20 グラーべ
「えっと・・・、グラシー・・・さん?」
ヘイルの住処、私達がここへ訪れたその日に寝床にしていた客間の部屋の隅で毛布を何重にも巻き、ガタガタと震える彼女"グラシー"の姿がそこにあった。
"特殊対策討伐隊"のリーダー。
その気品と自信に満ち溢れた彼女の姿は何処にも無い。
煌びやかで豪勢な装備品はボロボロで、今にも凍えて死にそうな程青白くなってしまった肌に震えて揺れる体。見るに堪えない程に衰弱しているのが見てわかる。
実力者である彼女が如何にしてそこまでになったのか皆目検討もつかない。
その上一体どうしてこうなってしまったのかも分からぬまま、私は呆気に取られてしまう。
沈黙が続く中最初に口を開いたのはシメオンの方からだった。
「私が来た時にはもう死体と倒れたこいつ達の姿だけだったが、この女は一言お前の名を口にした」
「それでわざわざ街の近くまで来てくれたの?」
「あぁ」
「一応聞くけど、魔獣達の住処で襲わせた・・・訳じゃないよね?」
疑り深くシメオンに問うと彼女は首を横に振りこう答える。
「確かに、旅人を魔獣の餌とし襲わせて亡骸の物品は頂くとは言った。だが、私がこの旅人を見つけた時にはもう襲われていた」
「住処・・・、テリトリーに入ってしまって襲われてしまっていたって事?」
「違う。彼らの住処へは入っていなかった」
「じゃあ・・・あなた以外にもこの山の麓に住んでいるエルフが実は居て・・・」
「それも無い・・・けど、まさに死んでいた2人の死に様は殺された同士と同じだった」
「どういうこと?遭難や天候による急激な変化、転落で身動きが取れないとかそういう事?」
「違う・・・」
シメオンは何か言いたげに口を開けるが何も発する事なくただ黙った。まるで言葉に表すには難しく表現に困る、そんな感じの様子で。
震えが止まらぬグラシー、口をガタガタと鳴らし喋る事すらままならなさそうで一体何があったのか分からないまま
彼女の口から終始なにか言葉が出てくる事もない。
「シメオン、その亡くなっていた二人なんだけど・・・」
「物なら私が貰っている」
さも当たり前に言うシメオン。悪気は無いのは良いとしてそこまでハッキリと言われるといっそ清々しい。
諭し説得する訳にも行かずかといって強引に奪い取るも訳にもいかない。
穏便に譲ってもらう手段は1つ。
「・・・分かった。私がそれを買い取る、だから私に頂戴」
「大したものは無かったから銀貨3枚だ」
「結構高いね・・・」
直様手持ちのお金を取り出し彼女に渡すと早速彼女は背負っていた鞄から細かい物から大きな装備品まで色々な物が私の前に並べられる。
大きく分けて二つの大荷物・・・と言いたいところだったが一つは大した荷物はなく、ほぼ空に近いリュック。
もう一つも書類や紙を束ねた本のような物が大量に詰め込まれたカバン。
これといった貴重品はない。
「シメオン、この荷物の遺体はどこにあるの?」
「さあ、雪に埋まって探すには骨が折れると思う」
「え?埋まってる?この人達を見つけたのはいつ?」
「昨日の夜。猛吹雪の中」
「猛吹雪?夜中?」
「いや、日が落ちてすぐ、急な天候の荒れ方だった」
昨日の夜、私がロロイと酒を飲み交わしたあの日。
星が綺麗に見えるほど美しい空模様、雲一つ無かったその日、荒れるほどの吹雪いていたという彼女の言葉は信じがたい。
彼女達がいる場所は山の中腹に近い場所、山頂とその下である場所、山の天気は気まぐれだとは言うけれど高低差で極端な天候の違い等ほとんど有り得ない・・・。
嘘をついているのか?勘ぐりながら険しい顔で考えていたのだろう、シメオンは私の顔を見て何かを察した様に言う。
「何者かの手によって殺された・・・のか?」
彼女の眼差しは何か私が答えを知っている様な、求めた答えを待つ様に静かに口を開く。
しかし私にとってもこの状況を理解するにはあまりに不可解であり、答えともなる取っ掛りすら無い。
寧ろ彼女が嘘をつき私を騙そうとしているのではないかと思っていた反面、彼女のその自然な反応は疑いづらく嘘をついているそれに見えない。
「分からない・・・けど、山頂にある"オンブル"は私の覚えている限りその日悪天候では無かった」
「そうか」と静かに彼女は肩をおろし一息をつく。
納得している様には見えずお互いに不自然は感じているはず。
蟠りが残る今、改めて遺品をしっかりと見ないといけないと余計に思わさせる。
一体誰が亡くなったのかさえ分かれば何かしらの情報は得られるだろうと再び私はその荷物と向き合う。
「荷物の少ないこっちは、封書が何枚かと・・・携帯食料。リュック自体は大きいけど・・・これだけ・・・」
特にこれといった目印も無いが"オンブル"の地独特のデザインでは無い。という事はこの地以外からやって来た他外国の人間だと容易に推測は出来る。
「ねえシメオン、あなたは亡くなった3人は見てるんだよね?」
「ああ、街から離れる前に話した通りだ」
「じゃあ、この荷物は街以外から来た人の荷物だよね?」
「荷物は2つしか取らなかったの?」
「ヘイルが生き残りの2人と共にこの山を去る際にその内の1人が手にして引き返していた」
そんな死に際の時点で荷物を捨てずに帰還?
その言葉に違和感があるがシメオンは何か隠している様子でも無い。
きっとその言葉に嘘がないにしても引っかかる。
「本当?」
「ああ」
「そんな緊急自体にヘイルさんの力も借りて山を去る人が余計な荷物を増やして?
ましてやグラシーさんを置いて?」
「そんな事を聞かれても知らない」とシメオンはグラシーの方を見て答える。
未だに震えるグラシー。彼女がまともに会話が出来れば話が早いのだけど、この様子では無理だろう。
本来であれば直ぐにでも近くの街で彼女を引き取ってもらうのが先決なのだけど・・・。
「ヘイルさんが2人を連れてこの山から降りたのは?」
「吹雪が止んで直ぐ、早朝だ。ヘイルもまた戻ってこの女を連れて近くの街へやるとは言ってたが・・・」
「シメオン、この人を連れてこの山から降りれない?ほら、いつかこの地を去るって話もしてたし・・・。仕事なら私にも少し宛があるから紹介は出来るんだけど・・・」
その言葉にシメオンは考えていた。彼女には彼女の考えがある、急な提案ではあるが私としての都合で言えば今はこれが最善だと思う。
「・・・、構わないがお前はどうする?」
「え?」
「お前はこの山の中枢のこの家で1人でいるのか?それとも私達と共に山を降りるのか?」
「いや、"オンブル"にリフレシアを残して・・・。あっ」
そう、彼女がそう言う理由。
私一人で再び"オンブル"へ戻ると大回りをしなければならない。しかも魔獣達の住処を避けようにもルートも分からない。
つまりまたあの街へ戻るには彼女の案内が必須。
「今くらいの時間からあの街へ行けば丁度夕方位。この女と共にとりあえず山頂のあの街へ避難すればいいんじゃないか?」
「そう・・・だね・・・」
私はすぐ様荷物をまとめ"オンブル"へと戻る支度を始める。
震えるグラシーに声を掛けるもやはり返事は無く、1人まともに立って歩くことも出来ないのだろう。
シメオンと共に彼女の両脇を2人肩で支え何とか立ち上がらせてはそのまま山頂の街"オンブル"へ向け歩く事となった。
異様な程に冷えた体は防寒を幾重にも重ねた彼女から更に私の体に伝わる程だった。
まるで極寒の地の海へ落ちて上がってきたばかりと思う程に冷たい。
嫌な予感を漂わせながら私達は夜を迎える前に”オンブル”へと急いだ。
読了ありがとうございました。
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-世見人 白図- Yomihito Shirazu