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クルシェは殺すことにした  作者: 小語
第2章 標的を暗殺しに行こう
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第5話 〈巡回裁判所〉上級審問官、リヒャルト

「あった。あそこが〈別離にさよなら亭〉みたいだ」


 ソウイチが扉を開こうとすると、横からクルシェが割って入り先に店内へと踏み込む。情報を得られそうな本命の酒場だけに、クルシェもソウイチを庇ったのだ。


 クルシェの意図を知る由もないソウイチが肩を竦めていると、後ろからソナマナンがその背中を押して入り口を潜らせた。


〈別離にさよなら亭〉の店内は広く、複数の円卓が配置されており、軽く五十人以上は収まりそうな規模の店だった。


 酒場のため昼間はまだ準備中らしく、店内には酒瓶の並んだ棚の前に立つ店主と、クルシェに後姿を見せている男がいるだけだ。

 店主は困ったように男とやり取りしているようである。


「……ですから、不審な魔女について、私には心当たりがありませんので」

「そうですかね? 後から魔女を匿っていたと知れたら、あなたもただでは済みませんよ?」

「それは……」


 言い淀んでいた店主が新たな三人に気づき、さらに厄介な奴らが現れたといったように渋面を作った。


 店主の様子を目にし、男がクルシェたちを振り向く。


「おやおや、こんな時間に三人連れとは珍しいことで」


 濃い紺色の背広を着こんだ男は、軽侮を目元に含めて相好を崩した。


 その男は金髪と青い瞳を有していた。三十歳は過ぎているだろう男は痩せており、目尻に小皺が多く笑うと目元が歪むようだ。

 度の強い黒縁眼鏡と相まって狡猾な雰囲気を漂わせている。


 身体の線が細く見えるのは、無駄な贅肉がついておらず引き締まった肉体をしているからだろう。クルシェの目には、油断ならない瞬発力を内側に秘めた男に映っている。


 何よりもその男の印象を剣呑なものにしているのは、その腰の剣であった。

 この水華王国の正式な武官は、その格式を外見に表すために二尺(六十センチメートル)以上の長さの剣を帯びている。

 この男が腰に差しているのは、紛れもなく武官にしか帯剣を許されない長さの剣であった。


「この店はまだ準備中らしいですよ。準備中の表札が入り口にかかっていたので、そのことは理解しているはず。あなた方は、〈月猟会〉が経営するこの酒場に如何なるご用で?」


 その男は、答えを知っているぞ、というような問いかけ方をしてきた。

 ソウイチは鼻白み、クルシェは言質をとられることを避けるため沈黙したので、ソナマナンが代表して口を開く。


「あら、分かっているなら話は早いわ。多分あなたと目的は同じじゃないかしら」

「ほほう。ま、当面はそうだとしても、私たちの最終目的は〈月猟会〉ではないので」


 男は誇示するように剣の柄に手を置いた。


「この剣を見ればお分かりになると思いますが、私たちは〈巡回裁判所〉でしてね。虚偽はご自分のためになりませんよ」


 男が口にしたのは、王国の暗黒の遺産とも呼べる組織だった。


『王国の害悪となりうる魔女』を駆除するために地方を巡回しており、裁判所という名称の通り複数名で行動する。

 男の言うことが本当ならば、彼の他にもまだ何人かの仲間がいるはずだった。


「へえ、巡裁さんなの」

「私を呼ぶときは、リヒャルトという名前で結構ですよ。上級審問官のリヒャルトです」


〈巡回裁判所〉は中世期に魔女狩りとして悪名を高めた組織だ。

 この水華王朝では女王が魔女であるため魔女が神聖視されていたが、中世に入って王権の権威が一時失墜した時期、女王以外の魔女を処刑する運動が起こった。


 女王を唯一の魔女とすることで王室の権威を高めるというのが目的だったものの、魔女狩りと称して為政者に邪魔な存在や無罪の人々が大量に処刑された。


 その魔女狩りおいて被疑者の特定や裁判、拷問と処刑を務めたのが〈巡回裁判所〉である。

 近世に入って魔女狩りは無くなったが、少人数で地方を巡回し特別な魔女を処分する〈巡回裁判所〉は存続した。


 簡略化された巡裁は数名の審問官と一隊を束ねる上級審問官からなり、裁判を経ずして処刑を行う権限を与えられている。


 リヒャルトは〈巡回裁判所〉だけあって女性の方に興味があるのか、クルシェとソナマナンを見つめてきた。

 正真正銘の魔女である二人は身を硬くする。現在では魔女であるだけで罰せられることはないものの、巡裁に魔女と知られて得になることはない。


 リヒャルトはソウイチに目を止めた。なぜ、こんな男がこの場にいるのか分からないといった様子で両眼を細める。


 リヒャルトは、不意に唇の端を吊り上げて笑顔を作った。


「そんなに私を怖がらなくてもいいんですよ。私たちは民間人にはとても優しいのです。ま、魔女はその限りではありませんがね。……わっ‼」

「うわあ!」


 いきなり顔を近づけられて大声を出されたソウイチは驚いて飛び退いた。ソウイチの反応を見て、リヒャルトは楽しげな声を立てている。

 クルシェとソナマナンはその二人を冷めた目で見やっていた。


 ふと、クルシェが何かに気づいたように扉の方を振り返る。それと同時にリヒャルトも視線だけを木製の扉に突き刺した。


 二人の様子が変わったことを察したソナマナンとソウイチもつられて目を向けたとき、玄関が開いて一人の男が姿を現した。


「営業前の酒場にこれだけの客人がいるというのも珍しい」


 褐色の頭髪と黒瞳、腰には刃渡り二尺には届かない長脇差の出で立ち。その男は一同に目線を走らせ、クルシェに瞳を止める。


「これは、酒場には似つかわしくないお客様までいるようだ」


 そう言って進み出た男は、クルシェたちとリヒャルトの間で立ち止まった。


「俺はハチロウ・ヤマナミ。〈月猟会〉の用心棒をしている。どうもウチの店に不審人物が出没しているというので、ちょいと話を伺いに出向いた」

「ほほう、それはご苦労なことですが、私は身分を明かしておりますからね。〈巡回裁判所〉上級審問官のリヒャルトですよ」

「お訪ねの目的まで聞いておこうか」

「……我々の目的を知るのはただ一人。至尊の冠を戴く女王陛下のみにあらせられる。それ以外の者に教えるのは、我々の刃の冷たさですよ。それでもお知りになりたいので?」


 ハチロウとリヒャルトの間で不可視の火花が飛び散る。その余波を受けても、クルシェは物怖じせずに佇んでいた。


 ただ、クルシェの背後にソナマナンが身を隠し、さらにその後ろでソウイチが女性二人を盾にしていたのが滑稽ではあった。


 帯電したような緊張を緩和させたのはリヒャルトの一言だった。


「今ここで事を起こすのは本意ではありません。先ほどの言葉は聞かなかったことにしましょう。それよりも、素性が知れないのはそちらの一行では?」

「実は、俺もそっちの方が気になっていた」


 急に矛先を向けられてソウイチとソナマナンが焦る。その二人を尻目にクルシェが平然と名乗った。


「〈白鴉屋〉のクルシェ。調べれば、きっとすぐに分かるはずよ」

「そうするとしよう。……で、そちらは?」


 ハチロウの顔がソナマナンの方を向いた。冷や汗をかきながらソナマナンは片手を後頭に、もう片方の手を腰に当てて気取った姿態(ポーズ)を作って応じる。


「……キャシーです」

「あ、ずっこい! じゃ、俺もツヨシです!」


 堂々と偽名を述べ立てる二人を胡乱な目つきでハチロウが見やっていると、クルシェが二人を指差して訂正を入れる。


「ソナマナンとソウイチ」

「ああっ! どうしてクルシェちゃん⁉」

「わざわざ敵に教えるなよー!」


 ソナマナンとソウイチはお互いの両掌を合わせて、クルシェを非難しつつ泣き声を上げる。


「ソナマナン。〈毒婦〉ですか」


 リヒャルトは一人合点して呟くと、玄関へと歩き出した。歩きながら半面だけを振り向かせ、目元に皺を寄せた笑みを浮かべる。


「面白い人達が揃ったようですね。またすぐに会うでしょうから、お別れは言いませんよ」


 その言葉を残してリヒャルトは扉を潜っていった。

リヒャルト、という新たな人物が出てきます。

本作はクルシェとその敵の〈月猟会〉の他、第三勢力として〈巡回裁判所〉を登場させてみました。

それが物語として成功しているかは怪しいのですが、魔女という設定を扱う上では重要な役でもあります。


魔女狩りというと異端審問官が有名ですが、『巡回裁判所』という存在も中世には実在したそうです。

名前の通り各地を巡って魔女を探す組織だったらしいですね。

日本で言うと関八州取締出役でしょうか。


ソナマナンが偽名を名乗るシーンもお気に入りです。

ソナマナンとソウイチのギャグ役として絶好調の時期です。

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