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魔法少女2

 深夜。車の通りがなくなった、交差点の中央。


「お待たせ、まった?」

「ん。来たか。尻尾巻いて逃げたのかと思ったぞ」


 篠田が向き直る。目の前にいるのは勝ち気な笑みを浮かべる少女だ。

 魔力の気配。彼女も確かに、魔法少女だろう。


「私の名は龍島! 願いは、病に倒れた空手家の父と手合わせすること!」

「うるさい奴だな。お前みたいなタイプは初めてだ」

「君の願いを聞こう」

「生まれ変わりだ」

「ありがとう。どうやら、話のできる相手らしい」


 龍島は組んでいた腕を解き、篠田に笑いかけた。


「君は今、何点持っている」

「んなこと聞いてどうすんだ」

「シンプルな興味だよ。魔法少女は嘘を見抜けるのは、君も知ってるだろ?」

「3000ぐらいだな。お前は?」

「私は0だよ」

「んだと?」


 思わず素っ頓狂な声を出して、篠田は龍島を見た。確かに嘘はついていない。


「どういうことだ? なりたてにしても0は無いはずだ」

「なりたてじゃない。少し前なら7000ぐらい持ってたよ」

「使ったのか。願いを叶えて」

「それも違うよ」

「イラつかせる奴だな。話すならとっとと話せ」

「譲渡したのさ。点数を。なりたての女の子と会ってね。病気の妹を助けたいって言うから、その願いを叶えてあげたんだよ」


 篠田の目が鋭くなる。どうにも、目の前にいる女の事が気に入らなかった。


「ドブ」

『なんだい』

「魔法少女同士の点数の譲渡は可能なのか」

『不可能じゃないね。相手に点数を渡す願いとして、叶えられるよ』

「ふーん」

「ね、私は嘘を言ってないだろ」

「らしいな。で、何が言いたい」

「君の点数、私にちょうだいよ」


 殺気が膨れ上がる。


「冗談ぬかしてんなよ」

「私を倒しても点数にはならないよ。そうだな、100点でもくれれば引き下がろう」

「マジで気に食わない奴だな」

「君は点数を自分のために使おうとしている。それは悪くない。私もそうだから。だけど、他人を救うために魔法少女になったような、本来は争いが嫌いな心優しい人間にはこんな殺し合いをさせるべきじゃない。そう思わないか?」

「だから私が必死こいて集めた点数をお前に譲れと?」

「君には悪いと思ってる。でも、もし譲ってくれたら、君と私は友達になれると思うんだ」

「なんか、お前の言ってることは綺麗事ですら無いよ。イカれてる」

「それでもだ」


 篠田に語りかける龍島の目は真剣そのものだ。


「イカれてようがなんだろうが、私は世界がそうあるべきだと考えている」

「あー、もう、お前喋るな」

「交渉決裂かな」

「交渉じゃ無いだろお前のは。一方的な要求だ」

「わかった。対価があればいいんだね。君の望みはなんだ」


 問いかけに、篠田は少し悩む仕草をとってから口を開いた。


「カゲロウって虫、知ってるか」

「え? まぁ、名前だけは」


 唐突な問いかけに、龍島は戸惑いながら答えた。


「アイツらは成虫になったら口が無くなってな。モノを食べることができないんだ。そんで、眠ることもせずに1日かそこらで死ぬ」

「はぁ」

「かわいそうだと思うか」

「それは、なんだろう」

「ゴキブリならソイツより長生きする。1年か2年ぐらいは生きていける。だが嫌われものだ。なまじ体が丈夫なだけに、死ぬまで何度も叩かれるし猛毒を浴びて殺される」

「なんだい、君は虫が好きなのか?」

「嫌いだ」


 篠田は至極つまらなさそうに、興味がなさそうに続けた。


「生まれつき目が見えない奴。びっくりするぐらいブスな奴。カスみたいな親の元に生まれた奴。頭が弱い奴。両親の顔もわからない奴」

「なんなんだ、いきなり」

「どう思う?」

「は?」

「人間にも居るよな。カゲロウやゴキブリみたいな奴が。ソイツらみんな死ねば、ハッピーな奴しか残らないぞ」

「馬鹿なのか」

「お前の言ってることは、私にはそう聞こえる」


 篠田がドブに手を伸ばした。


「私の望みは、お前が死ぬことだね」


 ドブがその手を包み込む。肉が膨らむ音。猫の体が異形へと変わる。

 龍島は一度残念そうに眉を寄せて、しかし、すぐに笑った。


「君と友達になれないのは残念だけど、強者との戦いは好物だ」

「私は嫌いだね。やるなら弱い奴とやりたい」

「そりゃ残念。私は強いよ」


 龍島が拳を握り締め、腰の横に据えた。勢いのある腕の動きに服が音を立てて翻る。

 合わせて、地面から頭蓋骨のない人骨が現れた。肩に鎖を担ぎ、何かを引きずって、やがて地面からさらに大きな棺が浮かんでくる。


「変身!」


 キレのある手の動き。龍島が叫ぶとその体は棺の中に飲み込まれた。


『ご注文は』

「いつもので」

『了解』


 ドブの体が溶けるように消えると、篠田の手にモデル41が握られていた。

 龍島が飲まれた棺を睨みつける。ガタガタと激しく揺れたそれは1人でに立ち上がり、砕け散った。


「うん、始めよう」


 中から出てきた龍島の姿は、明らかに変化していた。腕には頭蓋骨を模した腕甲。胸には肋骨のような刺々しい装甲を纏っている。

 まるで人骨を継ぎ接ぎに散りばめた鎧だ。


『あれは鎧の魔法少女。死者の使い魔だね』

「ん」


 空手の構えをとる龍島に、篠田は銃口を向けた。離れた距離で2人は向かい合う。

 先に動いたのは龍島。引き金が引かれるより早く、正拳突きが放たれた。


「ハッ!」


 腕に纏った頭蓋骨の、落ち窪んだ眼窩に青い光が灯る。龍島の突きは銃声にも似た小気味いい音を鳴らした。

 何やってんだコイツ。

 篠田と龍島の距離は5m以上は離れている。当然、拳など当たる距離ではない。構わず、篠田は拳銃を放とうとした。

 が。


「は?」


 できなかった。

 骨の軋む音。見れば、篠田の右腕が本来あり得ない方向に曲がっている。


「うがあああああ!!! クソッタレ!!」


 右肩を庇いながら篠田は横にステップを踏んだ。龍島が左の突きを放つと、篠田がいた地面が大きく抉れる。


「外したか。本当は頭を狙ったつもりなんだけど」

「くそっ、くそっ、ドブ! グロックのフルオートだ!!」

『はい』


 残った左手をドブの体の中に突っ込み、篠田は新たなハンドガンを握る。右腕がどこか動かせないか確かめて、諦めた。

 油断。

 本来、あんな距離で拳を振り抜くはずがない。なのにそれをやったということは、そこには何か意味があるという事だ。敵は魔法少女。何か能力を持っているのに違いないのだから。

 相手を馬鹿にしていた。舐め腐っていた。結果として、利き腕を失った。相手の狙いが正確なら死んでいた。

 恥だ。


「いっっっっっってーなコノヤロー」


 悪態を吐く篠田を正面に見据えながら、龍島は半身で構える。左手を伸ばし標的へと向けて、右手は腰の横で力を溜めていた。

 そう、それは銃で狙いをつける姿に似てる。

 篠田が左手を上げ、龍島に狙いをつけた。

 刹那。


「シッ」


 正拳突き。咄嗟に反応した篠田が跳んで躱す。追撃の左拳。冷静に篠田が足を止めると、衝撃はあらぬ方向へ飛んでいってアスファルトにヒビを入れた。

 拳を打ち切った龍島に、篠田は銃撃を叩き込む。セミオートで数発。反応した龍島は顔の前で両腕を合わせ、装甲が弾丸を弾いた。


「やめだ」


 篠田が銃を下げた。構えを戻しながら龍島が胡乱げな目を向ける。


「どういうこと?」

「てめーを殺しても0点だろ。だったらもういい」

「それは君なりの命乞い?」

「いや。お前には殺す価値もないって事だ。どうせ殺すならお前が何点か稼いでからの方がいい」

「もしかして、ここから勝てると?」

「ああ。お前はもう楽に殺せる」


 龍島の表情から笑みが消えた。


「君の利き腕はもう使い物にならないみたいだけど」

「片腕あれば十分だ。なんなら銃撃てるなら足や口でも残ってりゃ勝てる」

「随分と舐められたものだね」

「舐めてるのはお前の方だろ」


 親指で押し上げて、篠田はグロックのセレクターをフルオートに切り替える。


「ゲームやドラマで出て来るくせに、実物なんて見た事ないから、みんな銃のこと舐め腐ってんだ」

「ほう」

「特にお前みたいな奴はそうだ。ちょっと妙な力が使えるからって、すぐにコイツを甘く見る」


 篠田は腰の前で構えた拳銃をそのまま撃った。マトモな狙いなどつけていない毎秒20発のフルオート射撃。激しくブレる銃口。デタラメな射撃法に、龍島の反応が遅れる。

 当たりっこない、そんなもの。

 防御を捨て、龍島は歯を食いしばった。散らばった銃弾の1つが前に出した左腕に当たり、前腕の肉をグチャグチャに引き裂く。

 1マガジン撃ちきってグロックのスライドが開いた。グリップの側面にあるボタンを押して、空のマガジンを排出する。


「ドブ。ロングマガジン」

「ナメるなっ!!」


 篠田がリロードする前に龍島が右腕を振り抜く。凄まじい破壊力を持つ衝撃波はしゃがんで躱されて、近くにあった観葉樹を薙ぎ倒した。

 ドブの口から差し出される長いマガジンを直接グロックに叩き込んで、篠田は口でスライドを引いた。


「くっ」


 即座に左腕を振ろうとした龍島だったが、破壊された前腕では上手く拳を握ることができない。顔を歪ませながら防御の姿勢を取る。

 連射。

 再び銃弾の雨が降り注ぎ、龍島の体を打ち付ける。数にして31発の弾丸。その多くは見当違いの方に飛んでいったが、その内の1つが鎧をすり抜けて脇腹に当たった。

 柔らかい内臓に当たって横転し、失速した拳銃弾が龍島を破壊する。体の内から何かが込み上がってきて、ゴフッと、口から出てきたものは真っ赤な血だった。

 あんな戦い方があるか。

 龍島が銃撃より早く拳を放っていたのは、篠田がちゃんと狙いをつけようとしていたからだ。

 真っ直ぐ構え、照門と敵を合わせ、銃口がブレないように引き金を引く。

 こうして初めて銃は銃としての役割を果たす。

 しかしどうだ、あんな狙いすらつけずに弾をバラ撒くだけバラ撒いて、それで当たったらラッキーみたいな。

 そんな技術もへったくれもない戦い方があるか。


「ドブ。次」


 篠田の声が龍島に届く。リロードする気だ。

 こんなアホみたいな戦い方に負けるぐらいなら、と。龍島は覚悟を決めた。


「うおおおお!!」


 体を大きく回して、龍島は左腕で地面を叩いた。魔力のこもった一撃。既に限界を迎えていた腕が千切れ飛ぶ。

 アスファルトを抉り、樹を薙ぎ倒す力。その反動で、龍島の体は大きく加速した。

 掻き消えたと見まごうほどの素早い移動。巨大な弾丸となった龍島が篠田に迫る。

 振り抜かれる右の拳。鳩尾を狙った正拳突きは、篠田の左手に受け流された。


「えっ」


 驚くのも束の間、攻撃を避けたそのままに篠田の手が龍島の襟を掴む。流れるように体を内側に入れ、龍島の足を払うと、彼女の体はフワリと浮いた。

 片手一本背負い。鮮やかに、龍島の体はアスファルトに叩きつけられる。

 あまりの衝撃に呼吸すらままならない龍島の鳩尾を、篠田は勢いよく踏みつけた。


「やっ、やめっ、はっ、はっ、げふっ」

「お前の技がどんだけ強くて、お前の拳が鉄すら砕ける威力だろうが、当たらなけりゃ意味ないんだよ」


 足の上に肘を置いて、ゆっくりと体重をかける。龍島の顔が苦しそうに歪んで、咳き込むのに合わせて血を吐いた。そうして吐いた血が喉に詰まって、ゴポゴポと嫌な音がなる。

 品のない奴だな。と篠田は顔を顰めた。


「銃ってのはそこがいい。アホが撃っても数撃ちゃ当たるからな。簡単だ。簡単ってのはいい」


 篠田の足元にドブが歩み寄る。軽いアイコンタクトで、ドブは猫の姿から銃を生み出す肉塊へと変わった。

 左手を包み込む。


「まぁ何が言いたいかって、お前が大層な願いを持っていようが、それがどれだけ尊くて実現の難しい願いだろうが、私に負けてちゃ世話ねーなって事だ」


 ドブが溶けた。

 現れたのはリボルバー。篠田がシリンダーを開いて、その表情を醜く歪ませる。

 笑顔に。


「ドブ、お前も趣味が悪いよなー」

『僕はただ、君の願いに答えただけだよ』

「そうか。まぁ、そういう事なら100点だ」


 ゾラキR1。

 一見して何の変哲も無い普通のリボルバーだが、そこに込められた弾丸は4mm。世界最弱と言っても過言ではないハンドガンだ。


「確か、100点くれてやれば死んでくれるんだったか? じゃあやるよ、私の100点」


 反応の薄くなった龍島の頭に、小さな弾丸が撃ち込まれる。


「うあっ」


 小さく声を上げて、龍島の体が痙攣する。こんな威力の弾丸では頭蓋骨すら貫けないだろうが、龍島のかすかな震えは仮にも頭に銃弾を受けた恐怖からか。

 どうやら今まさに死ぬその間際でも、人は死が怖いらしい。


「そういや虫の話もしたよな。知ってるか。アゲハ蝶って居るだろ。あのキレイな奴。あれもさ、幼虫から成虫になれるのは精々1%ぐらいだってよ。そんなもんだよな」


 真夜中に、小さな銃声が何度も何度も響いて、やがて止んだ。

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