11 イコライ
「あー・・・疲れた・・・」
用意され、綺麗に並べられた机に椅子。行儀も知らずリフレシアは椅子の一つに腰掛けガタリと音を立てながら豪快に椅子を揺らす。
数日間、休みも惜しまず日中はずっと遺品の探索。
いつもであれば彼女の態度に少し注意を入れるのだけど、この日に限ってはそんな事も言えぬ程に彼女も私も何かに縋りたくなる程には動いた為、疲弊は凄まじかった。
「お疲れ様です。・・・今日もダメでしたか」と優しく声をかけながら一杯のお酒を私達の前へと置いてくれる彼女は私達がお世話になっている民宿の家主である”イコライ”。
民宿でありちょっとした酒場でもあるこの場所、街の人が入れ替わりによく集う街唯一の憩いの場所。
そして彼女”イコライ”こそ私達に依頼をした張本人である。
シメオンの案内を受け町まで無事辿り着いてからはや4日は経ってしまう、やはりというべきか遺品は見つからず、その依頼の物というのも小さな宝石を模った指輪という事らしく。
当たり前ではあるがものが小さければ小さいほど無くしたものは見つけづらい。
特に今日は猛吹雪の中での探索。足場も悪く歩くだけでも困難なほどで視界も悪い。
冗談混じりなのか分からない位のテンションでリフレシアは”この地一帯を焼き尽くせば見つかるだろ”という始末。
彼女に遺品が見つからなかった事を告げるたびに心苦しくなる。
「すみません・・・」
「そうですか・・・、夜遅いというのにごめんなさい。今日も”ルメ”さんが作ったお夜食置いてくれてますから温めますね」
「すみません、ありがとうございます」
”ルメ”というのはこの街に住むこの宿屋兼酒場の料理や管理をしている歳をめした女性がいるそうで、夕方まで働いているそうなのだが一度も顔を合わせた事がないのに毎日夜食を私達の為に作ってくれていた。
一度お礼が言いたい。
「宝石の指輪・・・こんな雪原地帯で見つかるもんかね・・・?春にでもなって雪が溶けりゃ見つかりそうだがな」と愚痴をこぼすリフレシアに私は彼女を睨んだ。
「すみません・・・気を悪くしないでください、イコライさん」
「大丈夫ですよカペラさん。こんな寒い中この街に訪れてからずっと毎日毎日朝から夜遅い時間まで探してくださっても見つからないんですから・・・・。
そう思ってしまう気持ちも無理も無いですよ」
苦笑いで彼女は優しくそう言う。4年ともなる月日をかけ捜索するその指輪はきっと何かしら貴重な物なのか・・・。
それとも相当に思い入れのある物かもしくは亡くなった人が唯一持っていた物だったのか。
街に来て早々に探索を始めてしまいそれからと言う物全くと言って良い程に情報収集も出来ていない。
重い腰と今にも落ちてしまいそうな瞼を持ち上げ私はイコライに話しかける。
「イコライさん、私の前任にこの依頼を担当したリオラという男性がいたと思うんですが・・・」
「リオラさんですか?覚えていますよ」
「どこを捜索していたとかの情報も曖昧で、大体どの辺りを探索していたか聞いていますか?」
私の問いかけにイコライは少し困った様子で悩み答える。
「そうですね・・・いつもこの街から離れた少し南の方へと行っていました。夕方前には帰ってきてここでお酒をよく飲めれていましたね・・・。
それ以上は何も知らなくて私達もどこまで行ったのかは知らないんですよ。お役に立てず申し訳ありません」
「そうですか・・・」
「サボってたんじゃ無いのか?」と突然横やりを入れるリフレシアに私はその言葉に「やめなさい」と注意をする。
疲れたのかイラついているのか、不機嫌なのか知らないけど、今日は一段と皮肉がキツく感じ、その注意におちおち寝落ちすら出来ない。
けど、実際4年もの間期間を空けながら探索を行ったとは思えない程の情報の少なさに本当に仕事をしているのか不審ではあった。
代弁とまでは言わないが、リフレシアの言い分には一理ある。
長い期間ともなると依頼料もバカにはならない、依頼主に担当となった[スターキャリアー]は依頼の”中止”も依頼主に提案する事も、ここまで依頼を引っ張っておいてその相談もしていない。
嫌な役を引き継いだ物だとため息が出てしまう。意を決し私は言う。
「あの・・・、お伝えしづらい事なんですけど。この依頼、切り上げませんか?」
「切り上げ・・・ですか?それは中止という事ですよね?」
ピタリと彼女は仕込みを止め何か察していた様なその声色、彼女自身そんなことを頭の片隅にあったような表情だった。
あまりこういう事は自分からは言わない、言うべきでは無い。その判断は本人が決めることなのだから。
「すみません、本当はもっと早くにご提案すべき事だと思います。けれどこう言う事も私達は言い難い事で、イコライさんの意思を尊重すべきと考えています。でも・・・」
私が言葉を続けようとした時、話を遮るように暖かい料理が沢山入ったお皿を彼女は出してくれた。
「分かっていました。もしかしたら見つからないかもしれないって事」と彼女は言う。
寂しそうな残念そうな、そんな彼女の表情を見るのは心が傷む、けれど私は顔女のその言葉に甘え告げた。
「私達の仕事は亡くなった方の遺品だけでもその亡くなった方の親しかった友人やご家族といった身内の方に届ける事が仕事です。
尽力は尽くしますが何年も探して見つからなかった物は大抵の方は依頼を取り止めます。
そして不可能と判断した私達も依頼主の方に依頼の”切り上げ”をご提案する事が多いです・・・」
「では・・・プロの方々であるあなた達がそのような提案をすると言う事は・・・」
「はい、遠回しに”諦めてください”と言っているような物です」
辛い、言いたく無い。視線は自然と下へと徐々に下がり彼女の顔を見る事が出来なかった。
こんな事いつもある訳では無いにしろ、度々あるこの状況。絶望した表情や怒り狂い殴られたり罵倒だってされる。
それは”魔獣”だからではない、”人”であっても等しく受ける。
どこへ吐き出せばいいのか分からなくなった途方も無い絶望感と怒りは良く向けられ慣れているメンバーもいる
しかし私はこれがいつも辛くて仕方がなかった。
覚悟を決め答えた言葉に啜り泣く声が聞こえる。イコライの声だろう、私は遂に頭を上げる事が出来ない。
「・・・、依頼を出してからずっと、あなた達の姿を目にする度に思うんです。『まだ見つかるかも、探しに来てくれてるって事は可能性が有るんだ』って。
すみません・・・、でも、もしかしたらそんな気がしていたんです・・・。
それでも・・・それでも・・・」
チラリと覗かせる視界に映る彼女は震えた声を出し顔を隠していた。
痛まれなくなり私も焦って出た言葉は何とも頼りないものだった。
「本当にごめんなさい。けれど限られた期間の中一生懸命探します。私達に出来る限り」
情けない。でも、もうこう言う他言葉が見つからない。
黙ったまま顔を両手で覆うように泣く彼女は何度も頷いて見せてはその場から逃げるように近くの自室へと戻っていく。
気まずくなる空気、隣でご飯を美味しそうに食べるリフレシアを見ると少しだけ気が紛れる。
「無いものは無いだろ、前にも言ったが切り替え時だったんだよ。あの女も覚悟はしてただろう」
突然リフレシアは言う。
私の気を使っての事だろうか私はふと前に話した彼女の言葉の真意を気付く事となった。
「4年、俺にとっては短い時間だ。だが人や弱い魔獣にとっては長いだろう、過ぎたことにいくつ時間をかけようと何も産まん、立ち往生する時間が伸びるだけだ。
気持ちを切り替えるなら早いに越したことはない」
「前にも話したけど・・・皆が皆、あなたみたいにはいかないんだよ」
「お前の言う事は分からんでもない。それは共感ではなく理解の範疇だがな。
俺が言いたいのは長くなればなる程、立ち直るだの切り替えるだのが難くなる。
物や人だけじゃない、傷や辛酸も長く持ち過ぎると愛着が湧くんだよ。
まあでもいまさっきのアレを見ているとお前達の掲げるその考えと姿勢はああいった奴らに必要なんだと思ったよ、つくづく人間社会は学ばせるな」
そうか、そういう考えだったのか。
彼女の言葉はいつも端的で気が付きにくい。
けれど良く考えればそれは自己中心的ではあるものの、私達と同じ寄り添った考えでもある。
彼女の事はまだちゃんと良く知らない、けれど彼女が生きていたその時間の中できっといくつもの断ち切り、割り切って前に進んだ事があったのだろう。
言葉1つ1つに、いくつかの本から引用した様な口振りでは無い、重い息を吐くようなそんな言葉の重みを少し感じていた。
「さて、俺は寝る」と平らげた皿を退かし席を立つリフレシア。
ゆったりと満足そうな足取りでその場を後に寝床のある2階へと階段を進んで行く後ろ姿を見送り、私もすっかりと冷めてしまった夜食を口いっぱいに頬張った。
読了ありがとうございました。
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-世見人 白図- Yomihito Shirazu