悪魔が部屋にやってきた
誕生日の夜に布団で寝ていたら、セーレっていう悪魔が、翼の生えた馬に乗って現れたんだよ。
見た目は美男子。
で、そいつがめっちゃ求愛してくる。
でも俺、男だしね。
いくら美男子でも、可愛い女の子が好きな俺にとって、男は対象外なんだよ。
まあ、たとえ美女だったとしても、悪魔っていう時点で無理なんだけどさ。
セーレは召喚されたから来たって言うんだけど、俺は呼んだ覚えなんかない。
そこで俺は思ったわけだよ。
あれ、これ幻覚か?
精神的にヤバくない?
何か色々不安になってきた俺は、ひとまずもう一度寝ることにしたんだ。
だけど、俺が布団をかぶって目を閉じていると、セーレが近寄ってきて信じられないことを口にした。
セーレを召喚したのは、俺の親父だって言うんだよ。
俺は高校生の時から引きこもりのニートをやっていて、その日はちょうど二十歳の誕生日だった。
物心ついた時から母親はいなかったから、この歳になるまで親父が男手ひとつで俺を育ててくれたんだ。
毎月、親父は飯代をテーブルの上に置いといてくれた。
俺はその中でやりくりして、深夜とか明け方とか、人に会わない時間帯にコンビニで食料を調達してくる。
欲しい物は通販で手に入るし、わずらわしい人間関係とは無縁。ネットもゲームもやり放題で、この五年間は割と快適に過ごしてきた。
だから、何で親父が悪魔なんか召喚したのか、その時の俺には全然理解出来なくてさ。
今思えば、親父は引きこもりの息子のことを、ずっと悩んでいたんだろうな。
でも、どうすることも出来ないまま時間だけが過ぎて、とうとう息子は成人を迎えてしまったわけだ。
それなのに本人は危機感ゼロで親のすねをかじりまくっているんだから、親としては将来を悲観しちゃうよね。
だからって悪魔に頼ろうとするのはどうかと思うけど。
それで、どうしてセーレが召喚した親父のところじゃなくて俺のところに来たかっていうと、親父が間抜けだからだ。
間抜けっていうと言い方が悪いけど、なんていうか、天然なんだよね。
トイレットペーパー買いに行って、ティッシュペーパー買ってきちゃう、みたいな。
惜しいんだけどね。
一応どっちもペーパーだからさ。
でも、残念ながら使えないよね。
ティッシュをトイレに流したら詰まっちゃうもん。
たぶんさ「トイレットペーパー、トイレットペーパー」って頭の中で考えながら薬局とかスーパーに行って、着いたらティッシュペーパーの特売かなんかやってたんだよ。
「安い! ラッキー」とか思って手に取って、他のものとか選んでいるうちに、目的を達成した気になって帰ってきちゃったんじゃないかな。
つまり何が言いたいかっていうと、親父は詰めが甘くてうっかりしてるってことなんだよ。
親父は悪魔召喚の魔法陣を描き、儀式に必要なモノを揃えてセーレを呼び出した。
ところが、いざ呼び寄せたところで急に席を外したらしいんだ。
突然トイレに行きたくなったのか、誰かから電話でもかかってきたのか、はたまた本当に悪魔が現れるとは思わなくてビックリして逃げ出したのか、その理由は定かじゃないんだけど、とにかくその場からいなくなった。
呼び出されたセーレとしてはガッカリするし、頭にくるよね。
人間の魂を奪えるぜ! ってウキウキしながら出てきたのに、そいつがいなくなっちゃったんだから。
最初、セーレは親父を追いかけようとしたみたいなんだけど、その時に俺の部屋の方から、上質な魂の香りがしたんだってさ。
念のために断っておくと「上質な魂」っていうのは俺が思っているわけじゃなくて、セーレが言っていたんだからね。
悪魔にとって何が上質なのかはよく分からないけれど、きっと人間としてダメな奴の方が魅力的に見えるんじゃないかな。
何しろ俺は筋金入りのニートだし。
それで、セーレは俺の魂の香りにつられて部屋に入ってきたわけだ。
そこには、布団で気持ちよさそうに寝ている俺がいて、セーレいわく、俺の魂を手に入れたくて堪らない気持ちになったそうだ。
どういうこと? って思うよね。
俺もそう思って聞いたんだよ。
ちょっと意味が分からないんだけど、魂を寄越せってこと? って。
そしたらさ、違うって言うんだよ。
魂を奪って喰らうと一瞬で無くなっちゃうから、セーレとしては、もう少し楽しみたいんだってさ。
だから生涯を共にして、その間はずっと俺の魂を堪能していたいって言うんだよ。
それで、俺の寿命が尽きるギリギリのところで願いを叶えてやって、そこでようやく魂を奪おうという計画らしい。
正直言って、俺にメリット何にもないよね。
最初はそう思ったんだけど、よくよく話を聞いたら、セーレは結構すごい能力の持ち主だっていうことが判明した。
セーレは、瞬きする間に世界中のどこにでも人や物を運べるチート能力があるんだってさ。
麻薬の密売人が聞いたら、札束積んで仲間に欲しがりそうな能力だよね。
俺は犯罪に手を染める気はなかったけど、この力は金になりそうだなって漠然と思った。
悪魔を召喚するほど思い詰めている親父とは、これ以上一緒に暮らせないだろうし、かと言って金はないし、これからどうしようかなぁと困っていたから、俺はセーレにある提案をしたんだ。
金に困らない生活をさせてくれるなら、一緒にいてやってもいいよって。
俺の魂にベタ惚れのセーレは、二つ返事で了承したよ。
そんな感じで、俺とセーレは一緒に暮らすことになったんだ。
どうせ、悪魔に魅入られた時点で、逃げることなんて出来るはずがないからさ。
浅はかな俺は、それならセーレをとことん利用して、贅沢な暮らしをしてやろうと思ったんだよ。
でも、俺が連れて行かれた先には、他にも三体の悪魔がいたんだ。
長くなっちゃったから、その話はまたの機会にするよ。