第8話 〈巡回裁判所〉抹殺指令
「〈白鴉屋〉の対策は後回しでもいいだろう。問題は巡裁だな。奴等の狙いは魔女だとして、誰が目的かだ。俺は九紫美が狙われているということも充分にあると思っている」
クオンの顔に愁眉が刻まれる。
「巡裁の狙いが判明するまで、九紫美には身を隠してもらおうと思うが」
「駄目よ」
反論するのは、九紫美本人だった。
「そんな余裕はないわ。私がいなくなれば、あなたを守るのはハチロウの旦那一人。さすがに手が回らない」
〈月猟会〉の勢力拡大に伴い、クオンの縄張りも増えているが、配下が決定的に不足しているのが現状だ。
もっぱらクオンを護衛しているのは九紫美とハチロウ。九紫美が欠けては、ハチロウの負担が増えるのは明白だった。
「始末してしまいましょう。どうせ、彼等の目を気にして動けなくなるくらいなら、先んじて仕掛けてしまうのが手っ取り早いわ」
冷徹な表情とは裏腹に大胆な提案をする九紫美に注目が集まった。九紫美に注がれる五通りの色をした瞳は、それぞれの思惑に揺れている。
「で、でも、もし〈巡回裁判所〉の目的が別に有ったら、あたしたちは無駄に喧嘩を売るだけじゃん? しかも、相手は公権力だし、危険な賭けだと思うけどなー……」
そう言ったエンパは臆病なのではなく、それが一般論だ。〈巡回裁判所〉は軍隊や警察と隔てられた組織で、現代では縮小されたとはいえ独立した暴力装置として知られる。
何より、〈巡回裁判所〉の規律は『王国にとって有害な魔女の排除』が最優先であり、軍隊や警察より遥かに規制が緩い。
独自の裁量で標的を殺害できる権限を有する組織なのだ。
「エンパの言うことはもっともだ。九紫美、あまり無理をする必要はないさ」
「いいえ。クオン、私に任せて。きっと皆殺しにするから。……あなたはこんなところで立ち止まる人じゃないの」
九紫美の一言を胸元に受け、クオンは背筋を伸ばすとその瞳に鮮烈な光を浮かべて下命する。
「よし。巡裁の居所は把握している。今夜〈巡回裁判所〉を掃討しよう。異論ある者はいるか?」
それまでのクオンとは違う、暴力組織の中枢を担う男の表情を見せる。そして、それに負けず劣らずの悪人がこの場には揃っているのだ。
「命じられれば、〈巡回裁判所〉だろうが軍人だろうが、斬り伏せて御覧に入れるさ。若頭」
〈花散らしのハチロウ〉が長脇差の柄頭を撫でながら言う。
「あー、あー、あたしたちの上司はやる気だよ。あんたらも覚悟決めな」
〈蜂の巣〉エンパが従えた二人の女性を振り向いた。エンパと同様に後ろの二人も不敵に口元を歪ませている。
「ただし、俺も一緒に行かせてもらう」
「クオン! 私一人で事足りるわ! あなたがそんな危険なことをしなくても」
「いや。俺だけ安全な場所にいて、君達に危険なことさせるってのは、俺の矜持が許さない。……というのは建前で、俺が一緒に行けば戦力を分散させずに済むだろう。さすがに相手が〈巡回裁判所〉ならば軽視する必要はない」
警護の対象であるクオンが同行すれば、九紫美とハチロウを分散しなくてもいいというわけだ。椅子ごと回して身体を九紫美に向けられ、九紫美は困惑する。
「分かったわ。だけど、あなたの身を守ることが優先よ。それだけは約束して」
「ああ、約束だ。俺が約束を破ったことがあるかい」
「今日の朝食を一緒に食べようと言っていたのに、あなたが寝坊して……」
「まあ、とにかくだ。今夜は大仕事になるはず。みんな宜しく頼むぞ」
都合の悪い九紫美の言葉を遮ったクオンが一同に言った。
それから解散し、部屋にはクオンと九紫美が残った。執務机で背後から夕陽を浴びているクオンの表情は影に溶け込んで読み取れない。
「君にばかり無理をさせて済まない」
「無理なんかしていないわ。あなたの夢は、私の夢でもあるもの」
窓に映る九紫美の顔は夕陽をのせいか紅潮しているように見えた。
「なあ、今日は収穫があったのかよ、クルシェ?」
ソウイチが口調に不安を隠さずに言った。
日が傾いて夕陽が街に注ぐ時間になり、クルシェたちは本拠である〈白鴉屋〉へと帰るところだった。
「もちろんよ。ハチロウという敵の強さも分かったし、〈巡回裁判所〉の存在も知ることができたから」
クルシェの言葉を聞いてソウイチが眉をしかめる。
「俺たちにとって不利な情報ばかりじゃないか」
「そうよ」
「『そうよー』!」
クルシェの簡素な一言に絶叫を上げ、ソウイチは頭を抱える。三人が歩いているのは建物に挟まれた細い路地で、人気も無いために目立つことはなかった。
ソウイチの横から進み出たソナマナンがクルシェに並ぶ。
「〈月猟会〉に敵だと認識されるという目的は達成したけれど、明日からはどうするの。下手したらこっちが命を狙われるのよ」
「敵が現れたところを返り討ちにするのよ」
「『返り討ちにするのよー』!」
ソナマナンがクルシェの言葉を反芻して頭を抱える。
酒場でハチロウの強さを目にしたせいで、ソナマナンも弱気になっているらしい。
クルシェも二人が不安を感じるのは分かる。ハチロウは予想以上の強敵だったし、〈巡回裁判所〉のリヒャルトも油断ならない相手だった。
それでも、ハチロウはクルシェとソナマナンの魔力があれば何とか倒せるはずだ。リヒャルトとは必ずしも敵対する関係ではないはずで、争いにならなければよい。
「決して絶望的な状況じゃないわ」
クルシェがその一言を漏らす。ソウイチとソナマナンは涙目になりながらも、少しは落ち着いた様子でクルシェを見返す。
その一言は二人を落ち着かせるために発したのか、自分のために言ったのか分からないでいると、いつの間にかクルシェたちの前に人影が立っていた。
「やあ。先ほどはどうも」
「リヒャルト……!」
眼鏡をかけた細身の姿、その腰に巻いた革帯には剣を差した男性、〈巡回裁判所〉の高騰審問官であるリヒャルトだった。
背後でソナマナンとソウイチが身を硬くする気配を感じつつ、クルシェはリヒャルトに向き合った。
「ここで会うのなんて偶然じゃないわね。わたしたちに何か用?」
「ええ。酒場で会ってから、あなたたちのことが気になりましてねえ」
リヒャルトが薄笑いを浮かべながら歩み寄る。さりげなくクルシェは爪先立ちになって、すぐに動けるように備えた。
「そちらにいるのは〈毒婦〉ソナマナンさんですね。お噂はかねがね」
「あ、あら。どんな噂かしら……」
槍玉に上げられたソナマナンは目を泳がせながら応じる。
「そして〈白鴉屋〉のクルシェさん。身寄りのないところを殺し屋のフリードに育てられ、後を継いだとか」
「わたしたちのことを調べたのね。早いこと」
「いやあ、有名なソナマナンさんのことは元より知っていましたよ。ま、クルシェさんは初耳でしたね。ここ最近、ご活躍されているとか」
クルシェは黙ったままリヒャルトを見つめる。
「ご安心を。私は魔女以外にはやさしいと言ったでしょう?」
そう口にしたリヒャルトが両目を見開き、瞬時に間合いを詰めてきた。
その迫力に後れを取ったクルシェが気付いたとき、リヒャルトが背広の懐から取り出した拳銃を突きつけられていた。
「本当にあなたたちが魔女でなければねえ」
クルシェは臆することなくリヒャルトを睨み上げる。ソナマナンは慌てたように視線をクルシェとリヒャルトに往復させ、ソウイチは突然の凶行に驚いて動くこともできないようだ。
「そう言えば、気になっていたのですが彼は何者です? なぜ、あんな普通の青年があなたたちと一緒にいるのです」
リヒャルトに瞳を向けられ、ソウイチは顔を引きつらせる。
「ソウイチはわたしの手伝いよ。あなたには関係ないわ」
「ほほう。あんな平凡な青年があなたの手伝いを。なかなか面白い関係ですね」
リヒャルトは笑うと、あっさりと拳銃を懐にしまう。
「驚かせてすみませんねえ。あなたたちの実力を把握しておきたかったものでして」
「ふん。それで、わたしたちの実力は把握できたの」
「ま、本気ではないあなたたちでは、あまり参考にはならないようですね」
リヒャルトは肩を竦めると、あっさりと背を見せて立ち去っていった。
その姿が路地から消え去ってから、ようやくソウイチが口を開く。
「あいつ、何考えてんだろうな」
「分からない。だけど、目を付けられたのは確かみたい」
クルシェの声を聞き、ソナマナンが肩を落とす。
「〈月猟会〉だけじゃなく〈巡回裁判所〉にも狙われるなんて、もう嫌よおぉ……」
リヒャルトに名前を知られていたソナマナンは、露骨に気落ちしている。
クルシェは二人から目を離すと歩き出した。
「どこ行くんだ?」
「どこって、〈白鴉屋〉に帰るのよ」
「いや、黙って行くなよ!」
ソウイチは慌ててクルシェを追いかけてくる。
「ちょっと、待ってよおぉ……」
弱々しい声を放ちつつ、ソナマナンも後に続く。
クルシェは内心で焦っていた。
リヒャルトもハチロウに劣らず強敵なのは間違いない。リヒャルトが動いたとき、クルシェはその速さに反応できなかったのだ。
クルシェは動揺を二人に覚られないよう、無表情で歩を進めた。
朝食の件でもそうですが、ちゃんとクオンと九紫美もボケてきます。
クオンを有能にするため、戦力を集中させて相手を潰す作戦を取っています。
一人ずつ戦力を投入してやられる、ということのないよう動員できる戦力を集中させる有能クオン。
でも、そのために自分が危ない場所に行くのはどうなの?
大丈夫です、『銀河英雄伝説』のラインハルト陛下という前例がいらっしゃいます。




