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甘い水

初めての投稿です。


読みにくいところが多々あるかとおもいますが、ご容赦下さい。


暇すぎるときにでもどうぞ。

「さぁ、今日もいつもの行くぞー!」


 誰もいない田舎の無人駅から出るなり開口一番、彼女は大きく伸びをしながら張り切って言う。


「 …… 」

「ねぇレン!今日は何を探しに行くと思う?」

「アヤカ、もし正解したらここで帰ってもいいか?なら、正解は多分…」

「正解したら、私は牛鬼と化してレンに殺される。そしたらレンは…」

「皆目、見当がつかないな」

「よろしい。じゃ早速行こっか」


 そんな、分かる人だけ分かればいい、他愛もない会話をしながら、俺はいつものごとく彼女の少し後ろを付いて歩く。アヤカは見渡す限り人が見当たらない田舎道を大手を振って、迷い無くスイスイ歩いていく。目的地までの地図は頭に入っているようだ。二人ともハイキング風の格好をしており、端から見ればカップルの山デートにでも見えるかもしれない。


 アヤカが言う『いつもの』とは、彼女の趣味である妖怪探しのこと。彼女は幼い頃から妖怪が大好きで、暇さえあれば妖怪を探しに出掛けている。俺は縁あって昔から、それに付き合わされている次第。


 断っておくと妖怪探しについて、そんなに嫌だという気持ちはない。嫌ではないのだが、毎度のこと過ぎて気分の乗らないときもある。人間だもの。今回はそんな気分なのだが、そんな微妙な空気を察してくれる相手ではないことは長年の付き合いで理解しているし、そもそも妖怪に関することで、聞く耳など持ちあわせていないことも、理解しているつもりだ。

 ちなみに今回は山の中に現れる妖怪がターゲットのようだ。目当ての山の入口は駅からさほど離れておらず、20分程歩いたら到着した。さらに休みなく山に入って30分程歩いたところで、


「レン。あの辺りが怪しいと思うんだけど。」


 アヤカが、勢いよくこっちを振り向いて、少し先の道脇に見える石の塊のような物を指差して言う。


「うーん。何も感じないけど」

「ビンビン感じる!間違いない!」

「そうか。」

「心の目でよく見て!」

「残念ながら俺の装備にそんなものはない。」


 軽口を叩きながら見つめる先には、いかにもそうな祠。古びた石でできたオーソドックスなものだ。



 彼女は、足早にそれに近づいて行き、祠を中心にクルクルとその周りを回っている。あれで高校二年生なのだから、落ち着きのないことこの上ない。


「よく目が回らないな。」


 俺はボソッと呟いて、そこにゆっくりと近づいていく。俺が到着するや否や、供えられている水を指差して綾香は言う。


「この水、誰かがヤカンヅルから分けてもらったものかもしれない。」

「何故、そうなる。」



※ヤカンヅル※


 ヤカンのような姿をした妖怪。いわゆるぶら下がり系で目撃例によると木の上からぶら下がっているらしい。人を潰したりはしない。口を付けて中の水を飲むと甘いと言われている。最初に飲んだ人は勇者。普通に考えたら無理。



「ここまで、街から結構な距離だし、供えられている水はホコリやゴミも浮いてないし、かなり綺麗。となると、ごく近い場所で手に入れた新鮮な水と考えるのが妥当。ただし、川は近くに無く、当然水道もこんな山の中にはあるわけない」

「誰かが、水筒に入れて持ってきたんだと思うぞ」

「そもそもここに来るまで一本道だったけど、誰ともすれ違わなかった」

「じゃあ誰が供えたんだ?」

「伝承にあるとおりなら、夜道で出逢う確率が高いと思うけど、朝、昼、晩、関係なしなのかな。」

『…コイツ、相変わらず妖怪のこととなると人の話を聞かないな。』


 どこぞの名探偵のように推理を披露する綾香だが、特に根拠も証拠もない。思ったことを都合のいいようにそれっぽく口にしているだけなのだ。


「けど、まだまだ情報が足りないなぁ。この辺りの探索を続ける前に、ちょっと一休みして昼ご飯にしない?」


 スマホを見たら正午を少し回っていた。


「いいね。結構歩いたし腹へった。」

「じゃあ、木陰にゴー!」


 今は5月下旬で、暑いというにはまだ早いのだが、山を歩けば汗もかくし、足も疲れる。人間だもの。しかし、アヤカは無駄に体力がある。帰宅部なので、部活などで鍛えたわけではない。その理由は、彼女の体質に関係があるのだが…


 昼ご飯はアヤカが持参した弁当を頂く。いつも付き合われる代償として、食事は無料で支給される。アヤカは料理がとても上手くて、味は大満足なのだが…


「なぜ、リュックの中からヤカンが?」

「仲間と勘違いして、出てきてくれるかもと思って」

「しかも中身入ってるな、それ」

「ほうじ茶でございます」

「一杯頂こうか」


 俺は食後に茶をすすりながら、これまでのことを少し思い返してみた。


『今日のヤカンヅルもそうだけど、探しに行く妖怪はマイナーな奴を選ぶんだよな。渋いチョイスというか、誰が聞いても知ってるような妖怪を選ばないのはマニアっぽいとは思う。けど、そういう奴は情報も少ないし、出現したという伝承自体怪しいと個人的には思う。まぁなんだって見つかればいいんだが、アヤカにはそれ以前にクリアすべき難関があるんだよな』


 と、一息ついたところでアヤカから


「捜索再開!」


 の号令がかかる。さて、行きますか。



 ★ ★ ★



「やかーん。やかーん♪」


 歩きながら、ご機嫌に周りに呼びかけている。右手に空のヤカンを持って…


「そんなに遭いたいか、ヤカンヅル」

「当たり前でしょうが。私は、いついかなるときでも彼らに遭遇するのを期待してる。ヤカンヅルに限らない。」


 アヤカは妖怪に遭いたいと思い続けて早十数年。ただの一度もその気配すら感じたことがない。お年玉やアルバイトなどで得たお金を惜しみなく使って、名所に向かい遭遇を願うのだが、ことごとく空振りに終わっている。そして何故かいつもボロボロになって帰ってくるのだ。

 そんな目にあっても、何がそんなに彼女を駆り立てるのかは分からないが、決して捜索をやめなかった。そんなアヤカを心配したアヤカの両親は、「あの子は、いつか妖怪を探しに行ったっきり帰ってこなくなるんじゃないか」「狂気じみたものを感じる」と不安を抱え、家族ぐるみの付き合いをしていた幼馴染みの俺に一緒に探しに行ってやってくれないか、と頼み込んできたのがきっかけで今に至る。

 アヤカは一人より二人のほうが発見する可能性が高くなるという理由で快く了承し、それ以降良き相棒という扱いで捜索に同行している。


「目撃例によると、するすると木の上から下りてくるみたいだけどな」

「さっきから上見て歩いてるけど、首が痛くなってきた」

「無理すんな。しっかり周りを見ないと怪我するぞ」

「りょーかい」

「あと、分かってると思うけど、いつアイツらがくるかも分からないから油断はしないように」

「ガッテン承知!」


 もし、アイツらがくるとしたらそろそろか、と警戒しながらもできる限り気にしないように努めて、山の中を探索していたら、突然近くの草むらからガサガサッと音がして、何かが飛び出してきた。

 こちらに向かってきたそれを、俺達は辛うじて躱して、それぞれ距離を取る。ソレは、木の幹にぶつかり動きを止めた。よく見れば、その正体はそこそこの大きさのイノシシ。俺達は同時に溜息をついた。


「今回はもしかして、と思ったけどやっぱりこうなるのか…」

「毎回、毎回もう、なんで…」


 イノシシは、荒い鼻息を上げながらこちらに向かい直し、交互に二人を見定めるようにして前足で地面を掻いている。そして、アヤカに狙いを定めて一直線に駆け出す。アヤカはイノシシの突進から全力で逃げる、躱す、転ぶ、とにかく忙しい。


 アヤカは不思議な体質で、あらゆる動物に襲われる。いや、絡まれるといったほうが正しいかもしれない。ただし、動物側にまったく悪意はない。動物達はどうやらアヤカと遊びたいだけのようなのだが、野生の動物は飼い猫などと違い力が半端じゃない。小さい頃、ボロボロになって帰ってきたのはこれが理由だった。

 俺も初めて見たときは我が目を疑った。確か10歳位だったと思うが、野生の鹿が角でアヤカの服を突き刺し、無理やり背中に乗せて、ロデオみたいに跳ね回っていたのだ。鹿の背中に必死でしがみついて「やめろ!コノヤロー!」と怒りながら喚くアヤカと、楽しそうに跳ねまくる鹿の対照的な姿に、開いた口が塞がらなかったのを覚えている。アヤカの体力はこういった動物達との交流で身に付いたものだ。

 昔、アヤカに「動物好きか?」と聞いたらアヤカ曰く、「動物は好きだが、アイツらはこっちの都合を考えない。自分が満足するまでこちらを解放しない、モフモフの毛皮を被ったドSな悪魔だ」とのこと。

 アヤカの妖怪探しにおいての最大の難関はこの動物達であり、遭遇したが最後、アヤカは一気に体力を使い果たすハメになったり服を破られたりして、帰るのを余儀なくされるのだ。


 

 完全な外野からそんなことを考えていると、俺のすぐ横に何やら気配が…



★ ★ ★



 ついに激闘も終わりを迎えたらしく、イノシシはすっきりした様子で茂みの奥に戻っていった。アヤカは汗だくで、草や土にまみれて汚れまくっている。


「お疲れさん。ナイスファイト」

「せめて瓜坊にして欲しかった」

「熊じゃなくてよかったろ」

「熊が相手だったら、流石に死んでる」

「しっかし、かなり汚れたなぁ」

「闘牛士になった気分だよ。すっごいのど渇いた」

「ほい。冷えてないけどな」

「サンキュー。これ…美味しい。少し甘くてすごく飲みやすい。スポドリ?」

「あぁ。こんなこともあろうかと持ってきてた」

「生き返ったよ。ありがと」

「どういたしまして」

「この後、どうしようか?」

「名残惜しいだろうけど、アヤカの服すごい汚れてるし、帰ろうか」

「だね。くっそーアイツらもTPOを学ぶべきだよ!けど、憎めない!モフモフめ」


 服のホコリを払い、リュックを背負い直したアヤカは相当疲れたのかゆっくりと来た方向へ向かい歩き出す。



 ヤカンヅルがぶら下がったままの、俺のすぐ横を通って…



 俺は妖怪の姿が見える。アヤカと妖怪探しをするようになってすぐに気付いた。けれど、また会えなかったと深く悲しむアヤカを見て、自分は見えているとは言えなかった。今でも言えていない。けれど気付いたことがある。妖怪も動物達と同じくアヤカが好きなのだ。だから、さっきの騒動の最中に俺の横に現れたのだと思う。


『あの娘にこれを飲ませてやってくれ』


 と言われた気がした。念のため毒味はしたが問題なかった。甘味があって美味しいただの水だった。アヤカに見えていたら死ぬほど喜んだろうな。なんとかできないもんかなホント。

 ちなみにこのヤカンヅル、見た感じはヤカンというより南部鉄器みたいだぞ。めっちゃでかいし。よく枝が折れないもんだ。


「レーン!なにやってんのー。早く帰るよー。」


 アヤカが呼んでいる。足早に彼女の横に並んで歩く。


「わるい。ちょっと考えごとしてた。」


「そういえば、今回も駄目だったね。残念?」


 俺の顔を覗き込みながらアヤカが言う。


「いや、今回はちょっと興味を持ってもらえたような気がする。」

「突撃前にレンの方も見てたもんね。何でだろう。レン、凄い動物好きなのに伝わらないのかな。」


 そう、俺は無類の動物好きなのだが、自他ともに認める【動物に好かれない男】なのだ。モフモフに触れさせてもらえないのはもちろん、目も合わせてもらえない。さっきも、できるならアヤカと変わってイノシシと戯れたかった。正直、羨ましかった。俺の体からは動物の嫌がるフェロモンでも出ているのだろうか……


 俺がアヤカと行動するのには、動物に好かれる秘訣を盗みたい、という不純な動機もあるのだが、これだけ一緒にいても全く分からない。


「私と足して、2で割ったらちょうどよさそうだよねぇ」

「そうだな。それなら色々解決すると思う」

「色々?」

「こっちの話だよ」


 二人は、それぞれに次のチャンスを楽しみにすることにして、仲良く帰路についた。



 そして後日、アヤカに「あのスポドリの名前教えて!」と問い詰められて困ってしまうのだ。





最後まで、読んで頂きありがとうございました。

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