第1話 朝の来客
朝になってから、一番に〈白鴉屋〉へ到着したクルシェがカウンターに腰かけて頬杖を突いていると、ドアが開かれてソウイチが姿を見せた。
店主兼仲介人のスカイエの他、ソウイチやクルシェ、ソナマナンなどの主立った人間は鍵の隠し場所を教えられていて、自由に出入りできるようになっている。
「おはよう」
「おはよう。早いな」
クルシェは気怠さに全身を包まれながらソウイチを見返す。昨夜は珍しく飲み過ぎてしまったかもしれない。
「お茶でも容れようか」
「お願い」
ソウイチは手を洗うと、クルシェの好物である甜茶の準備を始めた。薬缶に火をかけ、茶葉を容器に入れる。ついでに自分用のルイボスティも用意している。
「ほい。お待たせ」
「ありがとう」
クルシェはソウイチが差し出した甜茶を受け取る。息を吹きかけつつお茶を口に含むと、その甘味が酒精に疲労した肉体に染みるようだった。
クルシェは多弁ではないため、お茶を飲み始めると話題も無くなり静かな時間が過ぎる。ソウイチもクルシェの横に腰かけ、お茶を飲んでソナマナンの到着を待った。
聴覚を満たすのは静寂だけの時間が過ぎ、時計の秒針が五週ほどした頃。クルシェが唐突に口を開いた。
「ソウイチ、リンゴ食べる?」
「リンゴ? あ、ああ。頂こうかな」
クルシェは席を立つとカウンター奥に入っていき、冷蔵庫からリンゴを取り出した。
包丁を手にしたクルシェはリンゴの皮を剥き始める。その速さが尋常ではなく、残像すら移すクルシェの手元で瞬く間に皮が剥かれていった。
クルシェは危なげなく包丁を操りながら、ソウイチへとチラッと視線を向ける。それに気付いたソウイチが口を開いた。
「ス、スゲー……」
満足したクルシェは目線を戻す。
以前、クルシェが気紛れでリンゴを剥いてあげたとき、ソウイチはその速さに驚いて誉めてくれたことがある。
クルシェはそれを忘れず、機会があればソウイチにリンゴを剥いている。ソウイチはリンゴが好物のようで、幾つ剥いても笑顔で食べてくれるのだ。
十秒足らずでリンゴを切り分けたクルシェが皿に盛ってソウイチに差し出す。しかも、皮を少し残してウサギさんに見えるようにしている。
「どうも」
礼を言ってソウイチがリンゴを口にし始める。
「いやあ、美味いなあ」
「もう一個剥こうか」
「えっ……」
「……」
「い、いただきます」
無言の圧力に押し負けたソウイチの返答を受け、クルシェが二個目のリンゴに取り掛かる。
二回目の賛辞を口にし、ソウイチが二個目のリンゴを食べ終えたとき、扉を開いてソナマナンが姿を現した。
「あれ、ソナマナン、早いっすね? 昨夜、かなり酔っていたんで、また今日も遅いものかと」
「ゆっくり寝ていられる気分ではなかったのよ」
ソウイチの横に腰かけたソナマナンは、さすがに酒が残っているようで頭が重そうであった。
ソウイチはカウンターに入ると、クコ茶を用意してソナマナンの前に置いてやる。先ほどは気付かなかったが、ソナマナンは新聞を持参しているようだった。
「何か、気分が悪くなるようなことでもあったんすか?」
「ま、この新聞を読んでみてくれる」
ソウイチが新聞に目を通している間、ソナマナンはクコ茶という赤っぽい液体を口にしていた。
クコ茶は、大陸西部とハクランの一部に自生しているクコの果実や花弁で容れるお茶である。クコの実と同じ紅い色をして甘味がある。高い栄養素が含まれるため滋養強壮や疲労回復、肝臓などによいとされるお茶である。
「お、ハクラン剣狼会が地区大会で第二位、全国大会に進出っすか!」
「おバカ。そこじゃないの。ここよ、ここ」
ソナマナンが新聞の一部を指差した。
「えーと。『本日の午前零時三十八分頃、郊外の宿泊施設で五体の遺体が発見されました。遺体は首都〈メレオリア〉の公務員で、カナシアに出張中だったとのこと。当局は強盗による殺人事件として捜査を進めており……』。物騒だなー」
「ちょっと、ちょっと。ソウイチ、あなたこれを読んで何とも思わなくて? ここで死んでいるのは〈巡回裁判所〉ということも考えられるのよ? 今朝、歯磨きしながらこの新聞を読んで閃いたんだから」
「おっさんみたい」
ソナマナンが一睨みし、クルシェが視線を甜茶に落とす。
「私の推察が当たっていれば、〈月猟会〉は手早く〈巡回裁判所〉に対処して、それも思った以上に強敵らしいわね」
そう言ってソナマナンはクコ茶で唇を湿らせた。
その先を引き継いでクルシェが言う。
「リヒャルトもやられたのかな。彼もかなりの名人に見えたし、そう簡単に死ぬとも思えないけれど」
そのとき扉が外から叩かれる音が室内に響いた。油断できない状況だけに三人に緊張が走る。
クルシェの特技であるリンゴの皮むきが披露される回です。
クルシェに人間味が無いので書き足してみた部分です。




