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#16.旅立ち part3

「ふむ、どうやら魔術師から攻撃を受けたようだ」

 先ほど起こったことを説明すると、アヤジは顎をさすりながら呟いた。

「空間を歪ませる魔術師か。エメ、仕掛けられる前に気づかなかったのか?」

「……」

 エメは首を横に振る。

「怪しい人間がいるのは知っていたが、まさか遠距離からこれほどの術を受けるとは思わなかったというわけか」

「……」

 エメは頷く。

「分かった。とりあえず無事で何よりだ。これからは全員固まって歩こう。エメ、次からは索敵範囲に怪しい動きを捉えたらすぐに知らせろ」

「……」

 エメが再び頷くのを見届けると、話は済んだとばかりにアヤジは歩き出そうとする。

「ちょっと待ってよ。魔術師って一体何者なの?説明位してよ」

 いい加減疑問で頭が破裂しそうなジェリコはアヤジに問いかけた。アヤジはめんどくさそうにジェリコの方を向くと、

「歩きながらでも構わんだろう?」

 と、アヤジは再び歩き出した。続いてフォレンティーナ、フェリシア、ジェリコと続く。

「死ねばよかったのに」

 ちらりと不気味な言葉を放ったのは他でもないフェリシアである。あまりに物騒なことをさらりと言うので、さすがのジェリコも少し頭にくる。

 ジェリコはフェリシアを睨むと、

「フェリシア、あなた少し言葉を選んだら?流石に今のは酷いわよ」

 フォレンティーナが一言。そのままフェリシアに並ぶ。

「なによアル。あたしがこの男の体が欲しいの知ってるでしょ?」

 女の子に体が欲しいなんて言われると変な気持ちになりそうだが、言ってくるのは自分の命を奪おうとした女である。さすがに変な気にはなれそうになかった。

「確かにそうだけど、今は一緒に旅をしている仲間でしょ?そういうことは、心に仕舞っておくべきよ」

「あのね、うるさいわよアル。あたしに指図しないでくれる?」

 フォレンティーナは相変わらず世話焼きのようだった。孤児院で仲間と共に暴れまわっていた頃も、フォレンティーナは一歩離れた場所にいるような人物だった。おかげで何度助けられたことか。ジェリコもよくフォレンティーナに窘められた。

 そんな懐かしい記憶がちらりと覗き、思わず微笑んだジェリコ。それを目ざとく盗み見たフェリシアは、

「何にやついてんのよ、あんた。薄気味悪いわね」

 いちいち突っかかってくるフェリシアに、ジェリコもいい加減苛立ってきた。

 しかし、ここでフェリシアといがみ合うと精神的に負けているというか、益々ジェリコは仕様が無い人物になってしまう気がするのでこらえる。

「ごめん。でも事実僕らは今仲間なわけで。あまり細かいことに突っかからない方がいいんじゃない?体力の無駄遣いだよ」

「うぐっ……」

 フェリシアは虚を突かれたように一瞬怯む。正答が帰ってくるとは思っていなかったらしい。

「あんたに諭されるなんて、あたしも焼きがまわったもんだわ」

 鼻を鳴らしながらそっぽを向くと、そのままフェリシアは黙り込んだ。フォレンティーナとジェリコは顔を見合わせると、二人して肩をすくめるのだった。

「さて、魔術師について教えろとのことだが」

 黙りこんでいたアヤジが大儀そうに口を開いた。そうそう、魔術師のことを尋ねていたのをフェリシアに横槍を入れられたのだった。

「魔術師とは、文字通り魔術を行使する者のことだ。魔神を崇拝してその恩恵を得ようとか、実際に召喚して使役するとか色々ある。十字教会の兄弟とでも思えばいいさ」

「十字教会の兄弟?」

 ジェリコはオウム返しする。

「そうだ。十字教会も表では綺麗な顔をしているが、裏じゃ怪しい集団が跋扈しているらしいぞ。騎士団の中には、怪しげな術を使うものもいると聞く」

 ジェリコは教会お抱えの孤児院で幼い頃を過ごしてきたが、そこまで信心深くはなかった。 

 親代わりのセブロが修道女のくせに豪快というか、あまり教会の教えに忠実な人間ではなかったからだろう。神は見守るだけで助けてはくれない。人を救えるのは人だけだ、といつも言っていた。

 ふと、以前話の中に出た、教会の調査団という単語が思い浮かんだ。ついでにこれも尋ねてみることにする。

「教会の調査団って何?」

 ジェリコが尋ねると、アヤジは不機嫌な声で答えた。

「正しくは十字教会特例機関聖遺物研究係。通称調査団。今回の秘法の件とか、奴らが金の種にしている唯一神に関係ありそうなものを集めている連中だ。ちなみに特例機関はいくつかあって、俺が知っている限りでは聖遺物研究係、国家間安全保障係、経済監査係、異端監査執行係が存在する。どの機関も国家間を秘密裏に暗躍している。機関によっては魔術師や錬金術師、つまり俺達と争っている。奴らは常に隊で行動をしているから気をつけなければならない。囲まれたら一巻の終わりだからな」

 教会の裏の面を垣間見たジェリコは、思わず顔をしかめた。どいつもこいつも、外面だけは良い。虫唾が走るようだった。

 そういえばセブロも言っていた。今の教会は腐っていると。孤児院を運営しているのは、守銭奴の教会から金を搾り出し、貧しい人たちに少しでもパンを恵んであげるためだからだと。

 アヤジは話を続ける。

「十字教会と魔術師に本質的な違いは無い。違いがあるとすれば、組織の大きさとか社会的な認知の差とか、崇拝する存在の違いだろう。どちらも最終的な到達点は、世界の頂点に立つことだとか、己の欲望を満たすための集団だ。そう意味では錬金術師も該当するかな」

「ちょっと待ってよ!なんであたしが魔術師とか十字教会のキチガイどもと一緒にされないといけないの!?」

 またまた横槍を入れたのは他でもない、フェリシアである。思わず全員の足が止まる。

 振り向いたアヤジはフェリシアの怒号に驚いていた。だが驚いた原因は声ではなく、その内容らしい。

「やはり君は錬金術師だったか。魔術師めいた服装の割には、あの魔術師独特の匂いが感じられなかったから断言できなかったが。なるほど、護衛をつけていた理由はそれだったか」

「何よ文句あるの?誇り高きヴルトーン・アンドレーの血を侮辱する奴は誰であろうと許さないわ」

 いきり立つ猫のような殺気を放つフェリシアは、懐からナイフを取り出す。アヤジは無言で手を出し制すると、

「よせ。無駄な争いほどこの世でくだらないものはない。三元素の長老と呼ばれた者の血を引くのなら、もっと冷静になるべきではないか?」

「ぐっ……」

 声を詰まらせたフェリシアはしばらくアヤジを睨んでいたが、結局あきらめたようにナイフをしまった。ナイフをどこに隠しているのか少し気になったジェリコである。

「しかしヴルトーンの血を引くものだとはな。当然構成真理は解けるのだろう?」

「当たり前よ。あんなもの解けて当然よ」

「それは頼もしい。君を仲間にできて俺は幸運だったな」

「あのね、おだてたって何も出さないわよ」

 いつものように腕を組んでいるフェリシアの頬が微妙に赤いのは気のせいだろうか。

「ところであんたは何者なのよ?さっきから十字教会とか錬金術、魔術にも詳しそうな喋り方だけど」

 フェリシアは鋭い目でアヤジを見つめる。その目は先ほどのように血走っておらず、アヤジの一挙一動を冷静に観察していた。

 突然凄みの在る雰囲気を出したフェリシアをぼんやり見つめていたアヤジは、「とりあえず止まるのはまずい。歩こう」と全員を促した。

 一人最前列を歩き出したアヤジは、いつものように背中で話し始めた。

「俺とエメは魔術師でもなければ錬金術師でもない。ましてや教会の犬でもない」

「なら何なのよ」

 フェリシアの高圧的な言い方にも動じること無く、頑強な背中は語る。

「そこの小僧は知っているだろうが、俺とエメはホイナという東の国から来た。詳しいことは省くが、俺とエメは呪われた血筋でな。生まれながらに化物が憑いている。この化物は憑いている人間を殺そうとするのだが、なんとか共存することができている」

「魔神のようなもの?」

「そうだな。ホイナでは霊鬼と呼んでいたが、この大陸で言う悪魔とか魔神と一緒だろう」

「魔神と共存なんて並みの魔術師でもできないはずだけど、そんな奴と一緒で悪影響とか副作用は無いの?」

「副作用は無いが、恩恵はあるな。図らずも得てしまった呪われた力だが。そういう意味では魔術師に近い存在なのかも知れんな」

「それは何?」

 フェリシアが尋ねると、アヤジは唐突に立ち止まった。何?と、思わず訝るフェリシア。

「見たいか」

 振り向き様にやりとアヤジが笑う。そういえばアヤジのこんな顔を見たのは初めてだ。何やら不吉な予感がする。

「み、見せてみなさいよ」

 予想外の不敵な笑みにたじろぎながらも、フェリシアは言い返す。

「ならば見せてやろう」

 言うが早いか、アヤジは目を閉じた。

 ――次の瞬間、

「な、何よこいつ!」

 フェリシアは叫びながら飛び退り、懐に手を伸ばす。反射的にナイフを出して身構えようとしているのか。傍らのフォレンティーナはジェリコをかばうような形でいつの間にか身構えていた。

 ジェリコはというと、アヤジの背後に音も無く浮かび上がった異形に驚きと恐怖で固まっていた。体は凍りついたように動かないが、頭は異常に冴えているという実に奇妙な状態だった。

「これが、俺に憑いているヌイという化物だ」

 アヤジはそういうと、再びにやりと口元を歪ませた。

 アヤジの背後には半透明の物体が浮かんでいた。

 身の丈は大の大人三人分くらい。六つ足の狼とでも言うのだろうか。全身は青く輝く魚の鱗のようなものに覆われ、岩のようにいかつい顔に対照的な赤い瞳が三つほど爛々とぎらついている。薄く開いた巨大な口からは灰色の牙が何本ものぞき、ジェリコなんぞ容易く食べられてしまいそうである。

「なんて存在感なの……。本物の魔神なんて初めて見たわ」

 フェリシアが驚きとも感動ともつかない声を上げた。ジェリコとしても右に同じである。何なのだこの化物は。はっきり言って恐ろしいのだが、どことなく神聖な感じがするのはなぜだろう。

「俺はこのヌイの力を借りて、常人ではありえない身体能力を得た。――いいところに岩があったな」

 アヤジはそういうと、草原の中に転がっているジェリコの身長くらいの大きさの岩に近づく。

 そしてこんこんと扉を叩くように岩をこづく。

「通常ならこの通りだが、ヌイの力を借りれば」

 こん、ぴしぃ。

 アヤジは先ほどと全く同じようにこづいたのだが、岩には亀裂が入っていた。ジェリコやフェリシアだけでなく、冷静なフォレンティーナでさえ驚きの表情を見せていた。

「岩に、ひびが」

 感嘆の声を上げたのはフェリシア。その声に応えるように、アヤジは右手を振りかぶる。同時にヌイの右前足も振り上げられた。

「そして大振りに殴れば」

 アヤジが右の正拳を岩に繰り出す。

 ぼっがしゃああああ!

 豪快な音と共に、岩は砕け散った。

「こうなる。これで大体分かっただろう?さぁ行くぞ。無駄な足止めを食うわけにはいかん」

 アヤジはさも当然という風に岩を一瞥すると、ヌイを消して再び街道を歩き出した。

 ジェリコとしては、こんなものを目の前で見せ付けられた後だとなかなか現実に戻ってこられないのだが、フェリシアやフォレンティーナはジェリコとはあまりに踏んできた場数が違うのか、多少驚いていたがすぐに歩き始めた。

「み、みんな驚かないの?」

 思わず呟いてしまったジェリコに、

「驚いたわ。でも魔神の力を借りてるんだからこれくらい当然じゃない?能力で言えば、さっきの空間を歪曲させる魔術師の方が上だと思うけど」

 フェリシアは冷たく言い放った。フォレンティーナはというと、

「これほどの力を持ってしても望みが叶えられないなんて、ジェリコの潜在能力は一体どんなものなのかしら」

 などと相変わらず冷静に判断していた。改めて感じたが、色々な意味でジェリコは場違いだと思う。住む世界が違いすぎるだろう。この先大丈夫だろうかと一抹の不安が胸をよぎる。

「……」

 そして後ろから肩をたたかれる。いい加減慣れてしまった。ジェリコは右手を挙げて返事をすると、前を歩く三人の後を追った。


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