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私が殺される七日目の朝Ⅲ


 渋る先輩を半ば無理やり──と言うと、泉の方が犯罪者みたいだが──ともかく、自宅に連れ込むことには成功した。

 郊外に建つ、どこにでもあるような一軒家。その二階に泉の部屋はあった。


「ここが、九条さんの……」


 芳野薫はなんだか感慨深げに呟いて、室内に視線を走らす。


 ──いや、そんなまじまじ見るほど面白いものはないと思うのだけど。


 お茶を注ぎながら、泉は今になって後悔する。飾ってあるアナベル人形や映画のポスターなんかは友だちウケもよくなかったし、と。


「あはは、何の面白みもないでしょう?フツーの部屋で、がっかりさせちゃいましたよね」


「そんな!ここで九条さんが生まれ育ったのかと思うと……本当にありがとう。夢みたいだよ」


「お、大袈裟ですねぇ」


 まぁでも、不思議な感じがするのは確かだ。

 ちょっと変わったひとだと知るまで、泉にとって芳野薫は完璧超人で、同じ生徒会に所属してはいても雲の上のような存在だった。

 おいそれと話しかけられない。そんな風に思っていたひとが、いま、泉の目の前にいる。花柄の壁紙を背にして座っている。その手には泉が手渡したばかりのファンシーなティーカップが握られていて。

 ──荒唐無稽な夢を見ているみたいだ、と泉も思う。昨日までは恋に恋する平凡な女子高生のはずだったのに。


「九条さんは読書家なんだね。本がいっぱい……それにDVDも」


「でも広く浅くって感じですから。これといって自慢できるようなものは、なにも」


 誰かを殺したいほど愛おしいと思ったことだって、一度も。


「それより映画、映画を観ましょう!せっかくお菓子も用意したんですから!ね!」


「うん、そうだね」


「えへへ、それにしても平日昼間から家に引きこもって映画鑑賞なんて、なんだかすごく不健全な感じですね」


 泉も薫の隣に座り、お気に入りのクッションを抱き抱える。

 Blu-rayは既にセット済み。あとはリモコンのボタンひとつで別世界だ。

 テレビの中の主人公が目を覚ますのと同時に泉の意識も飛んでいく。ここではないどこか。どこか、遠くへ。


「九条さんはこういうの怖くないの?」


 主人公が何者かに襲われ、世界は暗転。なのに主人公の意識はまたしても同じ朝へと巻き戻っている。

 その驚きが、今は痛いほどわかる。感情移入とかそういうレベルではなく、まるで我がことのように思えてしまう。


 ──うんうん。わかるよ、その気持ち。


 深く頷いていると、「意外だった」と薫は笑う。


「ホラーとか、苦手かと思ってた。勝手なイメージだけど」


「うーん、確かにグロテスクなのはダメですけど、でも心霊番組とか、そういうのはついつい観ちゃいますね」


 正直に答えてから、ハッとする。


「……あの、やっぱりがっかりしました?思ってたのと違うでしょう、私」


 そういえばこのひと、前世だか前々世だかの私が好きなんだった。

 だから現代に生きる平々凡々な【九条泉】にも執着して、守ると言ってくれたけど──でも本当に?


 途端に不安に陥って、泉は上目で窺った。

 芳野薫は生徒会の中での九条泉しか知らない。後輩としての、泉しか。

 ──泉が、【幼馴染みの誠くん】しか知らなかったように。


「どうして?知らない君を知れて嬉しいよ。そもそも俺は君のこと、ほとんど知らないから」


「……知らないのに好きなんですか?前世の繋がりがあるから?」


「そう、なのかな。俺自身、よくわからないんだ。ただ一目見た瞬間から君しかないと思った。君の人となりを知って、その優しさと危うさにますます離れがたくなった」


 独り言のようにそう言って。

 それから薫は泉を見た。テレビの中じゃない。ここではないどこかでもない。遠くの世界ではなく、いま隣に座る泉に視線を移した。


「俺は好きになったのが君でよかったと思ってる。好きになったのが、前世でも愛したひとで──九条さんで、よかった」


「そう……ですか」


 泉は目を逸らした。逸らして、テレビを見つめた。バカみたいに、それしか目に入らないみたいに。じいっと凝視つめた。

 隣に座るひとの顔は見れなかった。その熱っぽい声を聞くだけでいっぱいいっぱいだった。


 ──昔の私って、どんなひとでした?


 本当は──本当は、そう聞きたかったけど。聞いてみたかったけれど、でもやめた。

 怖かったから。痛いのも苦しいのも、もうイヤだから。

 だから、見ないふりをした。


「……あ、私もこれ、やってみようかな」


「どれ?」


「この、自分のことを嫌ってそうなひとを書き出すの……、少しはヒントになるかも」


 テレビの中では何度目かの死を迎えた主人公が、『犯人(仮)リスト』を作っているところだった。

 「最初は心当たりなんてない、と思ってましたけど、でも知らず知らずのうちに傷つけてしまったことはあるでしょうから」……なんて。

 大人ぶって言ってみたけど、本当はまったく気が進まない。自分が嫌われているかも……そんなこと、考えただけで気が滅入る。誰のことも疑いたくない。通り魔にでも襲われた、そう考えた方が気持ちの上ではずっとマシだった。

 そんな複雑な心中など露知らず。薫は「君のことを嫌ってるひとか……」と思案げな顔。

 顎に手をやる仕草はさすが様になっている。憂いがちな目許は一枚の絵画のようだ。ラファエル前派みたい、と泉はぼんやりと思った。


「確かにそれは俺も知りたいな。そんなひとがいるならの話だけど、可能性だけでも十分危険人物だよね。九条さんに危害が及ぶ前に半殺しにしておかないと」


「あぁ、攻撃は最大の防御っていう……」


 聞き流しかけて、慌てて「いやいやいや」と制止をかける。

 なんてことを言うんだ、このひと。さらっと物騒なことを、また。

 このひとだけ世紀末にでも生きているんだろうか?それか、前世は裏街道出身だとか?……あり得そうなのがこわい。


「半分でも殺しはダメですよ。一応この世界ではまだ前科ないんですから、法律は守りましょう」


「うーん、九条さんがそう言うなら?」


「私が言わなくても、ですよ。もう……」


「大丈夫、バレないようにやるから」


「それは大丈夫じゃないやつですね」


 なんだかなぁ。

 前々前世から殺したいほど愛してる。そう言われて恐怖を感じなくちゃいけないはずなのに、調子が狂う。さっぱり警戒心がわかない。この状況を作った原因かもしれないのに。日常を壊した元凶かもしれないのに。なのにどうしてだろう?悪いひとだとは思えなかった。


 ……まぁ、いいひとでもないんだろうけど。


 泉は溜め息をつき、ノートを開いた。白紙のページ、その一枚に向かって、ペンを握る。


「ともかく、私のことを嫌ってそうなひとです」


「うん、そうだね」


「……誰か思い当たるひといません?」


「いたら既にこの世にいないと思うよ」


「いるのにいないとか、綺麗は汚いみたいな語感ですね」


 マクベスかな?いや、意味は全然違うんだけど。

 そんなことを考えていると、薫は笑った。


「マクベスか。ふふ、世界から見たら俺の方が悪人なんだろうね」


「でも私は復讐なんて考えてませんから、大丈夫ですよ。ご安心ください」


 前世で殺されていようが、それはしょせん記憶にない過去の話。今の私には関係のないこと。

 そう言い切る泉にとって、重要なのは自分の生き死にだけ。その点で考えれば、『殺さない』と約束してくれた芳野薫だけが安全圏だった。

 けれど当の本人は嬉しそうじゃない。「それはそれでどうなのかな」と微妙な顔つき。


「心配だなぁ……、九条さんはもっとひとを疑った方がいいよ。俺が言えた義理じゃないけどね」


「疑り深かったら先輩のこと、とっくに我が家から叩き出してますけど」


「うーん、それはやだな」


 困る、と真剣な表情で言われ、泉は思わず笑ってしまった。


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