9.密林あるんだ
「描いてくださるのでしたらわたくし、一番目の読者になれますわね」
ちょっと言ってみただけなのに、ミラリー嬢の食いつきがすごくてびびった。目の輝きが違う。わたしはあわてて両手を振った。
「言ってみただけだから! 描けないの。わたしが何とかなってるのは全部パソコンソフトのおかげなの!」
そう、ちょっと描いてみようかなー。と思ったら、社会人のわたしの財力を持ってすれば性能のいいパソコンに、それ用のデバイス、お絵かきソフトには補正やらありがたいブラシやら効果やら背景やらが揃えることができ、あとはSNSで知り合った神々が使い方を教えてくれる。
ヒモという金食い虫のカレピが居なくなったら、趣味もない仕事以外にやる事がないわたしが投資するのは容易い。
ジャンルが狭いのでカップリング争いなどもなく、嗜好を超えても同人作家同士の仲が良いのも居心地が良いところ。ちょっとはじめてみたいなーって呟いたら色々アドバイスが貰える。
おかげでたった二年ほどでわたしの画力というか、体裁の繕い方がアップした。あとは描き散らすだけ。
地力はなくても何とかなるのだ。あとは高性能なソフトが見られるようにしてくれる。ありがたいことです。
「なら、パソコンを買えばよろしいのでは?」
「どうやって?」
「密林ですわ」
少し声を潜める令嬢にあわせて、顔を近づける。
「密林」
秘密の林檎ドットコム。揃わないものはないと言われる禁断の通販サイト。えっここ配達範囲なの?
「さすがに当日配達は無理ですけれども」
すげえな密林。
「でもお支払いは。わたしの口座使えるのかな」
「わたくしたち、実はお金持ちですのよ」
「は?」
「みなさまのお布施がございますでしょう」
令嬢がドヤ顔で微笑む。
「──わたしたちの、課金」
「そう、お布施ですわ」
確かに課金した。
ファンディスクとか、ちょっとこれどうなのとは思いつつ使いにくいというか使えないけどつい買ってしまうグッズとか、追加ダウンロードとか、季節ものお衣装とか課金石とか。社会人の財力以下略。
ゲームの制作会社が大手だったもので、そしてニッチなファンはなかなか離れずついていってしまうもので、何らかの発売日にはトレンドにあがるくらいの話題にはなる。それらゲーム関連に費やす趣味費を、わたしたちはお布施と呼んでいる。知らんけど、しきたりらしい。
「いやそんな人様の課金でわたしのパソコン買うとかダメだから」
あくまでお布施なのだ。制作会社やスタッフさんが潤って明日への活力になれば良し。わたしが私事に使ってどうするの。
「聖なる乙女になれば、お布施を受ける権利はございますわ」
「詭弁ですわ」
「リサは、そういうところ潔癖ですわね。……そうでないと聖なる乙女にはなれないのですが」
でも密林がどうやって配達してくれるのかは見たい気がする。興味本位だけど。
ミラリー嬢はオホホとお嬢様らしく笑いながら、思い出したように手元の本のページをめくった。
「パソコンがないと描けないはずはございませんわ。この絵も物語も、あなたでないと描けないものですもの」
ぱら、ぱらと本をめくりながら、愛おしいもののように紙を手で撫でる。
「リサが心をこめて描いているのが伝わります。道具だけあっても真似はできません」
ミラリー嬢の有り難い言葉に、思わずうるっときてしまった。やばい。泣きそう。ここにいると情緒の振れ幅が大きすぎて感情がついていけない。
今優しい言葉とかかけられたら好きになってしまう。
「今、わたくしとの親密度上げも良いんじゃないかと思ったでしょう」
「いい話になるとこだったのに、何で自分で言うんですか」
「わたくしはあなたのために、緑の橋を架けても良いと思っていますわ」
フフ、と目の前で笑う美少女には本音か建前かを見通すのが難しい。
緑の瞳はすきとおって何もかもを見透かすよう。
「アタシだって橋を架けてもいいのよ。一緒に渡る?」
わあ。
すっかり忘れてたけど、この人もいたんだ。イース様。
久々の女子トークが楽しくて置いてけぼりになってたけど、イース様も混ざりたくてタイミングをはかっていたみたいだった。
「リサなら退屈しないで済みそうだし」
「やっぱり、聖なる乙女って、退屈なんでしょうか」
「どうかしらね。好きな人と二人きりで、ずっと一緒にいるって退屈かしら」
「わたくしはリサと一緒に居られるなら嬉しいですわ」
さくっとイケメンなセリフを言う令嬢。強い。今親密度ぐんぐん上がってる気がする。令嬢ってこんなに強かったっけ。二次創作では百合も結構あったけど。
「でも、リサはまだ決められないのでしょう?」
緑と、紫の瞳がわたしに向かう。いつになく真摯な、陰りを帯びて。
そう、わたしはまだ決められていない。
『抜け道』を使って生を望むか、このまま聖なる乙女になるか。
少しだけ描きたいな、と思った時には、助かりたいと掠めはしたけれど。あまり生きていくことに執着もない。わたしの生きていた意味はこの虹ロマだけだったのだ。だったらこの世界の住人になってしまっても、むしろ本望なのでは、と考えていたりする。
多分ループに飽きているだろう聖使徒様たちは、わたしが聖なる乙女になることに反対はしないのだろう。