7 砂の町
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「町中、人を探した。声を出すとあの龍に場所がバレると思って建物の影を行き来したりして民家や建物の中に入ったりしたけど、もぬけのからだった。まるでその場から消えたみたいに物だけが残ってた」
「この町から人が離れていたって事・・・だよね?」
「・・・多分な」
「じゃあこの荷物も町にあった物?」
「正確には”盗った”になる。まあ今はそんなこと言ってられねぇだろ、人も居なきゃ尚更だ」
リュックから一つ一つ彼が詰め込んだ食料や治療薬や水、旅に必要最低限のものを全て確認し取り出すと彼は驚いた様子で止めに入ってきた。
「おい・・・まさか金払ってねえからって置いてくとか言うなよお前」
「気持ちはそうしたいけど、ローライ君の言った通り今はそんなこと言ってる場合じゃ無い。それに”トリル・サンダラ”を抜けた近くの街や村にここの人たちがいるかも知れないから、その時お金を渡せば大丈夫」
リュックに詰められた物を隅々まで確認した。すると一つだけ、大量に生産されている馴染みのある携帯食料にラベルが丁寧に貼られており、隅々まで記載してある文字を読むとラベルの下に小さく生産日時が記載されている。
「それがどうしたんだよ?よくある固形の携帯バーだろ?」
「これ、かなり最近のものだよ。2週間位前のもの」
ローライは少し間を空けた後に気づく。
「成程、生産日か。他の物は現地のものだけど他国からの輸入した物は決まりで生産日のラベルが貼られるからな。でもそれだけじゃこの町から供給が途絶えたことは断定できないぞ」
「他の物は生産日は書いていないから現地の物かも・・・水はどうしたの?」
「民家のデカい樽みたいのから水を汲み取った、適当な入れ物も売店のあったものから貰った」
「この砂漠地帯なら水も輸入すると思うんだけど」
「見に行くか?俺も流石に色々と焦ってたから全部が全部しっかり見れた訳じゃ無いしな、何か見逃してるかも知れないしな」
「あまり長居出来ないから、ピンポイントで見ていこう。”トリル・サンダラ”は広い、けどあの龍がもし私達を探しているならきっとこの町に隠れてると分かるはず。この広大な砂漠の中、隠れる場所があるのはこの町だけ」
「いや、多分大丈夫だと思う・・・」
「え?どうして」
「お前、1日中寝てたんだ」
どうやら倒れてから日を跨いで起きたのでは無く、倒れ気を失った日から更に1日中眠っていたらしくそれにに驚くと同時に焦りを感じた。それを感じ取ったのか諭す様にローライは冷静に言う。
「俺もその日に逃げようとしたよ、お前を置いて。けどもしかしたらと思って1日だけ様子を見て、最後この町から出る前に見に来たら、お前が起きてた。
何がどうしてまだあの龍に見つかってないのかは分からない」
放っておいてそのまま逃げて欲しかった。
ただそれを言うのはあまりにも無粋だ。けれどつい本心は言葉となり漏らしてしまう。
「私のせいで・・・」
そう言うと彼はため息をつき言った。
「今、生きてんだ。互いにな。勿論だからって余裕がある訳じゃないのは事実だ。早く"トリル・サンダラ"を抜けなきゃなんねえけどよ、それ以上に今どういう状況なのか理解する必要もある、だよな?」
歳下の少年に励まされてしまった。目的を、今、成すべき事も。
「そうだよね・・・ごめん、ありがとう・・・」
1日、休めたという事はやはりあの攻撃によるダメージは"あの龍"にとっても相当な物だということの証明。しかしいつまた復活するかも未知数。
急ぐに越したことはない。
「しかし、なんであいつは俺達を探さなかったんだ?諦めた・・・のか?そもそもお前もどうやって逃げ出せたんだよ」
「そっか・・・そういえば話してなかったね。私もテントとか色々聞きたいことはまだあるけど、とりあえず今は出よう」
「まあ、俺のはこのテントから出ればある程度検討はつくと思うぞ」
荷物を再び整え、テントの外へと出ると中からは気付かなかったが民家の中だった。
見上げると天井は朽ち落ち、空が見えていた。
「テントはあくまで日除と救助が来た時の目印のつもりだったんだよ」
「天井は落ちてたの?」
「来た時からなとりあえず外見ろ」
彼の後ろについて行き、テントの建てられた民家の外へと出るとそこには以前来た”トリル・サンダラ”の町の風景とはまるで思えない程、家や建物は朽ち果て、今にも崩れそうになっている。
破壊されたと言うより、時間が経ち寂れ朽ち果てた様で、まるで廃墟のそれに近かった。
「どういうこと?」
「やっぱりな、元から寂れた町じゃなかったんだな」
「寂れた・・・というよりこんな状態になるまで人が住んでいなかったってこと?」
この町の家や建物は骨組み以外は土で出来ている。他の地域と同じ様に資材を輸入し建造物を作るとなると費用も嵩み極端な気候の地域では本来の耐久性を維持出来ない。
耐久性という意味ではその土地にあるものを使う事の方が優れた物が作れる。
つまりこの短期間にこの砂漠地帯は極度の環境の変化があった、そして建物は次々に自然に朽ちていった、という理屈なら合点がいく。
しかしこの数日間、特にこの砂漠の世界で気候や気温に関しては特に変わった所を感じなかった、でも確実に異変は起きている。
それは”龍”の事だったり、”オアシス”のことだったり。
「なあ」
「何、ローライ君?」
「何立ち止まってんだ、とりあえず簡単に町を見ていくんだろ。この町には売店が一個しかなかった。そこに行ってお前の武器と防具を揃えるぞ、俺には分かんねえからな」
彼に言われるまで気が付かなかった。今現在武器となる杖もなければ、服も簡単な下着以外にペンダントを着用し、その上に小さいシーツを纏っているだけだった。
「そっか、このままじゃまともに戦闘も出来ないね」
「今気づいたのかよ・・・、今龍に襲われたらお前今度こそ死ぬぞ。だから有り合わせでもいいからここの町にあった売店の装備貰うぞ」
「・・・ローライ君、お金は払うんだよ?」
そういうとローライは近付き拳を作り私の頭を少し強めに叩く。多分手加減してくれてはいるものの。
「いたい・・・」
「”買う”!”買う”な!分かってるわんな事!」
「冗談です・・・」
「今じゃねぇだろバカ」
そんなくだらないやり取りをしながら、彼は売店のあるであろう方へと歩き出し、私はそれについて行く。道中、私はあの龍から逃げきれた経緯を彼に話した。ラックの渡した包みの事、"砂上の夢"に助けられた事、あの時起こったことを全て話すのに時間がかかる事は無く、彼は「そうか」と一言素っ気ない返事で返した。まだ怒っているのだろうかと少し不安な気持ちがつもる。
「ローライくんはあの箱の中身知ってた?」
「あぁ」
「私知らなくて、私も同じ物渡されたんだけど・・・何の説明もされてないからてっきりお弁当だと思っちゃって」
「あぁ」
「ローライくん?」
「あぁ」
「聞いてないよね?」
彼の肩をポンポンと柔らかく叩くと、「なんだよ」と少し不機嫌な様子で返事が返ってきた。考え事をしているのだろうか。ローライはその後に何かに気付いたように「あ」と一言言い、別の方向へと歩き出し慌てて私もその方向へと同じく歩き、今度は彼の後ろではなく隣りに並ぶ様に歩く事にした。
「何か気になる事があるの?」
「いや、大した事じゃねえよ」
「私の話聞いてた?」
「いや、あんまり」
「正直だね・・・、要約するとラックが渡してくれた包みが役に立って、"砂上の夢"に助けられたんだよ」
「師匠の?あの包みって弁当だろ?」
まああの人の事だから、そんな戦闘の役に立つものを渡すなんて思わないよね。同じ様な事を考えていても不思議では無かった。
「なあ、この町の家や建物って土だろ?」
「そうだよ、正確には水や色んな物を混ぜて固めた物で普通の家の構造とは違うね。その事考えてたの?」
「じゃあやっぱ、他の街とかで見る建物より壊れやすいのか?」
「どうだろう?あまりそんな風には思わないけど、かと言ってこの町で例えば"カラット"にある建物を建てた場合、この町では土の建物の方が長く住めると思うよ?」
「その土地の持つ特有の気候や環境でって事だよな?」
「そうだね。例えば魔力が強い樹林の土地があったとして。その土地に家を建てる時に違う土地の木を使うと、その木は魔力に影響されちゃって、湾曲したり枯れたり、逆に極度の成長したりしちゃうから、魔力が強い土地で木を使って家を作る時はその土地の木を使う方が影響されないんだ」
「じゃあ、この家もこの"トリル・サンダラ"の土地の砂を使ってるんだよな?」
「骨組みは分からないけど、基本はそうだと思うよ。朽ちてた理由となにか結び付く所あったの?」
「じゃあこの家の砂も魔力を持つよな?」
その言葉にやっと気がついた、"トリル・サンダラ"のこの町の建物が軒並み崩れたたり、朽ちて見えていたのは。
"砂上の夢"が起こす魔力による砂の集合。
それによりこの町の建物の土が反応し、他の砂と集合して"砂上の夢"になったのだ。
つまり朽ちたのではなく、この砂漠特有の自然現象により町の建物が徐々に欠けていき、削れ、崩壊していったという事になる。ある意味、環境の変化による物には間違いは無かった。
「そっか!確かに」
「"砂上の夢"は過剰に魔力を持つ砂が反応して集合するんだろ?その時に建物に使われた魔力を過剰に持つ砂も集まったから建物が少しずつ欠けて、崩れたって考えるのが妥当だろ。どういう考え方してたんだよ」
「環境の変化かなって・・・ホラなんか気候とか、いつもより私気温のせいか疲れやすくなってて魔力の消耗も激しくなった気がして。急激な環境の変化があるとやっぱり土地の物とはいえ耐えれないかなと思って」
「さっき話した木の話に近いそれか」
「うん、勿論”砂上の夢”の事も踏まえてたんだけど、そういえばそもそも家にも"トリル・サンダラ"の
砂が材料として使われているなら魔力の影響もあるし、この土地なら一番に影響を受けるのは砂だよね・・・盲点だった」
「・・・あと、魔力の消費に関してはおまえが歳くっただけだろ」
言えない、死に際に年齢の事気にして息絶えそうだったなんて。
「気温もそもそもだ。ここ暑いんだろ?お前のそのモサモサの毛が原因だろ?見た目もなんか魔獣の癖に弱そうだし、疲れやすいなら鍛えろ」
「ローライ君、人付き合い下手?」
「悪いな、魔獣とは話した事ねえから。
・・・まあ実際、魔力の消耗はいつもより激しい気がするな。さっきおまえが言ったみたいに気温とや気候のせいで間違い無く体力を使う、ましてや移動込みだからな。
そのせいで集中力も力の入れ方にもムラがあるからそういう事だと思ってるんだけどな」
「私も最初そう思ってた、色んな土地を旅したから分かるんだけど。それ込みでもやっぱりその土地の環境のせいと言うにはあまりにもいつもと感覚が少し違う感じがして・・・」
彼は会話の途中に立ち止まり1つの半壊した民家を指し「ここだ」と言う。
「町中で一番物があって、近くに両替の貨幣や外国の銅貨もいくつか並んで置かれてあったから元々売店だったんだと思う」
「ここからいくつか貰ってきたの?」
「ああ、他の家や建物はろくになにか揃えてる訳では無かったからな、なんかちょっとしのびなくて」
建物自体は半壊しつつも、棚やお金を入れる箱に陳列自体はどこか面影を感じる位には状態は極めて酷い並いでは無かった。
自然災害や強盗といった荒らされ方もしていない。
本当にまるで突然人だけがいなくなった。その末に廃れていき物だけが置いていかれた、そんな感じだ。
落ちている道具を拾い上げ棚に戻したり、砂ホコリを少し被った物をふきながら、ラベルのある物は出来る限り確認した。
いくつかラベルの貼られた物を見つけたが、どれも製造日から計算して、約2週間前と推測出来る。
「なんか良い杖か防具あったか?」
「あ、ごめん。他の商品見てた」
「お前、買い物しに来たんじゃねぇんだぞ、時間も余裕が無いってのに」
「ごめんなさい、でもやっぱりここら辺にある物大体2週間前後の物が最近の物だった」
「そりゃ収穫だな、もう良いからなんか適当に武器だけでも探せよ。昨日来た時は何個か転がってたぞ」
足元をよく見ると本当に雑に武器や防具が転がっており、そのいくつかは適当な木箱の中に重り積まれ、砂がかかっていた。
剣やローブ、多様多種の武器や防具が1つの箱に詰められていたり、良く足元を見ると砂に埋もれた道具や武器まで見つかる。地面に雑に置かれている様子を見るにこれは店主の雑さが伺える。つまりはあまり装備に期待出来ない。
「まあ・・・無いよりは」
そう考えながら幸先の不安が過ぎる。
「適当で良いから早く決めろの、俺外見張ってるから」
ローライは売店と思われる建物から少し離れた、隣にあるなんとか形の保たれている民家の影へと忍んでいた。
「ローライくんは要らないの?」
「俺はいらねぇ、邪魔だからな。それにあっても意味ねぇし」
ハッキリとそう断った。それはあの龍を見て感じた無力感と戦意喪失なのだろう。
「ローライくんにも良い短剣探してあげるね」
「いらねえって!」
「勝つとか倒すとか、そんな為の物じゃないよ。誰かを守る時、自分の身を守る時の為だよ。ローライくんが龍にナイフを投げた時みたいに」
彼は返事をしなかった。あの時のナイフはきっと私を助ける為、そして掛けた言葉は自分への戒めだったんだとその時そう解釈した。
「邪魔なら捨てちゃえ」
箱の中に丁度彼の持つ短剣のホルダーに入りそうな剣を見つけると、その下から少し見覚えのある杖が顔を出していた。
「え!?嘘、トランジエント!なんでこんな杖置いてあるの?」
つい声が張って出てしまう。「バカ!声!」とローライから静かに注意を受ける。
「凄い・・・ローライくん凄いよ。かなり貴重な魔術師の杖見つけちゃった・・・」
「なんだよ」と彼は痺れを切らし、外への警戒を解き隣の民家から戻ってくる。そしてその杖を自慢げに見せるも首を傾げられた。
黒く光沢のある杖、特徴的なひし形を何個も重ね濃い青で染めた杖先。間違い無く"トランジエント"。
「そんな凄いのかそれ」
「魔力を込めると魔法自体の発動は普通より遅くなっちゃうけど、魔力を節約して発動出来るから通常より魔力をあまり使わなくてもいつも通り魔法が使えるんだよ」
「へ〜、凄い今の状況にピッタリな杖なんだな」
「凄いな〜ほんとに全然市場にも出回らないかなりの上級品なのに」
「じゃあそれにするか」
「え」
「「え」ってなんだよ」
「いや〜・・・これすんごい高いんだよね・・・」
「お前今の状況・・・」
「分かってるんだけどこれ・・・金貨500枚相当・・・、今だともっと高いかも」
「ご・・・」
さすがの彼もその値打ちに目を点にし困惑している様に見える。
「なにかの拍子に壊しちゃったり、傷つけたらヤバそうだよね・・・」
「まあお前一応英雄の・・・一人?だし・・・良いんじゃねえか?それに今はそんなこと言ってる状況じゃ無いだろ、今は吟味してる時間も惜しいんだ。一番良いもの身につけとかないとこの先どうなるか分からないだろが」
彼の言うことは正しい、だがこんな高価な物を手元に置いて傷なんかつけよう物ならと想像しながら使用するのは中々それはそれでもし戦闘になった時、集中出来るか微かに不安は残る。
「とりあえずもういくぞ、そんな悩み方してたら全部揃えるのに日が暮れるだろ」
そういうとローライは防具や武器を箱から次々に取り出し、半分投げやり気味に選んだ物を渡してきた。
足の先から頭まで選ばれた物を身に纏い、”トランジエント”を腰に差した。
「ローライくん、短剣」
さっき箱から見つけた短剣を彼に手渡すと、すんなりと受け取りホルダーへと仕まう。
「なあ、実はこの町で一つだけ亡骸を見たんだ・・・」
彼は少し苦い顔で話す。突然の事に聞き返すが彼は「ついてきてくれ」と一言歩き出した。
読了ありがとうございました。
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-世見人 白図- Yomihito Shirazu