってカナシアと呼ばれるようになる。


「……ってことらしいぞ」

「だから、わたしも本で読んで知っているから」

「若いのに博学ですなあ、お嬢ちゃん。こりゃきっと将来は歴史大臣にでもなれますぜ!」

「そんな大臣は存在しないわ」


 調子のいいソウイチに辟易しつつ歩くと、目的地が近づいていた。


 二人の目指す〈白鴉屋〉は公園からも近く、大通りを北上して間もなく二人は横道に入った。

 そこはいわゆる繁華街であり、酒場や健全な振りをして一夜の春を売る店などが多い。今は昼間ということもあって、人影もまばらで街は森閑としている。


 二人はある建物の地下に続く階段を下りる。階段は一度下ると右手に折れてさらに続いた。突き当りには扉があり、黒地に白い鴉の輪郭を描いた電飾に『白鴉屋』と記されている。

前半は静かな展開が続いて恐縮です。

ここは人物紹介と舞台となる街の説明ですね。

つまらない描写かとは思うのですが、紆余曲折を経てこうなりました。

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