眼
親戚のおじいさんが存命していた頃に聞いた話
おじいさんが子どもの頃、友達一同で近くのお寺で遊んでいた時のこと。
あまり広くない境内と広めの墓地が隣接していたそのお寺では、遊ぶにも少し制限があったという
まず、墓地で遊ぶのは禁止。
境内でも隣家が近いから、必要以上に騒ぐのもご法度だったという。
しかし、回りは田んぼばかりで遊ぶにも遊び場が少ない。
仕方なく、そのお寺で遊ぶのが日常になっていた。
ある夏の日のこと。
いつものようにお寺の境内であそんでいたおじいさん達は「かくれんぼ」を始めることにした。
とはいえ、狭い境内の中。
隠れ場所は限られている。
そこで話し合いの結果出されたのが、墓場での「きもだめしかくれんぼ」だ。
何のことはない、隠れ場所を境内だけに制限せず、墓場まで開放するだけなのだが、前述の通り、これは本来禁止されている「墓場で遊ぶな」というルールを無視することになる。
そのため、反対の声も上がったが、結局は「弱虫扱いされる」ことが嫌で、言い出しっぺに押し切られる形で始まってしまった。
そうして、なし崩し的に始まった「かくれんぼ」
その時、おじいさんは隠れる方になった。
さて、墓地と言っても、その当時は現代の墓地や霊園のように整然とした区画割りがされていたわけではない。
また、ちゃんとした墓石ではなく、木製の墓標が用いられたりしていた。
そんな感じだから、隠れることができる範囲は広がりはしたが、身を隠す場所が劇的に増えたわけでは無い。
時間は夕暮れ時。
もう日も落ちかける時間だが、それでも隠れる側が有利になることはなさそうだった。
「もういいかーい?」
かくれんぼの常として、鬼役の子がそう尋ねる。
すると、
「まーだだよ」
「まーだだよ」
「もういいよ」
あちこちから隠れた子達の声が上がる。
それが「もういいよ」だけになった時、鬼の子が動き始めた。
それを察しながら、おじいさんは本堂の縁の下に隠れたという。
そこはある意味、穴場だった。
田舎のお寺で遊んだことがある人なら分かるだろうが、お寺の縁の下はちょっとした「異界」だ。
神仏の足の下、息を潜めているという非日常と暗闇の世界。
おまけに、無数の虫も蠢いている。
それだけに何か得体の知れないモノが潜んでいそうで、ちょっとしたスリルだ。
だから、あまり好んで隠れようという者もいない。
ゆえに、おじいさんは隠れる場所として絶対の自信があったという。
そんな中で息を潜めていると、鬼の子が、
「○○見ぃつけた!」
と声を張り上げるのが聞こえる。
案の定、隠れ場所に乏しい空間であったため、鬼の子は快調に隠れている子ども達を見つけ出しつつあった。
「○○見ぃつけた!」
また誰かが見つかった。
そうして、鬼の子の声がどんどん途切れいく中、おじいさんは遂に最後の一人になったという。
辺りも暗くなる中、鬼の子の声が焦り出す。
それでも、おじいさんは有頂天になって隠れ続けていた。
きっと、自分は最も長く隠れ、最も度胸がある子として、誉めそやされるだろう。
そう思いつつ「そろそろ出て行ってやるか」と思った時である。
ふと、おじいさんは背後に視線を感じた。
そして、振り向いて凍りついた。
おじいさんが隠れていた縁の下は、本堂に上がるための木製の階段が設けられており、そこには無数の木の節穴から漏れる夕日の残光が漏れていた。
その節穴の一つに、ギョロリとした黄色く濁った眼が覗き込んでいるではないか。
一瞬「見つかった」と思ったおじいさんだったが、次の瞬間、
「ここにいたぁ」
という、大きく野太い男の声を耳にした途端、全身が総毛立ったという。
そして、気付いたら縁の下から這い出し、後ろも見ずに全力でみんなの元へと逃げて行った。
そして、自分を探す仲間の子ども達を急かし、家まで一目散に帰っていったそうだ。
後日談。
結局、その眼の主は分からずしまいだったという。
もしかしたら、寺に居ついていたホームレスか何かだったのかも知れない。
それが、子どもの頃の記憶の中で、過大に印象付けられたのかも知れない。
しかし、おじさんはこう言う。
「あの目と声は、絶対に人間じゃなかった」
そのお寺も、墓場も今は区画整理され、昔日の面影はもうないという。