7 ヘイル・アゲインスト
まるで幻想かにも思える雪原の中に建つ一軒の家、窓からは光が漏れ暗い視界に淡く映るその光景は御伽噺の絵本の挿絵の様だった。
シメオンと名乗るそのエルフは私達を連れその家のある方へと歩みを進め近付いていく。
コンコンと扉を叩き返事を待つまもなく1匹の魔獣が扉を開き私達の前へと顔を出す。
「いらっしゃいませ、シメオン・・・と」
目の前に現れた小柄で団扇のような丸く広い耳、クリクリと大きな目に尖ったマズルが特徴的なその魔獣はシメオンと共にいる私達を見るやいなや目を見開きキラキラとした目で見つめていた。
「嬉しいな〜、お客さんいっぱいだ。どうぞ、寒かったでしょ?入って下さい」とニコニコと微笑みながらその魔獣は家の中へと招き入れられる。
中は至って普通の家にも見えるが、しっかりと調理場が作られており、飲食店の様な古民家という感じの不思議と安心させられるような雰囲気の良い場所だった。
早速調理場の方へと向かうその魔獣は何か仕込みを始め、私達はカウンターに用意されていた椅子に案内されるままに座り待つ。
「シメオンがお客さん連れて来てくれるなんて珍しいね〜」
「この旅人がご飯をご馳走してくれる。だから金はこの二人に」
「はーい、美味しいの作るから待っててね〜」
調理場に立つ魔獣の彼は淡々と料理の下準備をする。
暖かい家の中、寒空の下防寒具はしっかりしていたとはいえ寒いものは寒い。
あの寂しい場所から一変して少し賑やかで暖かい場所へと避難出来たのは幸いだった。
しかしこんな辺鄙な場所にある家に二人。
"オンブル"まではまだ距離があるのに一体何故この二人はこんな場所に居着いているのか不思議でしかたがない。
「あの・・・すみません。ここは飲食店で良いんですよね?」と私はカウンター越しに話しかけるとゆったりとした声で「そうだよ〜」と返事が返ってくる。
口調や声で伝わる物腰の柔らかそうな彼は私達に1杯のお酒を一つずつ出しながら私達に尋ねる。
「お客さんはどうしてこんな場所まで来たの?」
「私達は"オンブル"に用があって来たんですけど、道中このエルフの方に出会ってここまで案内を受けました」
「そうなんだ〜ご苦労さま。じゃあ明日もシメオンに送ってもらうんだね?」
「いえ、向かうべき方角は把握しているので私とこっちの彼女と二人で行きます」
「そうなんだ、けどシメオンと行けば"オンブル"まで早く着けるよ」
「それってどういうことですか?」
「ここから先の雪原地帯に住む魔獣達は乱暴だから、大きく迂回して行かないと"オンブル"まで無事に着けないよ」
それを聞いたリフレシアは1人ウキウキとした表情で「いいじゃないか」と答えるも、彼は少し苦い顔を見せる。
「私達ここの土地に足を踏み入れるのは初めてなんですけど・・・、もしその場所から離れた位置を迂回して進んだ場合何日くらいかかりますか?」
「そうだな〜・・・もし真っ直ぐ行ければ1日かからないんだけど、大回りするとなると2日・・・かな?
シメオン、どうだったっけ?」
「分からない、普段大回りもしなければあの街には行かないから」
「僕もあまり行かないしシメオンと一緒に行動するから正確な時間まで分からないけど、彼女を頼った方が良いよ旅人さん」
シメオンはちびちびとお酒口にするが料理が出されるその時まで質問し答える以外は一言も発さなかった。
どちらかといえばこの家に住む彼がとても話しかけやすい事もあり彼に色々と質問をする事になる。
「そういえば自己紹介忘れてました。私達、[スターキャリアー]っていう仕事をしている、カペラと隣に座ってるのはリフレシアと言います」
「御丁寧にどうも〜、僕の名前は"ヘイル・アゲインスト"って言います、このお店の店主です。
それで、えっとエルフの彼女は"シメオン"、この土地の案内人・・・なのかな?
お金を払えば危険な場所を避けたり通れたり出来るよ」
丁寧な彼女の説明まで入れるヘイルに私はそこより彼の名前に食いついてしまった。
彼には”ファミリーネーム”があるという魔獣にとってはとても珍しい事なのだから。
「ヘイルさん凄いですね、ファミリーネーム付いてるなんて」
「はいー、訳ありです〜」と意味ありげにしてはふんわりと答える彼に不思議そうにその光景を見るリフレシアは話に割って入って来る。
「珍しいのか?勝手に名乗る物だろそんな物」
「勝手に付ける魔獣や人もいるけどあんまりそういう事する人いないんだよ」
「何故だ?」
「ファミリーネームってそれなりに身分が無いと持て無いからだよ。
魔獣は固有の名前すら文化的な物で持ってない事が多いでしょ?
それは種族間や人の世に置いては種族名や分類名で呼ばれる事の方が多いから必要としないという意味でもあるんだけど、それ以前に人間由来の文化や尺度だから好まない魔獣も多いんだけどね。
それに人の文化でありながらその人ですらファミリーネームを持っていない事だってあるんだから」
「つまりはファミリーネームが無ければ有象無象と変わりないという事か?」
「凄い言い方悪いし、そうとは思わないけどファミリーネームを持っている者はまあ一般的に見ればお行儀の良い所で育ったって事にはなるかな・・・」
「丁寧に言ってるがさして意味合いは変わらんぞ。それになんだ、俺には無くてこんなちっちゃい奴はあるのが気に食わんな」
「紙面上では”サニア・リフレシア”って書いてたよね、契約する時」
「あんなもの思いつきの名だ」
「一応サニアさんの義父であるファミリーネームはあったけど」
「あんなダサい名前使えるか、こっちから願い下げだな」
「あなたもそういうの気にする様になったんだね。凄い世間に馴染んできてて少し安心した」
「軍門に下るみたいで気に食わんな、思えば態々人の尺度で測られるのは気に食わん!
お前もそう思うだろ・・・・えっっとなんだ・・・」
リフレシアの視線はシメオンとヘイルに向けていた。
失礼を承知に私はため息混じりに彼女に言う。
「ヘイルさんとシメオンさん」
「そうだ」
名前をすっかりと抜けていた事もお構い無しにやや無理強いな雰囲気で彼等に問うリフレシア。
しかし彼等はそれぞれその答えを持ち合わせていたのかすぐに答える。
「僕はお母さんに貰った名前にお父さんの残したファミリーネームが大事だから身分とかそういうのは分からないけど、名前って素敵だなと思うよ〜」
ヘイルのその言葉に私は自然と拍手をしていた。
感動した、私と同じ考えを持つ魔獣という事もあり苦い顔をし不服そうなリフレシアを横目に「立派だ・・・」と称えた。
リフレシアの隣に座るシメオンの方に目線をやると
「名前・・・、所詮記号だ」
対象的に冷たくあしらった様に答えるシメオン。
深掘りして良い物なのか彼女はその答え以上に何か答える様子を見せない。
しかしある意味では同意見とも取れる答えを示したシメオンにリフレシアは興味を持ったのか続けて質問を重ねる。
「それはどういう意味だ?」
彼女のその答えから察するに名前に対する良い印象や思い入れがないと取れる分聞きづらいところをリフレシアはズケズケと聞く。
私も止めるべきではあるのだけど少し気になるところもあり強くは止めなかった。
シメオンは特に何の躊躇も無くあっさりと答える。
「名前・・・、と呼んで良いのか分からない。私達は私達の中でそう呼び合っていた」
「”シメオン”が種族名という事?それとも部族の名前とか?」
気になってしまい気が付けば私の方から率先し彼女に質問をしていた。
その質問に対し彼女は首を軽く横に振り続けてこう答える。
「違う、私達の祖先や親、仲間全てが”シメオン”という。その名を忘れぬ様にと名前とし刻まれた」
「なんだそれは?」
「”シメオン”・・・聞いた事ない名前・・・。何かの神様の名前とか種族間で信仰していた古い何かの名前とかかな?」
憶測でのその質問に対しあっさりとシメオンは
「わからない」と答えた。
「本人が知らなけりゃ意味あるのかないのか・・・」
「そんな事言っちゃダメでしょリフレシア」
「シメオンはこうやって旅人の人を案内する時よく聞いてるんだって〜」と補足を入れながらもヘイルは着々と料理を完成させては次々に私達の前へと運んでくる。
見るからに美味しそうな料理、食欲をそそられ空腹も忘れる程の途方も無い旅路はその香しい匂いに
空腹は呼び戻されてしまう。
並ぶご馳走を目の前に話題はそちらに移り変わり、この話はそれ以降途絶えそれ以上の事は聞けなかった。
大量に並べられた皿にこれでもかというほどに大盛りに積まれた料理。
見た目の迫力は話を持っていくには十分なほどにインパクトがある。
料理の内容も物珍しい物で済んでいる近辺では滅多に見られない和食と呼ばれる料理。
リフレシアはその見た事もない料理に目を輝かせながら口の中に色々と大量に掻き込むが、途中からは一つ一つ噛み締め味わっていた。
「珍しいね、リフレシアがこんなに丁寧に食べるなんて」
「街のガサツでジャンキーな味も悪くないがこういう奥が深い飯は味わわ無ければな」
「意外に繊細な事気にしてたんだね」
「バカにするな、こんな飯ばかりなら丁寧に食べてやる。家でもこれ位しろ」
「無理だよ、こんな手間のかかる料理・・・」
普段の料理でも中々凝った事をしてはいるものの、いつも彼女は口に詰め込んでは味わう事無く飲み込んでしまうので、作り甲斐も無く最近ではかなり適当になりつつある。
そんな事もつゆ知らず料理の一つもせず文句を垂れる彼女に私は自然とため息をついてしまう。
「そういえば、シメオンと言ったか?お前街まで案内出来るなら案内しろ」
横暴な言い方で言うリフレシアに彼女は頷いた。
「金がかかるぞ」
「道案内くらいタダにしろ」
そう答えるリフレシアに対しシメオンはしばらく彼女の目を離さず睨みはせずとも少し威圧的で、しばらく2人目線を合わせ黙り込む。
何とも言えない空気の中、ヘイルはすぐに私の隣に来て耳打ちでこう言った。
「素直に払ったほうがいいよカペラさん」
「え?」
「悪い事は言わないから」
「街までの道は最短だと分かりずらいから・・・とかですか?」
「違うよ、危険だから。それにこの土地を知らないと迂回しても知らずに奴らの縄張りに入ってしまう。そうなれば・・・」
耳打ちしてくれる彼の忠告。意味深長にしてそれは冗談ではないと言う逼迫した様な声。
彼の言葉はとても優しさによる教えと言うよりは警告と言った物言いに近いそれを感じられた。
現地に住む彼の言葉を信じ私は彼女にお金を払い街までの手引きを頼むのはリフレシアの居ない場所で済ませようと思う。
もし何が起こっても私にはリフレシアがいる。
そんな風に思ってしまう位には彼女に頼りきりな自分。なんだかんだ彼女は力になる。
そしてシメオンがどう言う存在なのかをどこかまだ不信感は拭いきれないのか、最悪の想定の範囲には彼女が浮かんでしまう。
初対面とはいえ何故だろう・・・、なんでこんなに彼女に対する敵対意識が少し拭えないのだろう。
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-世見人 白図- Yomihito Shirazu




