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魔法少女3

『篠田』

「ん」

『魔力の反応だ。それもかなり大きい。相当強い魔法少女がいる』

「高得点のボーナスチャンスか」


 ドブが篠田を見上げる。その表情に恐れはない。顔を洗う仕草をして、ドブは案内を始めた。

 大きなショッピングモールの立体駐車場。長い階段を登った先、その屋上に敵はいた。


「よう」


 篠田が声をかけると、少女はゆったりとした仕草で振り向いた。

 長身と、その背中まで届く黒髪。線の細い顔立ちに映える長いまつ毛は、儚げに伏せられればさぞ美しいだろう。

 自然な印象を与えるメイクは、しかし相当に手が込んだもので、篠田はそれが非常に男ウケが良いものだと知っている。

 見慣れていた。ヤクザの娘として。


「売り物の匂いがするな」

「下品な人ね」

「悪いなぁ。こればっかりは、生まれでよ」

「あなた、名前は」

「そっちから言えよ。先に名乗るのはマナーだろ?」


 少女が篠田を睨む目が鋭くなる。


「私は梅畑」

「望みは?」

「生まれ変わること」

「へぇ、じゃあ私も一緒だ」

「貴方の名前は」

「篠田だよ。私も、生まれ変わりが望みだ」

「そう。名前は、篠田っていうのね」


 膨れ上がる梅畑の殺気に応えて、彼女の背後から大きなドーベルマンが現れた。

 答えるように、ドブも姿を晒す。


「下の名前も聞いていい?」

「誠だけど?」

「生まれ変わりたいのは、どうして?」

「私はヤクザの娘でね。クソッタレみたいな人生をやり直したいのさ」

「そう。不幸だったのね。ヤクザの家に生まれて、貴方は不幸だったのね」


 梅畑から放たれる気配が変わったのを感じて、篠田は眉を寄せた。


「どうかしたか?」

「私の両親は貴方達のせいで死んだの」

「そりゃ、ご愁傷様」

「別に気にしてないわ。貴方と同じ、カスみたいな親だったし」

「ウチらと関わり合いになる奴なんて碌なのはいないからな」

「本当にそう思うわ。でも、私がこうなったのは、許せない」

「同情する。アンタみたいな奴いっぱい見てきたから、その気持ちよくわかるよ」

「一緒にしないで」


 静かだが、低く鋭い声が篠田を制した。


「なんで貴方も生まれ変わりを望んでいるの」

「私にだってお前が知らない不幸があるんだ」


「貴方も篠田の娘なら、いずれ多くの人の幸せを奪うのね」

「それが嫌なら今すぐ死ねよ。私を生まれ変わらせてくれ」


「生まれ変わりって、今の自分を消し去りたいって事じゃないの」

「別に。今は今で気に入ってるけど、普通に生きてみたいだけだ」


「多くの人間を不幸にして生きてる人間が、よくそんなことが言えるわね」

「うるさいな! それは私がやった事じゃねぇだろ!」




 息を切らして反論する篠田を、梅畑は冷たい目で見つめていた。



「そうね」


 梅畑はしゃがんで、ドーベルマンを一度、優しく撫でる。


「私は両親を奪われたのだから、お返しに貴方を奪ってもおあいこよね」


 魔力の反応。

 梅畑はドーベルマンの首を横に180度捻った。ごきん、と嫌に耳に残る音がして、瞳から生きた光が消える。

 力強く首を引く。容易く肉は千切れて、生首と繋がった脊椎がズルズルと引き摺り出された。それは異様に長く。梅畑の背を超えるほどまで続き、やがて一本の大きな柄に変貌する。

 ドーベルマンの生首が一度、大きく月に吠えて、開いた口から三日月状の刃が飛び出した。


『あれは槍の魔法少女。犬の使い魔だね』

「ん。なぁ、ドブ。早く銃を寄越せよ」


 篠田がドブに手を伸ばしてヒラヒラと振るが、ドブはそれを見つめるだけだった。

 その目はどこか冷たい。


『無理だよ』

「は?」

『感情が足りない』

「ちょっと、どういう事だよ」

『篠田。君は梅畑という少女に対して何も感じないようにしている。それでは魔力を生み出せないよ』

「お、おい、じゃあどうしろってんだ」

「どうかした?」

「ひっ」


 思わず漏れてしまった小さな悲鳴。篠田の頬が引き攣る。


「いやっ、これはっ、えっと」


 梅畑の右腕が閃いた。

 全長にして2m程の長槍。その穂先が篠田の顔を目がけて放たれる。反応などできなかった。今の篠田はただの無力な少女なのだから。

 左の頬が熱い。触れれば、口から繋がるように耳の下あたりまで引き裂かれていた。


「痛いいいいいいいいい!!」

「さっき私のことを売り物呼ばわりしたけど、これで貴方は売り物にすらなれないね」


 頬を押さえながら篠田は後ろに飛び下がった。あまりの痛みに溢れた涙が、口から流れる血に混じって涎のように落ちていく。

 恐怖。


「ドブううううううう!!」

『了解』

「モデル41だ!」


 叫ぶ篠田に応じて、ドブが右手に取り付く。その姿を崩した頃には拳銃が握られていた。

 大きく深呼吸。武器を手にして、篠田は心の均衡を取り戻した。


「ようやくね」

「ナメてんじゃないぞコラァ!!」


 連続して数発。篠田が咄嗟に放った弾丸は、長い柄を活かしたステップで躱された。


「ちょこまかとウザったい!」


 回避した先に狙いが移る前に、梅畑は槍の穂先、犬の使い魔の口の中へと手を突っ込む。

 そこから何かを掴んで引き抜いた。同時に、篠田の銃撃が来る。

 金属と金属がぶつかるような甲高い音。


「はぁ?」


 異様な光景に、篠田が思わず声を上げた。

 梅畑がその手に掲げているのは少女の生首だ。それも2人分。肌にはどこか生気が残っていて、その髪を無造作に掴んで持ち上げている。

 何より不思議なのは、その生首に銃弾が弾かれたように見えたことだ。


「んなことあるかよ」


 連射。しかし、やはり何かに弾かれたような音がして、銃弾は届かない。


「こっちの女の子は盾の魔法少女。魔力を使って見えない壁を出せる」

「なんだって?」

「そしてこっちは、超能力の魔法少女」


 梅畑が生首を揺らすと、片方の両目が赤く光った。

 瞬間、篠田が握っていたモデル41が暴発する。チェンバーに入った弾から、まだマガジンに残ってる弾まで全て。めちゃくちゃに飛び出した銃弾が右手の指を全部消し飛ばした。


「うわあああああああああああああああああ!!!」

「この子はパイロキネシスが使える」


 篠田が右手を押さえてうずくまった。そこにゆっくりと、梅畑が歩み寄ってくる。

 なんだアイツの能力は! 他人の魔法が使えるのか! いや、生首ってことはまさか、自分が殺した魔法少女の力か! さっき、ドブはアイツが高得点持ちだって言ってたよな。

 いつものように考えを巡らせる。しかしどれほど考えようと、勝利の算段は浮かんでこなかった。

 代わりにあるのは、絶望と恐怖。

 勝てるわけがない。


「ドブ! 次だ! サンダーを」

『わかっ』


 呼びかけに答え、ドブが口から新たな銃を生み出す。その瞬間それは暴発して、ドブの体を肉塊に変えた。

 相性が悪すぎる。

 超能力の魔法少女のパイロキネシス。発火能力、それ自体にどれだけの火力があるかはわからない。だがそれと銃の能力はあまりにも相性が悪かった。

 弾丸は火薬で撃ち出すもの。いわば銃とは火を起こす装置に過ぎず、引き金はそれを起動するボタンだ。

 そのボタンを相手に握られて、どうやって勝てばいいというのか。


「三八式と銃剣! 弾はいらねぇ!」


 ぐずぐずの肉塊から細長い銃が飛び出して、篠田はそれを掴んだ。先端にはナイフというには少し長い刃物がついている。


「長物対決といこうか」

「少ない頭でよく考えたわね」

「お褒めに預かり光栄だ!」


 梅畑が生首を穂先まで持っていくと、それらは吸い込まれるように使い魔の口の中に戻った。その隙を逃さず、篠田が銃剣を繰り出す。

 その一撃は梅畑の槍に容易く払われた。左腕が外側に弾かれる。

 マズい。

 右手の指が無くなった今、そもそも重い銃を利き腕でもない左手だけで持っていたのだ。そんなの、まともな勝負になるはずがない。


 だから不意打ちに賭けた。

 それすらも届かなかった。


 梅畑の槍がはしる。篠田の左腕の肘から先が斬り落とされた。


「ああああああああ!!」


 これでもう、武器を握ることすらできない。

 逃げよう。

 篠田の判断は早かった。敵である梅畑に背を向けて、一目散に走り出す。

 だが。


「靴の魔法少女。能力は、一瞬だけの高速移動」


 それすらも先回りされた。


「え? あっ」


 篠田の胸に、大きな槍が突き刺さった。

 血を吐く。ぼたぼたと地面に落ちているそれが自分のものだと、篠田はいまいち認識できない。

 死ぬ?

 今にも泣きそうな顔で、篠田は梅畑を見た。


「ブッサ」


 梅畑が篠田を蹴り飛ばす。満身創痍の篠田は力なく地面に転がった。

 数回、ビクビクと痙攣してから、篠田は指のない右手を使って芋虫のように這い始める。

 這った後には血の跡が残った。


「まだ逃げようとしてるの?」

「こ、ころさ、ないでぇ」

「は?」

「たすけてぇぇ」


 篠田の発言が逆鱗に触れて、梅畑は醜く引きずられるその足を踏みつけた。


「う、いた」

「貴方まさか、今、命乞いをしたの?」

「たす、けて」

「また言った。信じられない。なんで? 貴方が生きてたら不幸になる人がいっぱいいるのに」

「わたしじゃ、ない」

「そうかもね。でも貴方は魔法少女になってから、いっぱい人を殺したんじゃないの」

「はい。ころしました」

「じゃあなんで貴方の番になったら、そんなに醜いことができる訳?」

「しにたくないからです」


 骨が砕かれる音。梅畑の足が篠田の足を踏み抜いた。

 叫び声が出る前に、篠田の鳩尾が柄頭で押し潰される。呼吸ができなくなって、篠田は口を開けたまま喘いだ。


「魔法少女になるとき、貴方も覚悟を決めたんじゃないの」

「いやだ、たすけて、しにたくないです」

「私だって死ぬ覚悟くらいできてるけど」

「いやだあああ! だれかたすけてえええ!! うちのおおおおおお!! かわしまあああああ!! しにたくないよおおおおお!!」


 泣きじゃくる篠田の声は拙く、日本語としてあまりにも聞き取りづらかった。だが梅畑は、それがヤクザの構成員に助けを求める言葉だと理解した。

 生まれ変わりを望んでいるということは、篠田も少なからずヤクザの家に生まれたことを疎んでいる。梅畑にとってその点だけは、救いだった。

 恨んでいる相手だ。殺すことは決めていた。しかし相手も少なからず不幸な人間だとは思っていた。

 だが。

 最後の最後で、篠田はヤクザに助けを求めた。自分が嫌っているはずの生まれ、その力に縋りついた。自分自身を否定してでも、醜く生きながらえようとした。

 そんなものは人ではない。

 虫ケラと同じだ。


「死ね」


 梅畑が処刑人のように槍を振り上げた。


「ドブ」


 最後に、篠田は共に戦い続けた己の使い魔の名を呼んだ。


『了解』


 それに使い魔が答えた。

 生きたい。ただ生きていたい。全ての生命が持つ原始的な欲求。本能。

 だからこそ、それは大きな感情を呼び起こす。


 誰かを不幸にしても生きていたい。殺してでも生きていたい。恨まれても生きていたい。許されなくても生きていたい。馬鹿でも生きていたい。醜くとも生きていたい。居場所がなくても生きていたい。明日死んでも生きていたい。腹が減っても生きていたい。不幸でも生きていたい。希望がなくても生きていたい。夢がなくても生きていたい。ひとりぼっちでも生きていたい。負け犬でも生きていたい。才能がなくても生きていたい。面白くなくても生きていたい。何もなくても生きていたい。


 感情は魔力に。魔力は力に。使い魔は魔法少女に。力を与える。

 梅畑の槍が篠田の首に触れた瞬間、梅畑は吹き飛んだ。


「がっ、はぁ?」


 コンクリートの上を転がってから、梅畑は立ち上がった。

 目の前には、姿の変わった篠田が立ち上がっている。

 奇妙な姿だった。無くした足や左腕が銃のパーツで再生されている。右手の指は全部バレルになっていて、肘の後ろから束になったマガジンが飛び出ていた。

 切り裂かれた胸からは大きな撃鉄が伸びている。


「なんで立ち上がってるの、貴方」

「いきたい」

「ふざけないでよ、貴方みたいな人間が、あれだけの無様晒して生きてていい訳ないでしょ? おかしいでしょ? おかしいよな? 何? アンタが生きるとして、私に死ねっつってんの? アンタらに両親まで殺されてる私が? 普通、死ぬべきはアンタでしょ?」


 破壊衝動。それは、きっと人そのものには備わっていない感情。

 生きていく中で降り注ぐ理不尽が、人の中に生み出す黒い黒い何か。


 殺す。


 膨れ上がる梅畑の感情に答えて、犬の使い魔が遠吠えをした。

 梅畑の体もまた、生まれ変わっていく。


「死ねええええええええ!!」

「いやだあああああああ!!」


 2人はぶつかり、やがて。

 どちらかが死に、どちらかが生まれ変わった。

 この世界にはどちらの姿も残らなかった。

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