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 少女が1人。ネオンが眩しい夜の繁華街を歩く。

 短く切った暗い茶髪と鋭い相貌。耳には幾つものピアスをつけていて、野暮ったいパーカーを制服の上に羽織っている。

 あまりメイクもしていない、化粧っ気のない格好だが、それでも彼女はハッとするような整った顔をしていた。

 彼女の歩みに合わせて、黒白のぶち猫が少し後ろをついてくる。


「あっ、君、これ落とし物」


 背後から声をかけられて、少女は立ち止まった。振り返ると、チャラい格好をした男が2人、にやつき顔で迫ってくる。

 手にはボロボロの財布が握られていた。少女の目がスッと細くなる。


「それ、私のじゃないけど」

「あれ、そうだった? おかしいな君が落としたように見えたけど。そうだ、名前教えてよ。中見ればそれでわかるかも」

「まだ私に話しかけるようなバカが居たなんてなぁ」

「ん? なんて?」


 少女は軽くため息をついて、男たちを睨め上げた。


「篠田誠」

「へぇー、マコトちゃんね、ありがとう」

「マジか、おい」


 名前を聞いた、その反応は2つに分かれた。片方はわざとらしく財布を開こうとして、もう片方が肩を掴んでそれを止める。


「なんだよ」

「ワカンねぇのか、篠田だぞ。そこのマコトって言ったらお前」

「は? まさかヤクザの?」

「用がないなら、帰るけど」


 篠田がそう呼びかけると、男たちは引き攣った顔で振り向いた。


「その、わかりました。呼び止めてすんません」

「ん。そういや思い出したけど、その財布やっぱ私のだわ。ありがとね」

「えっと、はい」


 男の手から財布を奪って、篠田はまた歩き始めた。やがて、ついてきている猫が立ち止まり、顔を洗う仕草をする。


『魔力の反応だ。近くに魔法少女がいる』

「わかってるよ。ドブ」


 自分にしか聞こえない呼びかけに、篠田は面倒臭そうに答える。


『近くに人の少ない公園があるね。そこにしようか』

「おう」


 勝手に歩き始めた猫を、今度は篠田が追いかける。

 男たちから奪った財布を開くと、そこには金も身分証も入っていなかった。





『ここだね』




 特に遊具も何もない、ベンチが置いてあるだけの公園。寄り添うように座る男女が数人と、広場の中央に一人、異質な雰囲気を持って佇む少女がいる。


「あれか」


 篠田はそれを睨みつけて、足早に歩み寄った。

 簡素なシャツとパンツの色気がない服装、手には長い杖を持っている。その杖にどこか見覚えがあって、篠田はそれが視覚障害者が使う白杖だと思い出した。

 見れば、少女の瞼はずっと伏せられている。


「よう」


 少女と5歩分ほど離れた距離を保ち、話しかける。


「あら、どうも」

「アンタ、魔法少女だな」

「ええ。そういう貴方も」

「だから話しかけた」

「そうでしょうね」


 放つ敵意が空気をピリつかせる。


「私は篠田。アンタは」

「霧崎と申します」

「アンタの願いはなんだ」

「先に篠田さんの方から教えてください」

「私はヤクザの娘でな。生まれ直したいんだ。普通の生活がしたい」

「なるほど、普通の生活ですか。私も最初は同じでした」


 篠田が首を傾げると、霧崎はフフ、と笑った。


「私は生まれつき目が見えなかったので、目が見えるようにして欲しかったのですが、魔法少女になったら見えるようになったんです。だから、もういいかなって」

「願いがないならなんで魔法少女なんかやってるんだよ」

「ええ、ですから。願いを変えることにしたんです。もう私の目は見えるので、どうせなら世界中の皆さんの目が見えないようになればいいなと」

「ああ、そう。可哀想なフリしてちゃんとカスなんだな。助かる」

「貴方も同じでしょう」


 篠田が足元の猫に。霧崎は夜空に向かって手を伸ばす。

 魔法少女の、その魔力の源は感情にある。大きな感情が大きな魔力を生み出し、少女たちに力を与える。

 だが得てして人は、特に現実では叶えられないような超常の願いを持つ少女たちは、まっすぐな感情より負の感情を持ちやすい。

 侮蔑。敵意。愉悦。

 相手の願いを踏み躙ってでも自分の願いを叶えたい。それは歪み切った感情そのものだ。


「来い。ドブ」


 篠田の命令に合わせて、猫の体がブルブルと震える。膨らむ。クワッと開かれた目は激しく裂け、大きな口のように1つに混じった。そうしてできた大きな目が、やがて篠田の右手を包み込む。


『ご注文は』

「モデル41」

『了解』


 猫の腹が大きく開いた。溢れる臓物の中からサイレンサー、ホロサイトなどのパーツが現れる。篠田が目から右手を引き抜くと、その手には細身の拳銃が握られていた。

 銃の魔法少女。篠田とその使い魔たる『ドブ』は任意の拳銃と弾丸を生成できる。


「仰せのままに。ご主人様」


 対して、霧崎は夜空に願った。

 現れたのは黒い影と、それに繋がった巨大な人の手。やがてそれは、いつの間にか握っていた棒を、4拍子のリズムで振り始める。

 それに応えるように、霧崎は体を揺らし始めた。何かに引っ張られているような不自然なステップ。4小節振り終えたところで、手の動きが止まる。糸が切れたように霧崎も動かなくなった。

 大きな手が降りてきて、彼女に指揮棒を手渡す。それを引き抜くと、中から抜き身の刃が現れた。


『あれは刀の魔法少女。指揮者の使い魔だね』

「ん」


 何処から声を出しているのか、ぐずぐずの肉塊になったドブが語りかける。篠崎は軽く返事をした。

 2人の体を薄い膜が覆う。魔力を持たない者達からの認識を阻害する魔法。

 これで周りの目を気にする事なく殺し合いに集中できる。


「いつでもい」


 銃声。

 霧崎が言葉を言い切る前に、篠田は引き金を引いた。眉間を狙った弾は首を傾げる事でかわされる。

 続けて数発。放った弾丸は全て、軽い体重移動だけで回避された。


「ダリィなぁ」


 篠田の顔が渋くなる。霧崎の両目は閉じたままだ。何かの魔法や能力で篠田の動きを把握して、銃弾を避けている。

 未来が見えるのか、それに近しい能力。篠田はそう当たりをつけた。


「動きが人間なら数撃ちゃ死ぬだろ」


 モデル41。篠田の握る拳銃は、22ロングライフル弾を使う扱いやすいものだ。

 小さな反動。抜群に良いトリガーのキレ。

 曰く、22ロングライフル弾は「世界で最も人を殺した弾」だ。

 連射。火薬が爆ぜる音が絶え間なく空気を揺らす。


「おやおや」


 最初の数発を軽いステップで躱した霧崎だったが、たまらず空中に跳び上がった。月の光を刀の影が覆う。

 篠田がそこへ狙いを移した。発砲。続けて2発。マガジンが空になって、銃のスライドが後ろに下がったまま止まる。

 白刃が煌めく。銃弾の1つが刀によって弾かれた。

 残った1つは太ももを貫き、穴を空ける。霧崎の顔が痛みに歪んだ。

 だがその程度では致命傷ではない。


「ドブ!」

『はい』


 呼びかけると、大きな猫の姿に戻ったドブが口からマガジンを吐き出した。それを受け取り、リロードに入る。

 霧崎が着地した。同時に深く体を沈める。

 銃声にも似た豪快な音。それはしかし、霧崎が地面を蹴った音だ。


「クソがっ」


 篠田が倒れるように横に転がる。先ほどまで彼女の首があった場所を、鋭い刃が駆け抜けた。

 回避すら読んでいたのだろうか、すぐに霧崎は体をひねり追撃の姿勢を取る。が、傷が痛むのだろう。力を込めた太ももから血が噴き出して、一瞬動きが遅れた。

 その隙を逃さずに篠田がリロードを済ませる。2人はまた静かに睨み合った。

 先に1発当てていなければ死んでいたのは篠田の方だ。


「ふぅー」


 深く息を吐き出し、霧崎の眉間へと狙いを澄ませた。

 恐らくコイツの能力は未来視じゃない。

 篠田は考える。

 本当に未来が見えているのであれば銃弾が当たることはないし、篠田を取り逃がすこともない筈だ。それを予期して動けば良いのだから。篠田が横に転がって躱すのがわかっていれば、無様に地面に転がったそこを狙って斬り殺せばいい。

 それとは別の能力。例えば相手の思考を読む、だとか相手の筋肉の動きがわかる程の視力がある。それに魔力で強化された反射神経を使って、銃弾に反応するほどの力を得ている。

 それなら。


「今度はアタシも何処で弾が出るかわからないから、よろしく」

「はい?」


 笑みの混ざった言葉に、霧崎は初めて不機嫌そうな返事をした。

 そしてすぐにその言葉の意味を知る。

 篠田は少しずつ、ゆっくりと指に力を込め始めた。引き金が絞られていく。

 考えを読もうが力みが分かろうが無意味だ。どこまで引ききれば銃弾が放たれるか、篠田自身もわからないのだから。

 ただ狙いだけはしっかりと霧崎に向けられている。


「考えましたね」

「そりゃあ、ね」


 覚悟を決めたのか、霧崎が刀を構え直す。体を半身に、刀の腹を篠田に向けるような構え。

 体の全部を隠したわけではないが、心臓や脳は刀身に守られている。四肢に命中しても死にはしないことは、先ほどの1発でわかっていた。


「行きます」


 霧崎が地面を蹴った。猛烈に迫る影に、篠田はありったけの銃弾を叩き込む。

 金属が金属を弾く音。肉を抉る音。命中した弾丸の1つが霧崎の指を3つほど消し飛ばすが、それでも彼女は止まらない。

 ガチャッというスライドが止まる音は、死神が得物を構える姿を連想させた。

 使えなくなった拳銃を篠田は放り捨てる。


「ドブ! サンダー!」

「貰います!」


 霧崎が上段に刀を構える。それと、篠田の手に新たな拳銃が握られたのは同時だった。

 振り下ろす。合わせて、篠田が銃を構えて撃つ。

 轟音。

 砂煙が2人を覆う。


「ぐ、がああああ!! ちくしょう、腕が」


 最初に聞こえたのは、篠田の呻き声だった。土の上に倒れ込みながら、右腕を押さえている。

 その手に握られているのはサンダー。対物ライフルの弾丸を使う拳銃。

 近くに、もう1人分の影が倒れていた。

 右の上半身が吹き飛んでいる霧崎の死体。途中でひしゃげて折れた刀が、無残にも土に突き刺さっている。

 目が開いているのは、死の間際に何かを見たからだろうか。

 やがて空から降りてきた大きな手が、霧崎の死体を持ち上げ何処かに運んで行った。


『おめでとう。篠田』


 猫の姿のドブが篠田へと歩み寄り、語りかける。


「あ? 何言ってるのか聞こえねぇよ。全く、耳と右腕がイカれた。こんなもん2度と撃つもんか」

『そうだね。でも君は勝った。傷を治そう』


 ドブがペロリと篠田の手を舐めると、緑がかった暖かな光が彼女を覆った。

 回復した篠田がゆっくりと立ち上がる。


「ふぅ。で、奴は何点持ってた」

『514だね』

「随分と他の奴らを殺してたみたいだな。まぁ強かったから納得だけど」


 再びドブの目が1つに集まって、大きなモニターになった。そこに2545という数字が表示され、後から514が加算される。


『今は3059だ』

「ん」

『目標の生まれ変わり。10000点まで遠いね』

「遠くねぇよ。さっきみたいなのを14人殺せばいいんだろ」

『もっと強い魔法少女なら、もっと早いね』

「違いねぇ」


 不要になった拳銃を捨てると、ドブがそれを飲み込んだ。

 篠田は変身を解き夜の街に消える。

 殺し合いは続く。

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