9 傍観写
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ローライは探知を開始した。探知というより追跡に近い物で、特定の範囲内の人物又は物体にマークする事が出来る。勿論対象、もしくは探知を発動してる人物が範囲外まで移動した場合マークは自然と解かれてしまう。
この魔法は対象の周りにある風や魔力の揺らぎを読み対象の位置を確認する事が出来るらしく、対象物本人を確認する魔法ではなく、天気や土地柄、その土地の魔力を利用した魔法。場所によっては性能の変わる魔法だと事前にローライからの説明があった。
無風、魔力の薄い土地などの場合は全くもって機能しないが、現在の"トリル・サンダラ"においてはこれ程迄にも無い位にベストな環境とも言える。
気掛かりなのは、それでも10分しか保てないと言う事。やはり何かこの環境が魔法の作用に対し特殊な環境ということなのだと、その時は持ち合わせている情報も限られており、腑に落ちないまでも納得せざる得ない状況だった。
「あいつが動かなければこのまま歩みを進めていたらマークは解ける。どうする?様子を見て立ち止まるか?」
「ううん、このままペースを落とす訳にもいかない、マークが外れてもペースは変えない」
「もしマークが離れた瞬間襲ってきたらどうする?」
「距離はあるからすぐに追いつかないまでも、また距離を離す事は出来る。もし外れた場合は視認してみよう。もし出来ないのであればそのまま、もし見えそうなら、もう一度探知をお願い」
「人使いが荒いな」
5分程経過する。彼の合図はない、ということはマークから外れていない。つまり対象は動いている。
「着いて来てる?」
「かもな、範囲的には外れた感じはしないが真っ直ぐこちらに向かってる感じもしない。”砂上の夢”じゃないのか?」
「それならもう少し様子を見よう。もしかしたらたまたまルートが一緒の旅人かもしれないし、”砂上の夢”ならもう少しで魔力を消費して崩れるはず」
「なあ、10分経ってもマークが消えなかったら俺に一つ考えがある」
「どうするの?あまり危険な事なら私は賛成できないよ」
「安心しろ」
そういうと先程飲み干した飲料水の空の透明の入れ物に小さく分けた携帯食料の欠片に何かを書いた紙を丸めて入れ、再び封をし、人影のある方へと勢いよく投げた。投げられた入れ物は人影に届く程の距離は出ないにしても、遠くの方で突き刺さる様子を満足そうに彼は見ていた。
「何したの?」
「あの入れ物の中に一口分の食料と紙を入れたんだよ。もし口にしたらしばらく動けない」
「え!?!?」
「魔力の流れを乱すっていう、ちょっとした薬を入れたんだよ。前みたいにあの龍とかに効くかは分かんねえけど、常人ならふらついて歩けねえだろ」
あまりの行動に唖然としてしまうと同時に恐怖すら感じた。彼は澄ました顔で平然と言う姿に逞しさすら感じる。
初の旅ということもありこの短期間でのあまりの判断力に成長と共に躊躇の無さや、龍へと立ち向かおうとした勇気、死ぬことへの何とも思わない、そんな少し危うさを感じる。
「ちょっと!ここ砂漠のど真ん中だよ!!もし普通の人だったらほっといたら死んじゃう!」
「だから、そうなったら助けに行くんだよ」
「え?でも悪い人だったら?」
「放置する。その見極めをする為にやったんだよ。何らかの魔物なら、まあ鼻で気付く位には毒っけのある匂いがするし、”砂上の夢”ならそもそも拾わない。感の良い奴ならそんな怪しいもん食べないしメッセージにもそれとなく不審な言葉は残してある。もし食べても、あっちから何か出来るほどの余力は無いから、お前の力でも倒せる。これは普通の旅人に対しても同様だ。まあ普通食べないだろうが乞食なら食べるだろ」
「・・・、ローライ君、歳の割に凄いえげつない事考えるね」
「バカかお前、今は自分達の身の安全の確保が最優先の中で、敵か味方も分からない奴に神経擦り減らして余計な体力使う方が馬鹿らしいだろ?だから待つよりこっちから向かった方が話が早いだろ」
理路整然とした考えで彼は語った。確かに少し酷いやり方ではあるが、恐らく現状では判断自体は一番良い作戦だと思う。
それから二人、歩みは自然と遅くなり始めていた。彼の合図は無くマークは消えていないことを意味していた。
数分後、彼は立ち止まり人影の方のある方へと振り向いた。
「止まった。あの入れ物の付近にいる」
「しばらく動きがなければ行こうか」
いつしか歩みは止まっていた。私は彼の合図を静かに待ち、彼の一際集中しているその横顔を私は見つめていた。
更にそこから数分彼は軽く手を振り上げる、合図だ。
「行こうか」
「ああ」
急足で人影のあった方へと向かった。彼は短剣を片手に、私は杖を片手に。戦闘体制は整っていた。
彼に戦闘を全て任せる訳にはいかないが、前日のダメージが残る中、勝てる見込みがある戦闘になると彼は言うが、確証はない。あの龍の一件が色濃く記憶に残る、いつも以上に警戒はしていた。
しばらく足を進めると人影はクッキリと形を現し、遠くからでも視認が出来る程まで近づく事が出来た。
遠くにあるその人影は倒れており、顔は見られないが現地の服装をしている事から"トリル・サンダラ"の町の住人だと思われる。
「あの服、"トリル・サンダラ"の人かも」
「追い剥ぎが盗んだ服かもしれないから迂闊に近付くのもまずいか?」
「大丈夫、入れ物の中から携帯食料とメモがなくなってる。多分食べてる」
「じゃあ倒れてるし、動けないくらいに追い打ちかけるか」
「いや・・・そこまでしなくても良いと思う」
ある程度の距離まで近づき、そこから数十メートル。二人、時間をかけ武器を構え躙り寄り更に近づいた。
しかし倒れているその人は全く動く様子もなく、ついに直近の距離まで近寄る事ができた。
「毒の量多過ぎたか?」
「ちょっとローライ君!?」
「まあ盗賊だったって事で」
杖を直し、顔を覗くとそこに倒れていたのは現地の人とは違う顔立ちに白い肌をした、夕日の様な橙色の髪の絵に書いた様な綺麗な少女だった。
ローライよりかはいくつか年上、15、6といった所だろうか?しかしなんでこんな所に?
「武器は持ってない・・・服は汚れてるから迷ってたのかもしれない」
彼は申し訳なさそうな顔をし、私に少量の液体が入った小瓶を渡し飲ませるように指示をする。
倒れた少女の頭を軽く持ち上げ、ビンの中の液体を口へと入れ喉へ通るまで待ちゆっくりと彼女の体を抱き上げ、その間にローライが建てた簡単なテントの中へと運び込み再びその中で寝かせる事にした。
「起きるまで待とう」
彼にそう語りかけると居心地が悪そうに周囲の方をうろつきながら「おう」と小さな声で返事を返す。
実際無実の人間にした行いに堪えたのだろうが、私なりには妥当な判断だったと思う。それでもまあ、えげつないとはいえ今の危機的状況なら仕方ないと思う。私が少し甘い考え方なので、その意見で旅が進行してしまうと仲間を危険に巻き込む可能性すら高い、だからこそ彼程の容赦無い考えの方を尊重すべきだと思う。
「ねえ、ローライ君あの毒ってさっき飲ませた物で中和出来るの?」
「完全じゃねえよ、一応念の為に弱目のやつ渡した。動けてもしばらくは魔力は使えねえよ」
「そうなんだ」
「・・・俺余計な事したか?」
「んん・・・」
いつに無くしおらしいローライの姿と言葉に笑いそうになるが漏れ出た声に気付いた彼は、私を睨むが耳は赤くなっていたので耐えきれず笑ってしまう羽目になった。
「てめえ、絶対許さねえ!」
「ごめんごめん、許して。聞いて!でもね、判断は正しいと思うよ!仕方ないよ」
「何が仕方ないだ・・・」
突如として聞こえた第三の声、驚き声のする方へと振り向くと、あの倒れていた少女が中腰になり苦しそうにテントから姿を出したのだ。
「大丈夫そうね」
「大丈夫なわけあるか!!何してくれてんだ!!」
彼女はその姿とは思えない程に荒々しく叫び、怒鳴り始め二人呆気に取られてしまった。
「ごめんなさい・・・悪気は無かったの、実は追われていて」
「ていうかお前、やっぱ俺たちを着けてたんだな」
そう話すローライに彼女は黙った。ということは着けていたらしい。
「あなた現地の人じゃ無いよね?何しに来たの?」
「はぁ?じゃあ聞くが、お前も余所者だろ。何しにここへ来た?」
「質問を先にしたのはこっちだぞ」
「黙ってろ」
「なんだとテメェ!!」
勢いよく殴りにかかろうとするローライ、そして見下したような目で彼を見る少女。
真ん中に入り二人を止め、その場は一時的に収める。
「ローライ君!!女の子叩いちゃダメ!!ここは冷静に!」
「こんな雑魚に殴られた所で大したことはない」
「んだと!!」
「あなたもなんでそう喧嘩っ早いの!!」
「毒仕込まれたんだ。空腹には効くぜ」
そう彼女は答えるとローライはピタリと止まり、「ふん」と一言遠くの方へと行ってしまう。
そして私は少女に私達の目的と今起きている現在の状況について話した。
地質調査員の死体の事やあの家の事を一応伏せて。
「成る程な」
「さあ、教えて」
「ん?何をだ?」
「来た目的、私達を追っていた理由」
「来たと言うより、ここの砂漠の町に住んでいるからな」
「あの町にはもう人が一人もいなかった、それにあなたのその肌や顔立ち。現地の人間じゃないよね?」
「ああ、引っ越してきたからなここに」
「てことはあなた・・・名前は?」
「おい、お前の名前はなんだ?先に名乗れ、あとあそこで不貞腐れてるお前のご主人と」
少女はローライの方を指差し言った。きっと彼が私を仕えていると思っているのだろうか?前に来ていたコートとは違い、今は顔も耳も尾も、一眼で魔獣と分かる程には出してしまっているが、ここで否定してしまっても次の質問になるだけだから、時短で話を進めたい。
「私はカペラ。あの子はローライ、二人で荷物を探してるの。それであなたの名前は」
彼女は何かを言いかけた後、少し歯切れが悪く答えた。
「サニア・・・だ」
そう彼女こそあの日誌に書かれていた少女、地質調査員の娘だった。
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-世見人 白図- Yomihito Shirazu