29 渦 ④
「嫌だね」
その返答に対する答えを私がする前にリフレシアが答える。
「つまりは関係してるって事だろ?俺達が追われてる理由を知っていて黙ってたのに都合が良すぎやしないか?」
イコライはその問いに黙り込む。
彼女のその問いが無ければ私はこの場で口にすべきで無い事を発しかけた。
図らずもリフレシアの代弁に助けられる形となる。
口から出そうになった言葉を飲み込み、改めて私は彼女の後に続きイコライに言う。
「話した上でこちらで精査しても、この指輪は一旦はお預かりさせて貰います」
「まあ話した所でお前を見過ごしはしないがな」
イコライは不意に立ち上がり顔を見上げ深く息を吸い込む、その様子に誰もが視線を彼女に移した。
「市長が隠し持ったその指輪、私の夫の物」
何を言うかと思えば彼女はその一点張りのつもりなのか、呆れた様子でため息をつくリフレシア。
「だから返せと?今更そんな理由だけで返せないな」
そんな強気な言い方にイコライは反抗する訳でもなく冷たく鋭い視線を見せるも、その視線は彼女にでは無く、指輪を持つ私に向けられていた。
「私にはそれが必要なの」
「・・・渡せません。これがマグメルに関与した物である疑いが出た以上、そしてあなたが関与しているのであれば」
「渡して」
何かに取り憑かれたようにいつもの彼女では無い異様な存在感を放ち、命令をするかのように私に詰め寄り言う。
そんな彼女の勝手な行動をリフレシアが見逃す訳もなく、隣に並ぶ様に立っていたリーヴの首を軽く掴み彼女に警告する。
「それ以上動くな」リフレシアのその言葉もリーヴも彼女の目には入っていない。
お構い無しにイコライは徐々に私に詰め寄り、少しづつ後退りし距離を取るも部屋の壁は近くこれ以上下がる距離すら取れず追い込まれて行く。
「止まれ!!!」
痺れを切らしたリフレシアはリーヴを乱暴に突き放し、彼女の肩に手をかけた瞬間の事だった。
手にかけたその手は徐々に凍っていき、肩に到達するその前にリフレシアは強引に腕を剥がし、凍ってしまった腕をすぐに自らの力で炎を纏い凍結させた。
その一瞬の出来事にその場の誰もが何が起こったのか理解する迄の一瞬凍ってしまったかのように固まった。
「・・・、はぁ。こうなるか」と私にしか聞こえない位の声でイコライは呟き、ようやく私は理解した。
「・・・あなたが殺したんですね」
「私の物を取ったから」
冷たく囁く彼女の姿はもう以前のイコライでは無い。
外より遥かに暖かい部屋の中、その言葉を最後に一瞬で室内の温度は外と変わりない程迄に下がり、なんの拍子もなく彼女は手をかざす。
そのかざした先にいたのは直線状でリフレシアにグラード、その一瞬を何か察したリフレシアは見切りすぐ様離れるがグラードは反応が遅れ、瞬く間に彼だけが氷像へと姿を変える事となった。
「嘘でしょ・・・」
その威力に速さ、何より迷いの無い容赦の無さ。
本気だと誰もが息を飲む中、ルメとリーヴは恐怖で言葉を失っていた。
「外した」と一言漏らす彼女。冷たく無感情にも思えるその一言に私は対象的に感情的に声を上げてしまった。
「・・・なんで、彼は関係ないでしょ!」
「関係ない?あなたが早く指輪を渡せばこんな事にはならなかったんでしょ?」
「同じ街の仲間にこんな事するなんて・・・」
それを聞いたイコライはパチンと指を鳴らせば氷の塊となった彼に放つとその氷像はパラパラと形を留めることなく粉雪となり消え失せてしまった。
あまりにも呆気ない彼の死は誰もが何が起こったのか分からないまま受け止める時間さえも与えない。
静まり返る部屋の中で、彼女は淡々と言う。
「だから?私にとってその指輪が全て、深入りせず大人しく渡せばあなた達だけでも無事に帰してあげようとしていたのに」
以前の彼女から感じ得ない別人の様な無表情に冷酷さ、リーヴにルメは唖然とする中でグラードが殺された事さえも理解がつかずその場に立ち尽くしていた。
「邪魔だ!!!」
突然叫ぶリフレシア。
同時に無造作に放たれたイコライの波紋のように広がる魔力。
シメオンと私は彼女の雄叫びに反応し直ぐにリーヴを庇い地面に伏せるが、ルメは咄嗟の攻撃に反応出来る訳もなく彼女の攻撃をまともに受けてしまった。
「あぁ・・・ああぁ・・・」
弱々しく声を上げるルメの胸には氷で出来た花が咲く、その花が徐々に形作ると同時に彼女は青ざめ震え出した。
これはグラシーが受けたものと同じ。間違いない、彼女達を襲ったのもイコライだ。
「答え合わせが早くて助かる」
いつの間にかフワフワと部屋中に浮かぶいくつ物炎の玉、リフレシアの炎だ。それに気がついた時には既に数十の炎の玉は既にイコライにぶつけられ部屋には蒸気と煙で視界は遮られていた。
一切の隙を作らせないその連打は流石のイコライも手出しが出来ないだろう、彼女が作るその時間を利用し私はルメをシメオンはリーヴを抱え急いで外へと飛び出す。
「リフレシア!!彼女の攻撃は魔法より呪いよりだから攻撃は受けないで!!」
去り際に彼女に伝え、私達は必死にその場から離れようと逃げる。
しかし、外へ出て間もなくその騒動は街の人間を呼び寄せてしまい、私達は遠くまで逃げる事が叶わぬまま街の住民に囲まれてしまった。
「この野郎・・・逃げてたな」
「良くもウサンの兄貴を・・・てめぇ・・・」
「グラードの温情で生かしてやってたらこの仕打ちか」
"海氷壊"のグループを中心に街の人間は武器を携えゾロゾロと私達に近付いてくる。震え声も出せない程凍えるルメに恐怖に泣きじゃくるリーヴ。
シメオンは私の顔を見るが私もどうしていいか分からない、リフレシアがせっかく時間を作ってくれているのに・・・。
「皆さん!!早くここから遠くへ逃げて!!!」
必死に考える時間も無い、咄嗟に気の利いた事も考え言える訳でも無い。
とにかく今は犠牲者を増やしたくないその一心での心からの叫びは人々に届く訳もなく。
「何を言ってんだ?ただで済むと思うなよ・・・」
その一言を街の住民から聞かされ間もなくのこと。
「逃げろ!!!」
酒場から上がるリフレシアの大声。
私達や街の人達はその言葉に反応し全員が声の方へと視線を移した時だった。
猛吹雪と共に放たれる冷たく、目にハッキリと映る白く鋭い刃のような薄く広がる魔力の波紋。
一体何が起きたのか分からないほどに一瞬の出来事だった。
猛吹雪が吹き荒れ、人々はまるで塵のように吹き飛ばされる。
視界は真っ白になり何処に飛ばされどうなっているのかすら分からない。
ただこれだけは分かる。とてつもなく冷たく寒い。
視界は白から徐々に暗くなる。
最後に映る視界の中にシメオンがいた、必死にリーヴを守ろうとする彼女の姿が目に映り、いつしか視界は薄れ意識は遠くへ。




