3 ファジーブルー
今日は帰り道に美味しそうな香りが、香ってきたのはリゾットの匂いですっかり釣られた私達も夕飯はリゾットに決まる。
下町へと行き夕食に必要な食材を一通り買い、少し足早に家路を歩いていくと帰った時には丁度夕暮れ時になり無事に料理が作られれば調度良い時間に頂ける。
リフレシアは料理も出来ると豪語するも一緒に暮らしてから1度たりとも作ってはくれない。
いつも彼女は「それは近衛兵の仕事だ。君主の役目では無い」と部屋の真ん中で寛ぎながらふんぞり返って言う。
家主は私なのに・・・。
「そう言えばリフレシア、あの服の事なんだけど・・・なんで飾ってあったり置いている物が良く無い物だって決めつけていたのに彼女が奥から出してきた適当に箱詰めされた物は買ったの」
「ハア?お前気付いてなかったのか?」
「う・・・うん・・・。えっと、何が?」
露骨に呆れた顔で彼女はため息混じりに語る。
「勉強不足だ恥じろ。飾られ、陳列されていた物全て見栄えだけで使っている物は粗悪な物でまるで機能性は無い」
「それはあなたがそう言ったからそうなんだと思ったけど、着ずに分かる物なの?」
「装備品だけでは無い、武器や食べ物、武芸や芸術品等といった物の良質な物を数多く見ていれば自ずと他にも通じてそれが粗末かどうか等目で見ただけで大半は分かるものだ。幸いそれらも良く城に収められ目にしているからな」
「へー・・・」と関心の声しか上がらず、生まれはどうあれやはり高貴な世界で育っただけあってか説得力はある。
「だが、確かにそんな粗末な物を使っているとは思えない程には見栄えだけで言えば良質な物を使っている様に見える」
「あ・・・それで・・・」
「やっと気付いたか。そう、そんな粗末な材質で使ったのにも関わらず、見劣りのしない作り込みが要所要所に出ていた、事実お前は置かれた物を一見して”高そうだ”と思っただろう?
縫合や縫い方に生地の合わせ方、装飾品の細かい作り込み。
更に言うなら生地の材質から展示品や試着品として飾られ置かれていたそれらは日当たりの良い場所に置かれ若干色褪せをしていた、ということは随分前に作った物なのに解れやヨレも見当たらなかった。
扱い一つでボロ雑巾レベルの物をあそこまで仕上げられる技術力は相当だと褒めてやってもいい」
「成程・・・」
「料理も同じだ。良い食材を使おうと素人が手を出せばゴミ同然、良くてまだ食えた物にはなるが。そんなもの使わずとも職人と呼ばれる者達が廃棄前の食材を使おうと高級な料理に仕上げてみせる。
それにしてもあいつ良い度胸していると思わないか?」
「え?」
「お前あそこの事、”少し高い防具や服の仕立て屋”と言っただろ?それは周りの評判だったり、お前のその店に抱く印象だろ?実際に店内の雰囲気も下町のそれらとは違うのは俺でも分かる。
だが置かれた品は嘘をつかん。
店側としても高級志向を売りにしていた、それはあいつ自身言っていたしな。わざわざそんな事を謳って店を構えている事になる、いつからかは知らんがこの事を誰一人として疑いもせずあの店の品で満足し、未だ店を構えられている」
彼女の言葉で私はようやく気付く事が出来た。彼女はあの店を自身の腕だけで物を売っている。
どんな物を使おうがそれをまるで質の良い物だと感じさせる程に魅力的で機能面に優れた物へと変えてしまう、
まるでそれは錬金術、まさに神技とも言える力を持つ職人のそれ。
「彼女が凄い事は分かったけど。だからって彼女がわざわざ質のいい物を使って物を作る理由は無い訳じゃない?」
「まあそうだな」
「ならあなたの買った一式の装備も服も結局大していい物でも無いって事?」
「いいや、あの箱の中には確かに店に並べられたものとなんら変わりない物もあったが、いくつかはかなり良い材質で作られ出来たものがあった。だから買ったんだ、わざわざそんな粗悪品買うか」
「どういうことなんだろう・・・?金額も違ったのかも・・・」
「さあな、明日本人にでも聞いてみれば良いんじゃないか?」
「そういえば結局全部でいくら位したの?」
「ん?いやお前から渡された金は全て消し飛んだぞ」
平然と答えられたその金額に私は手に持っていたお玉を床に落としてしまった。
「嘘でしょ?二件分の依頼料だよ?」
「ああ、そうだな」
「・・・本当?なんか買い食いしてない?」
「一緒にいただろ」
「・・・本当?」
「ああ、オーダーメイドだ。そういうサービスは元来高く見積もられるのが相場だぞ、カペラ」
「え・・・えぇ・・・え・・えぇぇ・・・」
キャンセルすればきっとリフレシアは怒る。
そしてあの店にも迷惑がかかる。
弱い部分が出た、部屋に飾ってある"光輝の印”をつい視線にやってしまう。
世界を救った英雄達に授与される徽章、これさえ見せれば店の品がタダで貰えたり、特別な待遇や立ち入りが困難とされる場所へ行けたりと大概の要望が通ってしまう。
勿論これを使用するのも保有するのも私達以外が持つ事は許されていない。
しかし、私はこれは使えない、使いたくない。
何故なら魔獣である私が使えば、絶対良い顔はされないのは目に見えているし、出来るだけ市民に還元されるべきだと考えお金を使っている分、葛藤があった。
ましてや高級品ともなると・・・罪悪感が・・・。
「分かりやすいなお前。考えてる事は分かるがお前の信念はその程度なのか?」
「リフレシア・・・凄いそれ刺さるから言わないで・・・」
「金払い良ければそれなりに相手も今後悪くはしないだろ。先行投資だと思え、諦めろ」
「・・・ハイ」
明日、私は名刺を渡してくれたメルシー・ルーさんの指定した場所へと行く。
せっかく上手く作れたであろうリゾットは味がしなかった。
美味い美味いと私の分まで平らげようとするリフレシアにさえ私はもう何も思わない程思い詰めていた。
さようなら、私の玩具貯金。
ホロリと零れる涙に持ち上げたスプーンの中にすくい上げられたリゾットにかかり、私はそれを無心で口に運んだ。
「・・・しょっぱい・・・」
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-世見人 白図- Yomihito Shirazu




