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8 自分語り

「虹の欠片ならわたくしが沢山もっております。回しましょう! ガチャは良き文明ですわ」


 令嬢らしい優美な笑みで、お弁当持ってきたから一緒に食べよ、みたいなノリで貴重なガチャ石をポケットからゴロゴロ出してくるミラリー嬢。


「……すごい……」

 

 大量の石をみて思わず呟いたわたしに、ミラリー嬢はあっ、と言いかけて出してきた石をささっとかき集めた。


「あの、召喚も良いのですが、……もう少し、わたくしとおしゃべりしてからにいたしません?」


 ああ、親密度上げね。ミラリー嬢が強引にパラメータを上げてくれたけど、確かにわたしが何もしないんじゃ不正になっちゃう。

 またルシェール様に怒られるかもしれない。怒られるのもまた良しではあるのだけど。……待って、いや、めっちゃ良いな? 未召喚で出てくること自体が反則のはずのルシェール様が、自ら禁忌を破ってわたしにお説教。堪らんな? 先にガチャ回したほうが良いんじゃない?

 そこまで考えて、ミラリー嬢の石でルシェール様が召喚されてしまえば、そんなご褒美も無しになるのだと気がついた。ここまで反則をやってきたルシェール様は、正式にガチャを回したら絶対次で出てくる。それはそれで面白くない。やっぱりガチャは後回しの方が安パイか。


 などと色々考えながらミラリー嬢に首肯したわたしは今なぜか、イース様のお部屋で、目の前では読書会が繰り広げられています。読まれているのはわたしの描いたマンガです。

 なにこの地獄!


「で、このご本のテーマはこのセリフに凝縮されているのではと思ったのです! ユーシスの一見無愛想なこの表情と相反する甘いセリフで、全ての歯車が噛み合うのですね!」


 すごいねこの子。わたしこんな熱烈な感想もらったことないわ。っていうか、わたしが2年半で出した本全部ここにあるのはなんで? しかも一ページめくるごとに流麗な感想を述べていただける。このコマのセリフの意味だとか、表情とか、手指の角度一つで心情や伏線を読み取ってくれる。

 勿論うれしい、嬉しい気持ちはとてもあるのだけど、わたしそんな立派なもの描いたっけ……? と尻がむず痒いというか、いたたまれないというか。多分なんも考えてないです。そんな深い意味はないと思います。


「あ、ここのコマのアタシ、本物よりキレイなんじゃない? くやしー」


 イース様はわたしの本にちょこちょこ出てくるご自分のコマを探して、アルバムを見るように楽しんでおられる。こっちはこっちで……何してるんだって。

 本人に見られるって何のプレイ?


 ちなみにナハトくんは帰ったよ。

 もともとわたしがヒロインとしてこの世界に召喚されることになった時に、本人情報としてこの本が……回ってきた……らしいんだけど……なんで本なんだ。履歴書とかそういうのは全くなしで、スコンブうままの名前と同人誌が情報として開示されたとか、どういうこと? もしかしてヒロインはSNSで拾われるの? 個人情報は同人書店で買えるの?

 とにかくナハトくんはえっちな同人誌をパラっと見て、ちょっと顔色を変えて──赤くなったら青くなったりしたそうな──あとは読まなかったらしい。今も読書会をしましょう! ってミラリー嬢が言い出したら、逃げるように帰っていった。ダチのわたしを置いていくなよ。騎士のくせに。

 他の聖使徒様方は……まあ読んでるよね。だってわたしの情報それしかないからね。


 思えばユーシス様のワルツはユー×ルのわたしへのサービスだったのかもしれない。ついでにルシェール様への嫌がらせだ。


 あーもうガチャどうしようかな……。


 知ってしまったら顔合わせ辛いじゃない。主にわたしが。向こうは全然気にしてないみたいだけど。

 ガチャで召喚されたミラリー嬢は嬉々としてページを捲りながら、語るのをやめる気配はない。あと十冊以上残ってるけど、これ今日じゅうに終わるかな……。


 この閉ざされた世界で。

 ミラリー嬢と同じ歳の女の子は、何度も入れ替わるヒロインだけで。エンディングを迎えるまでループする。

 ライバル令嬢だからって、意地悪なんてしてる場合じゃないんだろうな。仲良くしないと勿体ない。ひとときでも長く。親密度を上げる時間だって惜しいだろう。


 わたしの心の奥までを見透かすような解釈。

 わたしと仲良くなるために、何度も、わたしの本を読んでくれたんだろう。

 ならば、知られているかもしれない。


 わたしが空っぽだってこと。


 ミラリー嬢くらいの歳の頃、わたしは恋をしていた。


 同じ学習塾に通っていた男の子。都会の同じ大学を目指していたカレピとはそこで知り合った。

 それからお付き合いをはじめて、大学を出て、社会人になって、カレピとお別れするまで八年間。

 わたしの世界にはカレピしかいなかった。他には何にもない。友達も、誰も。

 カレピは働いては辞めてを繰り返して、いつの間にか自分のアパートを引き払い、わたしのアパートで暮らしはじめた。ヒモみたいになっていたカレピからの行動がモラルのハラスメントだと教えられたのは、職場に殴られた顔を腫らして行った時だったか。

 色々あってお別れを決意して、なんとか荷物を強行でカレピの実家に送りつけて、本体を実家行きの夜行バスに押し込んだ夜、わたしは自分が空っぽなのだと気がついたのだった。


 深夜の街中で、自宅行きのタクシーを探していた時に、きらびやかに輝くアニメショップが目に止まった。


 多分その日が虹ロマの、最高潮だったと思う。大々的なプロモーションで発売日の零時から、アニメショップが店頭販売をはじめていたのだ。後に残念メリバと言われることになるエンディングは『衝撃のラストシーンをあなたと!』とかぼかして──当たり前ですが──意味ありげに煽られていた。

 それまでゲームにもあまり興味がなかったわたしは、店頭にでかでかと飾られたキャラの等身大看板に心を奪われてしまったのだ。照明も当たってたしね。夜中だから。それはそれはキラキラと輝いていたものだ。


 ルシェール様。

 数十分前にお別れしたばかりのカレピとはほど遠い、ストライクに好みのお顔は、削られてぽっかり空いていた心にグッドランディングした。


 わたしのお金でカレピが勝手に買ったゲーム機にディスクを入れると、夢のような世界が広がっていった。

 公式情報が欲しくてSNSに登録して、二次創作の存在を知ったわたしは新しい世界に夢中になった。今までカレピしかなかった世界が広がるのはとても新鮮で、刺激的で。知らない人とゲームについて語れる事が楽しくて仕方なかった。

 真似事で絵を描いてみると、SNSで知り合った人が褒めてくれた。

 嬉しくて何度も描いているうちに、本を出せば良いのにと言われ、調子に乗って本を作った。拙いものだったけれど、即売会に出ると更に友達が増えて、世界がどんどん広がっていった。


 今ミラリー嬢が読んでいるのは半年前に出した本だ。はじめの頃よりは幾らかマシに描けるようになっていると思う。


 気がつけばわたしは寝食を惜しんで虹ロマに全てを捧げていた。もちろん仕事はきちんとこなしていたけれど、他の時間は全て、ゲームか執筆か、SNSで誰かとおしゃべりしていた。健康診断では医師にいつ死んでもおかしくないと言われるほどに、無意識で、失ったカレピとの虚しい八年間を取り戻そうとしていた。


 萌えで死んだら本望、とは常々言っていて、健康をかえりみることもしなかったけれど。

 

 一生懸命、わたしを理解してくれようとしているミラリー嬢を見ていると、申し訳ない気がしてくる。


 わたしには他の選択肢もあったのに。


「……また、描きたいな」

 

 ぽつりと呟くと、ミラリー嬢の目がキラリと輝いた。

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