9 彷徨
「いってらっしゃ〜い」
大きな声で私達を送り出すヘイルに手を振り答え
シメオンの先導で目的地である"オンブル"へと足を進める。
逸れた場所にあったヘイルの営む店を離れ、元の辿っていた道へと戻り真っ直ぐと遠くに見える"オンブル"の街と思わしき建物が微かに見える所まで只管に進んで行く、変わらない景色に進めど一向に辿り着けはしない街。
考えていても仕方がない、いつしか靴の中の溶けた雪を踏む感触すら気にしない程に私は何も考えず足だけを動かした。
前日の話では本来であれば大回りして行かなければならないという事なのだけど・・・。
「ここ、俺達が進んだ道をただ真っ直ぐ進んでるだけだろ。案内なんか必要無いだろ」とリフレシアはシメオンの隣に並び言い放つ。
私はいつもの様にその場を何とか宥めようとせず
彼女の反応を待つ。なぜならそれは私も疑問に思っていた事、彼女自身多く語る事も無くただ前を進むだけなら案内の必要も無い。
「この道は真っ直ぐ進めない、林を抜けられない」
ポツリと呟くように言う。その言葉の意味を考える間もなくの事。
先頭の彼女に並び歩みを進めるリフレシアはピタリと足を止め一歩足を引き、彼女シメオンは何事も無くそのまま歩みを止めない。
いつもの調子では無い不自然な歩みの止め方をする彼女の姿に私は違和感を覚える。
警戒するかのように遠くから私は彼女に声をかける。
「どうしたの?」
「成程、理解した」
「どういう事?」
リフレシアは不敵な笑みを浮かべ私に先に行く様に促して見せる。私が恐る恐る彼女の一歩先へと歩みを進めた瞬間、
道を狭めようとする様に両脇を囲む林から感じられる多数の殺気。
一面その場は冷たい空気と張り詰めた緊張感で包まれる。身も凍るほどとは良く言うけれど体現するならきっとこんな感じなんだろう。
「なに・・・これ?」
キーンと耳の中で響き、全身の体が自然と強ばり神経が張り詰められ臨戦態勢状態に入ってしまう。
さっきまで気にも止めなかった寒さや風の音といったもの1つ1つ身体中の毛や肌、耳が細かく捉え感じ取る。
見られている、狙われている。
戦闘の緊張感、1つとして気を抜いてはいけない。そんな場面に似た状況を彷彿とさせるこの感覚。
臆す事無くさっきまで足を止めていたリフレシアはシメオンの元へと行くと、
「おい、これはどういう事だ?」とリフレシアは何事も無く先を進む彼女を呼び止めに入り、振り返っては立ち止まるシメオン。
無表情のまま私達を見て言った。
「ここ一帯は無法者の魔獣の住処だ。そして私はこの住処の協力者」
彼女が静かに話すそれは冷やかながらも堂々とした出で立ちで言い放ち、再び前へと振り向き歩みを進める。
私は彼女のその言葉に対しどう反応していいのか分からぬままその場で立ち過ごしているもリフレシアは何事も無かったよう後に振る舞う。
「行くぞ、カペラ」
「え・・・行くの?」
「どの道俺がいるんだ。危険ではないだろ」
自信満々、と言うよりもあたかも普通だと言わんばかりに言ってのけるリフレシア。
しかし目の前に立つシメオンはどこからか潜み殺気を放つ魔獣達との協力関係にある人物。
彼女が危険な事には代わりは無い、私はその場に留まり彼女に問いかけた。
「シメオン!止まって!聞きたいことがある」
すんなりと立ち止まりまた振り返るシメオンはそれに応じてくれた。
「どうした?怖いか?」
「・・・どういう事?」
「感じているだろ?林の奥から肌を刺すほどのいくつもの殺気」
「・・・うん、私はこのまま進めば囲まれて襲われる。そんな雰囲気だね」
「本来であればな。・・・が心配しなくとも私が前を歩き、合図を出さぬ間は大丈夫だ」
「あなたを信用しろって事?」
「そうだな。・・・不安なのであれば」
彼女はリフレシアを横切り私の元へとゆっくりと歩く、踏み締められる雪の音が響き、私は少しづつジリジリと後ろに引き下がるとある程度の距離を詰める彼女は手を差し出し、出される手の平を私に向け言う。
「前払いだ」
「・・・え?」
呆気に取られた私は背中に差した杖から手を解き下がってしまった。
その様子に彼女は気にもせず、金額を提示し私は何が何だか分からぬまま提示された金額の持ち合わせが無く、多めに支払いを済ませると彼女は余分に渡した分のお釣りを丁寧に返す。
「どうも・・・」
「では行くぞ」
まるで観光案内や道案内の業者の如く済ませられる。
彼女に私達は騙されているのではないかと考え直し、私は再びあの殺気漂う一歩前にある彼女の言う"無法者の住処"に足を踏み入れる。
再び集まる殺気の視線。
幾つも感じられる痛い程の視線は私達に集中していた。
いくつかまでは分からないままだが数は無数、そして挟み込むように並び立つ林の中から。
私は警戒心を解かぬまま前を進むシメオンの後ろを取るように着いて行く。
その様子を少し離れた場所からリフレシアは頭の後ろで腕を組む程の余裕を見せながら私達を見ている。
まるで自分は関係の無いと言わんばかりの余裕と様子で。
「シメオン、あなたは何者なの?」
「話さない理由も無いが何者、という事で言えば私はエルフだ。自己紹介も済ませたはず」
彼女の答えにリフレシアは後ろで笑う声が聞こえる。
「ごめんなさい、あなたはこの一帯の魔獣達と協力関係にあるっていう事について聞きたいの。どういう事?」
「世間話程度ならその手を下ろして話をしないか」
まるで見据えた様な彼女の言葉。
私は素直に答え携えた杖をいつでも出せる様、背中に回した手を下ろし「これでいい?」と彼女に確認の問いかけを行うと彼女は無防備な私を見て少し頷き答えた。
「共存、互いに利益を得る。獲物となる何も知らずにこの一帯を通ろうとする旅人を魔獣が襲い血肉を喰らい、亡骸の物品を私が頂き売り捌き生きながらえる。
たまに私の方から旅人や引き連れる仲間を誘き出し、魔獣達に餌を提供し私は襲われ死んだ者の物を頂く。
私達はそうやって生きてきた」
彼女が口にしたそれはある意味予想通りではあり、そこまで驚く程の事でも無い。
寧ろ予想通りというかしっくり来過ぎる位だ。
私が彼女から感じる嫌悪感はただの言いがかりや直感に過ぎないが、職業病とでも言うのだろうか私達[スターキャリアー]の務めとは異なり、意を反する行為、死者の遺品を盗み売り捌き金にし生業とし生きている者、"ルーズワンシーフ"は独特の雰囲気をかもつ人物が多いのでそんな曖昧な判断で気が付く事も多い。
「まるで俺達みたいじゃ無いか」と思っていた通りの反応でリフレシアは笑う。
「そんな事を聞いてどうするんだ?」
彼女は表情や声色1つ変えず言う。きっと彼女もこの行為自体が悪だとは思っていない、それにその事を開くと定めるに足りる理由なんて無い。
”生きる為”所詮野生を捨て社会に生きた者達の尺度。
仕方ないと割り切るには私は今の生活に染まっている以上その行為に対する嫌悪感は拭えなかった。
それしか生きる術が見つから無かったのだと分かっていても、私にはその行為を容認出来るほど大人ではないと言う事。
軽蔑にも似たその目の奥に潜む黒い感情を覗かれるように透き通る彼女の青い目は私の目をまっすぐと捉え、何かを読み取った様に再び前を向き歩き出す。
「何が言いたいか分かる。だが私にはお前達の価値観は分からない」
シメオンは質問するまでも無く私が問おうとする答えを持ち合わせていた。
私はいつしか彼女と自然と距離は離れる。
質問したい事も、彼女についても、”シメオン”についても、依頼の事についてさえも聞こうと思うことさえ忘れるほどに。
危険な雪原地帯の一帯は彼女のおかげなのか殺気さえあれど襲われる事無く歩み続けられる。
私の足は自然と重くなる中リフレシアはむしろ彼女への興味が出たのか私に代わり話しかけ始めるのだった。
「この林の中に隠れる奴らと協力関係と言ったな?何故俺達を襲いに来ない?お前が前を歩いている事とこそこそ隠れている奴らとは共存関係にあるのは分かったが、俺達を襲わない理由にはなっていないよな?」
「金を貰ったから」
「それはお前だけの利益だ。襲う奴らには何の得にもならんだろ?」
「確かにな、金という価値は彼等には分からない。
だからと言って私の合図の無しにお前達を殺せば私が今後協力してくれないかもしれない、と察してくれている。
それは同様に私もこんな事を続けていればいつか私が食われる」
「帳尻は合わないが、野生の共存利益等そんなものだな。金を貰いそのまま襲わせるのもいいんじゃないか?」
「バランスだ。もし万が一逃してしまった時、私が道案内としての評判を落とす。なんなら他国から討伐の対象になりかねない」
「野性的な生き方する割りには随分と謙虚な考え方しているんだな」
「ありがとう」
歪で噛み合いが歯痒く微妙に悪い会話。リフレシアは気にもせず次々に彼女への質問は絶えない。
質問は全て丁寧に種明かしの様にボロボロと溢れ出す。
良く口下手な人との会話をする際、Q&Aを続ければ成り立つと言うけれど、リフレシアは知ってか知らずかそれを巧みに使いこなしている。
元々お喋りな方ではあるがこの雪山に上がる間相当暇だったのだろうという事が伺え見えた。
「お前この地には同族はいないのか」
「皆死んだ」とすんなりと答える彼女。
普通ならその答えは万物空気が重くなりがちではあるのだけどリフレシアの場合は違う。
「そうか」とあっさりした反応で返すのだから。
この答えに彼女も驚く事は無く、傍から聞いているとどこか不安になる会話ではある。
「皆、凍り死んだ」
「雪原地帯で生きているのに寒さで死ぬのか?自然の脅威というやつだな」
「違う。何者かによって殺されている。一人づつ殺された、私一人が生き残っている」
「恨みを買いそうな生き方をしているんだ。お前もその内だな。それにどうせお前だけじゃなく死んだ同族も似た様な事してたんだろ?」
冷たく言い放つリフレシアだが彼女は頷く。
自らの運命を仲間達も同じ様に受け入れ生きているのだろう。彼女は眉ひとつ動かさず不変の表情は強かにも見える。
質問を答えで返す会話が続く中、初めてシメオンはリフレシアに対して自ら口を開き会話を続けた。
「私達はそんなに罪深いと思うか?私は仲間が殺された事を何とも思わない、それがこの生き方の因果だと私は受け入れた。だが外部の者の価値観では違うだろ?」
「俺は別になんとも思わないな。そんな事聞いてどうする?」
「気になっただけだ」
「自ら進んで話に来たと思えば下らん。俺に自分の価値観の尺度等聞くな。不毛だ」
彼女はそう言ったすぐ後にニヤついた顔で私の方へと振り返り指を差しシメオンに向け言う。
「聞く相手を間違えたな、カペラに聞け」
「え?」
彼女は察していた。私が彼女に対して抱く嫌悪感を、そしてリフレシアも同様にあの瞬間からシメオンを私が少し距離を持ち苦手としている事を気づいていた事。
思えば露骨だった、彼女との会話が無くなり距離を取っていたとなれば何故私が急に彼女から距離を取ったのかリフレシアならすぐ気が付く。
そんな事を見逃す訳もなく。
イタズラをし上手くハマった様な無邪気な笑みを見せリフレシアだけが道中を楽しそうにする。
読了ありがとうございました。
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-世見人 白図- Yomihito Shirazu