4 透き通る衝動
メルシー・ルーは笑う。先日のあの緊迫した場で見せた物静かな表情を見せていた彼女とは思えないその表情に私は驚くを通り越して怖かった。
「良いじゃない、あの生意気な小娘。気に入った」
「あの・・・怒ってないんですか?」
「怒る?まさか。事実だからね」
早朝、私は彼女の名刺に書かれた地番へと出向くとそこにはなんの変哲もない一件の家の前に彼女が立っていた。
私は出会い頭早々に彼女に頭を下げ昨日のお詫びを一言告げ、事情を話した所。彼女が笑いながら許してくれ今に至る。
「さて、立ち話もなんだ。入って」
「はい・・・」
彼女は玄関の扉を開き招き入れられるまま家の中へと入ると目の前に広がるのは壁中に作られた棚に色とりどりに垂れ下げられた縫い合わせの布。
小さな小道具や見た事の無い加工機、そして針といったいかにも装備や服といった物を作る工房だった。
部屋の中に置かれているのはいくつものマネキンと吊り下げられた服に椅子がいくつか用意され、気持ち程度の机の上には大量の資料や設計図。
ごちゃついて見えるその部屋は実際のところよく見れば綺麗に並べられている様にも見え不思議な空間だった。
「凄い・・・ですね」
「ただの作業部屋だよ。どうせなら完成した服を見て感動して貰いたいもんだね」
「ごめんなさい」
「いちいち謝んないで、それよりあの生意気な小娘の名前は?あんたの上司なんでしょ?」
「あの・・・一応違うくて・・・」
「だろうね、あんた達何者?」
「[スターキャリアー]です。彼女は私と共に行動している所謂バディになるんですかね?」
「へー、若いのに大変な仕事してんの。それで名前は?」
「私はカペラです。それで彼女はリフレシア」
「フーン、リフレシアね・・・」
彼女は椅子に座り一枚のペンと紙を用意し何かを書き留めながら私と話をしていた。
「いいよ、勝手に座って」と彼女に言われ私も近くにあった椅子に腰掛け彼女は採寸を図る訳でも無く会話を続ける。
「私の名前は”メルシー・ルー”、”メルル”でも良いし、呼びにくいなら”メル”でも良いよ」
「えっと・・・じゃあメルルさん」
彼女は微笑みながら言う。「そっちで呼ぶのは珍しいね。さんも要らないよ。」
そんな事を言われてしまうと何故か照れくさくなってしまう。少し揶揄っているのか彼女は少しニヤニヤしていた。
どこかリフレシアにも似た雰囲気を感じられ他人らしい他人といった感じもなく話しやすくはある。
「あのメルルさん、不躾な質問なんですけど・・・」
「メルルでいいよ、何?」
「なんでそんな腕を持っているのに、店に並べた品は・・・」
「適当で粗悪品を売りつけているんだ。って言いたいの?」
「そこまでは思って無いです」
「まああの小娘の言う通りだよ。そうだな〜・・・あんたが話す彼女の考え自体はほぼ正解かな」
「”ほぼ”?」
「一応誤解がない様にいえば、どういう素材を使おうと売っている商品の値段自体はおんなじだよ。それに店に並べているのはあくまで見本品だからね。客が勝手にそれを欲しがってるから売ってるだけだよ」
「え・・・えぇ・・・」
「まあ意地悪は内心していないか、しているかで言えば”してる”。ただそんな見極めも出来ない客に売る物、あれ位が丁度良いって事」
「じゃあわざと・・・」
「そうなるね。別に言いふらして貰っても構わないよ」
余裕のある彼女のその口ぶりは私がそんな事を言いふらす様な事をしないと言う自信ではない何か別にある様な気がしたけど、私にはそれが分からなかった。
「そんなつもりはないんですけど・・・、でもそれってわざわざ粗悪な物を作って売り出しているって事ですよね?単純に良い物を作って良い物を売るだけじゃダメなんですか?」
つい彼女の軽い口ぶりに対し初対面にも近い彼女にそんな事を聞いてしまう。
しまったと口をつむごうとした時、彼女は持っていたペンの先を私に向け指した。
「良い質問。だけど少し違う、あれらはあくまで見本品だとさっき言ったでしょ?
良い物を作るにしても取り組む前にまずは試作が大事。
頭の中で想像して、それを絵で描き起す。そして実際に形にする。あらゆる工程の一つ一つにはブラッシュアップをしなければならないの。
その工程の中で実際に形として作る作業があるけど、頭で思っていたものと違って作り上げたものが実は形にした時思っていたのと違うなんて良くある話で、形作りは完成に至るまで何度もされる。
そんな事をわざわざ良い材質の良い素材を使っていれば、完成する前に破産しちゃうでしょ?
だからそれまでは出来るだけコストの低い物で代用して作る、それが店に置いていた物、あなた達が売り物と称している物の事。
まあボロ雑巾は言い過ぎだけどね」
正直私は何か物作りに携わる事をした経験が無いので彼女の言う事が正しいのかはぐらかしているのかは分からなかった。もっともらしい事を言いながら騙している様にも視点を変えれば聞こえなくも無い。
けれど、彼女のその言葉に嘘はないと思う。職人としてのこだわりを情熱をその言葉の中や話し方に感じられたから。
私はこの人に装備品を作って欲しいと強くそう思わされた。この人に作って貰えば間違い無いと。
きっとそれは彼女のその熱に当てられたのだろう。
「店を始めてからその事に気がついたのは生意気な小娘、リフレシア位だね・・・。あとは店の開店前のプレオープンに来た何人か位なもんかな?
答え合わせも済んだ所で・・・どうする?それを聞いてもあんたは私に作って欲しいの?ウチは高いよ」
「うん、お願いします」
「本当に?適当な素材で作るかもよ?」
意地悪く言う彼女に私は彼女の目をまっすぐに見て伝える。
「私はメルルが作る最高の装備が見てみたい。例えそれが良く無い素材を使っていてもきっと私には分からないと思う。けれど私はあなたがわざわざこんな所へ呼んでくれて私の為に作ってくれるんだったら、私はあなたに作って欲しい」
どこか嬉しそうに「へー・・・」と一言つぶやいては巻き尺を手にし私の方へと近寄るメルルは言った。
「私は魔獣の装備を仕立てるのは初めてなんだけど?」
「それなら尚更見てみたい」
「失敗するかもよ?それでも払える?」
「失敗したならまた作って」
「昨日見た時は頼りなさそうに見えたけど、良い度胸してるじゃ無い」
微笑む彼女の顔を見てると自然に私も微笑み返す。彼女のから感じられる魔力で無い強く念じられた様に彼女のその目の奥から感じられる透き通る力強い情熱と衝動。
「私は失敗なんかしない、それに失敗なんて装備屋には基本無いんだけどね。揶揄って悪かった。」
「そうなの?」
「あっても着心地とかサイズ調整とか素材間違いとかだよ、けどそれも職人ならまずしない、安心して」
「そうなんだ・・・あの・・・因みにお値段の方はどれくらい・・・」
一番気掛かりだった事、金額だった。先日、リフレシアに脅された事もありここへ来るまでそれだけが気掛かりだったのだが、見え張って作って欲しいと言った事もありこんな事を今聞くべきでは無い事も分かりつつも
払えなければ元も子もない、むしろ台無しだ。
「代金?もうその話する?」
「うん、あの・・・なんと言うか・・・その、払えない金額だったら申し訳なくて・・・」
彼女はそれを聞き大笑いした。それはそうだ、あれだけ言ってこんな情けない事を今更吐露するのだから。
しかし彼女の口から意外な言葉が返ってくる。
「良いよ、今回はタダだ」
「え!?でもそれじゃ・・・申し訳ない・・・」
「良いよ、言ったろ?私も魔獣の装備なんて作った事ないんだ。こんな機会壮々ないから勉強代に貰ってやって、安心して、ちゃんと良い素材使った最高のもの用意してあげるから」
「でも・・・そんな物使えばお金・・・」
「大丈夫、ずいぶんと手持ちの素材も使ってないし見本品ばかり売れてそれなりに儲かってはいるから。今度から贔屓にしてくれれば良いよ。約束してよ」
「せめて素材費だけでも」
「いいって、それにあんた”英雄”のパーティの一匹だったんでしょ?」
”英雄”とはいえ魔獣である私はその称号を貰ったとしても、今の今まで民衆からは目に止められる事もなかく、普段身を隠している事もありこの街では気付かれない事も多々あった為、驚きを隠せなかった。
そんな私が咄嗟に出てしまった言葉。
「知ってたんだ」
「忘れてた、昨日あなたの名前を聞いた時にそういえばいたなと思って調べたら合ってた。それなら"光輝の印”も持ってるんでしょ?あれ見せればタダなの分かってて使わないなんて変わってる」
「・・・うん、あれは出来るだけ使いたくないんだ」
「なんで?」
「私は魔獣が人々から認められ対等な関係がいつか築けられる様に今も信じてるから、これは使わない様にしてるんだ」
「成程ね、まあ人が使ってても良い顔はされないしね。実際にセラムっていたじゃない?あの人も結構使いまくってて下町じゃ結構煙たがられてはいたし、今や街に慕われる人物にはなったけどね」
私は苦笑いで「そうなんだ」と答えた。それでも彼がやり遂げた事がこの街の多くの人にしっかりと伝わっているんだと心から安心する。
「さて、じゃあ採寸していこうか」
「うん、お願いメルル」
読了ありがとうございました。
これからも執筆を続けていきたいと思いますので、ブックマークや評価、感想等頂けますと励みになります。
続きを制作しておりますので今後とも楽しんで読んで頂けるよう尽力いたします。
これからも宜しくお願い致します。
-世見人 白図- Yomihito Shirazu