4 漣
10
ローライの住んでいた村、それはラックの故郷でもある村は"支配の龍"の手先により滅ぼされた。
ローライやラックにとって、そんな敵に同情の余地等あっていい訳は無いはず。平穏に過ごしていたある日突如として奪われた家族や家、彼等は被害者でしか無いのだから。
私は少し躊躇ってしまった。
敵である魔族や魔獣、それは龍も同様に各々の考えや生き方の違いで善悪の判断をしてしまう事に対し少し疑問に感じる部分がある。私は結局誰とも寄り添えない、何者にもなれない中途半端な存在になってしまっていると改めて自覚させられた。
こんな寄り添った考えが出来ず、至らない自分自身に対して嫌気がさす。
魔獣だから、という理由では無く1人、1匹の存在として好かれるはずもない。
悩めば悩む程夜が長く眠りにつけない、しかし翌日の事も備えなければ。
目を閉じ眠りにつくまでの時間が途方もなく感じた。
永い夜を過ごし、日は登る。予定していた起床時間より少し遅い時間に目を覚まし、テントの外を見渡すとローライの寝床であるテントは片付けられ彼自身の姿も見当たらなかった。
呆れられ帰ってしまったのか不安になったが、それは勘違いだとすぐ気がつく、
前日の焚き火に新たに木が組まれ少し前に火が着けられていた痕跡と温かさがあったからだ。
それに彼のテントの跡から続く足跡は北東の砂山へと続いていた。
どうやら1人で海の方へと向かったのだろう、それ程までに"大きな足跡"の痕跡が気になっていたという事。
実際、探知で空から見下げた足跡はどの位の物なのかは彼にしか分からない。
急いで身支度とテントの片付けを済ませ、焚き火の跡は砂で埋めた。
魔獣や追い剥ぎは前日から見られないので追跡対策に焚き火の跡を消すという事にあまり意味は無いけど、旅路の癖でしてしまう。
彼が進んだであろう足跡を辿りながら北東の方へと進んでいくとだんだんと潮の匂いは強くなり、海が近い事を感じる。
しばらく緩い傾斜を上がり砂山の頂上へと辿り着くと潮風が強く吹き、さっきまでの一面の砂とはうってかわり見渡す限りは青い海だった。そして砂山を下っていくと、大きく目立つ足跡とローライの姿があった。
「・・・この足跡」
遠くからも分かるほどに足跡は大きく、更に深い穴にもなっていた。自分程の身長ある大きさ、150程はある。
近くで見ているローライに近付くとこちらを睨んだまま無言で足跡の方へと向き直る。
「この大きさに形・・・」
「見覚えあるのか」
言うべきか言うまいか、悩んだ。
これは"龍"の足跡に似ている。少し間を開けてしまったが頷く素振りを見せると、彼は「なんだ?」と続けざまに聞いてくる。不安にさせる訳にもいかない、しかしこれが龍の足跡なら直ちにここから離れるべき。
そう判断するのが妥当だった。
確証は無い、けれどもしかしたら・・・。その可能性があるとするなら。
「・・・ローライ君、今すぐ"トリル・サンダラ"から離れよう」
そう言うと彼はゆっくりと私の顔を見て黙ったまま動かなかった。反発のつもりなのか疑問なのかはさておき、焦った様子は声色で伝わってしまったと思う。
何か察してくれたのか彼は言う。
「まあ何にせよこの大きさの足跡だからヤバいのには間違いないだろうな」
「・・・うん」
「・・・、その様子だと今度こそ倒すってのは無理って感じだな。ここら辺の探索はしたけど荷物は無かった、だからどっちみちここはもう用済みだ」
「あ・・・、そうなんだありがとう」
「お前がぐっすり寝てる間にな」
「ごめんなさい・・・」
「で?目的の荷物も無いのにここから出るのか?」
「うん」
「"トリル・サンダラ"の町で様子見てからまた戻って探索じゃダメなのか?」
この事をこの地にある町が知っているのか?"リオラ"の依頼はもしかしてこれに関わっていた?
どちらにせよここを一刻も早く離れたい気持ちと、この事を伝えるにしろ何かしらの情報が"トリル・サンダラ"の町にあるという事が濃厚になってきた。手に負えないほどの少しでも危険がある限り、今は彼をこの依頼から離脱させたい。
「いや、帰ろう。トリル・サンダラから出て近い街に向かおう」
「・・・ここまで来てか?歩いてトリル・サンダラから抜けるにしても1日歩いても今日中は無理だろ?」
「そうだね・・・」
「だったら町に寄ってから日を跨いで帰るでもいいんじゃないか?何焦ってんだよ」
「・・・そうだよね、どの道そうする他なさそうだよね。理想は今日中にトリル・サンダラから離れられたら良かったんだけど」
じっとこちらを見る彼の目は真っ直ぐと私の目を見ていた。あまりの事態の急な変更に勘ぐられてしまった。
「さっきの質問の続きだ、この足跡はなんの足跡だ?」
「わからない、見覚えはあるけどこの地域に住んでいる生物では無いから・・・」
「答えになってないぞ、何の生き物の足跡なんだよ」
一歩も引かない、そんな姿勢の彼。きっとはぐらかした所で素直に行動を共にはしてくれない。
「龍の物にとても似てる・・・」
それを聞いた彼はピクリと体を動かし驚いた様子を見せた。
露骨に態度には出さないがこの足跡を見た時、自分ですら体が一瞬強ばってしまった。
絶対の力と支配力を持つ龍の存在。
"支配の龍"を倒した後、世界的にもしばらくは一部の魔獣を除く龍とその配下に属する魔獣の殲滅する部隊や機関や組織を国毎に設立され、その際、龍に属する生物の殲滅した報告は全世界に報告されていた。
殲滅報告からしばらくは再び発見した話はあったにしても、それから今に至るまで発見の報告数年間は一切無かった。
つまり絶滅した。という事なのだろう。
だからこそ、今になり数年の時を経て再び龍の存在を仄めかす痕跡に驚きを隠せない。私は不意にこう呟いてしまう。
「いたずらかな・・・」
「いてたまるかよ」
それからしばらく沈黙は続き、波の音と共に強い風が吹き荒れる。どちらにせよこの場に長居は無用。荷物の行方も手掛かりもなく、見つけられたものは謎の足跡にオアシス。
未だ何一つこの状況についての情報も理解も出来ていない。
「とにかくここから離れて町に行こう。これが何であれ異変には違いない、今はある程度の安全を確証出来ない中でリオラさんの荷物を探すのは少し怖い」
それを聞いたローライは鼻で笑う。
「なんだよ、ビビってんのか?あんまり情けないこと言ってると殴るぞ。師匠の顔に泥塗るのか?」
「似たような事同じ仲間だった人にも前に言われちゃったんだよね」
「ヘラヘラしてるからだよ。誰に言われたか知らないけど、その通りなんだよ」
彼はそういうと早足で海辺から離れ一人早歩きで砂山を上がりオアシスのあった方へと戻って行く。
ゆっくりと後を追う様に砂山の緩い傾斜をあがり、砂山の高い所から振り返る様に遠く高い位置からあの足跡を見直した。
そこには今迄に見た事の無い龍の姿をした、砂の塊が立っていた。
鮮明に形作られた"砂上の夢"による再現。
姿形、それに色味は砂だったが飛膜の紋様は綺麗に浮き出ている。
鮮明に形作られたそのその模様はかつて倒した”厄災の龍”達に等しく描かれた紋様の刺青と同じものだった。
全身の毛はゾワっと逆立ち、悪寒が走った。
一体何の龍で、いつ砂達が記憶したものなのか、砂達の想像上の物なのか。
”離脱”、今頭に過ぎる言葉はこの依頼を放棄し、この事をギルドと龍の殲滅。調査をかつてしていた機関への報告することだけだった。
11
オアシスの場所へと急いで戻り、景観の良い場所で改めて辺りを見渡すと前日とは地形が少し変わっている。
それは砂達がそれぞれに付着した魔力が集まり姿形を変え、魚や植物、木々や動物の形を模しては動き出し、移動し元の砂へと戻る。それが"砂上の夢"と呼ばれる現象。
多少の地形が変わるのも良くあるが、少しの間、海辺から戻って来る間に前日に見ていた風景や地形が簡単に変わる程活発に起こる現象では無い。
砂は異常なまでに魔力を有し、それを消費する為に起こす。このトリル・サンダラは今魔力が強い状況にあるという事になる。
近くの小さな岩陰に隠れ休むローライを見つけ近寄ると少し疲れた様子を見せていた。
朝の探索の疲れが見られるが、悠長に休息を挟む訳にも行かない状況になってしまったので、彼には申し訳ないけれど気遣う事しか出来い。
「ここから昨日歩いた所を少し戻って西の方へと少しそれた所に町があるから、ここからでもそこまで遠くないはず」
「随分と急いでるな・・・、疲れてんだぞ俺も流石に」
「ごめん、でも何が来るか分からないから出来るだけ町へ行きたい。理想はトリル・サンダラを出たいんだ」
「大丈夫だよ、なんか来たらお前がエサになれば俺も逃げれるからな」
彼の言葉に私は冗談らしくこう返す。
「時間は稼いでみる」
「なんか腹立つな、食われるまで近くで見といてやろうかな」
ローライは大きく息を吸い込み、力いっぱい立ち上がりオアシスの周りを軽く見渡した。
「焚き火の跡。お前消さなかったのか?いくら魔獣やら盗賊やら見かけないっつっても不用心過ぎないか?お前何年旅してるんだよ」
急なお叱りの言葉を聞き、焚き火のあった位置に目をやると、隠したはずの焚き火の跡である焼けた木や炭が剥き出しになっていた。
「なんで?」
思わず言葉が漏れてしまった。その声に彼は「はぁ?」と一言言い首を傾げ町のある方へと我先に歩き始めた。
鼓動が早くなり、緊張感が体を走り全身の感覚が一気に研ぎ澄まされる。
誰かいる、誰かが掘り返している。近くに誰かがいると考える他なかった。
現地の人間や魔物じゃない、そんな気がしてならず焦る気持ちは更に早まる。
「俺も疲れてんだよ、道戻るだけなら探索も要らないだろ・・・」
まるで彼の言葉を聞いた瞬間を狙ったかのように、突如現れる大きな影が上空から私達を覆い、見上げる隙もなく轟音と砂埃を大きくたて、何かが勢い良く落ちて来た事だけが理解出来た。
「なんなんだよ!!」
視界は舞った砂で妨げられローライの声だけが聞こえた瞬間、大きく舞った砂と風を切る音と共にかなり鈍い音が鳴り響く。
蹴散らされ舞う砂は視界を開き、彼のいた方向を向くと彼は離れた所まで吹き飛ばされていた。
「ローライくん!!」
蹲る彼を横目に、何かが落ちて来た所から声が聞こえてきた。
「余裕だな」
咄嗟の判断だった。声を聞いた瞬間、背に差した杖を攻撃を防ぐ様に構えたと同時に重く、力強い太いムチのような何かが横殴りに襲いかかる。
あまりの重さと衝撃に受け止めきれるはずもなく、杖と共に数メートル転がる様に飛ばされていた。
ぐらぐらと揺れる脳、ビリビリと腕は力に受け止められず痺れ、鈍く痛む。
大きく何かがはためく音が響き、舞う砂は風に散らされ視界は完全に開けた。
顔を上げ、唖然とする。視界の先に現れたのは「龍」だったのだから。
読了ありがとうございました。
これからも続けて行きたいと思いますので、ブックマークや評価、感想等頂けますと励みになります。
続きを制作しておりますので今後とも楽しんで読んで頂けるよう尽力いたします。
宜しくお願い致します。
-世見人 白図- Yomihito Shirazu