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名探偵

4話目になります。



「ピンポーン♪」


「ハーイ」


 近づいてくるスリッパの音がパタパタと微かに聞こえて、ガチャッと玄関の扉が開き


「あら!久しぶりねレンくん」

「こんにちは。お久しぶりです。アヤカはいますか?」


と会話を交わしたのは、アヤカの母親であるカイリさんだ。久しぶりに見たレンに少し驚いた様子だったが、すぐに微笑んで


「アヤカなら二階にいるわよ。どうぞ上がって」

「お邪魔します」


とレンを家に招き入れてくれた。


『それにしても、いつ見ても年齢不詳だな』


 カイリさんはレンが小さかった頃からほとんど見た目に変化がないように見える。おっとりした雰囲気の美人で、昔も今も変わらず若々しい外見を保っている。ただしアヤカが言うには、怒らせると般若のようになり、とてつもなく恐ろしいとのこと。カイリさんのほうが、そこらへんの妖怪よりよっぽど妖怪っぽ……


「言わせないわよ」


 貼り付けたような笑みで言われてしまった。


 ツーっと冷や汗が背中を流れる。なるほど、この圧は凄い。これがラスボスというや……


「次はコロス」

「すいませんでした」


 心読みすぎじゃないか。おいアヤカ、ココにサトリがいるぞ。



※さとり※


人の心を読むといわれている妖怪。次々と考えたことを言い当て、怖がらせてくる。




「じゃ、ごゆっくり」

「ありがとうございます」


 そんなこんなで、二階に上がりってアヤカの部屋の前に着いたレンはコンコンとドアをノックをしてみる。


 しばらく待ったが、返事は無い。



「アヤカ、入るぞ」



 断りを入れてガチャリとノブを回し、部屋に入ると予想通りベッドで爆睡していた。相変わらず部屋の中はオカルトグッズであふれかえっている。女子高生の部屋につるべ落としの描かれたでっかいポスターが貼ってあるのは、日本中探してもここだけだろう。枕元には妖怪の画集が置いてあった。読みながら眠ったのだろう。


 起こさないよう慎重に近づいたあと、耳元で


「アヤカ、サトリを見つけたぞ」


 と呟くと、アヤカはカッと目を見開いて


「サトリ!?嘘でしょう!どこで!それよりどうやってサトリってわかったの!男?女?」

「寝起きで、よくそこまで質問思いつくな。まぁ落ち着け」

「で、どうしたの!何を言い当てられたの?まさか、私の恥ずかしい過去を!?」

「落ち着け。とりあえず嘘だから」



 …あながち嘘でもないんだが、肉親が妖怪だなんてツライもんな…。アヤカなら喜ぶかもしれないが……とりあえず言わないでおこう。



「人の純情を弄んだのね。…ところでそんな鬼畜野郎が朝っぱらから何の用?」

「……今日、何の日か忘れたのか?」

「…………??」

「お前……何を見ながら寝てた?」

「!? ――美術展!!」

「正解」

「何で早く言わないのよ!レンと私の馬鹿あぁー!やっちまったー!!」

「まだ全然余裕あるぞ。こうなるのわかってたから早く来たんだ」

「レン、あんた……漢だね。さらに言えば鬼畜じゃなくて天使だったのね」

「意味がわからんけど、ありがとよ?とりあえず準備どうするんだ?」

「今から速攻準備する!ちょっと待って!」


 アヤカは凄いスピード部屋を出て行くと、何やらカイリさんと話して戻ってきた。


「お母さんに朝ごはん頼んだから、リビングで食べながら待ってて!着替えたら行くから!」

「いや、俺もう朝飯食ってき……」

「もう作り始めてるから。お母さん料理好きだから、気合い入ってたよ」

「……」

「育ち盛りだからいけるって!じゃまたあとで!」


 その後、朝食にしては気合いの入ったカイリさん特製メニューを十二分に満喫して、もう一歩も動きたくない気持ちを押し殺しながら美術展に向かったのだった。



  ★  ★  ★  ★



 開催地は隣町なので、電車に乗って移動するることに。移動中もアヤカはずいぶん楽しそうだ。駅に到着して、徒歩10分程度の場所にある美術館を目指す。


「イヤッホゥ~!あぁ…楽しみ過ぎる!今日の私は無敵だ」

「でも、完全に忘れてたよな」

「そんな些細なことは忘れろぃ。もしくは犬にでも食わせてしまえぃ!」

「もし、俺が起こしに来なかったらどうするつもりだったんだ?」

「ソノトキハ七代祟ル」

「そんな馬鹿な。理不尽すぎる」

「けど、本当に助かった!ありがと」

「どういたしまして」


 今回、美術展に行こうと言い出したのはレンの方だった。たまたまアヤカの好きな妖怪画家の美術展が開催されていて、もう少しで展示が終了してしまうことを知ったレンが、いつも旅の費用を負担してくれているアヤカへのお礼に、俺のオゴりで行かないかと誘った次第。


 そうこうしているうちに、目的地に到着した。入口横に設置されている立て看板にはお目当ての画家の名前が表記されていて、間違いなさそうだ。

 中に入ると、思いのほか人が少なくチケットも前もって購入していたこともあり、すぐ受付を済まして入場することができた。

 



「ふおぉぉぉ!凄すぎる。一日中見てられそうだよ」

「そうだな。やっぱり原画は迫力あるな」

「レンもそう思う!?この躍動感とか質感がリアリティありすぎる!」

「まるで見たことあるかのような口ぶりだな」

「……それ言っちゃ駄目なやつだよ……」

「…ごめん」




 …やってしまった。アヤカは、妖怪を見たいのに見えないのだ。レンだって『動物に触ったことあるかのように言うね』とか言われたら絶対激怒する。


『好きなのに思いが届かないツラさは俺が一番わかってるのになぁ…』


 軽口を叩いたことを猛省した。しばし二人の間には微妙な空気が流れたが、レンが真剣な表情で


「アヤカはいつか絶対逢える。俺はそれまで手伝うから。そうすれば想像じゃなくなる」


 その場しのぎではなく、確かな決意を持ってそう言った。アヤカは少し驚いたように、けれど嬉しそうに


「そういうことなら頼りにするぞ~!嘘ついたら……八代祟る」

「一代増えとる」


 とりあえず、機嫌は直してもらえたようだ。レンがほっと胸をなで下ろしたところで、二人は鑑賞を再開した。

 二人であーでもない、こーでもないと、他愛ない話をしながら経路を進む。そしてレンはじっくり絵を見ていく内に、昔から薄々感じていたことが確信に変わっていくのを感じていた。


『この画家は、【見える】人だったんだな』と。


 妖怪探しのおかげで、既に何度か妖怪に出逢っているレンは、アヤカに教えられてこの画家を知った。そうでなくても有名なのだが。

 レンが今まで出逢ったことのある妖怪の姿は、彼が描いたものと大差なく、違いはあれどとても似ているなと思っていた。強いて言うなら全てが本物より怖く描かれている。それは妖怪は怖いものだというイメージを崩さないようにだろうか。人によって見え方が違う可能性もあるからなんとも言えないが。

 

『貴方も、見えないものが見えることで、自分が多くの人と違うことで色々な苦労があったのかな』


 絵を見つめながら、少しばかりの切なさを募らせるレン。



「ここに展示されてる絵って、売ってくれたりするのかな?」


 アヤカの声で我に返った。


「どうだろう。もし買えるとしても高校生には手が出せないんじゃないか?」

「ふふーん!こう見えても私は意外にお金持ちなのだよ!」

「そうだった。うーん…ワンチャンあるかもな」

「ダメ元で聞いてくる。先行ってて!」

「了解」



 アヤカは、周りを見渡したあと、たまたま近くに居た女性スタッフに声を掛けて、さっきの件について尋ねてみる。


「すいません。ここに展示されてる絵って、一般人でも買えたりするんでしょうか?」

「ご購入ですか?私ではお答えできないので、少々お待ち頂けますか。責任者に確認してきます」

「よろしくお願いします」


 スタッフは専用ドアを通った先に居る責任者の元に向かったようだ。


『もしOKだったら、どれを買おう?一つに絞るの難しいなぁ。私にもっと財力があれば、この美術館ごと手に入れるんだけど』


 ちと物騒なことを考えていると、スタッフが戻ってきた。


「お待たせしました。今回は美術展なので販売できないそうです。ただ、全てのスケジュールが終了した後であれば交渉次第で可能とのことでした。画廊の名刺をお渡ししておきます」

「本当ですか!わかりました。ありがとうございます」

「いえいえ。妖怪画に興味がおありですか?」

「はい。ここに展示されてるの全部欲しいくらいです」


 少し目を丸くした女性スタッフだったが、すぐに微笑んで


「楽しんで頂いているようで何よりです。あと、今回の展示では【新作】と言われている作品が展示されています」

「新作…ですか?」

「はい。作者不明で個人が所有されていた画がもしかして、ということで鑑定に出されて、結果世に出ていない新作に間違いないということで、今回お披露目となりました」

「すごい…。」

「是非、この機会に見て頂ければと思います」

「わかりました。色々とありがとうございました」



  ★  ★  ★  ★



 アカヤがスタッフのところに行ってしまい、独りになったレンは、他の作品をゆっくり眺めていた。


 すると、いつの間にか女性がレンの横に立っているのが視界に入り、思わずビクッとした。

 黒髪が印象的な、とても古風な雰囲気の美人で、二十代後半から三十代前半くらいに見える。


「貴方はこの画家の絵が好きなの?」


 その女性は絵を見つめたまま、小さな声でレンに話し掛けてきた。


「好きです。友達の影響ですけど」


 レンが答えると、女性は少しだけ驚いた様子で、けれど嬉しそうに続けて話し掛ける。


「そう。けど、この画家は画風がちょっと怖すぎると思わない?」

「うーん。俺はわざとそういう風に描いてるんじゃないかと思います」

「えっ!…何でそう思うの?」

「上手く言えないんですけど、実際の妖怪よりもわざと怖く描いているんだと思います。何故かは分からないし、根拠はないんですけど…」


 レンは初めて会った人に話すようなことじゃないなと思い、変なやつだと思われただろうなと考えていると


「驚いたわ。そんなこと考えてる人がいるなんて」


 と意外な答えが返ってきた。


「俺が勝手に思ってるだけですよ」

「とても素敵な考えだと思うわ。あなただから気付いたんじゃないかしら」

「それは、どういう…?」

「私の考えでは、この画家は妖怪をわざと怖く描くことによって守りたいと考えたんだと思う」

「守る?」

「妖怪たちの生活や住み家を。妖怪をわざと怖く描くことで、人間達が近づき過ぎないように。それを壊してしまわないように」


 なるほど、とレンは思った。妖怪がそれほど怖い存在ではないと思われてしまうと、排除しようとか見世物にしようと考える者が出てきてもおかしくない。だから絵という媒体を通して、妖怪は怖い存在であるという情報を世間に流布して、住み家や環境を守った。


「きっとそうですね。この人は妖怪のことが好きで、皆を守りたかった」

「…あなたに言えてよかったわ。あら、彼女が戻ってきたみたいよ。じゃあね」


 女性はそう告げて、順路の奥の方へと歩いて行く。不思議な女性だったなと思っていたところで


「レン!今は無理だけど売って貰えるって!」


 アヤカが、戻ってくるなりエキサイトしている。

 

「よかったな」

「あとは値段と相談だけど、何とかなるといいなぁ。あと、今回新作も展示されてるらしいよ!」

「へぇー。まだ見つかってない絵があったんだな。それは見てみたい」

「よし!じゃあ進もうか」

「あぁ。行こうか」


 二人は絵を堪能しながら、少しずつ進んでいく。アヤカはあれやこれやと絵を物色しながらも楽しんでいるようだ。…よだれ出てるぞ。


「ついにあの絵で最後だ。今までのは見たことあるやつだったから、あれがきっと新作だね!」


 二人は近寄って、新作の前に立つ。



「うわぁぁ!これは予想外だ。なんていう妖怪なんだろう?すごく綺麗だなぁ。」


 アヤカが感動している。その横でレンはその絵を見て、少しだけ驚いた表情をしたあと小さく溜息をついた。



 その絵には黒髪の美しい女性が描かれていた。レンはその顔に見覚えがある。先程、話し掛けてきた女性にそっくりだった。そして彼女の正体に気付く。



『画霊、だったのか』




※画霊※


付喪神(物が変化した妖怪)の一種。

画家の執念が画に乗り移ったものといわれる。描かれているものが飛び出してきて動いたりするらしい。猛獣とかだとかなりヤバい。美女画などがベター。




「ねぇレン。この絵、凄い綺麗な女の人だよね。こんな妖怪いた?雪女とか骨女とかと一緒かな?」


 レンは少し思案してから話す。


「多分、この人物は妖怪じゃなくて普通の人間じゃないかな?」

「なんでそんなこと分かるの!?」

「アヤカも気付いてると思うけど、今まで見てきたどの本にも似た妖怪が載ってない。それに今までの絵と違ってまったく怖い感じがしない。というより絵から優しさすら感じる」

「確かに!名探偵!でも、もしそうだとしたら、この人誰なんだろうね?家族とか恋人?」

「多分そんなとこだと思う。いや……もしかすると……」


 画霊は、画家の執念や強い想いが込められて生まれたと言われている。ということは…


 レンは、頭の中に一つの可能性が思い浮かんだが、


「それは内緒にしておいて」


 と、どこからか優しい声が聞こえてきた。レンが声のした方を見ると、絵の中の女性が困ったように笑っていた。


『やっぱり貴方は画家本人なのか』


 男みたいな名前だったから勘違いしていた。ペンネームだったのか。そういえば出自は謎に包まれていると言われていた。こっそり自画像を残していたってことは、誰か大切な人のために描かれたものだろうか。


「もしかすると、何?」


 アヤカにそう言われて、我に返る。


「何か分かりそうだったけど、結局何も思い浮かばなかったよ」


 レンはとりあえず曖昧に誤魔化したのだが、


「そっか!私はわかった!」

「えっ?」

「これ、多分自画像だよ!」



「「!!!」」



 レンは驚いた。絵の中の画霊さんも驚いていた。何故か絵の中であたふたしている。


「何かね、謎に包まれてる部分が多い人じゃん?性別も不明だし。たくさん妖怪を描いてきたけど、一枚くらい普通の絵を描きたかったんじゃないかな。けど他人に身元がばれないようにしてたから、自画像を描くしか無かったんだよきっと!」


 画霊さんは絵の中でめっちゃうなづいている。アヤカはあごに手を当てて名探偵のようなポーズをとりつつ話を続ける。


「この絵は、多分恋人に贈られた。そして、本人が亡くなったあとその恋人は夜な夜なこの絵を見て泣き続けた。身分の違いから結ばれることはなかった二人だったけど、男の子孫は代々、この絵を受け継いで女性を第二の母として祀ってきたのよ!」



 …力説してるけど、画霊さんはめっちゃ首を振って否定してるぞ…



「というわけで、私はこの絵を買うことに決めました。これは決定事項です」

「何が、というわけなのかわからんが、いい絵であることは間違いない」

「でしょ!いい物見れたよね」

「あぁ。また見に来たいと思った」

「また来ようよ」



 そんな話をしている二人を、画霊さんは笑顔で手を振って見送ってくれた。




 …画霊さんはたまに暇すぎて建物内を動き回っているのだが、さっきレンに話しかけたのはただの気まぐれで、自分の声が聞こえるなんて思ってもいなかった。けれど、レンはそれに普通に答えた。

 そのことに驚きつつも、久しぶりに妖怪が見える者と話し共感を覚えて、つい話し込んでしまった。久しぶりに誰かと話せて楽しかった。 

 あの娘に買って貰えたらまた話ができるかな、と思いながら絵の中でビシッとポーズを決めて次の来場者を待つのだった。




  ★  ★  ★  ★




 後日、絵を求めて美術商に連絡したアヤカはその売却額の高さに打ちのめされたのだが、


「絶対手に入れる!決定事項だって言ったろう!私をなめるなよ!」


 と、気合いを入れ直して暇さえ在ればバイトに励んでいる。そのおかげで、さらに仕事が捗っているアヤカの父親から、


「これからも、何かあったら相談させてもらうよ」


と言われてしまったのは余談。









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