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#30.遭遇

「相変わらずかび臭そうな街ね、ここは」

 ロンデバリィの門をくぐるなりフェリシアは毒づいた。

「しばらくここで調べ物をしよう。この都市には埃を被っている本がまだあると聞く。その中に揺り籠に関する記述があるかもしれない」

 アヤジはそういうと慣れた感じで道をずんずんと歩いていく。

「まぁこの街じゃ教会の権力も薄いだろうし、その辺をぶらつくよりかはよっぽど安全でしょうね」

 言いつつフェリシアもアヤジの後ろに付いていく。その後ろをフォレンティーナが歩き、そしてジェリコが続く。

 アイトラの西方に位置している街、ロンデバリィ。世界四大学都の一つで、ここでは著名な学者が多数留まり日夜研究に熱を入れている。歴史の街や本の街とも呼ばれ、街のあちこちに図書館が乱立し、世界各国、宗教や言語を超えたありとあらゆる本が集まっている。世界的に有名な歴史学者、トラベラーと呼ばれたアィーチェ・イカトゥという人間がこの街を作り上げたらしい。

 世界の様々な情報を集め平等に公開しているという特徴のせいか、十字教会の力もこの街ではあまり行使できないようになっている。『偏った勢力を生み出さない』のがこの街の大きな特徴の一つだ。ある意味では無法地帯だと思われる者も居るが、もともと住んでいる人間が血気盛んな人間ではないため、あまり騒動なども起きない。ここはあくまで知識を深め、あらたな技術や法則を発見する場所なので、住む人間もその辺りを弁えているという事なのだと思う。

「そういえばジェリコ」

 唐突に前を歩くフォレンティーナが話しかけてきた。

「この街にはモンテロッソとジョルジョが学校に通っているそうよ。以前シンリーから手紙を貰ったときは、モンテロッソはやっぱり医者を目指していて、ジョルジョは政治の勉強をしているらしいわ」

「モンテロッソにジョルジョ、それにシンリーか。懐かしいな。みんな元気かな」

 結局モンツァでシンリーと再会することは出来なかった。ダニエラは皆元気だと言っていたから、おそらく元気で暮らしているのだとは思うが、それとは別な意味でやはり旧友と再び会って話がしたくなるのは、彼らのことは自分の中で血となり肉となり、切っては切れない関係になっているからなのだと思う。

「きっと元気でしょう。なんなら会いに行けばいいじゃない。アヤジさん、これからは別行動を取るのはどう?この街では十字教会はまず動けないわ。せいぜい私たちに脅威となるのは単独で行動してくる魔術師や錬金術師、もしくはその他の勢力ということになる。いずれにせよ、団体で活動してくる者はいないでしょう。この街の管理体制はアヤジさんもご存知よね」

「ああ。無数の本を取り扱っている以上、監視の眼は世界的にも非常に高いレベルのものだ。聞くところによると、一般人には秘密で監視の魔術を街全体に施しているらしい。俺もこの街で騒動が起きたというのは未だ聞いたことが無い。故に別行動と言うのも構わないぞ。しばらくは図書館にこもるつもりだからな。仲間に会いに行きたければ行くがいい。ただし、エメには付いていってもらうぞ。寝泊りする場所もエメに聞け。世話になっているところがあるから話をつけておこう」

 ではな、といってアヤジは一人路を外れて歩いていく。本当に別行動を取るらしい。あれほどジェリコの命を気にしていたアヤジがこうまであっさりと離れていくと言うことは、本当にこの街では争いが起きないということなのか。

「あたしもちょっとぶらつくわ。たまには本に埋もれるのも悪く無いし」

 じゃあ、といってアヤジとは別の方向に外れていくフェリシア。また一人、離れていく。

 後に残ったのはフォレンティーナ、エメ、リュドリヤの女傑三人。なんとなく、空気が重い。

 しかしそんなことはその内慣れるだろう。とりあえず、いつもより少し羽を伸ばしながら、街を歩こう。

 ジェリコは先頭に立つと適当な路に足を踏み入れる。左右に連なる石造りの建物を歩きながら建物の状態を観察していた。絵を描く際の材料にするためである。影の付き方、コケの生え方、風化の仕方など、同じ石造りの建物でも地域によってその状態は千差万別である。

「どうするジェリコ。ジョルジョたちに会いに行ってみる?」

「会いに行きたいけど、どこの学校か分かるの?それにまだ授業中だろうし、会いに行くならば夕方に行こう」

「分かったわ。なら私はどこの学校に通っているのか調べておくわ。私も少し寄りたい所があるし、夕方にまたこの辺りで合流しましょう」

「わかった。でも調べるって、一体どうやって」

「仕事柄、調査をするのは得意なのよ。それじゃあね。気をつけてね、ジェリコ」

 フォレンティーナはそういうと帽子を被り直し、外套を翻してジェリコから離れていく。詮索するのは趣味じゃないのであえてどこへ行くのか聞かなかったが、相変わらずフォレンティーナは謎が多い。出身地も不明だし、両親に関することもよく分かっていない。極端な話素性が知れてないのである。それも孤児院にいた頃から。しかしなぜか彼女はジェリコ達の輪に必ずおり、そしてジェリコ自身も彼女が居ることに対して不安を感じることは無かった。不思議な魂の繋がりを感じるのである。根拠の無い話ではあるが。

「主よ。我々はどうしましょう。街を探索するか、本を読むか」

 フォレンティーナの小さくなった背中を見ていると、リュドリヤが話しかけてきた。

「そうだな……。エメはどこか寄りたいところってあるの?」

「……」

 エメは首を左右に振る。本当に寄りたいところは無いのだろうか。

「本当に?僕はこの街のことを詳しく知らないし、エメが寄りたい場所があるならそこへ行こうと思ったんだけど」

 しかしエメは首を横に振る。おそらく、これ以上言ってもらちが明かないだろう。ジェリコはそう判断した。

「だったら適当な図書館に入ろう。面白い本があるかもしれない」

 ジェリコは図書館に入って無駄な体力を使わないことにした。それにいつも結界を張り巡らせてエメは疲れているはずだ。あちこち無駄に歩いて神経を使わせるよりも一箇所に留まってゆっくりしていた方がエメも楽だろう。本もたくさんあるし夕方まで時間を潰すことも難くない。

 一行は路地を再び歩き始めた。過ぎ行く町並みと人並みを眺めながら、風にのった乾いた香りが鼻腔をくすぐる。学術都市というだけあり、辺りの人間は小難しい顔をした学者のようなものが多かった。制服のようなものを纏った小さい子共は学生だろう。皆なんとなく賢そうな顔をしている。

 そんな景色を眺めながら少し経つと、向こうの方に大きな建物が見えてきた。遠くに見える入り口からは多くの人が出入りしている。きっと図書館だろう。

 近くまで来て見ると建物は予想以上に大きいことに気がつく。四階建てほどだろうか。門の前には「第三総合書館」と書かれた彫り物が置いてある。

 ジェリコ達は中へ入ると受付で署名して首にかける札をもらい、早速中を散策し始める。

 ジェリコは上へと続く階段の近くに各階の説明が書かれた札が置いてあるのを発見した。

「一階は社会学や歴史学、科学や自然――四階は芸術か。四階へ行こう」

 エメとリュドリヤは無言で頷くとジェリコの後を付いて来る。結構特殊な面子故に周囲からの視線が少々痛いが、どうしようもないのでジェリコは気にしないことにした。

 長い階段を昇り、四階へ到着すると、周囲には無数の棚が整列しており、まさに活字の海という風な印象を受けた。窓辺には机と椅子がたくさん並べられており、学者や学生らしき者が熱心に読書に耽っている。ジェリコは一通り周囲を見回すと、奥の方の棚に芸術・哲学と書かれた札を発見した。あの辺りに目的の本がありそうである。

 ジェリコは仲間たちの方を向いた。各々興味のありそうな分野の方角を向いているような気がした。

「この辺で解散しよう。適当な時間になったらフォレンティーナと合流しよう」

 ジェリコの言葉にエメとリュドリヤは頷き、それぞれ思い思いの本棚へと歩いて行った。ジェリコもその光景を特に気にすることなく、目的の棚へと向かう。

 年季の入った本棚には、年季に入った本がずらりと並べられていた。背表紙の色も様々であり、どことなく顔料を並べられた画材屋の棚が思い浮かばれた。

 ジェリコは画材を選り好みするときのように上から下までじっくり眺めつつ、興味の引かれる本を探した。色々な本がある。絵画の歴史の本。それぞれの時代で必要とされた主義について書かれた本。商業絵画と芸術絵画の違いについての本。色彩の特性について書かれた本など。どれもこれも興味が引かれた。できることならば一冊ずつここにある本をすべて読破したいくらいである。

 ――どつっ。

 舐るように本を見回していると、突然何かにぶつかった。前方がおろそかになっていたせいか。

「す、すみません」

 反射的にジェリコは相手に頭を下げた。相手は「気にすることは無い」と言うと、「私も本に集中していて気づかなかった。申し訳ない」と言ってきた。ジェリコは顔を上げ、相手の姿を見る。

 長い金髪を一本に結い、端正な顔立ちは窓から差し込む明かりに深く照らされていた。濃い緑の服を纏い、長身から発せられた声はユーリー程ではないが低く落ち着いた声だった。極めて穏やか――いやむしろ透明、どこまでも遠くを見つめていそうな緑色の両目には、底知れぬ気配を感じられた。真っ黒な瞳に見透かされると殺気とは違うまた別の気配――覇気とでもいうのだろうか――に気圧されて身体が動かなくなりそうだった。

 ――只者ではない。ジェリコの直感はそう告げていた。

 長身の男はジェリコから本へ目を戻すと、一呼吸置いて本を閉じ、そのままゆっくりと向こうの方へと歩いて行った。

 長身の男が向こうの方へ行く間、顔にこそ出さないでいたが、ジェリコは内心心臓が爆発しそうだった。

 長身の男が読んでいた本のタイトルは、魔術的絵画という本だった。もしかして長身の男は魔術師なのか。

 彼から発せられる気配はアヤジやユーリー、リュドリヤ等と同じ色の気配を感じた。いや、むしろ臭いという言葉の方が相応しい。彼らの内にはどろどろとした、蠢く力の胎動があり、それが気配となって周囲にまき散らしている。決して嫌なものではないが、できるだけ近づきたくは無い気配。それと同じ空気を長身の男から感じた。

 あまりにも短絡的過ぎる発想だが、最近そういう連中との絡みが多いため嫌でもそういう風に考えてしまう。できれば杞憂でありたいものである。

 それにしても一体何者なのだろうか。この辺りの本棚にいたと言うことは絵に関心があるのだろう。アドリアンのような画商か、はたまた画家か。身なりも礼儀もしっかりしているところから、絵画集めを趣味にしている良家の貴族かもしれない。いずれにせよ、謎は解明できない。

「主よ、何かございましたか」

 突如後ろからリュドリヤに話しかけられた。不意打ちだったため思わず「うわっ」と驚いたジェリコである。音も無く忍び寄らないで欲しい。リュドリヤはジェリコの顔を大きな瞳で覗くと「なにやら難しい顔をしていますが、何か」と話を続ける。相変わらず綺麗な顔をしていると思いつつ、どうやら自分は知らぬ内に眉間に皺を寄せていたらしい。ジェリコは「何でもないよ」と答えると、黄色い背表紙の本がふと目に入ったため、それを無造作に手に取った。「模様と文化の遍歴」という本。それを持って机の方へ向かう。

「主よ。なかなか面白そうな本を手に取りましたね。魔術と模様は実に関連性の在る分野です。本の内容に合わせて刻印や魔方陣についてご説明致しましょう」

 後ろから話しかけてきたリュドリヤに対してジェリコは背中で返事をする。

「助かるよリュドリヤ。けど、あまり魔術と言う言葉を使わないで欲しいな」

「他人の目があるからですか?それはすでに心得ておりますが」

「ああ、まぁそうなんだけど……」

 魔術師のような男がいるから、という言葉をジェリコは呑み込んだ。言えば、おそらくリュドリヤは偵察に行ってしまうだろう。長身の男は敵対勢力ではないとは思うが、そこで何かしらの事態に発展する可能性が無くも無い。無駄な心配や結果をこんな場所で生みたく無いし、産む必要性は皆無だろう。やはりジェリコは黙っておくことにした。

 窓辺に着き、人気の少ない隅っこの方で場所を確保するとようやく腰を下ろした。隣にはリュドリヤがいる。

 ジェリコは左手で頬杖をつくと本を開き、無駄な考えを払拭するように活字を読み始めた。


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