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#25.混ざる自分

夕食を食べ終えた後それぞれ解散となった。アヤジとヘミングウェイ、フェリシアは地下室へ。エメとフォレンティーナ、リュドリヤは暖炉で寛ぎ、ユーリーは行方不明。旅に疲れたジェリコはさっさと寝ることにし、暖炉の前で横になって静かに目を閉じていた。そして先ほどの夕食の出来事を思い出す。

 夕食は材料の関係でパンとシチューという簡単なものだった。料理が得意とヘミングウェイが言っていた割には下手くそだったので、ほとんどジェリコが作ってしまった。ベルナンドの動きをいつも見ていたし、夜食を自分で作ることもあったのでジェリコは料理が出来るのである。

 そして奇妙な面子で食事をしているときの話題はもっぱらリュドリヤへの質問攻めであった。いつまで経っても心が穏やかにならないというか、和やかという言葉から程遠い話ばかりでジェリコは少しうんざりしていた。おまけに長い。昔話は嫌いではないがジェリコにとっていささか長すぎであった。

 しかしその中でもジェリコの興味を注ぎ、理解できた話もいくつかあった。

 まず仕族という存在。遥か昔、魔族と神族は仕族という一つの種族であった。仕族は天界という空の上のさらに上にある所に住み、世界を構築する『歯車』(とリュドリヤは言っていた)である人間を監視・管理する役目を持っているらしい。また、創造主という絶対者から強い恩恵を受けており、仕族は時に人を助け、時には人を殺し、時には人の歴史を動かすようなことをしていたそうだ。

 しかしあるとき仕族の中で人を管理する――ある意味人という自分たちと似た存在を弄ぶことに異を唱えたものが現れた。いわゆる堕天、魔族の発祥である。魔族はこの完璧に構成され、動かされている『この世』に疑問を抱き、なぜ『この世』があるのか、なぜ創造主は『この世』を創ったのかを探る存在となった。

 やがて堕天しなかった仕族が、実質同族である魔族を世界の均衡を破る存在であると危惧し始めた。そして今で言う神族と魔族が争いを始めたが、魔族と神族はまったく同能力であるため決着は付かなかった。

 そこで魔族は人に目をつけた。『この世』を構築している人という存在は、あらゆる『可能性』を内包しているとうことであり、その能力は未知数であると気づいたのだ。同じように気づいた神族も魔族と同様に人に接触し始め、力と力のぶつかり合いから今度は人の数取り合戦が始まったそうだ。

 魔族も人も神族も立場や住む世界こそ違っていても、同じ生命体であることには変わりは無いということを利用し、創造主から与えられた種族の枠を超える可能性を考え種族間の血も混ざり始めたそうだ。つまりこの頃から『この世』は混乱、破綻し始めた。

 いつかフェリシアが言っていた『先祖返り』とは、この辺りが原点なのだろう。リュドリヤ曰くジェリコは悪魔だそうから、ジェリコの祖先は魔族だといえる。

 かくして創造主が作った規律が破綻し始めた『この世』は、あくまで創造主の命令を維持し続けようとする神族と、それに疑問を抱き時には破壊して創造主の目的を知ろうとする魔族と、仕族の混乱に巻き込まれどっちつかずの存在に変えられてしまった人の三つの世界に変貌したのだった――と、言うのがジェリコの理解した話の一つ。

 次いで話しに上がったのがエロドゥエッテというジェリコの原点ともいう存在に関するものだ。

 エロドゥエッテが堕天した理由は、仕族して与えられた役割に嫌気が差したからだそうだ。   

 まず、仕族には一人一人かなり強力な『権力』が与えられている。それを用いることによって人を管理し、仕族同士での役割分担がされている。

 しかしその権力は絶対的ではなく、権力同士がある程度の干渉をすることが出来る。複雑な人の世界を管理していくため、また仕族同士で協力できるようにするために絶対権力では無いらしい。

 その中でエロドゥエッテは『使役』の役割を与えられていた。人、物、事象、あらゆるものに命令を与えられる力。仕族の中でも重要な存在であったそうだ。

 エロドゥエッテは堕天した後、あくまで自分の能力を行使せず魔族という立場でありながら神族と魔族の中立を維持していたそうだ。なぜなら自分の能力はある意味運命を無理やり決定させるものであり、そのことに対してかなり心的疲労が募っていたから、とリュドリヤは語っていた。ジェリコはそんな話を聞いていながら、なぜ創造主は仕族に感情を持たせたのだろうと疑問に思ったが、創造主なんてものの気持ちなど分かるわけもないか、と考えるのをやめた。

 堕天した当時エロドゥエッテは何人とも接触せずひっそりと暮らしており、長い間孤独に苛んでいたそうだ。そこでエロドゥエッテは自分の能力を遣って仲間を作った。その最初がリュドリヤ。ちなみに魔界というものが構築された後にエロドゥエッテは堕天していたので、魔界独自の生命体がいくつか存在していたらしい。その一つであるマレオパードという魔獣をエロドゥエッテは選んだ。理由は『いつでも傍に居てほしい』という悪魔らしからぬ理由であり、マレオパードは人の世でいう犬のような性格に当たる存在であったため選ばれた。そのことを聞いたジェリコは軽く衝撃を受けた。

 エロドゥエッテが使い魔を創ると、その使い魔となる前の能力とは別に強力な『異能力』が与えられる。これはエロドゥエッテの『あらゆる事象、人、物に対する命令権』という存在価値を分けて使い魔を作るため起こる現象であるからだそうだ。『様々なことを起こさせる命令権』とは『さまざまな事を起こさせる為の現象を内包している』らしく、そこから派生した使い魔であるから故に、『異能力』を持った使い魔を生み出せるということらしい。ジェリコはよく分からないが。ちなみにその能力は生み出された際のエロドゥエッテの理由や感情によって決定される。リュドリヤは『いつでも傍に居てほしい』という理由から生まれたためか『何時如何なる時も主の傍に居る』という能力も持っている。だからリュドリヤはジェリコの首に居たのか、とジェリコは納得した。

 リュドリヤのワルドの三本糸は自身の能力を応用したものだそうだ。何時如何なる時も傍に居るということは、『何時如何なる時』を能力が内包しているため、あらゆる出来事を引き寄せられるらしい。とんちんかんな理論だと、ジェリコは思った。

 そして最後にソロモンに関する話。

 ソロモンとは、賢者の石に認められた比較的最近の魔術師だ。賢者の石を使って、一度に七十二体もの魔族を使役する指輪を作り出し、魔界、地上、天界を支配しようとした魔術師。結局天界からの裁きによって抹殺されたそうだが、遺したものは人の世界に大きな影響を与えた。

 優秀な魔術師であったソロモンは自身の魔術や賢者の石に関する書物をたくさん残した。現在その多くは十字教会が保持しているそうだが、魔術師結社もいくつか書物を持っているらしい。

 しかしリュドリヤはその辺りの話には詳しくなく、自分とソロモンの関係について話していた。

 魔界で暮らしていたエロドゥエッテはある時地上へ呼び出された。いわゆる召喚の魔術。当時ソロモンは片っ端から呼び出した魔族を指輪の力で配下にしていた。しかし指輪とほぼ同意義の存在であるエロドゥエッテに対してはその効果が極めて薄かったそうだ。しかしある程度の効果はあるようで、当時エロドゥエッテも暇をもてあましていたこともあり、面白半分でソロモンの下についたらしい。

 しかしソロモンは、いずれ自分の脅威になりうると感じたらしく、魔族を行使しエロドゥエッテを抹殺した。エロドゥエッテは魔族の中でも大人しい性格のため、不意を突かれたとリュドリヤは語る。そして同様にリュドリヤも封じられた。リュドリヤ自身の能力は非常に利用価値があるとソロモンは判断していたが、エロドゥエッテを封じると使い魔であるリュドリヤはまともに機能しなくなるため、止むを得ず封印という形を取ったそうだ。ちなみにソロモンが封印の術を行使させた魔族の名前はレメゲトン。『封じる』という役割を持った仕族だそうだ。

 そして悠久の時は流れてジェリコの時代。リュドリヤはヘミングウェイによって晴れて封印を解かれ、再び主の下で日の目を浴びることが出来たというわけである。

 ジェリコが理解できたのはそこまでの話だった。そのあとヘミングウェイやフェリシアとかが、賢者の石とは何かとか創造主とは何かとかいろいろ話しをしていたと記憶しているが、このときのジェリコはもはや眠る寸前であり、まともに頭が働いていなかった。いろいろと議論を繰り広げていたが、結局結論はでなかったような記憶がある。

 ジェリコはそこまで回想して、再び目を開けた。目の前には炎が燃えており、温かい空気をジェリコに送ってくれる。傍らのエメやフォレンティーナも暖炉の心地よさに負けたのか、舟をこいでいた。

「主よ」

 背後のリュドリヤに声をかけられ、ジェリコは振り向いた。

 リュドリヤは極めて無表情でジェリコを見つめていた。ジェリコは「なに?」と言いつつ起き上がると彼女と向き直る。

「あなたの願いは、一体何なのですか?」

 唐突にそんな質問をされた。予想外にも甚だしい。

 ――しかし、

「僕は、みんなが幸せなればいいなって思ってる」

 そんな無様で歪んで、しかしわけも無く追い求めている夢を、ジェリコは呟いていた。

「そして、そのために強くなりたいって思ってる」

 幼い頃見た大きな背中。紳士の、ぶれない信念と誇りに目を奪われたあの記憶が蘇る。

 リュドリヤはしばらくジェリコを見つめた後、穏やかに言った。

「そうですか。姿は変わっていても、やはり主は主ですね」

 そう言ってリュドリヤは微笑んだ。

「エロドゥエッテであった頃も、同じことをおっしゃっていました。上下関係の無い、平等な世界。誰もが肩を並べられる、境の無い世界。幸せな世界。そんな世の中になればいいのに、と。しかしそれは『この世』を完全に否定した世界だから、絶対に起きるはずもなければ起してはならないと。そういう風にもおっしゃっていました」

 例え生まれ変わっても根付いた思念・思想は変わらないのかもしれない。文字通り因果なものだ、とジェリコは思った。

「ねぇリュドリヤ。僕が魔族だった頃の話をしてよ。何が好きだったとか、どんな性格だったとか。自分の前世って気になるんだ」

 悪魔――神――人。違うようで近い存在。かつて魔族だった自分は一体どんな人物であったのか。今のジェリコのように弱い人間だったのか。それとも強靭な精神力を持った人物だったのか。しかし『寂しいから』なんて理由で使い魔を生み出すくらいだから、あまりたいしたこと無い性格なのかもしれない。

「分かりました。少し長いですが、私が生み出される頃のことを話しましょう」

 リュドリヤは穏やかな顔で昔話を始めた。



 遥か昔。魔界が完成して幾ばくかの時が経った頃、一人の仕族が世界の裏側へ堕ちた。

 彼には世界の構成品に方向性を与える仕事があり、日々、何でもかんでも命令した。

 ――あいつをあの瞬間に死亡させろ。

 ――あれを一陣の風が過ぎた瞬間に抱きつかせろ。

 ――あの建物を三十年で風化させろ。

 ――海を割って道を開かせろ。

 ――あいつに民衆を従わせろ。

 ――あいつに剣を抜けさせろ。

 ――あいつとあいつで子を産ませろ。

 上層部からの指示書というまるで運命の家系図のような長い紙切れを毎日渡され、それ通りに構成品に指示を出す日々。

 別に難しい仕事ではない。しかし、自分の性には合わない。

 なぜ創造主は我々に感情を与えたのか長年の謎だった。いっそ機械のようにその命令だけを繰り返させるようにした方が効率の良さそうなものだろうに。

 ――まったく、理解できない。

 彼はその謎に苦しめられ、構成品という言葉に嫌気が差し、いつのまにか天界を抜け出していた。

 もちろん天界にも壁と門があり、ただの仕族ならばまず抜け出せまい。しかし彼には強力な『命令権』があったため、門番に命令をし、真正面から出て行ったのだった。

 罪悪感は無かった。天界に生きる者の繋がりなど、権力の相互作用しか存在しない。いかに効率よく世界を回すか。ただそれだけ。温もりも無ければ冷たさも無く、ただ創造主の命令を遂行する集団。正直、どうでもよかった。

 彼は魔界にすぐ着いた。世界の裏側を覗くことなど容易かったから。

 魔界は暗かった。世界の影故に、暗いのは必然だが正直苦手だった。

 しかしそれも次第に慣れた。魔界は暗いが、静かで落ち着く場所だった。彼は適当に家を造り、その中でひっそりと住み始めた。

 彼が魔界に来てからやっていることはたった一つ。思想。ただそれだけ。誰にも相談することも無く、考えるだけの存在になっていた。

 しかしそんな生活も嫌ではなかった。どこまでも考える。定かではないかもしれないが、どんどん先を考える。この思考はどこに辿り着くのか。終着点はあるのか。いつのまにかそのことに興味が湧いていた。

 しかしある時、彼は『一人』を実感した。ひたすら自問自答を繰り返し、出口の無い迷路をぐるぐると回っているようなとき、『自分一人』を実感した。無限の思考の旅を一人で歩き続けるのは辛いと無意識に感じたのかもしれない。確かに、思考には出口が無く、終わりが見当たらなかった。どれほどの時間瞑想し続けたのか分からないが、いくつかの結論には辿り着いたが、完全な出口にはでられなかった。

 それでも考え続けようとした自分が怖かったのかもしれない。誰かに止めてほしかったのかもしれない。くだらない瞑想という樹海から抜け出す道しるべが欲しかったのかもしれない。

 故に、一人を感じた。すなわち孤独感。

 なぜ自分は魔界に着たのか、その理由は単純なものなのかもしれない。いや、むしろ、そうだ。

 “人間が羨ましい”

 そう感じたのはいつだったか。もう覚えていない。

 人間はいつでも不思議だった。自分の命令どおりに動いているだけにもかかわらず、仕族と同じ感情を持つ生命体であるにもかかわらず、人間の世界は何かに満ちていた。何と言うか、歯車の癖になぜあれほど楽しそうで哀しそうで、一生懸命なのか。自分の命令したどおりに動いているだけなのに。無知とは、幸せなのかもしれない。

 ――つまりはそういうことだ。自分以外の存在との繋がりを求めて自分は天界を降りた。

 だから、孤独を感じては駄目だ。相棒を。人間達のように。仲間を。そういった存在を、自分は求める。

 そして創った。自分の分身。相方。友。自分を裏切らない、唯一の存在。

「君の名は?」

「リュドリヤと申します」

「私は君にこれだけを求める――如何なる時も、傍に居てくれ」

「心得ました。我が命、如何なる時も主と共に在ることを誓います」

 リュドリヤを傍らにおいてからは、考えることをやめた。来る日も来る日も、彼女と話をした。気まぐれに書物を書き起こしたり、魔界を散策したり、魔界の生物を研究したりした。実に平和だった。

 ある時そんな平凡な日々に新しい刺激が訪れた。来訪者が現れたのだ。

 アスモデウス。彼はそう名乗った。天界では存在を律動させる役割を持っていた。

 アスモデウスも彼と同じような理由で魔界に下りたそうだった。彼はアスモデウスと気があい、友人となった。


「――主よ、大丈夫ですか」

「……え、あ、ごめん。少しぼぅっとしてた」

「主はもう眠られた方がよろしいでしょう。旅の疲れと術の疲れが溜まっているはずです」

「ごめん。話の腰を折るようなことをして」

「構いません。限の無い話ですから。他の仲間方も眠ってらっしゃいますし」

 言われて周りを見ると、フォレンティーナとエメはそれぞれ毛布を被って眠っていた。なんだかんだ二人とも疲れていたのか。暖炉の温もりが心地よいという効果もあったのかもしれない。

「ちなみに私に睡眠は必要ありません。ごゆるりと」

 悪魔だから寝ないのか、使い魔だから寝ないのか分からないが、本人が言うからにはそうなのだろう。

「じゃあ、僕は寝るよ。リュドリヤも眠くなったら自由に寝ていいよ。おやすみ」

 リュドリヤから毛布を受け取るとジェリコは包まって横になる。毛布の温もりと暖炉の温もりが心地よくあっという間に夢に堕ちそうである。

「おやすみなさい、主よ」

 リュドリヤの言葉を最後に、ジェリコの意識は沈んで行った。それにしても、エロドゥエッテは大した器ではないなと頭の片隅に思いつつ。


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