13 海氷壊
「それで、これが海氷だ。これが結構売れるんだ。
天然の塩の塊で溶けても中の凝縮した塩は溶けない。
この街を降りた所で売れば銀貨に早変わりする程の高級なもんなんだとよ」
酒をあおりながら大男の1人は隣に座る私に熱弁し語る。机に置かれたそれは大きな氷の塊で中には白い結晶の出来た不思議な氷。海で出来た氷だと言う。
「海氷もこの街が売っている生産物の1つなんですね」
「あぁ、この街・・・いやこの雪原地帯一帯が天然の鉱石や自然の物や天体の情報、この3つで賄えている」
「成程・・・」
酒場は昼間にも関わらず賑やか、大勢の人や魔獣がそれぞれ酒やご飯を交わし合い飲み食いしながら楽しそうにしている。
そんな中私達は囲まれるようにテーブルに着いていた。
「師匠、この旅人のカペラとリフレシアは亡くなった人の遺品を見つけにやってきたんですよ!」とグラードは私達の紹介を自ら言うまでもなく率先し彼等に伝えると少し微妙な反応を示しながらさっきの大男が私に少し静かに語りかけた。
「お前・・・ちゃんと探しているのか?」
この酒場で働くイコライに気を使ってなのだろう彼女に聞こえないように私達に言うがそれに気に食わないリフレシアは大声で答える。
「ふざけるな、あんな愚か者と同じにされるとは・・・心底不愉快だ」
リフレシアのその威勢の良さは華奢とは言わないにしてもその見た目からは想像がつかない程に自信に満ち溢れ強気な物言いに、大男も少したじろぎ謝ってしまうほどの剛気を見せていた。
「カペラ、この大きな体の人が僕の師匠で"ウサン"、それに隣が同じ時期に来た魔獣の"ハタク"、それにこっちが・・・」
次々にグラードは"海氷壊"のメンバー1人を丁寧に私達に紹介して来ては私達はその度に軽い挨拶をしながら酒の入ったコップを持っていたコップに強く打ち付けられた。
人も魔獣もどの人も気作で暖かくも思える程優しく接してくれた。
時折お酒を交わし音を鳴らす程打ち付け挨拶さえされる。
「えっと・・・、何から聞けば良いのやら」
大勢の人や魔獣が居る中、グラードは事情を説明し"海氷壊"の面々は私の言葉を待ちながらそれぞれ口々に楽しげに話しをしていた。
いきなり亡くなった人の話をするのも重いので手始めに軽い世間話。
「あの、なんでこんな魔獣と人が仲良く暮らせているんですか?」
最初の質問、意外な事にこの質問に最初周りに居た人も魔獣も一瞬静まり返ってしまい、少し気まずさを感じる中その一瞬の空気が笑いに変わり皆思い思いに私に答えてくれた。
「変か?」
「普通だろそんなの」
「争う理由も無いからな」
と否定的な言葉は1つも無い中、1人の魔獣はこう答える。
「確かに俺は色んな街や国を行き来したがどの国も俺達をゴミ扱いだ。だがこの街は違う、俺達に居場所をくれたんだ。確かにあんたがそう思うのも無理は無い」
この言葉に続いてグラードが師匠と慕う"ウサン"が答える。
「俺はあんまりこの街から離れねぇから他所をよく知らねぇ。だがわかる事は1つ、この街はそんなに歴史ある街じゃねえ、他に比べりゃ若いだろう。
そんなこの街は人と魔獣で作った街だ。
俺が生まれつき育った時からそんな差別や区別はねえしする事もねえ。それが全てだ」
更に続く様に口々に人や魔獣入り乱れ言う。
「そうだそうだ」
「古い国はかび臭い考えで臭くて仕方ねぇ」
「当たり前なだけだ」
肩を組み、楽しく一致団結し、箸が転がっても笑いが起きそうな程に気さくで何か気が合う度に酒の入った入れ物をぶつけ笑う。
楽しそうなそんな雰囲気が羨ましく、眩しく映った。
グラードは私の隣に座り言う。
「けれど忘れちゃいけない。
受け入れて貰っている僕らはこの街にこの人達にこの文化にリスペクトを持つ事を、心の広いこの街に除け者の僕らは対等にして貰えているけれど僕達はこの街を出ればまた元に戻るんだ、ただの化け物に」
「え・・・」
「僕らはあくまで魔獣だ。人の社会へと変わり僕らはどう足掻こうと、"厄災の龍"が、魔獣がこの社会へ脅威を齎した存在には違いない。
分かるよね、カペラ」
詰寄るように真剣な言葉は私に突き付けるように真正面からグラードは語る。
そんな様子を見かねたウサンはグラードの頭を小突いてひと笑いを湧かせるも私は一連の出来事に呆気を取られポカンとしていた。
「馬鹿野郎グラード、そんな詰寄るように言ってやるな、辛気臭い。このお嬢さんが居にくくなるだろ」
「ご、ごめんなさい師匠・・・でもカペラ。勘違いしないで僕達はそういう思いでいる事・・・」
「誰もお前達を驕っているだなんて思っちゃいねぇよ。そうなるとこのお嬢さんの肩身が狭くなる止めな」
「そ・・・そうですよね師匠、失礼しました。
ごめんなさい、カペラ」
「え?いや・・・そんな事、お気遣いありがとうございます。ウサンさん」
「気を悪くしないでくれ、こいつらも悪気はねえけど移住してくる同族には滅法厳しくてな。
魔獣なりに色々と秩序を持ってこの街に居てくれてんだ。
悪いがあんたもここに移住するならこいつらに合わせてやってくれ」
「え?移住?」私はその言葉の引っ掛かりについ口に出してしまうと、ウサンはキョトンとした微妙な表情で「違うのか?」と付け加える。
「カペラ、こんないい所そうそうないよ!移住しちゃいなよ!」
グラードも立ち上がり目を輝かせながら私に説得をする。
半ば困った様子で反対側に座るリフレシアを見るも彼女は彼女で他の席に座る魔獣や人と楽しく食事をしていた為に助け舟は期待が出来ない。
「本当に依頼の為だけに来たってのか?お嬢さん?」とウサンは少し疑うように聞いてくるが、私は状況が飲み込めないまま頷く。
「そうか、ここに来る魔獣は大概どこか彷徨ってここへ来ている奴も多いからな。
まあ仕事を貰えているんならそんな悪い場所にいる訳じゃ無いんだろう」
優しげに私の背を叩きにこやかに笑顔を見せるウサン
。
彼の人柄や街の穏やかなこの雰囲気に甘え私は踏み込んだ話を切り出す決心がついた。
「・・・これまでもそういった方が来られていたんですか?」
「ああ、そんな奴ばっかだよ。悪い事考えてるような輩はグラード達が追い払ってくれるがそれ以外は一応受け入れているぜ」
「そうなると・・・人の数って少なくなりませんか?」
「まあそうだな、今や人の数の方が少なくなってるがまたどこかで戦争が起きて行き先に困った奴がここへ来るだろう。ここはそう言う所だ。
人も魔獣も、運が良いのか悪いのかここを海を跨いだ先にある国とは冷戦状態。緊迫してるから他国からや街から狙われることも無い良い逃げ場になってんだ」
「そうなんですね・・・」
「まあそんな神妙に考える事ねえ、何だかんだ戦争はしねえしこの街の市長は上手いことしてくれてんだとよ、だからいつでもこの街に来ていいんだぜ」
ニコリと笑みを見せる彼の懐の深さとその優しさに私はいつかのムジークと重ねてしまい、不意に昔の思い出が蘇ってしまい涙が零れそうになる。
「ありがとうございます。ウサンさん」
「 言い難いだろ、ウサンで良い。それよかお嬢さん、聞きたいことってのは?」
「あの・・・お伺いしにくい事なんですけど・・・。その・・・イコライさんが無くした物っていうのがどんな物なのかって事を聞きたくて・・・。
それで亡くなった人の事も」
「あぁ、そういう事か」
先程までずっと笑顔だった彼は流石に話題が話題なだけあり、ふとその顔は少し曇った表情へと変わり語ってくれた。
「まあなんだ、亡くなったのは"リレイズ"って男で街にいた俺もよく知る奴でな。
街で取れた天体の情報や海氷とか山で取れる貴重な薬草とかそういうのをこの街を下って遠い国や街へ売りに行ってくれる運び屋だったんだ。
逆にこっちに輸入も度々してくれたな・・・懐かしい。
良い奴でな、ある日そいつがこの山で遭難したんだよ、そこからは死体も見つからねぇ、可哀想だよ。
持ってたのは1つの指輪と手紙が入った封筒のみって話だが」
「封筒?」
「どうやらそれがイコライ宛だったみたいでな、中身や何処からの物なのかも聞いた事は無いが大切な物だったらしいんだ」
「この街に長く住んでいる人でも遭難ってするもんなんですか?」
「まあ無くはないな、だから俺も滅多にこの街を離れる事はしないな。この街と海位近けりゃ遭難も無いんだろうがな。俺達の仕事はどれも相手は自然だ、いつだって牙を剥いてくる」
「・・・大変なんですね」
「まあな、こんな場所でも全然まだ住みやすいってんだ。魔獣も大変だな。
それで、そんだけかい?」
「あ・・・そうだ、シメオンという女性をご存知ですか?」
「シメオン?・・・そういや、運び屋とかヘイルが度々口にするな・・・。悪いがそいつは詳しくないんだ」
「そうですか・・・」
「運び屋も今は街の奴じゃなくてな、それこそリレイズが繋いでくれた人ずてで外部の方から派遣してくれた奴が来る位だからな、しばらくはそいつも来ないし・・・。
ヘイルはヘイルで少し辺鄙な場所に住んでるからな・・・」
「ありがとうございます、実はヘイルさんとはもう会っていて。そのシメオンについても分からずじまいで・・・少し気になって」
「悪いな」
「いいえ、貴重なお話ありがとうございました」
「大したことは言ってねぇよ」
なんとなく事情は分かった。
しかし結局の所重要な情報は掴めていない。
その後も酒場で食事を楽しむ魔獣や人の中に私達は巻き込まれる様に楽しく過ごす事が出来た。
楽しくて楽しくて仕方がなかった、珍しく私も酔ってしまう程に飲んでしまう。
いつの間にか私は眠りにつき次に目を開いた時には宿の一室で横になっていた。
すっかりと酔いも覚めたは良いものの記憶が少し飛んでいた。部屋に戻っている。
私の記憶はウサンとの会話をした所まで。
辺りを見渡すと窓から外を眺め酒瓶を一本持ちながら豪快に口につけ飲むリフレシアが一人。
外はまだ明るくはあるが夕暮れ、そうとう眠ってしまったらしい。
「あのリフレシア・・・ここまで運んでくれたのあなた?」
「いや、あのウサンとか言う男だ」
「そっか・・・あとでお礼言わないと・・・、それよりリフレシア、それ何本目?」
「数えてないな」
「そうですか」
お酒を水が如く飲む彼女の飲み方はもう美味しそうにも見えない。普段飲まない上にいつもより飲み過ぎてしまったせいか頭が少し痛いので風に当たるべく彼女の隣に座り一息つくと彼女は持っていたお酒を私に差し出してくる。
「いらない」
「俺の差し出した酒が飲めんとはな、随分偉くなったなお前」
絶対に私がお酒を飲んで気分が悪い事は彼女は分かっている、見え透いた意地悪。
「リフレシア、やっぱり指輪見つけられないかもしれない」
「最初からそれ想定だったんだろ。何を今更」
「それもそうなんだけど・・・」
「面白い話を聞いたぞ」
「楽しそうに飲んでたね」
「お前が眠っている間にもう二人あの飲みの場に現れてな、一人は無愛想だったがもう一人の奴には色々と話が聞けた。
この街について、あとその周辺の話だ。
お捜し物については期待外れ、まあお前が聞いたものと同じ様な内容だろうがな」
まさかリフレシアがしっかりと業務の為に情報を収集していた事に私は驚きが隠せなかった。
「もしかして・・・運び屋の人?」
問い掛けたその言葉にリフレシアはなんの驚きも無く
「ああ、そうだったかな?」と曖昧ながらも返事する。
ウサンは言った『しばらくは運び屋は来ない』と、
そんな矢先に急に来るという事はウサンが嘘をついた?
そうとはあまりにも考えにくい、する意味が無いのだから。
彼女は考えがまとまらぬ私を待つ事をせずそのまま話を続けた。
「ああ、1人はそういえばそんな事を言っていたか・・・。
まあそんな事はどうだって良い、面白い話というのはな、シメオンについて。
後もう1つはこの街にアイツらが来るという事だ」
読了ありがとうございました。
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-世見人 白図- Yomihito Shirazu