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#1.はじまりは日々の日常から

初めまして、伴天連の人魚です。小説を書くのは初めてですので、拙い表現、読みにくい箇所が多々あるとは思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。

中天には太陽があり、雲は欠片も無い晴天の空。冬が過ぎたばかりだというのに春の日差しは少々強いが、風は包み込むような柔らかさを持っている。

商人の国アイトラの中心部に位置している町、ベルガモは今日も平和だ。

季節を知らせる南からの渡り鳥が頭の上を通り過ぎ、石畳の道には小さな子供が走り抜ける。

遠方から来た旅人が道の両側の露店に並ぶ様々な商品を物珍しそうに眺め、笑顔が耐えない町並みは繁栄している証拠だろう。

そんな景色の中、町酒場ラ・メール亭で働いている少年ジェリコは、一人買出しに出ていた。

歩き慣れた道を進み顔馴染みに適当に挨拶をしながら、贔屓にしている露店の前に立った。

店先に鮮やかな色合いで並べられてある野菜や果物の奥には、髭面の恰幅の良い男が一人座っている。この店の主、アルドンだ。

店の前に立って品定めしているジェリコにアルドンは気づくと、重い腰を上げて奥からやって来た。

「やぁジェリコ。買出しかい」

アルドンは見慣れた笑顔を浮かべた。いつもの光景である。ジェリコもいつもと同じように返した。

「そうだよ。親父さんいつものちょうだい」

ちょっと待ってろ、とアルドンは言いながら麻の袋を二つ取り出し、袋の中に次々と商品を入れていった。もちろん、入れていく商品は目に見える範囲で一番質の良さそうなものばかりある。いつものことなので、ジェリコも無言でその作業を見守っていた。

「ほら、まとめておいてやったぞ」

アルドンがどちゃり、と野菜と果物の入った袋をそれぞれ一つずつ台の上に置いた。ジェリコは用意していた代金をアルドンに渡した。

――かったのだが、髭まみれの口を歪ませてジェリコの後ろの方を見ていたせいで渡せなかった。

釣られてジェリコも後ろを向くと、そこには予想外の人物が立っていた。

服装こそ地味ではあるが、肩まで伸びる金の細糸のような髪と、澄んだ青い瞳を輝かせてジェリコを見つめているのは美しい娘だ。細い腰に華奢な手を当て、ジェリコとアルドンに目を合わせるや否や「やぁ」とあいさつをしてきた。

アルドンはうれしそうに笑いながらあいさつを返していたが、ジェリコはため息をついて真反対の反応をしていた。

「ダニエラも来てたのか。まぁこの荷物じゃ小さいジェリコ一人では運べんわな」

「親父さん、このくらい一人で運べるよ」

アルドンの言葉にジェリコは噛み付いた。もう十五だ。決して子供ではない。

学校へ通っている者とは比べ物にならないだろうが、読み書きだって独学で学んでいるし、知人からたくさん本を借りて勉強もしている。年の割には世間を知っている自信があった。

「まぁこの袋くらいは持てるだろうがな。しかしまだ他の材料も買いに行くんだろ?さすがにきついと思うがな。そういえばほら、あいつはどうした?いつもはあの料理馬鹿と一緒だろう」

「ベルナンドは調理器具を買いに行ってるわ。だから今日の買出しはジェリコ一人よ」

言いつつダニエラは色とりどりの野菜と果物が詰まった袋に細い手を伸ばした。

「待ちなよ」

ダニエラに言いながら、ジェリコはその手を掴んだ。先ほど言われたことで意地を張っているわけではない。彼女を止める理由は別にある。

「ダニエラはまだ寝てなきゃ駄目だ」

「もう大丈夫よ」

ダニエラはいつもと変わらないからっとした笑みを浮かべてはいるが、態度とは裏腹にその言葉は『嘘』だった。

「どういうことだ?ダニエラは体の具合でも悪いのか」

アルドンは小首を傾げて二人の様子を見つめている。アルドンは騙せていてもジェリコは騙せない。

「僕に『嘘』は通じないって知ってるよね?」

ジェリコの言葉は強い。ジェリコのことを知らない人間からすれば、嘘を完璧に見破る人間なんて存在しないので軽く流すだろうが、この場に居るのは彼をよく見知った人間ばかりだ。

ダニエラはしばらく無表情にジェリコを見つめていたが、何を思ったか突然頬を赤らめてジェリコの手を払うと、握られていた右手をしおらしい仕草をしながら見つめ、左手で確かめるように重ねると、

「いきなり女の子の手を掴むなんて、ジェリコったら随分大胆になったのね」

「はぁ!?」

思わずジェリコは顔を真っ赤にして二歩ほど後ずさってしまった。後ろに下がったせいで商品籠に右手をぶつけてしまい、危うく落しそうになる。

ダニエラとは一つ屋根の下で暮らしていて基本的に慣れているとはいえ、ベルガモでも一、二を争う美しさを誇っている人物にいきなりあんな不意打ちをされてはいくらなんでも焦るじゃないか……!

そんなダニエラは鼻と口で呼吸をしているジェリコを捨て置き、金髪をなびかせ電光石火の勢いで袋を手に取った。そしてジェリコの方を振り向くと心底楽しそうに笑うのであった。

「うふ、やっぱまだまだ子供ね」

勝ち誇った笑みを浮かべるダニエラの両腕には、野菜と果物が詰め込まれた袋がある。目の前で宝を横取りされたような、いや、それとは少し違う微妙な敗北感にジェリコは包まれた。

しかしジェリコも若い身空で様々な困難を乗り越えてきた人間である。とっさの判断力や、危機に陥ったときに冷静になる心得はすでに持ち合わせている。

昂ぶった心を深呼吸一つで沈ませると、ダニエラに向かって言い放った。

「今は大丈夫かもしれないけど、熱がぶりかえしたらまずいだろ?働いている最中に倒れでもしたらお客さんもこっちも困る。病気ってのは治りかけが一番大切なんだ」

「そんなこと分かってるわ。けどこの程度の風邪なら寝てばっかりよりある程度体を動かしていた方が治りがいいのよ。熱は間違いなく下がってるし、後は体を慣らしていくだけなんだから大丈夫よ」

今の言葉に『嘘』はなかった。聡明な彼女のことだ、自分の体のことは自分が一番分かっているに違いない。ジェリコは上手に切り返せず、むぅと唸るだけだった。

――もっと体が大きくて力があれば。

最近、何かと悩むことが多くなっている。何をするにしても、自分の無力を感じることがままあるのだ。

ふと、小さい頃の記憶がちろりと覗いた。

長身で、煌きを放つ黒いスーツを纏い、闇を映したかのようなハットを目深にかぶってステッキをかざす男の姿が目に浮かんだ。

幼い頃見た紳士の背中。一期一会の出会いではあったが、彼は人としてのあり方を教えてくれた。彼はもうジェリコのことを覚えていないだろうが、父親のいないジェリコにとって、かっこいい男の背中というものを初めて見た瞬間だった。だから余計に彼の勇姿は目に焼き付き、今も心に残っている。その場に居た友人達もまったく同じことを思ったに違いなかった。

――もっと強くならなくては。

そんなことを思いながら、ジェリコはダニエラが抱えている袋を仇のようにして睨みつけると、

「じゃあ一つだけ持っていてよ。片方は僕が持つ」

言うが早いか、果物が詰まった袋を奪い取った。直感的にこちらの方が重そうだったからである。事実、持ってみるとずしりと来る重さだった。

ジェリコはそのまま次の目的地である魚屋へと足を向けようとしたが、ダニエラに襟首を掴まれた。悔しい。まったく、今度は何だというのだ。

「代金はきちんと支払った?」

じと目でため息をつきながら言うダニエラに釣られて、ジェリコも魂が抜けそうなため息をついた。

「まったく、お前達はほんとに仲がいいな」

アルドンの苦笑いから逃げるように、ジェリコは渡し損ねた代金を渡したのだった。


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