第3話 人は殺し屋、飯は牛丼
時刻は昼近くなっていた。
裏通りと異なり、大通りは飲食店や雑貨屋が軒を連ね、高層建築の低層階にも多くの商業施設が出店している。
歩道を歩く人々の流れに逆行するように、クルシェたちが珍しく白昼の街中にいた。
あの後、重苦しい空気を漂わせながらも、今後の動きを話し合った三人は空腹に気付き、街に出てきたのだった。
「ちゃんと朝食を食べなかったから腹が減ったなあ。クルシェは何が食べたい?」
「わたしも、お腹が空いた。今なら何でもたくさん食べられるわ」
何を食べるか尋ねたのに量の回答が返されたことにソウイチが苦笑する。
「ソナマナンは何がいいっすか?」
「ハクランのスシも好きなのよね」
「回るやつなら俺も好きっすよ」
ソウイチは先ほどまでの緊迫を忘れたのか、機嫌よく応じる。
ソウイチは、クルシェとソナマナンらと一緒に人目のある場所を歩くのが好きなのだ。それもそのはずで、傾城の美姫を二人も連れているのだから衆目を集めること甚だしい。
特に若い男性からの羨望や憧憬、嫉妬の視線は優越感をもたらす。
それにこの二人を伴うことのできる自分は、きっと凄い人物に見えているに違いないとソウイチは思い込む。
もっとも、周囲の人間からすれば口元に締まりの無い、知性からも遠い距離を隔てたような、おまけに金も無さそうな男が、二人の女性から好意を持たれているとは思わないだろう。
どこかのお嬢様の外出に付き添っている下僕か、せいぜい財布代わりにされているのが関の山だろうと値踏みされているはずだとクルシェは思う。
周囲の蔑視を察することなく、ソウイチは軽やかに石畳を踏んでいる。
「何なら、俺が奢ろっか。最近は仕事続きで特別手当が多いからな」
「そんなことしているから、お金が貯まらないのよ」
ソナマナンの指摘にソウイチが笑っている。
クルシェは立ち止まり、すぐ横の店舗を指差して見せた。その先には『高級ハクラン御膳』の看板。
「それはダメ!」
全力の拒否を受けても、クルシェは悪びれることなく二人に並んで歩き出した。
「ここにしようぜ」
ソウイチが返事も待たずに入っていったのは、水華王国にも出店している牛丼屋だった。
牛丼はハクラン由来の食事であるが、各国の交流が盛んになった現在では大陸の各所で食べられている。
「奢るって……。こんなので恩に着せられても困っちゃうわよねえ、クルシェ」
そう言いながらソナマナンがいそいそと店に入り、クルシェも黙って後に続く。
牛丼屋のなかは、まだ昼前のせいか数人の客がいるだけで空席が目立つ。
ソウイチが仕切られた四人掛けの席に腰を下ろし、クルシェがソウイチの隣、ソナマナンがその正面に座った。
「二人は何にする? 俺はもう決まっているんだ。男は黙って大盛りのツユダク、卵とミソ汁つきさ! これが牛丼に挑む男たるものの礼儀ってもんよ!」
「全然黙ってないけど」
「あ、私は並盛に野菜と卵、ミソ汁もつけちゃお! いいのよね、ソウイチ」
「あ、いや、まあ、ね」
店員を呼んで注文し、店員が去ってからソウイチが小声で話し出す。周りに客はいないので聞かれる心配はないだろう。
「とりあえず、今夜行くってことでいいんだよな」
「ええ、〈月猟会〉が仕掛けて来る前にこちらから攻めるわ」
クルシェ達が出した結論はそれだった。〈月猟会〉に機先を制されて不利を招くならば、自分達から攻めた方がよいという判断に至った。
リヒャルトの話を聞く限り、〈月猟会〉は邪魔な相手を一気に叩き潰す対応の速さがある。先手を打って戦力を削いでおく必要があると踏んだのだ
「今夜は大変になるから、今のうちに食べておいた方がいいわ」
「おう、そのつもりさ」
話している間に牛丼がきたので皆が箸を持つ。
ちなみにクルシェが頼んだのは並盛で、これに紅しょうがを多めにかけて食べるのが好きなのだ。
ソウイチが勢いよく食べ始め、その健啖振りにソナマナンが目を見張る。
「ソウイチ、もう少し落ち着いて食べなさいな」
「男が一度牛丼を手にしたら、食べ終わるまでどんぶりを放しちゃいかんというのが、親父の遺言なんすよ」
「あなたのお父様は確か存命でしょ」
二人のやりとりを眺めていたクルシェが微かに顔を綻ばせる。冷笑ではないことは稀有なことだった。
ソウイチが真っ先に牛丼を平らげた。水を飲みながら女性陣が食べ終えるのを待っている。
「ソウイチ、ごちそうさま」
「ごちそうさま。今度はスシでも期待しちゃおうかしら」
ソウイチが笑って会計を済ませ、店を出ると三人は〈白鴉屋〉に戻った。
ここまでが穏やかな話で、ここからはアクションが多くなっていきます。仲間たちで穏やかに過ごせる最後のときかもしれないと、クルシェたちは思っているかもしれません。
ここで思い出しましたがクルシェの一人称は「わたし」で、ソナマナンは「私」と微妙に変化をつけていますね。




