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不揃いな耳

三話目です。

 窓の外では、セミが忙しく鳴いている声が聞こえてくる。のんびりした下校のチャイムを聞きながら周りを見れば、ある者は笑顔で友達と会話し、またある者は机に突っ伏したりして、それぞれ明日から始まる夏休みに想いを馳せているようだ。

 そんな中、レンは少し汗ばんだ体を起こしてバッグを手に取ると、クラスメイトと「またな」とか「良い夏休みを」などと、ちょっとした会話を交わしながら、教室を出ようとドアへ向かって歩いていく。


 ドアを開けると、すぐに聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。


「レン、明日から早速いつもの行きたいんだけど、都合悪い?どう?」


 アヤカが、小走りで近付いてきたかと思うといきなりそんなことを言ってきた。高校ではアヤカとクラスが違うので話す機会は多くない。

 だからというわけでもないが、いつもこうやって突然誘ってくる。といっても長年の付き合いで『今日アヤカがくるだろう』と予測はできていた。なので、レンは用意していたように話す。


「場所によるかな。遠出なら色々準備が必要だから」

「わかった。ちなみに場所は九州だよ!さらに言うなら島!」

「遠いな。泊まる準備も必要だな」

「ホテルはすでに予約してるよ」

「手際がいいな…後は親に…」

「ウチとレンのトーサンカーサンにも許可もらってるよ」

「行動力の塊だな。なら断る理由は無いよ」

「決まりだね!じゃ、集合時間についてはあとでラインするから」

「了解」


 アヤカは、満足した様子で踵を返してパタパタと足音をたてながら自分のクラスに戻っていった。それを見届けたレンは、さっさと帰って準備するかと思いながら、なぜだか今回はいつもと違ってちょっと良いことがありそうな予感がして、ワクワクしていた。


 次の日、アヤカとレンはお互いの家から同じくらいの距離にある公園で待ち合わせたあと、空港へと向かう。


 空港に着いた二人はすぐさま搭乗手続きに向かう。


「はい。レンの分のチケット」

「いつもわるいな。たまには払うぞ」

「それについては、何度も言うけどいいっこなしだよ。最近バイトもいい感じに給料上がってるし、気にしないで♪」

「そうか」

「その代わり、頼りにしてるよ」


 妖怪探しにかかる費用は、基本的に全てアヤカ持ちになっている。アヤカの父親はいくつか会社経営をしているのだが、アルバイトと称して裏でそれを手伝っていて、父親からは働きに見合った報酬を貰っているらしい。それは通常高校生が稼ぐような額ではないらしく、妖怪関連以外で使い道がないアヤカは、そのお金をふんだんに使って一緒に妖怪探しをやろうとレンに提案してきたのだった。

 レンは「行くときは自分のお金で行くよ」とその申し出を断ったのだが、


「私が暴走したり、絡まれたら助けてくれるのはレンしかいない。その役は他の人には務まらないし、レンが来てくれたら心強いから」


 とアヤカに言われてしまい、承諾した次第。

 ちなみに、アヤカの父親曰く『アヤカが妖怪探しをやめて、本格的にこちらの世界にくるのなら俺はいつでも引退できる』のだそうだ。


 レンは、まだ二人が幼かった頃、お年玉やお小遣いを貯めて、苦労して探しに行っていたことを思い出し、口元が少し緩んだ。


「忘れ物ないなら、そろそろ行くか」

「よっし!気合い充分!!」


 

  ★  ★  ★  ★ 



 九州のとある空港に降りた二人は、


「アヤカ、俺はすぐにでも行きたいとこがあるんだけど」

「奇遇だねレン。私も今、とにかく行きたいとこがあるんだ。考えてるとこが同じならいいんだけど…」

「俺はホテルだ」

「ミー・トゥーだよ」


 二人はまずホテルに向かうことで意見が一致した。


 いつものアヤカなら現地に到着するなり「さぁ行くぞー!」とアクティブに動き出すのだが、今回は電車、飛行機、バスなどの長距離移動でとにかく疲れてしまったのだ。タクシー乗り場に向かい足早にタクシーに乗り込むと、ホテルに着いても、食事も採らず一直線にそれぞれの部屋に入り、ついに朝まで出てくることはなかった。


  ★  ★  ★  ★


「おはよー。レン」

「おはよう。アヤカ」


 二人は、起きてすぐ連絡を取り合い、ホテル内のレストランに集合して朝食をとることにした。


「おもいっきり爆睡しちゃったよ。」

「俺もシャワー浴びたあと、アヤカから電話くるまで爆睡してた」

「けど、体力は完全回復したよ♪」

「確かに。良いベッドで寝ると、こうも違うのかと思った。アヤカの親父さんに感謝だな」


 このホテルはアヤカの父親が経営しているのだ。アヤカはともかくレンにまで良い部屋を用意してくれていた。


『年頃の娘を、幼なじみとはいえ男と同じホテルに泊めるのは父親としてどうなんだ?逆に自分の息のかかったところだから安心なのか』


 朝食バイキングを食べながら、ふとそんな疑問を感じていたら、


「ごちそうさまでした。じゃあまたあとで」


アヤカが先に食べ終えていた。


「あぁ。またあとで」


と答えて、レンはあらためて残った料理を食べ始めた。



 朝食を食べ終えて準備を整えた二人は、ホテルを出発し、今回のターゲット妖怪が目撃された伝承の残る場所を目指す。当然アヤカが事前に調べていて、ホテルからそんなに遠くないようだ。

 最初に、到着した過去の出現スポットに行ってみると、その周辺は近代的に整備されていた。とても妖怪が現れそうな雰囲気ではなかったので、次の候補地に向かうことにした。



 少し、時は流れて



「これってもしかしなくても、いつもの流れにおもいっきり乗ってない?」

「……」

「次の候補は旧街道で、周りは自然だらけなんだよね」

「………」

「あくまでシラを切ろうってわけね。今日のハンター(動物)も何が来るか、アンタにはわかってるんでしょ?」

「…………」

「なんとか言いなさいよ!この豚野郎!」

「…アヤカ。トイレぐらいゆっくりさせてくれ」


 レンは、旧街道に向かう途中にあった古い自然公園の中に建っていた公衆トイレでキジを撃っている途中なのだが、なぜかテンション高めのアヤカが外から大声で話しかけてくる。


 普段感情表現の乏しいレンも流石にイラッとした様子。


 人気の無いところだからといっても、やってることの意味がわからない。なにがしたいんだコイツは。ただの嫌がらせか?

 

 なんて考えていると、


「うわっ!ちょっとまって!ちょぉぉぉー!」


と外からアヤカの焦った声が聞こえた。

 

 が、その声の原因についておおよそ察しが付いていたレンは、ゆっくり手を洗い、トイレから出てくるなり『やっぱり』と自分の予想が正しかったことを確認した。


 アヤカはクロウサギの群れに囲まれ、ピョンピョンと飛びつかれていた。転ばされたのか転んだのかは不明だが、うつ伏せに倒れて背中に

たくさんのクロウサギが乗っかって飛び回っていた。中にはアヤカの近くで八の字に動き回っているウサギもいる。


「ちくしょー!油断した!レンに嫌がらせするのに集中し過ぎて、警戒してなかった!」

「やっぱり嫌がらせだったのか」

「レン!ちょっと!のんびり見てないで早くなんとかしてよー!」


『ふむ。コイツは一体何を言ってるんだ。あれだけモフモフに囲まれてハーレム?状態だというのに、それをどうにかしろとは……羨ましいにもほどがある。いっそ交替して欲しい』


「考えてることはわかるけど、ハリーアップ!マジで苦しいんだって!」


 一羽、二羽なら全く怖くないウサギも、どこにいたのか三十羽はいる。ソレが一斉に体の上に乗ってさらに飛び跳ねられたらさぞ辛かろう。アヤカに対抗してしばらく嫌がらせしてやろうか、とも考えたレンだったが、このままではかなり時間をロスしてしまうので、ここらで出番か、レンがアヤカに近づいてく。

 すると、あんなに楽しそうにアヤカに群がっていたクロウサギ達が、レンを一瞥すると一目散に散らばって波が引いたようにいなくなった。




「…………泣いてもいいか?」

「……ドンマイ」



 レンは、また一つ心に傷を負って少しだけ強くなった……




 その後、服と体がボロボロのアヤカと、心がボロボロのレンは、どうにか目的地にたどり着いた。なんとか、暗くなるまでに出逢えないものかと二人は妖怪探しを開始したのだが、いっこうに見つかる気配はない。

 夏休みだから時間はたっぷりあると思っていたレンだったが、アヤカは明後日バイトがあるらしく、どうしても明日の朝には帰らないといけないため、日没ギリギリまでは粘ってみたのだが、やはり見つけることはできなかった。


「今回も駄目だったかー!妖怪には珍しく可愛いヤツだったから、逢いたかったなー」

「俺はウサギハーレムのほうがいい」

「どこが?!可愛いのは認める!けど、アイツらは人の体をホッピングかなんかと思ってる。体の上でのダンスを躍るかのごとく連続ジャンプされてみ!いくらモフモフのフカフカでも頭にくるよ!」 

「最高過ぎるじゃないか。何が不満なんだ?」

「……価値観が違いすぎる」

「アヤカ、それは贅沢な悩みだぞ」

「もし動物欲ってのがあるなら、レンはメーター振り切ってるね」


 そんなこんなで、いよいよ日が暮れてきたところでアヤカが「もう、帰ろうか」と言い出したのだが……



「ねぇ、レン」

「どうした?」

「なんかね、ちょっと足がダルい」

「大丈夫か?休んでもまだ時間は大丈夫だぞ」

「いや、休むほどじゃないよ。今日はそんなに体力無くなるほどはしゃいでないと思うけどなぁ」

「けど、無理はせずゆっくり帰ろう」

「うん。ありがと」




 アヤカはゆっくり歩き出す。足が痛いとかではなく、歩きにくいといった風で歩いている。レンはその後ろを少し離れて歩きながら、アヤカの足下を見やる。アヤカに見られていないことを確認したレンは、盛大に目尻を下げた。


 そこには、とても可愛らしい小さなブタのような姿の妖怪がいて、足にまとわりついている。足が重く感じるのは多分そのせいだ。





※カタキラウワ※


 ブタの姿をした妖怪。ブタとの見分け方は片耳がないこと。その動きはとても素早く、捕まえるのは難しい。そして可愛い。とても可愛い。とにかく可愛いのだ。




 カタキラウワは人間の股の間をくぐろうとしてくる習性があり、もしもくぐられてしまった者は魂を抜かれるといわれている………のだが、アヤカはもう軽く二、三十回はやられている。  

 アヤカが歩くたびに、バスケの上手い奴がやる、股の間を通すドリブルのようにくぐられている。伝承の通りならアヤカはとっくに死んでいる。


 二人で妖怪探しを始めたばかりの小さな頃、レンは心配ばかりしていた。妖怪に遭遇してしまうと命を取られるとか怪我をするといった伝承を信じていたからだ。けれど、今までに出逢った妖怪で悪さをしてきたやつはいなかった。だから、基本的に妖怪に悪いやつはいないと思っている。


『アヤカが妖怪にも好かれる体質だから悪い現象が起こらないのか、それとも伝承そのものが間違っているのか、どうなんだろうな。…そんなことより、カタキラウワ……可愛すぎだろ』


 レンは、ゆっくり長くカタキラウワを見ていたい、愛でたいという己の欲求を満たすためにアヤカにゆっく帰ろう、休んでもいいんだと声を掛けていた。可愛いは正義だ。



 その後、カタキラウワは、だいぶ満足した様子で、動きが落ち着いてきた。アヤカそっちのけで、楽しそうなカタキラウワを見て一人楽しんでいたレンが『そろそろお別れか』と寂しさを感じていたとき



 カタキラウワはレンに近づいてきて、足にスリスリと体をこすりつけた。


 レンは、あまりの衝撃に思考が停止してしまい、カタキラウワを見つめる。するとまた、スリスリと体を寄せてきた。




 レンは震えていた。


 小さな頃からずっと動物が大好きで。けれど、どんな動物も決して懐かなかった。動物について猛勉強して、なんとかコミュニケーションをとろうとしたが、見向きもされなかった。理由はわからない。

 それでもレンが動物を嫌いになることはなかった。いつからか、好かれることを諦めて、嫌われても自分はみんなを大好きだからそれでいいと思うようになっていた。

 だけど、やっぱり動物と一緒に遊んだり、触れあったりしてみたかった。夢だったのだ。普通の人ならなんてことない。けれどレンにとってはとてつもなく大きな夢。カタキラウワは動物じゃなくて妖怪だ。だけど、そんなこと関係なかった。


 ゆっくりしゃがんでカタキラウワの頭に手を伸ばす。無意識に震える手で、ゆっくりと頭をなでてみる。動物と違うためか体温を感じないけれど、カタキラウワは気持ちよさそうに目を細めた。レンは思わず泣き出しそうになってしまう。

 その後、手を離したレンが立ち上がると、カタキラウワは満足そうな顔をレンに見せて走り去る。そして、


 レンはその場にゆっくり崩れ落ちた。



  ★  ★  ★  ★



 ベッドに横たわったレンのまぶたがゆっくり開いていく。


「……眩しい……」

「レン!よかった。気が付いた!」

「アヤカ?どうした?」


 頭がボーッとする。寝起きだからか脳が働かない。俺はどうしてここに?ココは何処だ?


「覚えてないの?妖怪探しの帰り道に、急に倒れたんだよ。ここは運ばれた病院」

「俺が?覚えてない」

「帰り道でふいに振り返ったら、レンが倒れてた」

「そこから、どうやってここまで?」

「私が背負ってきた」

「マジか…」

「その時には足のダルさもなくなってたからね。余裕だったよ。レン、軽いしね」

「軽いって……これでも50キロは余裕であるんだぞ。でもありがとう。迷惑かけてごめん」

「いいよ。レンにはいつも助けられてるから、たまにはお返しさせてよ。そして次は倍返しを所望する」

「前向きに検討するよ」

「あと、眠ってる時に検査してもらったけど悪いところは見つからなかったから、先生にもう一回診て貰って、異常なければ帰れるみたい」

「了解。あと俺、どの位寝てた?」

「二時間位だと思う」

「意外に早く目覚めたんだな」

「早く起きてくれてほっとした。それより、倒れた原因に心当たりある?」

「うーん。軽い熱中症だと思うけど」

「診てくれた先生も多分そうだって言ってたよ」 

「アヤカは大丈夫だったのか?」

「問題なし!体力だけは無駄にあるからね!」

「それはなによりだ」


 ひとしきり会話を終えたあと「先生のところに行ってくる」と告げて、アヤカは病室を出ていった。



 レンはアヤカが出て行ったあと、少し考え込んでいた。アヤカには言えなかったが、倒れた原因はおそらく熱中症じゃない。

 レンが倒れる前の最後の記憶は、カタキラウワが、いなくなるところで途切れている。カタキラウワが去るときに走り出した方向はレンが立っていた方向。


『いなくなるときに足の間をくぐられたんだな。そして意識を失ったのか…』


 伝承の通りに魂を抜かれたのか、生気を失ったのか、詳しくは分からない。けれど、何かしらの影響があったことは間違いない。けれど、カタキラウワに対して恨む気持ちはまったく無い。むしろ、思い出すだけで心が温かくなる思い出を貰った。感謝感謝である。

 それと、改めてアヤカの体質が異常であることにも気付かせてくれた。


『今後は、それも考慮して行動しないとな。自分はアヤカとは違うってことが分かったのも大きな収穫だった』


 と、改めて気持ちを整理したところで


「診察にきていいってさー!」

「了解。今から行くよ」


 ベッドから降りて、しばらく自分の右手を見つめて微笑んでいたレンだったが、


「何してんのー?やっぱり調子悪い?」


 またアヤカが心配しているようなので、見つめていた右手をぐっと握りしめて


「大丈夫。むしろ調子いいくらいだよ」


 レンは、心配させないように言ったのだが


「じゃあ、ホテルまで私をおんぶしてよね♪」


 と、お返しを即要求されてしまった。


「いいよ。アスカに恩を返したかったし」

「おぉー!いい心がけだねレンくん。何年かかっても、いくらでも返してくれていいんだぞぉ!」

「そこまで巨大な恩は無い。けど」


と言いながらも、今回カタキラウワに逢えたのも、妖怪に愛されるアヤカのおかげだと分かっているレンは


「アヤカありがとう。今回の旅は本当に救われた」


主にレンの心が。


 その言葉にちょっとびっくりしたような様子だったアヤカも、すぐに笑顔になって


「どういたしまして!」


と胸を張って答えるのだった。




 帰りの飛行機に乗っているとき、


「アンタが妖怪探しの帰りに、ニヨニヨと見たこと無い顔してて、気持ち悪かった」


 とアヤカに言われことで、恥ずかしさのあまり、またちょっとだけレンが心に傷を負ってしまったのは余談。








 


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