第2話 世界樹の迷宮探索家「フローター」
「― ☘」は、そのページの重点に目印として付けているつもりです。
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少しだけ、私の自己紹介をします。
私、エヴァ・グリーンウェルは、王都アウロの端にある色町で、お姐さん方のお世話と酒場での給仕に勤しんでいます。
幼くして、世界樹の迷宮を探索をしていた父が行方不明となり、その後、母とも死別してしまった私は、この町で娼館を営むルイゼさんに拾われ、お世話になりながら、父の仕事であった 世界樹の迷宮探索家「フローター」 になることを目指し、日々頑張っています。
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夜の商売に携わりながら、探索者を目指す私の日常は、意外と多忙です。
暁の頃に起き、娼婦のお姐さん方の情事の後始末、お掃除、お洗濯を済ませて、お姐さん達が目覚める昼までの空いた時間で、探索家としての鍛錬を積みます。
お昼には、起床したお姐さん達のお世話をし、その後の短いシエスタを挟み、酒場の仕込みをお手伝いして、また鍛錬。
そして、夜の酒場での給仕に努め、深夜に就寝をします。
と、こんな感じに、毎日忙しい時間を過ごしていますが、皆さんが、余りやりたがらないお仕事もしているので、お給金もそれなりにいいのです。そして、何よりも3食(一応)昼寝付き、お風呂あり、寝床ありの環境なので、お陰様で、私なりに幸せな生活を送れています。
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そんな、この日常とも、もう暫くでお別れとなってしまいます。
そう。念願の、世界樹の迷宮探索家「フローター」 になるための資金が、遂に溜まったからなのです。
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「おはよう。聞いたわよ?遂にお金が溜まったんですって?」
ルイゼの娼館の中でも一番の人気娼婦である、褐色のダークエルフのフィオレが、眠たい眼を擦りながら、エヴァに声を掛ける。
「フィオレ姐さん~。これで、神殿でのステータス証明と登録の金が払えるよ~。」
「よかったわね!でも、迷宮探索家は過酷な職業よ。何時でも、元迷宮探索家でもある私のところへ相談にいらっしゃい。力になれるかは分からないけど、応援するから!」
「姐さん、、、そうだよね。危険がいっぱいの迷宮探索家だもん。姐さんの経験と知識は、本当に頼もしいよ~。いっぱい聞いちゃうから覚悟しててね!」
エヴァは、フォオレの優しい姉のような眼差しに甘えながら、笑顔で答える。
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彼女たちの言う通り、世界樹の迷宮探索家「フローター」は、危険を伴う。
それは、世界樹の盟約が、「資源の提供」と「登上者への試練」であることから、迷宮の中には、魔物・モンスターが出現する。また、罠も多数あり迷宮探索家の行く手を阻む。
そして何より、討伐系迷宮探索家の一獲千金の醍醐味でもあり、それと裏腹にある『階層ボス』の脅威。
毎年、何千・何万もの迷宮探索家が世界樹の迷宮に挑み、その内の何%かは命を落とす。そんな世界。
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その為、王国は「迷宮探索家」になる為の登録機関として、『迷宮ギルド』を設立し、迷宮探索家になるための、素質や財力を測る「試験機関」として、また、仕事の斡旋や情報提供、保険や福利厚生と幅広く迷宮探索家を支援する「支援機関」として、迷宮の出入り監視を含めた「総合管理」を行うことにした。
その他、迷宮ギルドでは、管理業務の一環として、迷宮探索家を、討伐系や採取系など幾つかに分類し、また、ランクや順位を示して、各々の立ち位置を促すなどしているのだが、それらの詳しい説明は、また後日談にて。
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エヴァは、フィオレを始めとする娼館で働く元迷宮探索家や迷宮探索家を兼ねる娼婦の姐さん達から、自慢げに聞かされる冒険譚が大好きだ。
そんな、大好きな先輩達に背中を押されながら、彼女は着々と迷宮探索家になる為の準備を進めていく。
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そして、迷宮探索家採用試験の自分の番が、翌日に控えたこの日。
娼館の主ルイゼと娼婦達からエヴァに、一振りの片手剣と、彼女が得意とする『花魔法』の花をあしらったルーンが、プレゼントされる。
――その夜。
嬉しくて号泣をしながら床に就いたエヴァであったが、なかなか寝付けずにいた。
大きな目を見開き、先輩達から貰った『宝物』を眺めながら胸を熱くする。
そんな時間が、逆に彼女の迷宮探索家への憧れを煽り、どんどんと血潮が沸き上がってくるのを感じる。
「えーい。もぅ!」
彼女は居てもたってもいられず、2階にある部屋の窓を開け、
わくわくをエネルギーに真夜中の空に飛び立つ!
その着地一番、裸足の足にぐっと力を込める。
世界樹から湧き出た河沿いにある道を、世界樹に向かい全力で走る!
そして、夜空の星と真ん丸な2つのお月様を背に構え、
雄大にそびえる世界樹に向かって……大声で叫ぶ!
『待っててーお父さんー!』
叫ぶ!
『わたし迷宮探索家になって「グランドセブン」まで行くよー!』
叫ぶ!!!
『私は、お父さんがグランドセブンに着いたって信じてるー!』
彼女は希望を込めて叫ぶ――!!!
『だから、私を待っていてー!!!!』
届け、あの母なる大木の、その上にある世界に!!!!叫ぶ―――!!
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赤と青の2つの月が重なるまで、思いを込めて何度も何度も何度も彼女は叫ぶ!!!
その叫び声は、風に乗り、花吹雪のように、澄んだ夜空の中で、舞い上がる。