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悪魔の獲物

 悪魔の探偵事務所では、全ての依頼主から魂を奪っているわけじゃないんだ。


 ターゲットになるのは、悪意がある者。


 普通さ、何か願い事がある時って神様に祈るよね。

 初詣とかもそうだし、合格祈願とかもそうじゃない?


 だけど、悪意を持った人間は違う。

 相手を憎み、酷い目に遭わせてやろう、陥れてやろうって考えているような奴は、神様じゃなくて悪魔に頼るんだよ。


 確かに、神様に悪意のある願い事をしたらバチが当たりそうだもんね。悪魔の方が頼みやすいんだろうな。


 うちの探偵事務所は、ペットの捜索や人探し、浮気調査や素行調査みたいな依頼が多いんだけど、悪意のない限りは規程の料金をもらって終了する。


 ただし、悪意がある場合は別だ。

 依頼人は料金を支払った後、事故や事件に巻き込まれて命を落とし、悪魔に魂を奪われてしまうんだ。


 怖いよね。

 みんなも気をつけた方がいいよ。


 そう言われても、この説明だけじゃよく分からないと思うから、具体的なエピソードをひとつ話しておこうか。


 その日は雨がしとしと降っていて肌寒くてさ。

 腹が減った俺は、コンビニで飯を調達したかったんだけど、外に出るのが億劫だった。


 セーレに頼んでテレポートしてもらおうと思ったのに、姿が見えない。


 俺の思考を読み取ったのか、ダンタリオンは読んでいた本から顔を上げて、自分の足で歩けよクソ人間、みたいな目で俺を睨んできた。


 俺はダンタリオンの冷たい視線を華麗にスルーして、ウァサゴにセーレの居場所を聞こうとした。


 でも、ウァサゴはテレビのワイドショーに夢中で、俺が話しかけても無視をする。

 盲目だから画面は見えてないはずなんだけど、音声だけで楽しんでいるみたいだ。


 アンドロマリウスの方を見ると、彼は大蛇に寄り添って昼寝をしていた。


 諦めて自分で行こうと思い、入口のドアを開けたところで、ちょうど中へ入ってこようとしていた男性にぶつかったんだ。


 その人は必死の形相で俺にすがりついてきて

「妻と子を探してください」

 って叫ぶんだよ。


 えっ、何か事件っぽいから警察行った方が良くない?

 って俺は思ったんだけど、部屋の中からダンタリオンが迎えにきちゃってさ。


 彼の営業スマイルがあまりにも不気味で、目が合ってしまった俺は、蛇に睨まれたカエルみたいにその場で立ちすくんだ。


 蛇といえば、アンドロマリウスの大蛇はいつの間にか部屋から姿を消していた。

 あんなのが部屋にいたら、お客さん帰っちゃうもんね。

 出来れば、いつも見えないところにいて欲しい。


 ウァサゴとダンタリオンが依頼人の相手をしている間、アンドロマリウスはお茶を淹れていた。


 俺が手伝いに行くと、アンドロマリウスは

「久しぶりのご馳走だ。魂が奪えるぞ」

 って舌舐めずりをしながら、満面の笑みを浮かべたんだ。

 あれにはゾッとしたね。


 依頼人が帰った後は、みんなもう興奮しちゃって、やたらとテンションが高かった。


 あのダンタリオンでさえ、口角を上げて微笑んでいるんだから、人間の魂って言ってうのは、悪魔にとって特別なものなんだなって思う。


 そうこうしているうちにセーレが帰ってきて、俺に包みを差し出した。


 受け取ると、ほのかに温かい。中には、大きな豚まんが入っていた。


 あっ、これ昨日テレビで見て、俺が食べたいって言ったやつじゃん! ってビックリしていたら、セーレは「横浜の中華街まで行って買ってきたんだ」って言ってニコニコしている。


 だからさっき姿が見えなかったのか。


 でもさ、わざわざセーレが行かなくても、豚まんをここにテレポートさせれば良くない?


 俺がそう言うと、セーレは「それじゃ泥棒になっちゃうし、君のためなら買いに行く労力なんて惜しくない」って言うんだよ。


 労力って言っても、テレポートすれば一瞬じゃんって思ったら、セーレは自分自身をテレポートすることは出来ないんだってさ。


 他の人や物は移動できるのに、自分のことだけは例外だなんて、地味に不便な能力だよね。


 それじゃあ、初めて会った時みたいにペガサスに乗って移動したの? って聞いたら、雨が降っていたから電車で行ったって答えるんだよ。


 いやいや、ここから横浜の中華街まで、電車で往復二時間はかかるからね。

 愛が重すぎるでしょ。

 豚まん冷めちゃってるし。

 まぁ、ありがたくいただくけどさ。


 俺が豚まんにかじりついている間に、悪魔達はチート能力ですぐに依頼人の妻子がいる場所を探し当てた。


 彼女達はどこにいたと思う?

 俺は初めて耳にする名称だったんだけど、依頼人の妻子はDVシェルターっていう施設にいたんだ。


 DVシェルターは、家庭内暴力などの被害に遭った人達が避難するところなんだってさ。


 依頼人の男性は、毎日のように妻子を痛めつけていて、逃げ出した彼女達を探し出し、連れ戻そうとしていたんだ。

 DVがバレたらまずいから、警察じゃなくて探偵事務所を頼ったんだろうね。


 悪魔達は、調査結果の報告いつにする? あんまり早いと怪しまれるよね。じゃあ、三日後くらい? みたいな軽い感じで話しているから、俺はドン引きしちゃったよ。


 報告しちゃうの? 妻子が危なくない? 警察に相談しようよ! って俺は言ったんだけど、誰も聞く耳を持ってくれなかった。


 いよいよ依頼人に報告する日が来て、俺は料金を受け取ったら、こっそり匿名で通報しようと心に決めていた。


 でも、そんな必要はなかった。


 依頼人は、妻子がDVシェルターにいることを知らされると、いや誤解なんですよとか何とか言い訳をしながら料金を支払い、足早に探偵事務所から立ち去った。


 しばらくして、表の方でドンっという音がしたかと思うと悲鳴が上がり、探偵事務所の前の通りは騒然となった。


 後からセーレに聞いた話では、依頼人は車に轢かれて即死だったそうだ。


 悪魔達は大喜びで依頼人の魂を奪い取り、その日は夜遅くまで宴会を開いて大騒ぎしていたよ。


 轢いちゃったドライバーが可哀想だなって思うかもしれないけれど安心して。

 そいつが運転していた車のトランクからは、死体が見つかったんだ。人を殺して埋めに行く途中で、依頼人を轢いたんだってさ。


 もちろん偶然じゃないと思う。たぶん悪魔達の仕業だよ。

 悪魔達は、俺には言っていない能力を他にも持っているんだろうね。

 だって、人間を相手に手の内を全て明かすとは思えないもの。


 でも、俺はその辺りを深く追求するつもりはない。

 世の中には、知らない方がいいこともあるんだよ。


 次回は、もうちょっと穏やかな日常の話をしようかな。

 それじゃあまたね。

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